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ナショナルの伝説の営業マンが使っていた顧客の心を一発で掴む「売り文句」

プレジデントオンライン / 2021年3月10日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

どうすればセールストークは成功するのか。みずほ銀行顧問の中澤豊氏は「機能や価格を説明して、相手を説得しようとしてはいけない。必要なのは論理によって説得することではなく、相手に納得してもらうこと。ユーモアのある例え話を使うことで相手を納得させることで、セールストークを成功に導くことができる」という――。

※本稿は、中澤豊『マクルーハン・プレイ アイデアはこうして生まれる』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。

■議論にありがちな「誤った前提」

現代社会は「論理」によって成り立っています。論理は理性的であり、感情に惑わされず正しい判断に人を導くと考えられています。

ですが、「論理的に正しい」ことと「経験的に正しい」ことは違います。例えば、

前提一:すべての人間は死なない
前提二:ソクラテスは人間である
結論:ゆえにソクラテスは死なない

これは論理的には正しいですが、前提を間違えていることがすぐ分かります。その結果、結論も間違えています。つまり、この論法は前提を間違えたら崩壊します。一歩間違うと、論理的に正しいため間違えていることに気づかないまま結論を迎えてしまう危険性があるのです。例えば、この例はどうでしょう。

前提1:このサービスはアメリカで流行っている
前提2:アメリカで流行ったものは2、3年後日本でも流行る
結論:このサービスは日本でも成功する

これは、前提1も前提2も、正しいこともあれば、間違っていることもあります。まずは前提の検証が必要です。ですけど、なんとなく説得力がありませんか。それはこの論法が形式的、数学的だからです。前提が正しければ結論は間違いない、という論法だからです。

そのうえ、「社長がこのサービスに関心もっているらしい」といった、さらに真偽が不確かな前提三が加わることもあります。それでこのプロジェクトは実行に移されることになります。ここまでくると論理的でもなんでもないのですが、このような議論と結論は組織においては日常茶飯事と言えるでしょう。

前提の検証がおろそかなまま、一見論理的に結論が決まってしまうのです。そして、このプロジェクトに気乗りがしなかった人に実行のお鉢が回ってくるのもよくある話です。自然科学と違い、人間社会は実験によって真偽を検証できない事柄で成り立っており、その中で判断を求められます。

偏った論理思考は時に大きな過ちを犯してしまうことがあるのです。マクルーハンはこうした論理思考に対して「狂人は論理的間違いはしない。前提を間違えているだけだ」と強烈な皮肉を投げかけています。

■弁論が下手だったから有罪になったソクラテス

いずれにしても現代社会に生きる人間は、その時々の場面でどういう論法で人を説得するか、どうすれば誤った方向に向かう議論を軌道修正できるか、ということの成否でその人の人生は変わってくるでしょう。

ソクラテスが有罪になったのは、弁論が巧みでなかったからとも言われています。どんなに理屈で相手をやり込めたところで、相手が納得してくれなければ有罪になってしまうのです。「理屈は自分の方が正しい」と言ってみたところで意味がありません。コミュニケーションの成否は、人の心を動かせるか否かにかかっています。

古代ギリシアにおいて巧みな言葉の技術、弁論術を必要としていたのは、政治家と法廷弁護人だけでした。あとの人は、奴隷か自由民です。自由民というのは奴隷を働かせて遊んで暮らしている人なので、言論の技術を身につける必要はありません。

ですが、現代人はみな何らかの組織に属しています。上司の無理難題で機嫌を損ねることなく回避できるかどうか、組織において成功できるかどうか、自己実現できるかどうかは、その人の言論の技術にかかっています。ということは、現代人は古代ギリシアの言論の技術を学ばなければいけないわけです。

別に誰もが弁舌巧みにならないといけないということではありません。組織内のコミュニケーションにおいて、相手はどういう論法できているのか、どういう心理状態にあるのか、自分はどういう論法を使うのがいいのか、明確に語るのがいいのか、ほのめかすのがいいのか、ということを深く考えることが大事であるということです。

■「レジってどんな機械なんですか?」にどう答えるか

単なるプレゼンテーション・スキルを磨くこととは違います。正論を言えばいいというわけでもありません。コミュニケーションとは、説得することではなく、相手の納得をどう獲得するか、ということなのですから。

「説得とは何か」を知るために役立つ一冊の本を紹介しましょう。それは、『ビジネスマンのためのマーシャール』(山本七平/講談社/1988年)という本です。

これは「マーシャール」という言葉が気になって購入したのですが、これが実に面白い本でした山本七平は、山本書店に営業にきたナショナルの伝説の営業マンの話を書いています。当時出たばかりの「金銭登録機(レジスター)」を売りに来たセールスマンT氏に、あまり無視するのも失礼かと思い、ある日、「あれは、どんな機械なんですか」と漠然とした質問をしたことがありました。

レジスター
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

そうするとT氏は「人間を正直にする機械です」と答えたというのです。山本はこの妙な返事に「そりゃどういう意味ですか」と聞き返しました。この時点で山本はもう相手のペースに乗せられていました。

さらにT氏は説明の最後に「いわばせっかく造った商品も、この最後の段階を全うしなければ生かされないわけですから、商品の使命を達成させる機械ともいえます」とも言ったといいます。詳しいことは省きますが、後にT氏がナショナルの伝説のセールスマンと呼ばれたのもむべなるかな、と思える話です。

■「説得」ではなく例え話で「納得」させる

マーシャールとは、古代オリエントで培われた知恵文学のことです。分かりやすく言うなら「譬え話」です。

民族の知恵が凝縮され、さらにユーモアが加味されていれば申し分のない譬え話(マーシャール)になります。ユーモアは、論理がわれわれの脳に強いる線的思考の束縛から解き放ってくれます。マクルーハンの駄洒落(ワードプレイ)がそうだったように。

中澤豊『マクルーハン・プレイ アイデアはこうして生まれる』(実業之日本社)
中澤豊『マクルーハン・プレイ アイデアはこうして生まれる』(実業之日本社)

レジスターを売るとき、機能と価格で売ろうとするのは知識による「説得」です。ですが、いくら機能と価格で「説得」できたとしても、最後の購入の手続き(契約)までしてくれなければ意味がありません。それをT氏は顧客を説得することなく、ユーモアある「譬え話」を使ってセールスの結果を出していました。

イエス・キリストも「譬え話」で伝道しました。セールスと伝道は論破しても意味がないのです。コミュニケーションにおける相手への効果を重視したマクルーハンの手法は、まさにこのT氏やイエスがとった手法と同じだったと言えます。つまり、アナロジー的な理解への誘導です。

世の中には、譬え話でしか相手が納得してくれないことがあるのです。そもそも聞く耳をもたない人を論理で説得しようとしても無理というものでしょう。そんな場合でも譬え話が有効な理由は、譬え話がハイコンテクストなコミュニケーションだからです。

■知っていることと伝えたいことの共通点を示す

同じ文化を共有している相手に用いれば、譬え話に暗示されたメッセージは、なんなく聞き手の心に入り込むことができます。山本は、聖書学者リキオッティの次のようなマーシャールの定義を紹介しています。

最も卑近な現実から始め、最も高い概念を明らかにする。それは無知なるものにも理解できるが、学識のあるものには反省を促す。それは文学的なあらゆる技巧を欠くが、人を感動させる力において最高にみがかれた文学的技巧を凌駕する。それは人を驚かせないで説得する。それは人を征服しないで納得させる。(山本七平『ビジネスマンのためのマーシャール』)

人を征服しないで納得させる言葉がマーシャールなのです。

それは、マーシャールに暗示された「聞き手がすでに分かっていること」と「話し手が新たに伝えようとしているまだ分かっていないこと」がどこか似ていることに感動とともに気づく結果、「分からなかったこと」が分かってしまうということです。

それは一つの創造行為です。あの湯川秀樹博士も、「譬え話」が聞き手のみならず話し手にとってもいかに創造的かをこう語っています。

さて学問における創造性の発現の具体的な形は何かということについて、昔からよく言われているのは、類推という知的作用の活用です。類推と言われるものの中で、一番簡単な形は比喩です。譬え話です。(中略)これは狭い意味での合理的思考ではない。

実証でもない。演繹論理でも帰納論理でもない。(中略)譬え話そのものが、自分自身の考えた道筋を表している場合が多いように思われます。「荘子」など見ても、いろいろ面白い譬え話がありますけれど、荘子自身もそういう譬え話を考えることによって、この世界を理解した。それがそのまま創造的な活動であった。(湯川秀樹『創造への飛躍』)

譬え話は、話し手自身がその複線構造を通じて思索を深めていくための手段でもあるのです。

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中澤 豊(なかざわ・ゆたか)
みずほ銀行 顧問
1958年生まれ。新潟県出身。1982年、東北大学法学部卒業。電電公社(現NTT)入社。1991~97年、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)設立に従事。1997~98年、トロント大学マクルーハン・プログラムにてシニアフェロー。2006~2020年、NTTスマートトレード代表取締役社長。現在、ものつくり大学非常勤講師。著書に『マクルーハン・プレイ』(実業之日本社)などがある。

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(みずほ銀行 顧問 中澤 豊)

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