世界中に2189人しかいない「ビリオネア」は、なぜ全人類6割より財産が多いのか
プレジデントオンライン / 2021年3月12日 9時15分
※本稿は、水野和夫・古川元久『正義の政治経済学』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■資本は暴走するものだから、ブレーキが必要だ
【水野】人間が本質的に〈進歩〉していないと感じるのは、昨今の資本の暴走について考える時に、より強く実感できます。
古来、多くの人々が警鐘を鳴らしてきましたよね。「資本は暴走するものだから、どこかでブレーキをかけなくてはいけない」と。
アダム・スミスしかり、マルクスしかり、ケインズしかり、ディドロやトマス・アクィナスしかり。本来は人を豊かにするはずの〈資本〉が、時に貧富の差を生み、暴走してしまう。それを防ぐための方法を多くの人が考えてきました。
ところが「新自由主義経済」が主流になった1970年あたりからでしょうか。先人たちの警告が忘れ去られ、再び資本の暴走が始まってしまいました。「市場が倫理だ」「市場で決める価値が倫理である」という説がまかり通るようになってしまった。
【古川】行き過ぎた〈自由〉は、苛烈な競争を生み、そこから脱落する人々を、大勢出してしまいましたね。
■世界の最富裕層の財産総額は、最貧困層の財産より多い
【水野】現在、世界の最富裕層(ビリオネア)は、たったの2189人です。
しかもその総資産額は、今夏、過去最高の10兆2000億ドル(約1081兆2300億円)に達したという。2020年の4月から7月の間で27.5%増えているんですよ。コロナ禍のせいで、「絶好調」だというわけです。彼らのこの財産総額は、最貧困層46億人の財産より多い。
46億人ってどれくらいの規模かというと、全人類の約6割ですよ。地球に生きる6割の人々のなけなしの全財産をかきあつめても、2000人ちょっとの財産に負けるなんて世界、あまりにいびつではありませんか。
ローマ帝国のネロの時代には、北アフリカの領土はたった6人の地主が支配していたそうです。あの広大な大陸を6人が支配していたとは驚きですが、そんな時代に呆れる資格が今の私たちにあるのかどうかといえば、分かりません。西暦64年に起きた「ローマ大火」はネロの放火説がうわさされ、ネロは「燃えろ、燃えろ」と喜んだといわれていますが、そんな狂気は現代にも受け継がれているのです。
【古川】現代の富の不均衡をもたらしたのは、〈新自由主義〉と〈自由貿易論〉、そして〈グローバリゼーション〉の台頭だと、水野さんは以前から指摘されていますね。
【水野】ええ。いずれも「自由」という言葉を使っているので響きがいいんですよね。でも今、それらがもたらした悪影響は、無視できない段階まで行き着いています。
■行き過ぎた競争社会は、たくさんの弱者を生み出す
【古川】新自由主義では、自由な市場競争を何より重視します。政府は公的な関与をなるべくなくし、企業同士も活発に競争させる。そうすることで経済が活性化するという理念の下に、イギリスではサッチャー首相が、アメリカではレーガン大統領が、日本では中曽根首相や小泉首相が〈小さな政府〉を目指しました。
その流れで日本専売公社はJTに、日本国有鉄道はJRに、日本電信電話公社はNTTになりました。今、私たちに日常的なサービスを提供しているこれらの企業は、この時代に生まれたんですよね。私たちの記憶に新しい郵政民営化も、まさにその一環です。
過度に政府が口出しをしないことで、市場に競争原理を持ち込む。その方針はあながち間違いではないと思います。
しかし、行き過ぎた〈競争〉は、その荒波に乗れない弱者もたくさん生み出しました。〈小さな政府〉の下では、社会福祉も削減されがちです。競争に敗れ、しかも国の公的支援を受けられない人も増え、社会の脆弱性も浮き彫りになりました。
ちょうどこの頃からですよね。日本特有の〈自己責任〉論が出てきたのも。非正規雇用から抜け出せないのも自己責任、失業も自己責任、ホームレスになるのも自己責任だ、と。数年前には生活保護の不正申請バッシングも起こりました。行き過ぎた競争社会では、「自分はこれだけ頑張っているのだから、他人も同様に努力してもらわなくては割に合わない」という同調圧力が強まります。
■グローバリゼーションなんて、一時の幻影に過ぎない
【水野】そんな新自由主義と歩みを共にしてきたのが〈グローバリゼーション〉です。20世紀以降の目覚ましいテクノロジーの発達により、人々は遠い場所まで、人や物を大量にすばやく移動させることが可能になりました。大型旅客機や輸送機、大型タンカーなどの登場で、世界中で自由な商売、競争を行うことが可能になったわけです。
![グローバル化の概念](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/2/670/img_3242df5fdd6ef5d66a78d72ac59de693873809.jpg)
しかしグローバリゼーションなんて、一時の幻影に過ぎないと思うのです。だって考えてもみてください。人類はこれまでの歴史で一度も、「世界帝国」や「世界政府」などというものを実現できませんでしたよね。かつて無敵艦隊を誇ったスペインや、最強の騎馬軍団を持ったモンゴル帝国、そしてローマ帝国もイギリス帝国も、結局は地球の限られた領土しか支配下に治められませんでした。
にもかかわらず、新自由主義が謳われ始めたくらいから、「地球は一つ」、「全球化」などというスローガンがまことしやかに言われるようになった。そんなのは、とんでもない“幻想”です。
【古川】そうしたグローバリゼーションを背景に、〈自由貿易論〉も唱えられてきました。国家が過剰な介入や干渉をせず、企業間が自由に貿易を推し進めていけば、輸出国も輸入国も豊かになるはずだという発想です。自由貿易の下では利益や資源が最適分配されていくはずだから、と。
■自由貿易論の限界は、中東が証明している
【水野】しかし、もしその理念が本当に正しいものであるならば、今頃、発展途上国なんてこの世に存在していないはずですよ。
【古川】そうですよね。しかし残念ながら、現実は異なりますね。
【水野】自由貿易論はこの世に誕生して、すでに200年以上が経過していますが、途上国はいまだに途上国のままです。典型的なのは中東です。石油がたくさん出るのに、一向に経済発展していませんし、政治情勢も危ういままです。
【古川】〈自由貿易〉×〈グローバリゼーション〉の相乗効果で、企業のサプライチェーンは幾重にも複雑化しました。
今回、新型コロナウイルスのパンデミックで、一時的にマスクが品薄になりました。日本人が花粉症だ、インフルエンザだと重宝にしているマスクの実に8割が中国産であることを、私たちは今回初めて知りました。マスクだけでなく、よく見ると身の回りのほとんどありとあらゆる商品は、地球の各地を経由して私たちの手元に届けられています。
【水野】先日、ある新聞記事で、企業のトップがこんなことを話していましたよ。「わが社のサプライチェーンをつなぐ距離は、地球と月を往復できる距離だ」と。その経営者は、コロナで初めてその事実に気づいたそうです。
地球と月を往復できるくらいなら、地球だけなら何周もできるほどの距離でしょう。それほどの長距離を、部品なり、原材料なり、加工品なりを日夜せっせと運んでいる。当然ですが、その過程で大量の二酸化炭素も排出しています。
■グローバル企業が豊かになっても、下請けの賃金は雀の涙
【古川】効率や安さを求めて外に出ていく間に、気づいたら地球を何周もしていたなんて、なんだか皮肉な話ですね。
![水野和夫・古川元久『正義の政治経済学』(朝日新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/8/200/img_c880eb47d6e17688fb3922533db2ea13310443.jpg)
【水野】しかし、同様のことは、3.11の東日本大震災でも話題になっていましたよ。企業のサプライチェーンを調べてみると、だいたい三次下請けまでは把握できるけど、四次、五次、六次となると、もはや大元の企業は把握すらできない。こんな不自然な状況は変えるべきだと当時も議論されましたが、喉元過ぎればなんとやら。その後も結局、地球を何周分もする距離のサプライチェーンを構築していたというわけです。
それらのチェーンのどこかで事故なり、災害なり、政治的不安定が生じると、すべての業務が滞ってしまう。蝶の羽ばたき効果のように、地球の裏側で起こった出来事が、私たちの生活や仕事に影響するんです。それが、コストの安さばかりを求め、利益を最大限に追求してきた自由貿易の実態であり結果です。
【古川】ピラミッドの頂点に立つグローバル企業は、その利益でどんどん豊かになっていくけれど、アジアのどこかの国で五次、六次下請けとして働いている人々には、スズメの涙くらいの賃金にしかならない。これが最大の問題ですね。
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法政大学法学部教授(現代日本経済論)/博士(経済学)
1953年、愛知県生まれ。埼玉大学大学院経済学科研究科博士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。主な著書に『資本主義の終焉と歴史の危機』、『終わりなき危機』など。近著に『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』がある。
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衆議院議員
1965年、愛知県生まれ。88年、東京大学法学部卒業後、大蔵省(現・財務省)入省。米国コロンビア大学大学院留学。94年、大蔵省退官。96年、衆議院議員選挙初当選。以降8期連続当選(愛知二区)。内閣官房副長官、国家戦略担当大臣、経済財政政策担当大臣、科学技術政策担当大臣などを歴任。著書に『はじめの一歩』、『財政破綻に備える』など多数。
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(法政大学法学部教授(現代日本経済論)/博士(経済学) 水野 和夫、衆議院議員 古川 元久)
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