三菱電機の「偽の宣言書」に自動車メーカー幹部が大激怒しているワケ
プレジデントオンライン / 2021年3月4日 11時15分
■適合しない製品と知りながら自動車メーカーに出荷
三菱電機の「車載ラジオ」の品質不正問題が、国内の自動車メーカー幹部を激怒させている。
今回、不正の対象となったのは、車載オーディオ機器用ラジオ受信機、いわゆる「車載ラジオ」だ。自動車メーカーが欧州市場で販売する車に搭載する製品で、EUの基準に適合しない製品を、それと知りながら顧客である自動車メーカーに出荷し続けていた。不適合品の出荷台数は30万台を超える。
三菱電機がこの問題を公表したのは2020年11月。12月に社内調査の結果を発表し、EUの基準を満たさないオーディオを2017年6月から3年4カ月にわたり自動車メーカーに出荷していた。
同社はこの製品について、欧州でのAMラジオ受信時に音声にノイズが混入する可能性はあるが安全性には影響はないとしている。2月の決算説明会でも三菱電機の皮籠石斉常務執行役は、「心配をかけて申し訳ない」としつつも「現時点では業績に影響が出るような状況ではない」と語った。
■不適合品と知りながら問題製品の生産・出荷を継続
しかし、法令に基づくリコールや罰金の対象になる可能性がある。自動車メーカーが自主的にリコールし、賠償金を求められるケースも想定される。もし、不適合品がすべてリコールされた場合、単純計算で賠償額は100億円を超えるとの見方もある。
日本の自動車各社が、同社を特に悪質だと指摘するのが、発覚を恐れて偽装・隠蔽工作をしていたからだ。顧客である自動車メーカーにたいしてEUの規格に合う「偽の適合宣言書」を提出したうえ、「改造品」を使って適合性評価試験を受審。さらに、不適合品と知りながら問題製品の生産・出荷を継続した一連の行為はきわめて悪質だ。
■2014~19年に過労自殺などで社員6人が労災認定
三菱電機の自動車部品事業の売上高は1兆円前後とみられる。脱炭素の世界的流れの中で、昨年6月には、電気自動車(EV)などで電力を効率よく制御するパワー半導体の工場を200億円かけて新設すると発表。ライバルの富士電機や東芝なども設備増強する中、今回の問題で受注を逃せば影響は小さくない。
今回の品質不正の発覚以外にも経営を揺るがす問題を三菱電機は起こしている。パワーハラスメントによる相次ぐ社員の自殺だ。
三菱電機ではグループ全体で2014~2019年に、過労を原因とした自殺などで男性社員6人が相次いで労災認定を受けた。また2019年8月には教育主任から暴言を受けていたとみられる新入社員の自殺も発生した。
この反省から会社側が再発防止策として「風通しよくコミュニケーションができる職場づくり」や「メンタルヘルス不調者への適切なケアの徹底」等を目指し、「三菱電機 職場風土改革プログラム」を今年1月に公表した。「特にパワーハラスメント行為を絶対に許さない職場づくりに注力します」として、ハラスメント研修の受講対象を全社員に広げるほか、相談窓口の充実などを進めている。
「経営の最優先課題とし、こうした問題が再び起きないように取り組んでいく」(広報担当者)としているが、市場は冷ややかな目で見ている。
■ESGレーティングは「トリプルB」に格下げ
調査機関の米MSCIは2019年12月に三菱電機のESGについてのレーティングを7段階中、上から3番目の「A」から1つ下の「トリプルB」に格下げした。繰り返される従業員の自殺など深刻な労働問題が起きたのが理由だ。
多くのファンドでは環境への配慮や社会貢献、人権、企業統治体制などを数値化したESGスコアなどを基に、年に2回、銘柄の入れ替えを検討する。この中で三菱電機はレーティングを構成する項目の1つである「労務管理」の評価で引っかかった。
それまでの三菱電機はESGへの取り組みが進んでいる企業とされていた。省エネ製品の拡販やグループ全体で排出する二酸化炭素(CO2)を削減する施策などをライバルに先んじて進めているためだ。MSCIはESGを評価する観点の1つ、「有害物質と廃棄物管理」について10段階評価の8.4(電機業界の平均は5.6)をつけたこともあるほどだ。
■「昇格するためには絶対服従」という企業風土
そんな三菱電機で、なぜ不祥事がこうも頻発するのか。
企業統治に詳しい弁護士は、「特に技術系の部門では他部門との人事異動が少ない。構造上、特定の上司に長く仕えなければならず、昇格するためには絶対服従が求められる」と指摘する。
品質不正の問題では、上司に不正発覚の報告をためらい、問題製品の隠蔽につながった。相次ぐ従業員の自殺などの労務問題も、他部門への異動が少ない縦割りの組織体制が原因とみる向きは多い。
「三菱電機はその部門に入ると、その筋一徹みたいな技術者の育て方をする。部門間での競争意識も高く、部門が違えばまるっきり雰囲気も違う」(ライバルの電機大手幹部)という分析もある。
■「年収1億円以上の役員」は21人→1人に
さらに、三菱電機の縦割り組織の弊害を助長するのが、役員の報酬制度だ。
役員の報酬は固定報酬、業績連動報酬、退任慰労金の3つで決まるが、最も多いのは業績連動報酬で全体の過半を占める。各執行役の支給額は、担当事業の業績を踏まえて決まる。要するに各役員は、担当する事業部門の1年間の業績が大きく年収を左右するのだ。
結果として、短期業績目標を達成させようとするあまり、社員に負荷がかかり、職場環境が悪化、不正や過労死、パワハラなどが頻発する「負の連鎖」を招いてしまうことになる。
三菱電機は上場企業の中でも年収1億円以上の役員が最も多いことで知られた。
2019年3月期には1億円以上の役員は21人にも上った。しかし、2020年3月期には前年同期比で営業利益が11%減ったため、1億円プレーヤーは1人となった(東京商工リサーチ調べ)。
■「次の100年」に向けて企業風土をどう変えるのか
三菱電機は再発防止のため、全役員や全従業員にパワーハラスメントなどの行為をしない旨を誓わせた宣言書を提出させることを決めた。また管理職の任命には上司だけでなく部下も含めた「360度評価」を2021年4月から導入する。
師弟関係を重視していた風土をあらためるため、情実人事などで不適格者が昇格しにくい仕組みも設けた。教育主任についても同僚や部下などの評価も参考にして任命するという。
今後は従業員に対する情報開示も徹底する。さらに全社のパワハラの事例や相談の件数などの推移も公開する。
三菱造船の電機製作所を母体として設立された三菱電機は、今年2月に創業100周年を迎えた。次の100年に向け、企業風土をどう変革していくのか。杉山武史社長は大きな課題を背負っている。
(プレジデントオンライン編集部)
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