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「タダ券で来る観客は、本当のファンではない」客席の空気を変えたJ2クラブの決断

プレジデントオンライン / 2021年3月7日 12時15分

水戸ホーリーホックサポーター。2020年10月4日、岡山戦での様子。 - 写真=MITOHOLLYHOCK

J2水戸ホーリーホックが経営改革を進めている。昨年7月、社長となった小島耕氏がまず手を付けたのは「無料チケットの配布をやめること」。チケット配布をやめれば、客席はガラガラになってしまう。だが小島社長は「そのかわり雰囲気が一変し、有料入場者数は増えた」という。経営改革の舞台裏を小島社長に聞いた——。(後編/全2回)

■「無料招待チケットの配布をかぎりなく少なくする」

(前編から続く)

——これまでの経営にはどんな問題点があったのですか?

前任の沼田(邦郎)が社長に着任したのが、2008年。リーマンショックでスポンサー企業が離れ、経営難に陥っていました。その3年後には東日本大震災が起き、ホームスタジアムを使えない時期が続きました。

そのときはクラブを存続させて、ホームタウンに暮らす人たちに水戸ホーリーホックの存在を知ってもらうことが優先でした。経営改革やトップチームの強化といった活動は満足にできませんでした。

私がクラブの経営にかかわるようになって、最初にやった経営改革は「無料招待チケットの配布をかぎりなく少なくする」でした。

■入場者数は減ったが、スタジアムの雰囲気が変わった

おかげさまでホームタウンでは私もそこそこ皆さんに顔が知られています。駅前のカフェにいると「応援しているよ」と地元の人からよく声をかけられます。そこで私から「スタジアムで試合を見た経験はありますか」と聞くと、多くの答えは「6年前に一度」「3年前に行ったかな」。水戸の人たちにとって「応援している」は「なんとなく知っている」と同義語になのです。

水戸ホーリーホックの小島耕社長
撮影=プレジデントオンライン編集部
水戸ホーリーホックの小島耕社長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

これを変えるには、「応援」とは「ホーリーホックにお金を使うこと」だと理解してもらわなければいけません。だから真っ先に戦略的でない無料招待チケットの配布をやめました。

すると今度は「最近、タダ券配ってないね。昔はスポンサーさんのお店のレジに置いてあったのに」と話かけられるようになりました。心苦しいのですが、人は一度無料で利用したコンテンツには「タダで当然」と思ってしまいます。それでは本当の応援にはならないのです。有料入場者数を増やしていくためには、無料招待チケットの配布をできる限りやめるべきだと決断しました。

——そうすると、入場者数が減ってしまいますよね。

実際に減りました。そのかわりスタジアムの雰囲気が変わりました。

■「商業主義だ」と批判されても、ブレなかった理由

無料招待チケットを配っていた時期は、試合に飽きた子どもたちが通路を走り回ったり、ゲームで遊んだりしていました。それが現在、有料入場者の割合が平均で8割を超すようになり、お客さんが試合に集中し、選手のプレーに注目して勝敗に一喜一憂するようになりました。

私たちは、お客さんにクラブにお金を使ってもらって、ホーリーホックを支える当事者になってほしいと考えているんです。私の着任後、まず力を入れたのがスポンサー企業以外にも5万円、10万円、20万円を出資してもらう「サポートカンパニー」という仕組みです。出資金の多寡にかかわらず、主体的に応援してもらう仕組みをつくったのです。

だって、100円でも馬券を買えば、レース結果が気になるでしょう。だから水戸ホーリーホックに5万円でも出資すれば、勝敗だけでなく、使い道もチェックするようになるはずです。

そうした施策は、SNSなどで批判もされました。新しい社長は「お金、お金と言い出した。商業主義だ」と。しかし現状に満足せず、本気でJ1昇格を目指すなら、クラブ経営の体質やフロントの意識だけでなく、ファンサポーター、地域の方の意識も変えていく必要があります。

■コロナ禍では身の丈に合った経営を続けることが重要

もしもスタジアムや喫茶店で、私を見かけたらどんどん要望を伝えてほしい。ホームページやSNSからでもかまいません。地元の思いをすくい上げ、クラブを成長させる。そして、サポーターとクラブが一緒になって、ホームタウンに新しい原風景をつくり出す。それが、責任企業を持たない市民クラブのあり方だと考えています。

水戸ホーリーホックが本拠地とするケーズデンキスタジアム水戸
写真=MITOHOLLYHOCK
水戸ホーリーホックが本拠地とするケーズデンキスタジアム水戸 - 写真=MITOHOLLYHOCK

——新型コロナウイルスの影響は受けましたか?

受けました。コロナが発生する前までは、観客数も、グッズやユニホームの売り上げも順調に伸びていたんです。2019年シーズンは過去最高の7位。実績のある選手を獲得し、フロントも増員。当初の売り上げ目標は、前年度の120%の約9億円。この調子なら、10億円にも届くではないという手応えを感じていました。

そんな状況は一変しました。入場料が激減。2020年1月の決算では約5500万円の赤字になる見込みです。

私は2020年7月16日に社長に就任しました。クラブを存続させるため、私は新社長の最初の仕事として資金調達に走り回りました。幸い多くの地元企業から約2億円の資金を調達でき、存亡の危機は脱しました。

これから全国の57クラブの多くは経営規模を縮小せざるをえないでしょう。選手の人件費を大幅にカットするクラブが増えるはずです。責任企業があれば、そこに頼れるかもしれません。でも、われわれは市民クラブです。その分、身の丈に合った経営を続けることが重要だと思います。

■「地元を盛り上げる」は漠然とした言葉

——市民クラブは、地域でどのような役割を果たすべきなのでしょうか?

私はJリーグ57クラブの経営者のなかで、もっともサポーターとふれ合っていると自負しています。コロナ以前からサポーターに「地元を盛り上げてください」「地域に還元してください」とお願いされます。

「地元を盛り上げてください」も「地域に還元してください」も漠然とした言葉です。具体的にどうすればいいのか。市民クラブにはなにが求められているのか。ずっと考えてきました。

水戸ホーリーホックの小島耕社長
撮影=プレジデントオンライン編集部
水戸ホーリーホックの小島耕社長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

Jリーグでは、アウェーツーリズムが盛んです。コロナ禍で見送られていましたが、昨年は10月18日のアルビレックス新潟とのゲームから、アウェーのお客さまを受け入れることができました。アルビレックス新潟さんのサポーターは熱心で、400人以上が応援に水戸まで来てくれました。その多くが市内のホテルに泊まるので、町はにぎわいました。そんな様子を見ていると、コロナで疲弊した町に少しですが経済的貢献できた、と感じました。

■高い年俸を払えないかわりに、選手教育で差別化

コロナが収束すれば、時に1000人以上の相手チームのサポーターが水戸のホテルに宿泊するはずです。そして試合の翌日には偕楽園や千波湖、大洗、笠間などの観光地へ足を運ぶでしょう。こうして経済効果を生み出していくのも、地域に密着するプロスポーツチームならではの地域貢献なんだと改めて思いました。

——水戸ホーリーホックの売上は、J2の22クラブ中、20位(2020年度)ですよね。もともと資金面で劣るなか、選手獲得ではどんな工夫をしているのでしょう。

選手は個人事業主なので、より高い年俸を提示してくれるクラブを選びます。ユース世代の選手を獲得しようにも、茨城県内で能力が高い選手は鹿島アントラーズに、常磐線沿線に暮らしていれば、柏レイソルに行ってしまうかもしれない。

金銭面の争いで勝てないなか、3年前から取り組みはじめたのが「Make Value Project」と名付けた独自の選手教育プログラムです。週1回、外部から講師を招き、「スポーツビジネスと地方創生」や「効果的なトレーニングと遺伝子の関係」「医療とサッカーの共通点」「社会人として必要な基礎知識」など、多様なテーマで講義を続けています。ときには私も登壇して講義を行います。

■1億円を稼げるチャンスがある職業はほとんどない

——小島さんはどんなことを選手に伝えるのですか?

たとえば日本人の平均給与について話します。去年発表された国税庁の民間給与実態調査によると、日本人の平均年収は436万円です。サポーターはそこから、チケットやユニホームを買って応援してくれているんだよ、と。

2021年10月4日の「Make Value Project」の様子。小島社長が「クラブ経営」について話した。
写真=MITOHOLLYHOCK
2020年10月4日の「Make Value Project」の様子。小島社長が「クラブ経営」について話した。 - 写真=MITOHOLLYHOCK

では、君たちはどうか。仮に、いまは年俸600万円だとしても、活躍次第で2000万円、5000万円、1億円だって稼げるチャンスがある。そんな職業はほとんどない。だからこそ、いまを大切にする必要がある、と伝えます。

東大の新入生は年間約3000人。一方、Jリーガーになれるのは年間約160人です。彼らはそれだけ選ばれた存在なのですが、ごく一部の例外を除けば、Jリーガーの身体能力に大差はありません。事実「Make Value Project」を通して意識を少し変えたり、トレーニングを工夫したりしただけで、劇的に伸びる選手もいるのです。

■「誰のおかげでサッカーを続けられているのか」を考える

うちのようなJ2のクラブはさまざまな選手の交差点です。J3からステップアップしてきた選手、J1に入れず不本意に入団してくる新卒選手、長年J2を主戦場にしているベテラン、ビッグクラブから戦力外を通告された元スター選手、J1からのレンタル移籍でふてくされている中堅、ビッグクラブへの移籍を目指す若手……。多様な選手が結束するためにも、なんのためにプレーしているのか、なぜプロサッカー選手になったか、誰のおかげでサッカーを続けられているのか、改めて考える必要があります。そのきっかけとなる場が「Make Value Project」なんです。

——プロジェクトで、選手にどんな変化がありましたか?

変化が顕著にあらわれるのは、ヒーローインタビューや、ファンサービスの一環で行う企業や学校での講演です。自分の考えや思いを言語化できるようになります。

またプロジェクトにはフロントのスタッフも参加します。小さなクラブだからこそ、選手とフロントの距離も近い。選手たちは、フロントのスタッフと接するなかで、自分たちを支えてくれる裏方の存在を実感し、市民クラブのなかでの自分の役割を自覚する選手もいます。

2021年12月9日の「Make Value Project」の様子。
写真=MITOHOLLYHOCK
2020年12月9日の「Make Value Project」の様子。パートナー企業であるノーブルホームとの共同実施で、村田航一、森勇人、平野佑一、住吉ジェラニレショーン、木村祐志の5選手とフロントスタッフなどが参加した。 - 写真=MITOHOLLYHOCK

残念ながら、なにも変わらないままクラブを去る選手もいますが、われわれの取り組みが他チームの選手たちにも広まっているのでしょう。他クラブのオファーよりも劣る条件でも、ホーリーホックを選んでくれる選手が増えています。あるいは、出番の少ない若手に対して「ホーリーホックで修行してこい」とレンタルで送り出してくれるJ1クラブも出てきました。

■社長就任で、収入は前職の3分の2程度に減った

——ホーリーホックには自前のスタジアムを建設する計画もあるそうですね。

そうなんです。売上7億5000万円のクラブが、100億円のスタジアムを建設しようとしているんです。なに夢みたいなことを語っているんだ、と本気にしてもらえないかもしれません。でも、私はよく使う言葉があります。

できっこないことをやらなくちゃ――。

私はもともとサッカー好きが高じてライターになりました。まさかライターがJクラブの社長になるなんて、誰も思わなかったはずです。

社長就任後、「けっこう稼いでいるんでしょう?」と聞かれる機会が増えました。

実際は、映像制作会社時代の3分の2程度に収入が減りました。しかしクラブが成長すれば、これから私だけでなく、選手やスタッフの給与も上がっていくわけでしょう。社長の給与が1000万円になり、5000万円になり……とどんどん増えていく。そう考えると夢がある仕事だな、と感じます。

■どんなに時間がかかっても「J1優勝」は達成したい

ホーリーホックの当面の目標はJ1昇格です。その後はJ1に踏みとどまり、天皇杯やルヴァンカップで決勝に進出する。その後はJ1上位に入り、アジア・チャンピオンズ・リーグも経験する。やがてJ1で優勝争いを演じる……。

すべてを実現するにはもしかしたら30年くらいはかかるかもしれない。私は生きていないかもしれません。でもどんなに時間がかかろうともJ1優勝という目標は達成したい。

責任企業を持たない市民クラブでも、J1優勝が可能だと証明したいんです。そして、ファンサポーター、ホームタウンの方には、そのプロセスを一緒に追いかけて、ホーリーホックの歴史やストーリーを共有してほしい。子どもたちも、タクシーの運転手さんも、ラーメン屋のおばさんも、ホーリーホックの話題で盛り上がる。そんな地域に根ざしたクラブに育てていきたい。それが、Jリーグの、いえ、プロスポーツチームが持つ魅力だと思うのです。

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小島 耕(こじま・こう)
水戸ホーリーホック社長
1998年、明治大学商学部卒業。98年図書出版入社。2004年よりSQUADにてサッカー専門紙『EL GOLAZO』デスク。2010年よりProduction9にてスポーツ番組プロデューサー。2019年、水戸ホーリーホックの取締役(非常勤)に。副社長を経て、2020年7月より代表取締役社長。

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(水戸ホーリーホック社長 小島 耕 聞き手・構成=ノンフィクションライター・山川 徹)

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