2つの最年長記録をもつ鈴木明子が6歳からスケートを続けられた理由
プレジデントオンライン / 2021年3月16日 11時15分
※本稿は、石井大貴『「目標」を「現実」に変えるたった3つのルール』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■“終わり”が見えて、初めてゴールの設定ができた
私は、10代の頃はまったく計画が立てられませんでした。たとえば、アスリートにとってオリンピックは一番目標とすべきことですが、それに向かって「今、自分が何をしなければいけないのか」を考えることができなかったのです。
むしろ、6歳でスケートを始めたときから、「試合で1位をとりたいから」というより、ただ単純に好きで続けていたら、だんだんと結果が出てきたという感じでした。ひとつずつ扉を開けていったら、次が見えてきたのです。
ところが、18歳のときの摂食障害で、一度、競技から離れ、復帰してから「フィギュアスケートの選手生命は長くない」と気づきました。そこで、「どんな自分でありたいか」「どういうキャリアで終えたいか」をリアルに考えられるようになりました。先が見えたときに、初めてゴールを設定することができたのです。
これ“必ず限りがある”人生においても一緒だと思います。未来をリアルに感じたとき、ようやく、見たくなかった自分、弱い自分に寄り添えるようになり、そこで“目標”というものをしっかり見据えられるようになるのではないでしょうか。
目の前の目標の扉をひとつずつ開いていくのと、ゴールを設定してから向かっていくのと、どちらも経験した私からすると、目標達成という意味では、1年でも、5年でも、10年でも、きちんとゴールを見据えて動いたほうが、実現はしやすいと思います。
■“目標よりも少し先の未来”を想像する
私は目標を長くとらえるのが苦手だったので、出場した2回のオリンピックとも、ちゃんと見据えられたのは1年前からでした。
ただ、「1年後にここに出るんだ」と決めたときには、オリンピックの舞台に立つことをかなり具体的にイメージできるようになりました。自分が演技をしたあとの感情や周りの反応、会場の空気感……それらが、リアルに想像できるところまで、気持ちを持っていくことができたのです。
このように、“目標よりも少し先の未来”を想像することを、私は「目標の向こう側」と表現しています。そして、目標を達成したら、「自分にどんな喜びが得られるのか」「応援してくださる方たちが、どう喜んでくれるのか」を具体的に想像します。その喜びのためだったら、苦しいときもがんばることができるのです。
「目標の向こう側」は、すべて想像でしかないのですが、このイメージを豊かに持てれば持てるほど、自分にも期待できるし、ワクワクできる。この“イメージする力”は大いに利用すべきだと気づきました。
■人の喜びをイメージし、困難を乗り越える
ともすれば、「失敗したらどうしよう」と、悪いことも想像しやすいし、自分だけだと感情的になりがちですが、そこにリアル感のある“人の喜び”を想像できれば、困難も乗り越えることができます。周りの人たちを喜ばせれば、自分も喜ぶことができる――。そんな、好循環をイメージするのです。
もちろん、「悔しさ」をバネにがんばることができる人もいますし、私にもその気持ちもあります。ただ、悔しさだけでものごとを成し遂げた場合、何のためにがんばっているのか、という気持ちが残ってしまいがちです。これでは、ずっとやり抜くことは難しいかもしれません。
仕事も同じで、たとえば「このサービスを提供したら、その向こう側でどれだけの人が便利になるか、どれだけの人が喜んでくれるか」ということが想像できれば、自然と実行する力が湧いてくるのではないでしょうか。
こうした想像力を持つには、普段から人を観察したりして、「こうすれば喜んでくれるんだな」と、素直に感じ取る力を磨くことが大切だと思います。
■“何のための目標なのか”を見つめ直す
2013年の全日本選手権は、1年前に「結果がどうあれ、ここで選手としてのキャリアを終える」と、決めていました。
ちょうどその5年くらい前から、元旦に必ず1年の目標計画をつくるよう指導されていました。まず将来の姿を書き、次に今年1年の目標を書き、1月、2月、3月……と12月まで、その月に自分がやらなければならないこと、それを達成したときにどういう結果が得られるのかを書いていました。
私は自分自身に自信を持てるタイプではなかったので、目標も控えめでした。しかし、その年の1年の目標には「全日本選手権優勝」と書いたんです。初めてのことでした。
そのとき想像したのは、ずっとサポートしてくれていたコーチたちに「この子を教えてきてよかったな」と思ってもらうことでした。ものすごく厳しかったコーチたちを、何とか泣かせたくて。
ところが、いくらがんばっても空回りが続く“スランプ状態”に陥ってしまい、直前は泣きながら練習していました。でも最後の1週間、本当に基本的な練習に集中したことが突破口になったのです。ジャンプなら半回転の練習から見直すなど、すべての基礎確認を1週間かけてやっていきました。
■「自分が何のために、この目標を達成したいのか」
そのとき一番大事だったのは「自分が何のために、この目標を達成したいのか」ということの再確認だったと思います。人は追い込まれているときは、それが見えなくなります。そこをシンプルに、「今、どうしてこれがやりたいのか」と見つめ直すことができました。
それで、もう一回覚悟が決まり、結果として全日本選手権優勝という結果が出たのだと思います。
今の目標は、プロフィギュアスケーターとしてよいパフォーマンスができる限り、自分のベストを尽くし続けていくこと。そして、学校や企業で講演することが多いので、自分の経験をきちんと言葉にできるようにしていくことです。伝えるスキルを磨き、少しでも多くの人の夢を叶えるお手伝いをできたら、と思っています。
■著者・石井大貴の取材後記
鈴木明子さんのお話を伺って、アスリート・表現者の中でも特出した「想像力」の持ち主だと感じました。
それゆえ、ネガティブな想像に陥ることもあったのかもしれません。
しかし、「自分の喜びの先に他者の喜びがある」という本質に気づき、ご自身の考えや目指す方向に自信が持てるようになったのではないでしょうか。
1985年3月28日、愛知県生まれ。大学入学後に摂食障害を患い、03~04年シーズンは休養。翌シーズンに復帰後は09年全日本選手権2位となり、24歳で初の表彰台。翌年、初出場となったバンクーバー五輪で8位入賞した。14年ソチ五輪では2大会連続8位入賞。同年の世界選手権を最後に引退した。現在はプロフィギュアスケーターや振付師として活躍する傍ら、講演活動に力を入れている。
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金沢工業大学虎ノ門大学院客員准教授、LOCON株式会社代表取締役
LOCON株式会社代表取締役。金沢工業大学虎ノ門大学院客員准教授。博士(メディアデザイン学)。1982年東京都生まれ。慶應義塾大学メディアデザイン研究科後期博士課程修了。2019年につくし会代表である母・石井美恵子の意志を継ぐことを決意し、15年間勤めた(株)TBSテレビを退社。現職では、「好きな道で輝く人を育てる」をモットーに、つくし会幼児教室の運営、ナニーサービス、研修事業を展開。千葉ロッテマリーンズを始めとするスポーツチームや多くの企業へのコーチングを行っている。著書に『親子で体・心・脳を育む つくし会式「知育」メソッド』(ぴあMOOK)がある。
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(金沢工業大学虎ノ門大学院客員准教授、LOCON株式会社代表取締役 石井 大貴)
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