EVは時代遅れに「エンジンのまま完全カーボンフリー」を実現する"あるシナリオ"
プレジデントオンライン / 2021年3月14日 9時15分
■マツダMX-30のEV版に試乗してみた
先日、マツダMX-30のEV版を試乗する機会を得た。EVに試乗するたびに思うのだが、街中で一般的な移動目的で車に乗る場合、ガソリン車と比べてEVのほうが快適である。
まず静かで振動が少ない。さらに加速性能にも優れる。EVは高速域になると加速力が衰える傾向があるが、停止からの出足、また一般道での60km/hあたりまでの俊敏さはガソリン車より圧倒的に勝る。ほとんどのEVはバッテリーを床下に搭載しており、低重心で安定性も高い。
つまり日常使いでは良いことずくめなのである。
では、なぜ普及しないのか。主たる理由は皆さんご存じの通り高価であること、そして航続距離が短く、電気がなくなると充電に時間がかかることだ。自宅車庫で一晩充電して、その範囲内だけで車を使うならガソリンスタンドに行く必要もなく便利だが、それを越えると極めて不便なものとなる。
■バッテリー容量の問題をどう考えるか
MX-30のEVもご多分に漏れず航続距離は短い。カタログ値では256kmだが、現実的には200km弱といったところで、出先で30分急速充電しても得られる走行距離は100km程度だろう。ガソリンモデルであれば満タンで600km程度は走れると考えられるのでこの差は大きい。
MX-30のバッテリー容量は35.5kWhで、日産リーフの40kWh~62kWh、フォルクスワーゲンID.3の45kWh~77kWh、テスラモデル3の55kWh~75kWhと比べても見劣りする。これだけ見るとMX-30のスペックが頼りなく思えるが、マツダは熟慮の末この容量に決定したという。
EV、というよりもリチウムイオン電池の生産には多くの電力を必要とする。火力発電が主力の現状では、EVは生産時に多くのCO2を排出することになる。もちろん、ノルウェーのように電力がすべて再生可能なグリーン発電の場所で生産すればCO2問題はないが、日本で生産する以上この問題は避けられない。日本の火力発電比率は75%、EUは40%である(2019年)。
■火力発電比率の高いエリアではハイブリッドがベター?
MX-30のEVは欧州市場をメインに企画された商品のため、日本で作って欧州で使われるということを念頭に置き、生産から使用におけるCO2排出量のシミュレーションを行うと、ディーゼルエンジン搭載車と比較してCO2排出量が走行距離8.6万kmの時点でイーブンになるのが35.5kWhという容量とのことだ。
航続距離を伸ばそうとして大容量バッテリーを積んでしまうと生産時のCO2排出量が大きく増えてしまい、イーブンになる走行距離はその分増えることになる。
マツダはバッテリーの寿命は16万kmと想定しているということで、このバッテリー容量であれば生産から廃車にいたるプロセスで十分なCO2削減効果が得られると判断、この容量に決めたということである。
日本で使用する場合は、火力発電比率が高いため使用におけるCO2排出量が欧州よりも多くなってしまうので、より多く走行しないとCO2削減効果が得られない。日本では10万~15万km程度で廃車になるケースが多いと考えると、MX-30のバッテリー容量でもCO2削減効果はあまり得られないということになる。
これはCO2排出量の少ないディーゼル車との比較なので、ガソリン車との比較では多少の削減効果はあるかもしれない。しかし最新のハイブリッド車であればディーゼルよりさらにCO2排出量は少なく、火力発電比率の高いエリアではEVよりハイブリッドのほうが環境に優しいと考えるべきだろう。
■「どこでバッテリーを作るか」という大問題
このことは重大な問題を示唆している。EVのCO2削減効果というものは、どこでバッテリーを作るかによって大きく変わってしまうということだ。
現在、EV用バッテリーシェアでトップは韓国のLG化学、2位は中国のCATL、3位が日本のパナソニック、4位が韓国のサムスンSDI、5位が中国のBYD、6位が韓国のSKイノベーション、7位が日本のエンビジョンAESC、8位は日本のPEVEである(2020年)。なんとこの8社で9割以上のシェアである。残りの1割も中国メーカーが多い。
つまりEV用バッテリーの生産は日中韓3カ国のメーカーに占められているのだ。もちろん生産は日中韓だけで行っているわけではないが、本国での生産が多いと考えられる。韓国も中国も火力発電比率は約70%、しかも両国ともCO2排出の多い石炭火力が主力だ。
テスラはアメリカと中国で生産しているが、使用しているバッテリーはパナソニック製で、日本のほかアメリカでも生産している。アメリカでも火力発電が6割以上(うち石炭は3割以上)を占めている。
アメリカで建設が進んでいるテスラとパナソニックの合弁によるギガファクトリーは、完成の暁(あかつき)には生産に必要な電力はすべてグリーン電力とするとしているが、EVの生産だけをグリーンにすればよいという話ではないだろう。ちなみにテスラの中国工場では、CATL製のバッテリーも使いはじめるようだ。
■グリーン電力でなければ「環境にやさしくない」
さらに、EVは走行時にも大量の電力を消費するので、それもグリーン電力でなければCO2削減の意味は薄れる。つまり、EV化を進めるべきか否かということは、発電がどれほどグリーンになっているかということと極めてリンクしているのである。
テスラはモデルによってはMX-30の3倍近い100kWhのバッテリーを搭載しているので、現在の作り方では、廃車まで使い切ったとしても内燃機関車よりも多くのCO2を排出することとなると考えざるを得ない。火力発電比率の高い日本やアメリカ、中国でテスラに乗ることは、かえって地球温暖化を促進してしまうのである。
欧州メーカーのEVは、発電のグリーン化が進んでいるEU内でバッテリーが作られているならCO2削減効果は日米中のメーカーより高いと考えられる。
しかし現在のドイツのEVは妙に高性能指向のモデルが多く、80kWh~100kWhという大容量バッテリーを搭載している上にパワフルなモーターを使っているため走行時の電力消費も大きい。仮にバッテリーがすべてEU製だとしてもCO2削減効果は極めて限定的だろう。欧州製EVも、日本で乗るのは環境に優しくないと考えるべきだ。
■「グリーン化を進めつつ発電量も増やす」という難題
現在、欧州を先頭に発電のグリーン化が進んでいるが、同時に火力発電の廃止も進めなくてはならない。グリーン化を進めつつ発電量も増やすのは容易なことではないだろう。
EVの急速な普及は、生産でも使用でも電力需要の急速な拡大も意味するので、火力発電を増やす必要が生じて発電のグリーン化の足を引っ張ることにもなりかねない。それでなくても電力需要は逼迫(ひっぱく)しているのである。俯瞰(ふかん)的に考えた場合、既存の電力需要のグリーン化がまず優先されるべきなのではないか。
現状の発電状況は、先行しているヨーロッパにおいてでさえグリーン化プロセスの途上であり、EVを普及させるよりハイブリッドをより効率化させて普及させるほうが社会全体のCO2削減に効果的なのではないだろうか。
しかも、そのほうがユーザーの経済的負担も軽く、利便性も今と変わらずに車に乗ることができるのだ。ディーゼルとハイブリッドを組み合わせれば、さらにCO2を削減することができるかもしれない。
■理論上は正しくても現実性は…?
EV用途に限らず発電のグリーン化は進める必要があるが、大きな問題もある。グリーン発電の主力は水力、風力、太陽光となると考えられるが、どれも発電量は自然環境に依存する。風が弱ければ風力発電量は少なくなるし、悪天候が続けば太陽光発電はほとんど期待できない。需要と供給のミスマッチは不可避だ。
それを解決する1つの方法として、スマートグリッドというものが考えられている。
EVが普及すれば、そのEVに大量の電力が貯め込まれている。EVは稼働していないときは充電器につながれていると考えられるので、発電量に余裕があるときに充電し、電力が不足しているときはEVのバッテリーから逆に電力を調達するという考え方だ。
しかしこの方法は、ユーザーサイドの協力も欠かせない。電力が逼迫しているときは極力EVの利用を控える、駐車中は必ず車と充電器を接続する、などだ。理論上は正しくても、どれだけ現実性があるかは不透明だ。
■グリーン電力でカーボンフリー燃料が実現できる
一方、将来電力のグリーン化が進み、世界中のほぼすべての発電がグリーンになったとすると、全く新しい可能性も見えてくる。グリーン電力さえあれば、カーボンフリーの燃料の合成ができるからだ。
一番わかりやすいのは水素で、水素は水を電気分解すれば生産できる。多くの自動車メーカーが水素で走る燃料電池車の開発に力を入れている(現在EV一辺倒に見える欧州も、水素の活用を中長期的には見据(みす)えている)のは、このような将来像を描いているからだ。
燃料電池車は水素から発電して電気モーターで走るので、冒頭で書いたようなEVの走り味と、内燃機関車と変わらない航続距離と燃料補給時間をあわせもつ、理想的な車となる。現在、燃料電池車が普及しないのは、流通している水素が主として化石燃料から作られているため、コスト的にも高く、CO2対策にもならないからだ。
■「エンジン」のままカーボンフリーが実現する可能性
電気から作るカーボンフリー燃料の可能性はほかにもある。
アンモニアもその1つだ。水素からアンモニアが合成できる。アンモニアは水素よりも液化しやすいので輸送や貯蔵にも適している。アンモニアには炭素が含まれないため、燃やしてもCO2は一切排出されない。ガスタービンや、ディーゼルエンジンでの利用などに可能性がある(過去にジェット戦闘機やディーゼルエンジン搭載のバスに使われた実例もある)。
このように、電力で合成燃料を作ることができれば、エネルギーの貯蔵ができるので電力の需給ギャップ問題も解決できる。電力不足時にはその燃料でカーボンフリー火力発電を行えばいいのだ。
さらには、CO2をもとに燃料を作るという研究も行われており、実験室レベルではすでに成功している。つまり人工的に光合成を行うということだ。
グリーン電力を使えるのであればCO2を回収して燃料に戻すことが可能なのだ。日本でも東芝などが開発を進めており、2025年にANAのジェット機を飛ばすことを目指しているという。
このように合成燃料の生産ができると、内燃機関のままでカーボンフリーが達成できてしまうのである。
■EVを生かしつつ、さらなる未来を見据える重要性
カーボンフリー社会を実現するためにはEVしかないという極端な論調が目につくが、決してEVだけが解決策ではないということがわかっていただけただろうか。
冒頭に書いたように、EVは使い道によっては利点も多いのである程度は普及するだろう。しかし現時点でのあまりに急速なEV化はCO2削減という本来の目的に対してデメリットが多く、一方で将来グリーン発電が進めば全く異なるシナリオも現実味を帯びてくる。
すべての自動車がEVになるというのはおそらく間違いだと私は考えるが、どうだろうか。水素や合成燃料で走る車が究極で、EVはその繫(つな)ぎでしかないかもしれない。
10年後にはすべてをEVにすると発表している自動車メーカーもあるが、果たしてその判断が正しかったのかどうか、10年後が楽しみである。
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マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118d、1966年式MGBの3台を愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。
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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)
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