1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「ロシアには強気だが、中国には配慮」国際会議でのバイデン大統領の頼りなさ

プレジデントオンライン / 2021年3月11日 17時15分

(左)前防衛相の河野太郎氏(右)茂木敏充外相 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■バイデン・フィーバーの今年は異例の顔ぶれに

今年のミュンヘン安全保障会議(MSC)は、2月19日にオンラインで開かれた。1963年より独ミュンヘンで毎年2月に開かれる伝統的な国防会議で、かつては冷戦下における東西陣営の対話にも大いに貢献した。冷戦後はNATOとEUを中心に、国防関係者のみならず、政界、経済界の重鎮が集まる重要な世界会議という位置づけに変容。最近ではロシア、中国、インド、日本なども常連の仲間入りをし、昨年は、河野太郎防衛相、茂木敏充外相(いずれも当時)がそろって参加した。

今年のハイライトになったのが、バイデン米大統領の基調講演だった。普段なら、ミュンヘン安全保障会議に米国の大統領が登壇することはないため、欧州勢は大いに沸いた。

バイデン・フィーバーはたちまち他の首脳に伝染し、置いていかれてはなるものかとばかりに、大物が次々と参加を表明。結局、オンラインという手軽さも手伝ったらしく、メルケル独首相をはじめ、マクロン仏大統領、ジョンソン英首相など錚々(そうそう)たるメンバーが勢ぞろいした(普段なら外相や国防相が出席することが多い)。

■「America is back」にほっとした西側の首脳たち

トランプ政権の4年間、EUと米国の関係は冷え切ってしまい、特にメルケル首相とトランプ前大統領の不仲は悲惨と言えるレベルに達していた。マクロン大統領も、当初、自分はメルケルよりうまく立ち回れると思ったようだが、やはりそうはならず、国連では気候問題で衝突、NATOをめぐってはアフガニスタンからの駐留軍撤退や軍事予算で不協和音と、そのうち軍事同盟どころではなくなってしまった。

こうして皆が頭を抱えていたところに、この日、バイデン大統領が穏やかな顔で登場し、「America is back(アメリカは戻ってきた)」と言ったのだ。思えばあまりにも単純で訝(いぶか)しくなるほどだが、それでも欧州勢はほっとして、これをどうにかして西側の軍事同盟の新しい門出にしなくては、と心に誓った。米国の威力はまだまだ捨てたものではない。

では、バイデン大統領は、America is backの他に何を言ったのか?

彼は、自分が歓迎されていることを知っていた。何を言えば欧州勢が喜ぶかということも。そこで、ホワイトハウスに居ながらにして欧州勢を優しく抱きしめ、彼らの聞きたいことをてんこ盛りにした。少なくとも、そういうふうに私には見えた。

■ロシアには「民主主義を攻撃」と強気だが…

まず、バイデン大統領は、欧州との関係修復の意思を明確に表し、欧州勢を安堵させた。「一国が攻められることは、皆が攻められることだ」として、集団的自衛権を再確認。そして、中国に関しては、「もうわれわれは、世界を分断させかねないような国家間の競争に没頭しているわけにはいかない」と西側の団結を促し、一方のロシアに関しても、「汚職を武器としつつ、民主主義を攻撃してくるクレムリン」とか、「プーチンはヨーロッパの計画やNATOを弱体化させようとしている」などと語気を強めて非難した。

オンラインで開かれた「ミュンヘン安全保障会議」の代替会議にホワイトハウスから参加し、演説するバイデン米大統領
写真=EPA/時事通信フォト
オンラインで開かれた「ミュンヘン安全保障会議」の代替会議にホワイトハウスから参加し、演説するバイデン米大統領=2021年2月19日、アメリカ・ワシントン - 写真=EPA/時事通信フォト

ただ、私が大いに違和感を持ったのは、ロシアのことは「プーチン」「クレムリン」と名指しにして、「ウクライナはヨーロッパと米国の懸案」と強く非難したのに対し、中国については「習近平」も「中国共産党」もなしで、香港にも台湾にも新疆ウイグル自治区にも一切触れなかったこと。バイデン大統領の対中本気度は、よく分からない。

■一番の懸案である「対中」を見事なまでにスルー

ともあれ、講演の最大のテーマは「民主主義」。バイデン大統領は、現在、民主主義と専制主義がせめぎ合っており、われわれは重大な岐路に立っていると強調。つまり、「われわれはこの変容してしまった世界において、民主主義こそが国民の求めていることを達成できるシステムだということを示さねばならない」と、おそらくこの辺りが彼のスピーチの核心だったろう(バイデン大統領は、中国やロシアの政治を表すのにAutocracyという言葉を使ったので、「独裁」と訳さず、「専制」にした)。

また、バイデン大統領はパリ協定への復帰にも言及し、「4年間、欧州が気候温暖化防止のリーダーシップをとってくれたことに感謝している」と、ここでもAmerica is backを強調。イラン核合意への復帰についても同様で、早い話、トランプ前大統領のしてきたことをバイデン大統領が一つひとつ潰し、それに皆が拍手という図だった。

ただ、欧州勢が喜ぶことはたくさん並べたバイデン大統領だが、現在、米国と欧州の間に横たわっている問題は、見事なまでにスルーした。ロシアとドイツの間の海底ガスパイプライン、ノード・ストリーム2の行方(これについては、前回記事で詳述)、NATOの防衛費問題、関税戦争の行方など、何も出てこない。また、本来、彼が一番の懸案として扱っているはずの対中政策も、結局は、民主主義の理念をこね回しただけだったように、私の目には映った。

■次の出番、メルケル首相は「感染症対策」だったが…

そして、この傾向は、その後のメルケル首相の講演ではさらに顕著になった。

彼女はまず、多国間主義、つまり国際協力の重要さを説き、まさにそれを必要としているのが現在の感染症対策であるとした。ただ、驚いたのは次の言葉だ。

「多国間主義の精神は、今年は2年前よりもずっとずっと向上した(メルケル首相は2年前に同会議に出席)。それはジョー・バイデンが米国の大統領になったことと非常に大きく関係している」

トランプ前米国大統領へのあからさまな侮辱だ。

メルケル首相の主要テーマは感染症対策で、環境保護、テロ対策、SDGs(持続可能な開発目標)、アフガニスタン和平、アフリカとシリアへの援助など、ドイツが世界中で行っている活動を挙げた後、話は再び新型コロナウイルス感染症に戻る。

地球上の全員が平等にワクチン接種を受けられるよう、ドイツはCOVAX(WHO主導のグローバルなワクチン普及計画)への18億ドルと合わせ、合計25億ドルを拠出する計画であるという。この日の午前中に開かれたG7首脳会議では、12億ドルの追加拠出も約束している。

なお、ロシアについては、ウクライナ問題が硬直してしまっていることを挙げ、欧米が共同で立ち向かうことが非常に重要であるとした。

■力強いわりには拍子抜けする内容

また、「もう一つの、そして、おそらくより複雑なのが、中国に対しての共同作戦の策定」であるとのこと。何故なら、「中国は一方ではわれわれの(政治)体制のライバルであるが、他方では、グローバルな問題の解決において協力し合わなければならない国」だから。

さらには、「中国はここ数年、強い勢力となった。これに対して、われわれは環大西洋同盟として、また民主主義国家として、行動により対峙しなければならない」と力強い言葉が口をつく。

ところが、次に続いたメルケル首相の言葉は拍子抜けだった。

「だから、例えば、発展途上国におけるワクチンの配布で……」

要するに、現在、世界中にワクチンを配っている中国やロシアに負けないよう、G7も世界中の人々がワクチンの接種を受けられるよう行動しなくてはならないという。中国には民主主義国家として対峙すると続けるかと思いきや、上手に感染症防止対策やワクチン配布にすり替えられてしまった。

もちろん、中国の人権侵害の話などは一切出てこなかった。

■ちぐはぐなドイツの対中姿勢

実は、ドイツの対中政策はまったく定まっていない。ファーウェイの5Gネットワークを採用するか否かも決まっておらず、産業界は中国での投資をさらに増やそうと懸命だ。だから、国防相がアジアの海での中国包囲網に参加すると言っている傍(かたわ)らで、メルケル首相はEUと中国の投資協定の締結を力強く推し進めた。

対中政策の一貫性のなさは、他のEU諸国も似たようなものだ。

しかし、今後、米国が本当に強硬な中国政策を継続するなら、EUはいずれ決断を迫られるだろう。これまでのように、政治と経済は別などという態度は許されなくなる。そうなったとき、問題は、一国の中でさえバラバラな対中政策を、EUレベルでまとめるなどということが、果たしてできるかどうかだ。

特に、これまで20年間、中国と二人三脚で富を築いてきたドイツは、それが突然、行き詰まるかもしれないという現実をうまく消化しきれず、「富はまだまだ築けるはず」という空気が、産業界では非常に強い。

■日本の存在感がますます軽くなっていく

つまり、今回のバイデン大統領の希望に満ち溢(あふ)れた言葉は、集団的自衛権の復活という意味では喜ばしいことだったが、他の山積した問題が減るわけではなさそうだ。中国をめぐる国際情勢も、まだまだ緊張が続く。

なお、今回の会議には、普段なら招待されている中国やロシア、そして日本が欠けていた。オンラインなのでいつもと違うことは分かるが、ただ、世界レベルでの民主主義同盟の構築を謳うなら、せめて日本だけは招かれても良かったのではないか。

特に、欧米が目指す「開かれたインド太平洋」がNATOのアジア版になるとすれば、日本もそのネットワークの中でそれなりの影響力を見せてほしいところだ。

しかし現実には、軍事小国の定めか、あるいは、安倍晋三前首相の欠場のせいか、昨今、国際舞台における日本の存在感はますます軽くなっていくようでとても悲しい。

----------

川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。85年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。90年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『ヨーロッパから民主主義が消える』(PHP新書)、『ドイツで、日本と東アジアはどう報じられているか?』(祥伝社新書)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)など著書多数。最新刊は『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)。

----------

(作家 川口 マーン 惠美)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください