「総額200兆円」猛進する米国コロナ対策は"インフレ発生"の予兆だ
プレジデントオンライン / 2021年3月12日 17時15分
■200兆円規模の経済対策法案が成立
3月11日、米国のバイデン大統領は、上下両院で可決された1.9兆ドル(約200兆円)の新型コロナウイルス対策法案(別名、アメリカン・レスキュー・プラン)に署名した。バイデン大統領としては、大型の経済対策の成立によって世論に成果を示したいということもあったのだろう。
1.9兆ドルの経済対策に関して、経済の専門家の間では賛否両論を含めさまざまな意見がある。特に、経済対策によるインフレ(物価上昇)が一時的か否かは重要だ。米財務省やFRB(連邦準備理事会)の関係者は、今回の経済対策が物価の上昇に与える影響は一時的なものにとどまると考えている。
しかし、インフレ楽観論に対して、今後、相応のペースで物価が上昇し続ける展開は排除できない。どの程度の期間で見るかにもよるが、中長期的な米国経済の展開を考えるとインフレ進行のリスクはある。物価上昇が鮮明となればFRBは金融政策の正常化に動き、世界経済には無視できない影響があるだろう。
■バイデン政権が重視する雇用・所得の改善
バイデン政権は、コロナショックによって傷ついた米国経済の立て直しのために財政支出を重視している。2月にオンラインで開催された主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議などの場で、元FRB議長であるジャネット・イエレン財務長官は、新型コロナウイルスのパンデミックによる経済的な苦境の克服に向けて「大胆な財政出動を実施すべき」と主張している。
イエレン氏をはじめバイデン政権が重視するのは、財政面から雇用・所得環境の回復を支えることだ。新型コロナウイルスの感染拡大によって、2020年の米国経済は第2次世界大戦後で最悪の状態に陥り、雇用環境の悪化は深刻だ。昨年4月第2週頃を底に米国経済は緩やかに持ち直しているが、2021年2月の失業率は6.2%と、コロナショック発生前の水準を上回っている。
非労働力人口は高止まりしており、家計、個人レベルで日々の生活に苦しむ人が増えたことは見逃せない。2020年10~12月期の金額ベースでみた米国の実質GDP(国内総生産)は、コロナショック前のピークの約98%にまで回復しているが、雇用回復のペースは緩慢だ。経済格差の拡大などの課題もある。
■15万円の現金給付、失業給付も上乗せ
その状況下、バイデン政権は財政支出を慎重に進めるリスクは高いと判断した。つまり、小出し、小出しに経済対策を実施した結果として、雇用の回復に多くの時間がかかる展開を危惧した。言い換えれば、バイデン政権は足許の米国経済にとって、大胆に(巨額の)財政出動を行うベネフィットは、慎重な財政政策のリスクを上回ると考えている。
![ニューヨーク](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/4/670/img_74b2a4f791675f02b4e5e8a997aabbff938182.jpg)
その考えに基づき、米国の上下院では民主党主導で1.9兆ドル(GDPの10%程度)の経済対策が可決された。主な内容は、現金の給付(総額4000億ドル、最大で一人当たり1400ドル(約15万円)を支給、米家計の85%が対象)や、失業給付(総額2500億ドル、平均して週370ドルの失業給付に300ドルを上乗せ)だ。
対策の実施によって4~6月期以降の米個人消費の勢いは増すだろう。今後の感染動向にもよるが、ワクチン接種によって年後半の米国経済は正常化に向かい、景気が急回復する可能性は追加的に高まっている。
■予算は昨年10~12月期名目GDPの13%を占める
その状況下、米国では過剰な需要が発生する可能性がある。経済の専門家の中には、年後半にかけて需要が急速に回復して物価上昇が勢いづき、インフレ率が3%程度に達する展開を想定する者もいる。過剰な需要の発生によって、米国の物価が一時的ではなく、相応の期間にわたって上昇する展開は軽視できない。
冷静に考えなければならないことは、昨年12月にも9000億ドル(約97兆円)の経済対策が成立したことだ。今回の1.9兆ドルを足し合わせると、経済対策の規模は2020年10~12月期の名目GDPの13%程度だ。経済対策の規模はやや過大に映る。
それに加えて、米国では個人の貯蓄が大きく増加している。その要因は、感染の拡大によって消費が減少したことや、これまでの現金の給付などだ。ワクチン接種によって経済活動が正常化すれば、貯蓄は消費に回るだろう。それと経済対策の効果が重なることによって、米国経済では比較的短い期間で需要が供給を上回る可能性がある。
■持続的なインフレが起きる可能性は高まっている
バイデン政権はインフラ投資を実施することも公約に掲げている。インフラ投資は雇用の回復を支え、個人消費のモメンタム(勢い)を強める要因になり得る。少し長めの目線で考えると、米国では想定されるよりも長い期間にわたって需要が供給を上回り、物価が押し上げられる可能性がある。それに加えて、中長期的な展開として、財政支出が増加し続けた場合には、どこかのタイミングで財政への懸念が高まり、通貨価値は減価し始めるだろう。その結果、インフレの進行には拍車がかかるだろう。
![野菜](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/3/670/img_73d72a82ea44dce42da74e6e61082b621312204.jpg)
時間軸を分けて考えると、短期間で米国の物価が急伸する可能性は抑えられている。しかし、半年、あるいは1年程度のタームで考えると、徐々に米国経済ではインフレ進行の兆しが鮮明となり、FRBが重視する2.5%程度のインフレ率が達成される展開は排除できない。今回の経済対策の成立によって、米国では一時的ではなく、持続的なインフレ発生の可能性が高まったとみる。
■低金利環境やワクチンへの期待で投資資金がシフト
年初来の米国の金利や株価の推移を考えると、粘り強いインフレ進行を警戒する投資家は、まだ多くはない。3月に入り、米国の長期金利(10年国債の流通利回り)は1.6%程度まで上昇した後、しっかりと低下した。米10年国債入札を見ても、需要は安定している。3月10日の長期金利の水準は1.51%だ。理論的に長期金利は、潜在成長率、期待インフレ率、およびリスクプレミアムを合計することによって求められる。昨年12月時点でFRBは米国の潜在成長率を1.8%としている。
足許、期待インフレ率(10年のブレークイーブン・インフレ率)は2.2%程度だ。リスクプレミアムをゼロとした場合、長期金利の理論値は4.0%だ。米国債の投資家の一部はインフレ懸念を意識しつつあるが、過半数の投資家が本格的に物価上昇を懸念するには至っていないといえる。
それが、低金利環境の継続期待の根底にある。それに加えて、ワクチン接種による経済正常化や財政政策への期待から、米株式市場ではIT先端銘柄から既存産業へ、投資資金がシフトしている。3月10日、ナスダック総合指数が下落した一方で、ニューヨークダウ工業株30種平均株価が上昇したのはその表れだ。
■インフレを回避できなければ、各国財政にも影響する
また、過去数十年の間、米国では財政支出が増えてもインフレは回避された。そのため、現状、米財務省やFRB関係者、IMFの経済の専門家などがバイデン政権の経済対策が物価上昇に与える影響は一時的と考えている。
ただし、過去がそうだったから、今回も同様の展開になるという保証はない。実際に本格的にインフレが進み始めると中央銀行が金利上昇圧力を抑えることは難しい。短期から超長期まで、各年限の金利に上昇圧力がかかり始めると、米国では住宅ローンや学生ローンの返済負担の増大に直面する個人が増え、消費は落ち込むだろう。その場合には、世界各国の財政や債務問題への懸念も高まる。
バイデン政権の経済対策が一時的ではなく、粘り強いインフレ進行の要因になる可能性は軽視できない。そのリスクを抑えるためには、バイデン政権が米国の実体経済と資産価格の動向などを冷静に見極め、状況に応じた必要な政策の修正を実施することが必要だ。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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