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「頼みの綱の鈴木修会長が退任」軽自動車業界が"中国製EV"の台頭におびえるワケ

プレジデントオンライン / 2021年3月5日 11時15分

自身の退任についてオンラインで記者会見するスズキの鈴木修会長=2021年2月24日午後 - 写真=時事通信フォト

■「ありがとう。バイバイ」とほほ笑んで会場を後に

「やはり、寄る年波には勝てなかったのか」――。記者の間からはこんな声が漏れた。

2月24日、スズキを40年余り引っ張ってきた鈴木修会長の退任会見でのことだ。人懐っこい表情は相変わらずだったが、声はかれ、時折、聞きづらい発言が目立つなど、記者の質問をとぼけながらはぐらかす往年の掛け合いは影を潜めた。

自らを「中小企業のおやじ」と呼び、スズキを世界的企業に引き上げた鈴木会長。「(昨年3月に創立)100周年の峠を越えたこともあり決意した。今後は現役役員が気軽に相談できるように、相談役として全うしたい」と退任の心境を述べた。

その修会長も91歳。健康不安説を問われた記者からの質問には「昨年はゴルフを47回やった。身体はピンピンしている」と否定したが、体の衰えは隠しようもなかった。

会見の最後は「仕事は生きがいだ。皆さんも仕事を続けてください。ありがとう。バイバイ」とほほ笑みを浮かべ右手をあげながら会場をゆっくり後にした。

■「庶民の車」として優遇されてきた軽自動車

会見で修会長の隣に座った息子の俊宏社長は「会長自身は『生涯現役だ』と言っていたので、このタイミングで退任というのは思ってもみなかった」と突然の会長の一線からの引退に率直な思いを述べた。修会長の引退を受けて、翌日のスズキ株は217円(4.4%)安の4752円まで下落、2月1日以来、約1カ月ぶりの低水準を付けた。

「修会長の威光もさすがに陰ってきたか」という声もどこからともなく聞こえてくる。だが、修会長が一線を退いたところでスズキの実権は引き続き同会長が握り続けることは間違いない。

24日の会見で俊宏氏は「自分の使命は軽自動車を守り抜くことだ」と話した。しかし、昨年から今年にかけての菅政権での「脱炭素」宣言後、庶民の車として税制など多くの優遇を受けている軽自動車をどう位置づけるかをめぐる議論の中で、「修会長の退潮」を感じた関係者は多い。

■電動化の義務付けは「軽自動車」の存続に直結

政府は2030年代半ばに新車販売を電動車のみとする目標を掲げたが、軽自動車も対象に入れるかどうかが大きな焦点となった。これまでの修会長なら当然、軽の電動化について反対すると思われていた。スズキは電動化に遅れていることに加え、電動化はコストアップにつながる。「庶民の足」を標榜する軽メーカーにとって、電動化を義務付けられることは業界の存続に直結する。

しかし、大方の予想に反して修会長は、目立った反論もせずにこれを受け入れた。

軽の規格や優遇税制など国会議員や霞が関に張り巡らせた人脈を駆使して数々の優遇を勝ち取ってきたのは修会長だ。それだけに、黙認に近い今回のスズキの対応に業界内から「修氏はかつての勢いはない」との声が聞かれた。

スズキは2月24日の会見で2026年までの中期計画を公表。5年間で累計1兆円の研究開発費を投じて電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)などの開発に充てるとしたが「価格などの面で軽の優位性をどこまで発揮できるか、非常にハードルは高い」(大手証券アナリスト)と指摘されている。

■約47万円で120kmを走る4人乗り中国製EV

スズキをめぐる問題は政府の掲げる「脱炭素」への対応だけにとどまらない。

軽自動車と正面から競合する超小型EVの相次ぐ参入だ。特に脅威となる存在として浮上しているのが中国勢の動きだ。

中国では現在、50万円程度の小型EVが業界の勢力地図を書き換えるまでの存在になっている。1回の充電で走れる距離は百数十キロメートルにとどまるが、基本性能を日常生活に使うための最小限の要素に抑え、価格の引き下げに成功している。その象徴的存在が「宏光MINI EV」だ。

約47万円で4人乗りという「宏光MINI-EV」の外観
写真=上汽通用五菱ウェブサイトより
約47万円で4人乗りという「宏光MINI-EV」の外観 - 写真=上汽通用五菱ウェブサイトより

同車は国有企業の上海汽車集団が過半を出資し、米ゼネラル・モーターズも株主に加わっている五菱汽車が製造販売している。全長2.9メートル、幅1.5メートルと小型ながら4人乗り。価格は2万8800元(約47万円)からだ。基本モデルの航続距離は120キロメートル、最高時速は100キロメートルで、エアコンがつかないなど基本性能は限定的だが、専用の充電器は不要で家庭用電源で充電できる手軽さがウリだ。

グレードは3つあり、冷暖房完備の中級グレードは3万2800元(約54万円)、電池容量が大きく航続距離が約40キロメートル長い上級グレードは3万8800元(約64万円)となる。

■テスラ「モデル3」に次ぐ大ヒット車種に

昨年7月の全国発売以来、年末までに11万2000台が売れた。年間販売台数は米テスラの「モデル3」の13万7000台に次ぐ2位だが、月単位ではトップ。世界全体でも単一車種としてはモデル3に次ぐ売れ行きのようだ。

2020年6月、ロンドンにてチャージ中のテスラ モデル3
写真=iStock.com/William Barton
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/William Barton

上海汽車集団はこの分野のヒットにより、2020年の新エネルギー車販売台数が中国トップとなった。これまで中国では比亜迪(BYD)が同国の新エネ車分野を牽引してきたが、2020年は2割近く落ち込み逆転を許した。

上海汽車に加え、長城汽車も好調だ。販売台数は4割増えて6位に順位を上げた。7万元(約110万円)の小型EV「欧拉R1(黒猫)」がヒットし、コロナウイルス感染拡大で所得が減った消費者をつかんだ。

スズキを含めて、日本の大手自動車各社が懸念するのが、こうした中国製の小型EVの輸入だ。

中国各社は国外での販売も視野に入れている。五菱汽車は昨年8月、輸出する方針を示した。欧州のラトビアの自動車メーカーが提携して欧州市場で販売すると一部メディアが伝えている。

■小型EVには「年間100万台の潜在需要」がある

さらに、国内でも出光興産がタジマモーターコーポレーションと組み、超小型EVを核とした次世代モビリティサービスの開発と提供を行う新会社として「出光タジマEV」を2021年4月に設立することを発表、異業種の参入も進む。

出光タジマEVが開発中の超小型EVは、全長2.495メートル、幅1.295メートルの4人乗りで最高速度は時速60キロメートル、フル充電の航続距離は120キロメートル程度を見込む。

出光はこの超小型EVを2022年中に全国に約6400ある給油所を拠点にカーシェアリングのほか、実際に販売する予定だ。価格は100万~150万円を想定、これは軽自動車と遜色ない価格帯だ。

1回の充電で走れる距離は120キロメートル程度だが、運転の苦手な人でも小回りが利き、スピードも最高速度を時速60キロメートルに抑えるなど、簡単に操作できるようにした。出光関係者は「主婦層や高齢者など運転に不慣れで不安を感じている層が安心して買い物や子どもの送り迎えなど日常生活で使う分には十分だろう」と話す。

同社では年間100万台の潜在需要があるとみている。

トヨタも2020年末から超小型EV「C+pod」を発売している。メーカー希望小売価格は165万円(税込)だ。日産自動車やホンダなどもモーターショーでコンセプトカーを出展するなど開発を進めているほか、スタートアップなども参入を目指している。

トヨタ自動車の2人乗り超小型EV「C+pod(シーポッド)」。価格はXグレードが165万円。
写真=トヨタ自動車WEBサイトより
トヨタ自動車の2人乗り超小型EV「C+pod(シーポッド)」。価格はXグレードが165万円。 - 写真=トヨタ自動車WEBサイトより

■スズキとダイハツの「軽・戦争」の帰結

中国のように小型EVが普及した場合、スズキを含めて業界が最も恐れるのが車の「価格破壊」だ。

日本の自動車各社は少子化や若者の車離れに伴う販売台数の落ち込みに対応するため、過当競争を避け、なるべく車両価格を維持・引き上げる施策を取り始めている。その契機となったのが、スズキとダイハツ工業の「軽・戦争」だった。

引き金を引いたのはダイハツが2011年に発売した「ミライース」。ガソリン1リットル当たり35キロメートルの低燃費と70万円台からの低価格を実現したヒット車で、軽自動車業界を席巻した。

当時、ダイハツの陣頭指揮を執ったのがトヨタで副社長まで上り詰めた白水宏典会長(当時)だ。トヨタの購買や開発部門にいた経験を活かし、調達部品の見直しやエンジンの技術革新などで燃費・価格面でスズキを凌駕した。

当然、スズキも応戦したが、研究開発費を渋ってきたスズキは技術面で追い付かない。赤字覚悟で応戦、消耗戦に陥っていった。

なかなか優位に立てないスズキは、燃費・品質不正を起こしてしまう。2016年にはその責任をとって修氏は最高経営責任者(CEO)職を返上し、俊宏氏が社長とCEOを兼務することになった。

■中国製EVの「価格破壊」で、均衡が崩れる恐れ

軽自動車での消耗戦は、競合するトヨタの「ヴィッツ」など小型車の価格戦略などにも影響する。軽の価格が下がれば、小型車との価格差は広がる。結果として、トヨタの小型車も値下げせざるを得なくなる。そこでしびれをきらしたトヨタがスズキとダイハツの間に入って事態の収拾に動いた。

まずトヨタは、過半を出資していたダイハツを完全子会社化し、非上場にした。トヨタから社長を派遣、トヨタのコントロール下で価格戦略を見直した。その後、修会長からの要請を受け入れ、スズキと資本提携し、軽自動車メーカー間での価格競争が激化しづらい体制を築き上げた。

しかし、中国製の安価な小型EVが普及するようになると「価格破壊」を通じて、一気にこの均衡が崩れることになる。出光や中国勢、さらには米テスラのような新興勢はディーラーを持たずにユーザーにネットなどを通じて直販する。

「宏光MINI-EV」の車内。4人乗りでバックシートは倒すこともできる。
写真=上汽通用五菱ウェブサイトより
「宏光MINI-EV」の車内。4人乗りでバックシートは倒すこともできる。 - 写真=上汽通用五菱ウェブサイトより

実際、出光も基本はガソリンスタンドでの直接販売だ。既存の自動車各社が多額の資金を使ってディーラー網を維持しているのとは異なり、販売網維持のためのコストがかからないため、その分、価格競争力は底上げされる。

シェアリングなどのサービスも予定しており、普及すれば重い販売網を抱える既存のディーラーは新車販売も落ち込み、窮地に陥る。

■国内シェア4割をもつ軽自動車の「既得権益」

日本の家電業界は量販店の大量仕入れによる低価格販売でメーカーの体力を奪った。一連の小型EVの台頭は、メーカーが車両価格を支配するという自動車業界のピラミッド構造を壊し、自動車メーカーを家電メーカーと同じ運命に陥れる恐れがある。特に小型EVと正面から競合するスズキなど軽メーカーには大きな脅威だ。

修氏は自らを「中小企業のおやじ」と称して「庶民」を味方につけ、軽の規格や優遇税制をもぎ取り、交通の便が悪い地方を中心に基盤を広げてきた。しかし、それが小型EVに置き換わればその「売り文句」も一気に色あせる。

軽自動車は、最近では性能も小型車に引けをとらないまで高まっている。価格も小型車と変わらないまで上がっているが、税金が安いおかげで所有コストが低く、国内では4割ものシェアを維持している。

修氏を継ぐ俊宏氏が軽の既得権益を守れるのか。長年、業界を牽引してきた修氏の退任は軽自動車業界の今後を見通したとき、大きな岐路になるかもしれない。

(プレジデントオンライン編集部)

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