「男も女もデリヘルを必要としていた」被災地で性風俗取材を続けたライターの確信
プレジデントオンライン / 2021年3月15日 9時15分
■10年前もいまも、東京の風俗関係者が被災地に流れ込んでいた
——小野さんは被災地の性風俗で働く女性たちを継続的に取材されていますが、コロナ禍の今年はどんな変化がありましたか?
2月下旬、被災地を久しぶりに回ってきました。まず福島県郡山市に入り、宮城県の石巻市、気仙沼市、岩手県の陸前高田市、釜石市と沿岸部を北上し、その後内陸部の北上市までクルマで走りました。
被災地の風俗店も新型コロナの影響をもろに受けています。コロナのせいで東京の風俗店が流行らない。仕事がない女性たちが東北の風俗店で働いていました。ただ、経営者もクラスターの発生を警戒し、入店を断っている店もありました。
実は、震災直後も、復興作業にたずさわる人たちや、被災者が受け取る義援金や賠償金などを当て込んで、東京の風俗店が東北に次々と進出していたんです。形は違いますが、10年前も、いまも、東京の風俗関係者が被災地に流れ込んでいるんです。
——「被災地の風俗嬢」の取材を始めたのは、どういった経緯だったのでしょうか。
私が被災地に入ったのは、震災翌日の3月12日です。当初は被害の実態を伝えるストレートニュースを手がけていました。そんな状況が1カ月ほどで一段落した。その時期に、沿岸部の女性が内陸部の風俗店に働きに出ているという話を聞いたんです。家と父親の仕事場を流され、幼い弟と妹のために19歳の女性が「風俗嬢」になった、と。
私は「戦場から風俗まで」をテーマに、20年以上、風俗嬢のインタビューを続けてきました。でも正直に言えば、被害があまりに大きすぎて、震災の影響で性風俗で働かざるをえなくなる女性が出てくるなんて想像が追いつかなかった。
そこで調べてみると、石巻の風俗店が震災の1週間後から営業を再開していた。いま話を聞かないと彼女たちの記録はきっと残せない。長年、風俗嬢のインタビューを重ねてきた自分が取材しなければ、と思ったんです。
■特殊な関係性だからこそ苦悩を打ち明けられた
——震災直後は、利用する客だけではなく、風俗嬢も被災者だったわけですね。
そうなんです。女性たちが私に語った言葉は、これまで被災地で見聞きしてきた現実とは違いました。彼女たちは、被災者の本音を受け止めていたんです。奥さんと子ども、両親を流された男性はこう語ったそうです。
「どうしていいかわからない。人肌に触れないと正気でいられない」
大切な人を喪った男性が癒やしを求めて風俗を利用していた。風俗が男性のセーフティネットになっていたんです。
一方の女性側は、家を流されたり、震災の影響で夫の稼ぎが少なくなったりして、生活のために風俗で働いていた。取材をしてすぐに、女性も男性も風俗によって救われた面があったと気づかされました。男性は自分の心を保つために、女性たちは生活を再建するために、風俗に頼るしかなかった。
——男性にとっては、家族や知り合いには弱音を吐けないという気持ちもあったのかもしれませんね。
そうした話も聞きました。経営者の男性は、社員には言えない本音を性風俗の現場でもらしていた。風俗では、見知らぬ人でありながら、密なコミュニケーションをとるでしょう。男性は、風俗嬢に心身をさらけ出すけれど、彼女たちは決して生活圏に入ってこない他人です。そうした特殊な関係性だからこそ、苦悩を打ち明けられるという人が少なからずいるのだと思います。
■被災者の環境の変遷とともに、性風俗の状況も変わっていった
——震災から1週間後に営業を再開したとおっしゃっていましたが、どんな状況だったのでしょう。
沿岸被災地では、店舗を構えないデリヘルという呼ばれる派遣型の性風俗がほとんどです。震災直後はホテルが営業できるような状況ではありません。営業再開後しばらくは、遺体捜索が行われているなか、女性が客の自宅やアパートに呼ばれていました。それに当時は、深刻なガソリン不足だった。お客さんに呼ばれたけれど、ガソリンがなくて苦労したという話はよく聞きました。
3週間ほど経つとホテルも徐々に営業再開しはじめました。体育館などの避難所で暮らす人たちはお風呂にも自由に入れない。そんな人たちがラブホテルで湯船につかり、そのついでに風俗嬢を呼ぶケースも多かった。
その後、仮設住宅への入居がはじまりますが、また違った問題で性風俗を利用する男性が増えてきた。仮設住宅は、壁が薄く隣の生活音が筒抜けなんです。どうしても隣に遠慮して、夜の夫婦生活の頻度が減る。やがてセックスレスのような状態になり、風俗店を利用する男性もあらわれた。被災者の環境の変遷に合わせるように、性風俗をめぐる状況も変わっていきました。
取材を続けていくと女性側の変化にも気づきました。震災から数カ月が過ぎた夏ころになると、のぼせて汗が出たり、息苦しくなったり、余震に襲われるとフラッシュバックに見舞われたりと明らかにPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状を訴える女性が増えはじめた。そして、ひどい被害にあったお客さんの体験談がつらくて耐えられないと辞めてしまう子もいました。
■震災から3年後、被災地の人が感じた寂寥感
——震災風俗嬢の取材に対して、不謹慎だという反発や批判はありませんでしたか?
あれは、2012年1月でした。石巻の居酒屋で知り合って親しくなった地元の男性に「風俗の取材なんてしても仕方ない。もっと被災地のためになるような取材してほしい」と怒られた経験があります。私自身も震災の傷跡が生々しい時期に、性風俗取材は地元の人たちの気持ちを逆撫でする行為なのかもしれない、と後ろめたさを感じた経験でした。
しかし2年後、その男性と再会したときには「風俗でもなんでも、石巻を取り上げるのなら、どんどん取材して」と態度が軟化していた。2014年くらいになると石巻を訪れる報道陣も減り、メディアが取り上げる頻度も減っていったんです。彼は潮が引いたあとのような寂寥感を覚えていたようなのです。地元の人たちは「取り残された」「忘れられた」と感じていた。だから、たとえ性風俗でも、被災地に関心を持ってもらいたいと思ったんでしょうね。
■被災地では、男女ともに性風俗を切実に必要とした人たちが確かにいた
——長期間、継続して取材したからこそ見えてきた視点ですね。
これまでインタビューをさせていただいた震災風俗嬢のなかで、いまも風俗店で働き続けているのは3人です。都市部の性風俗店は入れ替わりが激しく、1つの店に10年間も在籍するケースはまずありません。そこは性風俗店が少ない地方ならではです。
加えて震災後、風俗嬢たちにとって、お客さんに感謝された経験も大きかった気がします。震災後の苦しい状況のなか、彼女たちだけに苦悩を吐き出せた男性たちは、みな感謝の言葉を口にしたそうです。
さらにリピーターになり、定期的に指名してくれる客もいる。女性たちにとって、未曾有の災害のなか自分自身の存在が、そして風俗という仕事が、社会に必要とされていると実感できたのかもしれません。
人間は建前やきれい事だけでは生きていけない。震災直後の被災地では男女に限らず、性風俗を切実に必要とした人たちが、確かにいたんです。(後編に続く)
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フリーライター
1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。「戦場から風俗まで」をテーマに北九州監禁殺人事件、アフガニスタン内戦、東日本大震災などを取材し、週刊誌や月刊誌を中心に執筆。著作に『完全犯罪捜査マニュアル』『東京二重生活』『風俗ライター、戦場へ行く』などがある。
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(フリーライター 小野 一光 聞き手・構成=山川徹)
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