元サッカーライターが「J2クラブの社長」として経営再建に挑んだ結果
プレジデントオンライン / 2021年3月7日 11時15分
■お世辞にもキレイといえないグラウンドにジーコが現れた
——もともとはボランティアのサッカーライターとして活動されていたそうですね。どのような経緯で、水戸ホーリーホックの社長になったのですか?
私自身、自分がJクラブの運営にかかわるなんて、思ってもいませんでした。
私が生まれ育った茨城県鉾田市は、甲子園に出場経験がある鉾田一高の影響で、野球が盛んな町でした。そんな田舎町の雰囲気が一変したのが、1993年です。
Jリーグが発足し、鹿嶋市や鉾田市(当時は鉾田町)、行方市などの5つの市をホームタウンにするに鹿島アントラーズが誕生した。住友金属のお世辞にもキレイといえないグラウンドにジーコ(元ブラジル代表MF)が現れたんです。
いままで、野球にしか関心を示していなかった地元のおじさんや子どもたちが、アントラーズのグッズを持ちはじめた。もっぱら野球だった話題も、サッカーに“侵食”されていきました。いつの間にか、うちのオヤジも赤いジャンパーを着るようになりました。家族や友だちもサッカーにはまっていく。大げさではなく、新たな文化が町に根付いていくプロセスを目の当たりにしました。
■予備校に行くよりも、アントラーズ観戦のほうが多かった
いま思えば、スポーツが持つ底知れぬ力を実感したんでしょうね。また、いままで自分が知っていたスポーツとは違うとも直感しました。高校3年生だった私にとって、サッカー文化が育っていく風景が原体験となったんです。
将来、なにを目指すか。当時はなにも決めていなかったのですが、スポーツにかかわる仕事をしてみたいな、と漠然と考えるようになったのです。
——従来のスポーツとどんな違いを感じたのですか?
たとえば、プロ野球でも高校野球でもいいのですが、スポーツは与えられるモノだったように思います。テレビをつければ、中継が流れているのが当たり前だった。受け身で楽しんでいました。
しかしアントラーズの出現で、私自身がスポーツに能動的にかかわるようになっていきました。まだインターネットもない時代です。スポーツ新聞やサッカー雑誌で情報を仕入れ、グラウンドで練習を見学し、スタジアムに通う。ちょうど高校を卒業して浪人生だったのですが、予備校に行くよりも、アントラーズのゲームを観戦したほうが多かったくらいです。チケットを手に入れるために、チケット売り場の近くに張ったテントで、3泊した経験もあります。熱狂的アントラーズサポーターになった結果、浪人を2年してしまいました。
■2002年の日韓W杯で「サッカーを仕事にするしかない」
大学生になっても熱狂は冷めませんでした。例えば東京の国立競技場でデーゲームを観戦した後、19時キックオフの試合を見るために神奈川県川崎市の等々力競技場に向かう。日本代表を応援するために、日本全国を訪れる……。サッカー中心の大学生活を送りました。
卒業後はスポーツ新聞の記者がいいかな、と考え、新聞社を受験しました。しかし就職氷河期で希望がかなわず、印刷会社に就職したんです。
印刷会社のサラリーマンとして、教科書を販売したり、学校の卒業アルバムを制作したり。それでもスポーツにたずさわりたいという思いは消えなかった。
きっかけとなったのは、横浜FCのボランティアライターに応募したことです。試合のプログラムやクラブの公式媒体などを手がけるうち、Jリーグの公認ファンサイトである『J's GOAL』からも仕事をいただくようになりました。
その後、大きな転機がありました。2002年に開催された日韓ワールドカップです。できるだけたくさんの試合を現地で見たい。しかしまだ28歳で蓄えはない。そこで、会社をやめて、退職金で買えるだけのチケットを手に入れた。そして、日本と韓国を行き来しながら決めたんです。これはもう本格的にサッカーを仕事にするしかないな、と。
■「水戸ホーリーホックに売り込みたい選手がいる」
——日本のサッカーが大きく変わった「1993年のJリーグ発足」と「2002年の日韓ワールドカップ」に、小島さんも大きな影響を受けたんですね。
そうなりますね。日韓大会後は日本初のサッカー専門紙である『エル・ゴラッソ』の創刊にたずさわり、デスクとして2006年のW杯ドイツ大会、2010年の南アフリカ大会を取材しました。テレビで解説などの仕事をいただいたこともあり、サッカーライターとしては達成感がありました。そんな時期に「映像制作会社を立ち上げるから手伝ってくれないか」と業界の仲間から声をかけられたのです。
——サッカー関係の映像制作会社ですか?
主にBSやCSのスポーツ番組制作を手がける会社です。私は番組プロデューサーという立場で『Jリーグラボ』や『Jリーグマッチデーハイライト』などの制作にかかわりました。
そして2018年12月、サッカー選手の仲介人としても活動していた同僚に、こんなお願いをされました。
「水戸ホーリーホックに売り込みたい選手がいる。小島さんは茨城出身でしょう。西村(卓朗)GMとの交渉の場に同席して、地元トークで盛り上げてもらえないか」
メディアの人間として、サッカー界にかかわって十数年たっていましたが、代理人とクラブの交渉の場に居合わせた経験なんてありません。面白そうだ、と軽い気持ちで指定されたホテルに行ったんです。
■「ぜひ社外取締役という立場で参画してもらえないか」
交渉そっちのけで、水戸の飲食店や学校などの話題で盛り上がっていると、西村GMから突然こう言われました。
「いま、クラブの経営改革を進めていて、人材を探しています。ぜひ社外取締役という立場で参画してもらえないか」
「えっ」と絶句しました。サッカー界で仕事してきましたが、まさかクラブの経営にかかわるとは想像もしていませんでしたから。
西村GMは、地方クラブの社長は地元の人間がやるべきだと思っているようでした。実は、私自身も同じ考えを持っていました。何よりも、私の心の片隅には、いつか地元に恩返しをしたいという気持ちがありました。
こうして2019年4月に非常勤の取締役となったのです。当初は苦労しました。多くの社員は「東京からなにしにきたんだ」と反発して相手にしてくれない。社員たちには「どんな改革が行われるのか」という不安があったのでしょう。無理もありません。
■茨城県全体の平均より「給与が低い」という大問題
信頼されるには、目に見える実績を上げるしかない。私はスポンサーを探すため、母校である私立茨城高校時代の同級生を訪ね歩きました。幸い地元企業の2代目、3代目として活躍する同級生が多いんです。スポンサーが徐々に増えるにつれ、社員たちの態度は変わりました。この人は、ただの落下傘経営者じゃない。本気でやる気なんだな、と。
その後、常勤取締役、副社長を経て、コロナ禍の2020年7月に社長に就任しました。
——クラブ経営の現場に立ってみて、どうでしたか。
十数年、メディアの人間としてサッカーにかかわってきましたが、経営にたずさわるようになり、私が見てきた風景は日本サッカーの一側面にすぎないと実感しました。壁一枚隔てたクラブ経営の現場にはまったく違う世界が広がっていたのです。
——具体的にどんな課題が見えましたか。
トップチームを強化する以前の問題として、まずはきちんとした企業体として成立させる必要性を感じました。
ひとつは社員の待遇の悪さです。たとえば、求人募集を行うと履歴書が山ほど届く。ぜひ採用したいと感じる人材も多い。しかし実際の給与を伝えると辞退されてしまうのです。ホーリーホックの給与は茨城県全体の平均より低い。たしかなスキルを持つ人材が、Iターンのような形で、水戸で暮らしながら働くのが難しいという現状がありました。
■「給与が少ない割に、居心地のいい職場」が悪影響
こうした待遇では、近くに頼れる実家が欠かせません。若いうちはいいのですが、結婚や出産などライフステージが変われば転職せざるをえなくなる。
一方で、水戸地域でホーリーホックを知らない人はいません。名刺一枚で、地元の名だたる有力者に会えることも可能なんです。給与が少ない割に、“ステータス”があるんです。いえ、ステータスがあると勘違いしてしまう者が少なくない。頼れる実家があって、少ない給与でもやれる人なら、居心地はいい環境です。厳しい言い方になりますが現状に満足し、成長意欲に欠けるスタッフも少なくありませんでした。
Jクラブは「地域密着」を理念にしたプロスポーツチームでしょう。クラブは、地域の憧れの存在であるべきです。そして、スタッフも憧れに見合う仕事をして、相応の待遇を得るべきです。
クラブ発展のためには、フロントを充実させる必要がある。そう考えて、2019年4月に私が非常勤の取締役に着任してから、スタッフを13名から24名に増やしました。ただし、社員はまだ増やせないので、足りない分は業務委託契約で雇用しました。
■予算は22クラブ中20位で、J2クラブの平均の半額
——経営状況がそれほど厳しいのですか?
ホーリーホックがJリーグに参入した2000年以降、総売上は4億円から5億円で推移していましたが、私が着任した2019年度は7億5000万円にまで伸びました。
ただし、J2リーグ22クラブの平均は約15億4000万円(2019年度)。2020年シーズンのホーリーホックの予算は、22クラブ中20位で、J2クラブの平均の半額に過ぎません。ちなみに、J1リーグ18クラブの平均は49億8000万円です。
同じ常磐線沿線の柏レイソルは、われわれの10倍以上の選手人件費を使っています。対戦すれば、我々のディフェンダーは何十倍の年俸のブラジル人フォワードを止めなければならない。冷静に状況を見れば10回試合をすれば、2~3割の勝率が妥当ではないでしょうか。
予算の少ないチームが強豪から金星をあげる。スポーツならではのロマンですが、現実的に勝率を上げ、勝ち点を積み重ねるには実績のある選手を獲得し、才能ある若手を育成しなければならない。選手にしてもフロントにしてもアカデミーにしても、いい人材を集めるにはまず売上を伸ばし、経営規模を大きくしていくしかないと思い知りました。
■J1昇格はないが、J3降格もない
——それでもホーリーホックは、2020年シーズンは22チーム中、9位。2019年は7位で最後までJ1参入プレーオフを争いました。経営規模を考えると大健闘ですね。
確かにクラブの予算と勝ち点を計算すると、コストパフォーマンスは高いといえます。でも、決して褒められた話ではありません。ホーリーホックはJ1に昇格したことはありませんが、J3に降格したこともない。成績が安定しているために、経営への危機感が高まってきませんでした。
——経営面ではほかのクラブとどんな違いがあるのでしょう。
2020年シーズンでJ2優勝、J1昇格を決めた徳島ヴォルティスは、大塚製薬という責任企業を持っています。責任企業とは、クラブ運営会社の株式のうち51%以上を持つ株主で、よくプロ野球における親会社にたとえられます。
■責任企業を持たない市民クラブの戦い方
J1のクラブに目を向ければ、ヴィッセル神戸は楽天、横浜マリノスは日産自動車、名古屋グランパスはトヨタ自動車、柏レイソルは日立製作所と日本を代表する大企業が責任企業として名を連ねています。責任企業を持つクラブは、たとえ赤字になっても補填を期待できますし、責任企業から人材派遣を受けるなどで経営規模も大きくなりやすい環境にあります。
しかし水戸ホーリーホックは責任企業を持たない市民クラブです。このため経営規模はJ2クラブの平均の半分以下にとどまっています。とはいえ、J1の経験があるモンテディオ山形、ヴァンフォーレ甲府も市民クラブです。ホームタウンの人口もほとんど同じです。それにもかかわらず、売り上げはわれわれのほぼ倍です。
ホーリーホックのホームタウンは、茨城県の県央9市町村で人口は約75万人。しかも県民の給与所得は全国で8位。市民クラブとして発展できるポテンシャルは十分にあると感じています。(後編に続く)
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水戸ホーリーホック社長
1998年、明治大学商学部卒業。98年図書出版入社。2004年よりSQUADにてサッカー専門紙『EL GOLAZO』デスク。2010年よりProduction9にてスポーツ番組プロデューサー。2019年、水戸ホーリーホックの取締役(非常勤)に。副社長を経て、2020年7月より代表取締役社長。
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(水戸ホーリーホック社長 小島 耕 聞き手・構成=ノンフィクションライター・山川 徹)
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