飲食店を見殺しにする「非科学的な政府」と「無責任のメディア」の罪深さ
プレジデントオンライン / 2021年3月15日 9時15分
■コロナ禍とBSE問題の意外な共通点
今回のコロナ禍で、思い出すことがあります。BSE、牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病問題です。
メディアでは、連日、バタバタと倒れる牛を映し出しては、その恐ろしさを伝えていました。その姿がいまも記憶に焼き付いている人も多いのではないでしょうか。
日本では2001年に、アメリカでは2003年にBSEに感染した牛が発見されましたが、アメリカで発見された2003年12月23日、わたしは、アメリカ大使館の農務部に勤務しており、日米政府窓口として、この問題に対処しました。
発生が確認されてすぐの24日の朝の早朝5時に農林水産省へ報告に来てほしいと連絡がありました。ところが、そのすぐあとにまた電話がかかってきて、メディアが殺到しているので別の場所にしてほしいと。結局そこにもメディアが殺到しており、たいへんな騒ぎになっていました。
アメリカから牛肉が入ってこなくなる……と、流通産業、外食産業、食品加工産業など大混乱です。
それからの数年は、アメリカの牛肉の最大のユーザーであった吉野家の安部修仁社長(当時)や外食産業のリーダーの方々と、一日も早い輸入再開を目指し、立場を超えて意見交換する機会が増えました。
このBSEとコロナとが、なぜかぶって感じられるのか。それは、政府の非科学的な対策、とメディアの無責任な報道などのせいです。
■税金のムダ遣いだったBSEの全頭検査
BSEというのは、牛の病気のひとつで、BSEプリオンと呼ばれる病原体に感染した牛の脳がスポンジ状になり、異常行動、運動失調などを示し、最後は死に至るというものです。
日本でこのBSEが発生したのは2001年9月のことでしたが、その際、日本政府は全頭検査を実施します。
全頭検査と聞くと、すべての牛の検査をすることで、安全が保障され、安心して牛を食べることができる、そうイメージするかもしれません。しかし、実際はまったく違います。
BSEは生後半年から1年ごろにBSEプリオンを含むエサを食べて感染するとされ、腸から脊髄を経て、脳にたどり着くまで3年程度かかります。そのため、30カ月齢以前の牛の脳を検査しても、プリオンを検出はできません。それなのに、若い牛も含めすべての牛を検査すれば「安心だろう」ということで検査をしていたのです。
無駄だということは、厚生労働省、農林水産省もわかっていたにもかかわらず、そこに何十億もの税金をかけたのです。
■「安全」よりも「安心」が優先される現状
わたしは、このとき、日本の中で、「安全と安心」がまったく混同されてしまったのではないかと思っています。
メディアは、BSEに感染した人は1人も出なかったにもかかわらず、バタバタと倒れる牛の映像を繰り返し流すことで人々のパニックをあおりました。
そうしたマスメディアの報道によって過熱した国民の不安をやわらげ、「安心」させるために、政府は科学的には根拠がない全頭検査を行った。つまり、「安心」の確保のための施策をとったということです。
本来、「安全」だからこそ「安心」できるのに、「安全」よりも「安心」が優先される。BSE問題はその契機になったのではないかと思っています。
■「全頭検査=安心」論がかき消した科学的真実
では、どうすればよかったか。狂牛病の原因であるBSEプリオンは牛の腸から入り脊髄を通り、脳にたまります。そのため、科学的根拠に基づいた対策としては、プリオンがたまるところ、つまり脊髄をはじめとするそれらの「特定部位」の除去を徹底すればいいのです。
しかし、その説明は「全頭検査=安心」論によってかき消されてしまいました。
そのため、その2年後にアメリカでBSEが発生した際も、日本はアメリカ側へ全頭検査をするよう申し入れました。ところが、アメリカは、無意味なことに税金を投入するはずもなく、全頭検査に同意をしませんでした。
その結果、輸入再開交渉はこじれ米国からの牛肉が3年半もの間、入ってこなかったのです。
■コロナで再び起きた「安心」のための政策
BSEのときの全頭検査に対応するのが、今回の「飲食店の一律の規制」にあたるのではないかと思うのです。
わたしは、アメリカ大使館のあと、日本フードサービス協会というところにいたので、外食の業界の方とはいまもすごく近しい関係にあります。今回、コロナの波が来るたびに、飲食店に一律で自粛を政府は求めました。「夜の街」での感染拡大が原因ということですが、時間と感染とはまったく関係がないはずです。
それよりも同じ人数の人が来るのであれば、長時間営業にしてばらけて来店したほうが密集を防ぐことができ、感染のリスクは減るはずです。そもそも「夜の街」などという定義もない曖昧な表現を行政のトップが使うべきではありません。
BSE検査とは逆に、PCR検査をすれば感染者はわかるのですから、疫学的に必要な数の検査をし、有病率を示し、それに基づいた科学的な施策を講じるべきです。そうすれば日々の感染者数の動向に一喜一憂せず、クリアしなくてはならない指標がわかるはずです。
特定の業種・業態だけが一括りにターゲットなることもありません。にもかかわらず、店舗の規模やその業態にもかかわらず一律で時短営業にするなどというのは、まったく科学的な根拠がなく、単なる安心のためだけの施策だと思うのです。
たしかにお酒が入って、タガが緩むとクラスターの温床になるというのは、現象としてはわかりますが、それは行動の問題であって、朝であっても昼であっても同じように起きる可能性はあります。実際、昼のカラオケでクラスターが発生したという話も何回かありました。
ただわかりやすいから、みんな判断がしやすいからという理由だけで、一律20時閉店というのは、手抜きの政策そのものです。
■日本では曖昧にされる「リスク」
もちろんBSEと今回のコロナとでは別の話ではあります。
コロナはヒトの命にかかわる感染症であり、実際に日本だけでも何千もの人が命を落としています。
一方のBSEは、同じように命にかかわる病気とはいえ、実際にBSEが直接の原因で命を落とした人は日本でいません。
同列で語ることはできませんが、マスメディアの表現、政府の対応としては同じではないかと思うのです。
リスクというのは、日本語にとても訳しづらい言葉なのですが、「危険可能性」とか「危険の度合い」といったことを意味します。「危険」と同義語ではありません。
リスクには三つの原則があって、リスクアセスメント、つまりリスクを評価する、どれくらい危険か、どういうことをしたら危険度が高まるかという評価をし、リスクマネジメント、それをどう管理するかというのがあって、最後にリスクコミュニケーション、どう伝えていくかという3本柱があって成り立ちます。
リスクを評価し、それに対して科学的根拠に基づいた政策を提示し、それを周知徹底させる。その点が日本ではとてもあいまいです。
■日本の弱点、克服の契機に
BSEをきっかけに食品分野では、このリスク問題に取り組んできました。食品安全委員会がリスク評価を、厚生労働省、農林水産省がリスク管理をという分離がなされましたが、リスクコミュニケーションが得意ではありません。
そこで吉野家の安部社長(当時)と日本フードサービス協会の加藤一隆専務(当時)が音頭をとり食の安全・安心財団が設立されました。現在では「食の安全」に関する羅針盤として、そのミッションを十二分に果たしています。
コロナにおいても、ワクチンも開発され、いずれ収束していくことでしょう。
でも、そのあと、総括をし、リスク評価、管理、さらに科学的根拠に基づいた政策を提言し、それを周知させるための仕組みを確立していくことができなければ、今後同じようなパニックを起こすことになりかねません。
同じように、今後総括が進み、次なるパンデミックに備えていくことを切に願います。
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日本フードサービス協会前常務理事
1963年生まれ。2003年、アメリカでBSEが起きた当時、アメリカ大使館農務部 首席政策顧問として、対日米政府の窓口となる。その後、日本フードサービス協会の常務理事として活躍した後、現在はマーケットメイカーズインク副社長として日米の食に携わる仕事をしている。
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(日本フードサービス協会前常務理事 福田 久雄)
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