「よなよなエール」異例のヒットを生んだ社長が破れるまで読み込んだ一冊
プレジデントオンライン / 2021年3月9日 15時15分
※本稿は、野地秩嘉さんのnote「ヤッホーブルーイング井手直行社長が読み解く「トヨタの強さ」|『トヨタ物語』続編連載にあたって 第8回」の一部を再編集したものです。完全版はこちら。
■業界全体が苦しむ中、大幅な増収を達成
新型コロナウイルスの蔓延はビール業界に大きなマイナスの影響を及ぼしました。しかし幸いにも私たちの会社は大幅な増収を続け、現在も業績は非常に好調です。
正確には、コロナ禍で需要が減少したのは地元・軽井沢の観光需要、公式ビアレストラン「よなよなビアワークス」などの飲食需要、日本以上に被害が甚大な輸出事業などでした。ただ、それを大きく上回る巣ごもり消費によるスーパーやコンビニ向け商品の店頭需要、そして直販の通販需要があり、大幅な増収となっています。
私たちの会社のコロナ対応としては、製造業なので最低限の製造、出荷などに関わる現場作業スタッフのみ出勤を続け、それ以外、全社員の約3分の2ほどは在宅ワークに切り替えました。
好不調の事業の傾向が見えてきてからは、好調な市場に人やお金の経営資源を集中し、不調の市場は製品アイテムを縮小して余剰在庫リスクを一気に減らしながら、経営資源の投入も最小限に留める大胆な判断を行いました。
非常事態なので今までの常識を捨てて、我々自体が「変化」することで何とか乗り越えてきました。
■85年前は、トヨタだってベンチャーだったんだ
『トヨタ物語』は仕事の合間とか移動中、夜に読み、いいなあと思ったところのページを折ったりもして少しずつ読み進めました。そして折に触れて、気に入ったところを読み返しています。読み終えるまでずーっと鞄に入れっぱなしだったので、きれいな表紙がくすんで破けてしまいました(苦笑)。
トヨタ自動車といえば、僕が物心ついたときからすでに大会社でした。自分がビジネスをやり出してトヨタのすごさがわかったときにはもう世界一になっていて。同じ製造業ではあるけれど、あまりに違いすぎるなという目で見ていたんです。
しかし、読み始めると、いつの間にかトヨタの物語に、自分の会社と自分の物語を重ね合わせて読んでいました。当たり前と言ったら当たり前なんですけど、トヨタも85年前に起業したときはベンチャー企業だったんですね。僕らベンチャー企業の人間にとってみれば、トヨタだってベンチャーだったんだ、俺たちだって、頑張っていればいつかはトヨタみたいになれると感じられることが嬉しかった。
おもしろいなと思ったのは、当時アメリカでさえ、まだ車は二百数十万台しか走っていなかった。それなのに、(トヨタ自動車創業者の)豊田喜一郎さんは年間1割として、日本でも20万台ぐらいは売れる、だから会社を作る、と決めた。今のレベルよりはるかにすごいベンチャー魂だったんでしょうね。
これを読んで初めて知りましたけど、トヨタのトップの人たちは確かに現場を大切にしている。みんな製造現場のたたき上げです。トヨタ生産方式って、ビジネスパーソンなら名前だけは知っているけれど、これは現場の知恵なんですね。現場で通用する、現場ならではの知恵。
■トヨタ生産方式で学んだのは「徹底して考えること」
トヨタ生産方式の伝え方で、印象に残ってるのは、「俺たちは知識を伝えるために仕事をしてるんじゃない。考える社員を作るんだ、意識改革なんだ」ということ。
ほんと、その通りなんですよ。僕らもビール造りの素人が集まって、世の中ではあまりやってないような活動をしているのですが、それもスタッフが考えてくれないとできないことです。先日も侃侃諤諤、スタッフと話していて、「そんなこと、どうやったらうまくいくんですか」と聞かれ、「それを探すのが俺たちの仕事なんだよ」と。
僕らの仕事は考えること。誰も答えを教えてくれないし、僕自身もわからない。でも、とにかく考えて新しいことをやって行く。みんなで考え、みんなで意見を出し合って、失敗してもどんどんやっていく。僕らの会社はトヨタには遠く及ばないけれど、でも、考えながら改善していったり、新しいことをひとりひとりが生み出すところが強みだと思うんですよ。意識改革とか、考えることを続けていくことが大事。まさにそうだよなと思いました。
でも、トヨタに比べると徹底具合が足りない。この本を読みながら、トヨタはここまで徹底していくのかと圧倒されました。
■じれったくても現場判断に任せる理由
(トヨタ生産方式を体系化した)大野(耐一)さんは「俺が考えられるようなこと考えるんじゃない」と叱るわけでしょう。時代背景もあるんでしょうけれど、みんな苦労されてますね。特に(トヨタ生産方式の現場定着に取り組んだ)生産調査室のチームの方たちは、ほんとによくやってこられたな、と。昭和のたくましさ、その世代の人たちの強い信念、強いタフさを感じました。
私たちの会社では、現場の各チームのメンバーたちに大きく権限を委譲して、彼らがほとんど考えてくれるようなフェーズに入ってきました。ただ難しいことの判断、世の中で初めての試みの場合は、僕も入って議論をすることにしています。それ以外はアドバイスにとどめて、基本的には待つようにしています。
「僕はこう思う」と強く主張するときもあるけれど、基本的には待てる分は、いつまでも待つ。一見、じれったいところもあるけれど、それを貫くことで、社員は鍛えられ、考える力が強くなっていく。
■「考えられる人」をひとりひとり増やしていく大切さ
待つことと放置は違います。本書でも、「大野さんは見守ってくれていた」と書いてありますが、待つだけでなく、つねに社員を気にかけて、見守っていなくてはならない。僕自身は経営者でありつつ、ファシリテーターの役割を意識をしていて、全然違う方向に行きそうになってくると、ちょっと整理して、立ち止まって、もう一度、考えてもらうようにしています。
そうやって、ちゃんと見てるよ、放置じゃなくてちゃんと見守っているから、安心して決めてごらんよ。最後にうまくいかなかったところに関しての責任は僕がとるからさ、と。
そういうやり方を実践していって、最初にひとり、しっかり自分で考えられる人を育てる。そんな「ひとり」がだんだん増えてきて、多数になってくると、文化になる。それが10年ぐらい続くと、誰が入ってきても、指示待ちではなく、自分たちで改善をしていく文化ができる。
まあそうは言ってもまだまだ全然できてないんですよ。できていないし、やっぱりトヨタと比べると、まだまだ僕らは甘いなと。トヨタは85年という長い間、ずっと改善している。自動車部門を作って、改善の文化を世界中に広げたのですから、すごいことですよ。徹底具合がやっぱりすごい。
■巨大な相手に立ち向かうトヨタのベンチャー魂
そのほかにも注目したことはいっぱいありますけど、やっぱりベンチャー魂です。前にも言ったけれど、何百倍ものシェアを持つアメリカの自動車会社に挑戦するわけでしょう。
僕らヤッホーも今、何百倍ものシェアを持つ大手ビールメーカーを意識しながらやっているわけですから、豊田喜一郎さんの挑戦は心強いです。クラフトビールの世界では、僕らの「よなよなエール」が日本で一番売れています。「よなよな」を筆頭に新しいビール文化を作るんだと意気込んで、「何百倍」に立ち向かっている。
普通は何百倍の同業を相手にしても勝てないと思い込むものだろうけれど、うちが頑張ってビールのバラエティを増やすことで、日本のビール文化が変わっていく。ビール好きの人にとって楽しい日本にしていきたいんです。
僕たちはやればできると勝手に思ってやってきたのが、まあスケールは違いますけど、喜一郎さんも最初は同じだったんだなと思ったら、勇気をもらいました。僕らは大手ビールメーカーをこえようとはまったく思ってないですけど、でも、喜一郎さんを真似すれば、何十年後とかにはやっぱりできるかもしれない(笑)。
■やっぱり大言壮語は必要だな、と
あとすごいなと思ったのは、アメリカに初めてクラウンを持って行ったけれど、アメリカの市場をわかってなくてこてんぱんにやられてしまう。でも、まずは唾をつけておくんだ、と。アメリカ進出とはどんなことかがわかることが重要なんだ、と。
その大言壮語がいいですよね。うちの会社では僕が一番ほらを吹くとされています。大きいことを言うし、まあみんなもちょっとついていけないところがあるらしい(笑)。それでも、昔に比べると、スタッフがきょとんとすることは減ってはきているのですが、やっぱり大言壮語は必要だな、と。信念を持ち続けていくことですからね。
あきらめずにやり続けていたら失敗じゃなくて、成功になるんだ。そういう気持ちは持っていた方がいいですね。僕は経営者なんで、僕が諦めちゃうと、経営は終わってしまう。僕が諦めずに、行けると思ったときにはとことん行っちゃうのが大事なんですね。
トヨタは今よりずっと厳しい時代に、とてつもない挑戦をしているのだから、僕らも、もっともっと挑戦しなければと思いました。
■お金がないから、考えるしかない
豊田喜一郎さんはゼロからの挑戦でした。僕たちもクラフトビールメーカーとしては、本当になんの知識もなかった。ビールを造る機械も日本には大手メーカー向けしかなかったので、海外で調達したのですが、すべて揃った「ビール製造セット一式」を買う資金がなくて、部品ごとに買い集めてバラバラに持ってきて組み合わせて。
寄せ集めだから、しょっちゅうラインは止まるし、故障もする。部品がなくなったら海外製でしょう。取り寄せるのに1カ月も2カ月もかかる……。ほんとに悲惨な感じからスタートしたので、喜一郎さんの苦労話が身にしみました。
ビールの売り方だって、まったくわからなかった。豊富な資金があれば、ド派手な宣伝なんて手もあるのでしょうが、なにしろお金がないから、考えるしかない。ビールを造ること、売ること、すべてにおいて素人でした。素人だったから、考えて仕事せざるを得なかったという感じですかね。考えて、自分たちの手元にあるものでなんとかして、くふうしてやってきました。
■認知されていない「クラフトビール」をどう売るか
最初はなんかワクワクしながら楽しんでやってましたけど、途中で売れなくなって、どん底になって、もう本当にくじけそうになって……。実際かなりの人がくじけて辞めていっちゃいましたけど……。そのうち何人かが残って最後までしぶとくやってきたから、今日がある。
僕は当初、普通の平社員でした。社長は星野(佳路 星野リゾート代表)が兼務していたんです。でも、星野は星野リゾートのほうにいましたから、どうしても現場でのリーダーシップは弱くなる。やがて僕がリーダーを任されるようになっても、当初は手探りで……。最初のうちから、喜一郎さん、大野さんみたいなしっかりした信念と現場力がある人がいたら、うちも、もっと混乱は少なかったし、辞めていく人も減ったんでしょうね。
造るだけでなく、売る苦労もありました。何しろクラフトビールが世の中で認知されていませんでしたから。キリンもアサヒもサッポロもサントリーもあるし、そこに来てこのクラフトビールってのは値段も高いし、何なんだ、みたいな。
■売っているものは「ビール」の先にある
売り方も最初は大手さんがやるようなことを真似して、普通に営業に行ったり、POPを飾らせてもらったり、「パンフレット置いてください」「ちょっと飲んでみてください」と店頭でアピールしたり……。「大手メーカーの常道」を一通り、一所懸命にやったんですが、まったく売れませんでした。もうやり尽くして、これじゃだめだなと思って、始めたのがお客さんが喜ぶ企画、しかも業界大手がやらないような企画でした。
たとえば、「よなよなエールを旅に連れて行ったらおもしろいよ。ビールと一緒の写真を撮って送ってください。写真展をやります」とか。
「このビールっておもしろそうだ」
「この会社はおもしろいことやってる」
おもしろい人たちが造っているビールを、ちょっと飲んでみようか、そんな気になってもらう。そこを頭に入れながら純粋にお客さんを喜ばすには何をしたらいいかを突き詰めてやっていったんです。
結局、車を作るのもビールを造るのもお客さんが喜んでくれて、なんぼです。本書には「自動車会社が売っているのは車じゃない。移動の自由を売っている」というフレーズが出てきますが、僕らもビールではなく、喜びとか楽しみをつくって、売っているんです。
ビールもただの喉の渇きを癒すものではなくて、飲んで幸せになったり、楽しくなったり、何かしらその人自身が嬉しくなる幸せの源泉みたいなものです。車もビールもただの工業製品ではない、もっと違う価値を与えるものなんだなあと思いました。
■60年後も続くブランドでいたい
当然、60年前のクラウンと今のクラウンはまったく違うクラウンなんでしょうけど、けれどもブランドを大事にしている。僕らのよなよなエールも今はこの味ですが、基本的な価値は変えずに、50年後、60年後にはもっと進化したよなよなエールがあって、日本のビールのなかですごく価値があるものになっている。勝手にまたまた妄想なんですけど(笑)。
60年後とかに『トヨタ物語』のように、『ヤッホーブルーイング物語』ができる。そういうふうになっていればほんとに光栄です。まあそれはちょっと夢物語ですけれど。でももし、そうなったら、野地さんに書いてもらいたい。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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