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「日本人宅に催涙弾」ミャンマー国軍の殺戮を止められるのは日本政府だけだ

プレジデントオンライン / 2021年3月16日 9時15分

ミャンマーのヤンゴン郊外で、ブロックを燃やされたデモ参加者と住民が新しい道路ブロックを作る様子=2021年3月14日 - 写真=EPA/時事通信フォト

■「このまま住み続けるのは危ない」

「このまま住み続けるのは危ない、日本人在住者は退避を考えるべきだ」

ミャンマーで2月1日に国軍によるクーデターが起きて以来、SNSを使って情報を配信し続けている在ミャンマー日本人の中からついにそんな声が上がっている。

ミャンマーのクーデターをめぐっては、デモは徹底的な非暴力を貫いているが、抗議デモ隊の規模は大きく、国軍や警察は排除に手を焼いている。

デモの「沈静化」を目指し、2月28日ごろから国軍や警察はデモ隊に向け実弾を発砲し、暴力的な弾圧を実施。当局は3月15日、ついにヤンゴン市内の一部に戒厳令を発令。これにより、軍の司令官に行政権及び司法権が委譲され、憲法の拘束を受けることなく民衆の取り締まりができることとなってしまった。

そんな中、ミャンマー最大都市ヤンゴンで在住日本人が住むマンションに催涙弾が撃ち込まれるという事態が起きた。

■ガラスが飛び散り、シャワールームへ避難

「窓の外が騒がしかったので、外の様子を眺めたんです。そうしたら軍隊がいたのでスマホで撮影して、その後ビデオカメラを回したんです。次の瞬間、シューって音が聞こえて。そうこうしているうちに金属製の筒状をした催涙弾がガラス窓を突き破って居間に飛び込んできた」

国軍が新町さん宅に放った催涙弾。窓ガラスが飛び散り、催涙弾の残骸が転がっている
写真提供=新町智哉
国軍が新町さん宅に放った催涙弾。窓ガラスが飛び散り、催涙弾の残骸が転がっている - 写真提供=新町智哉

7年前からミャンマーに移住し、現地で映像制作やイベント運営のエンタメ関係の仕事に携わる新町智哉さん(42)は当時のことをそう語る。

「催涙弾そのものには当たらずに済んだんです。しかし、家中に催涙ガスが蔓延(まんえん)してしまい、シャワールームでかがんで必死に息を吸いました。その間、兵士が自宅に押し入ってくるかも、と恐怖に怯えていました。催涙弾が玄関前に着弾したので、ガスが充満してしまい、外にも出られませんでした」

幸いにも国軍兵士の突入はなかったが、ガスが充満したのと、ガラスが飛び散るなど家のあちこちが破損、「とても住める場所ではなくなった(新町さん)」。やむなく被害後は、知り合いの家に身を寄せているという。

■見せしめのような殺害行為も

「あとでマンションの住人から『軍がいる時に外なんか撮ったらダメ』と言われた。やはり自分が狙われたのだろうか」。国軍にとっては脅しかもしれないが、一般市民の住宅に向けて撃ってくるのは、異常な行為と断罪できよう。

SNS上には、国軍が民間人に発砲する「蛮行」の様子を示すさまざまな動画がアップされている。中でもひどいのは「発砲を嫌がる警官を軍人が脅して、民間人を撃つよう命令する」様子を映したものだ。BBCが3月15日に伝えたところによると、抗議デモ開始以降、ミャンマー全土で少なくとも120人以上が死亡したという。

見せしめ的な殺害行為もある。かねて「何体の遺体が集まったら国連は行動を起こすんですか?」と書いた紙を持ち、孤軍奮闘している姿が各国のニュースサイトに報じられた男性、ニーニーアウンテッナインさん(23)は2月28日、ヤンゴン市内のデモの主要スポット・レーダンで当局により射殺された。国際社会に向け、メディアに発信する人間は消される状況にある。

新町さんは、日本メディア各社が国軍や警察などの総称として「治安当局」と記していることについて、「治安当局と称して暴力行為を行う武装集団、と説明するのが正しいのでは」と憤る。治安という言葉は「安全・安心を治める」という意味だが、ミャンマーの治安当局は自らその治安を破壊している。

■蛮行の矛先は子どもたちにも

そもそも国軍による弾圧は民衆を恐怖に陥れ、抵抗をやめさせ、その後は強権をもって政治を掌握するという前時代的なものだ。暴行、連行、不当な取り調べは言うに及ばず、拷問、強姦も行っている疑念がある。

その被害対象はデモ隊にとどまらない。ユニセフ(国連児童基金)は、「500人以上の子どもが恣意的に拘束されていると推定」「その多くは、人権を侵害され、弁護士のアクセスもない」と述べている。「恣意的に拘束」と書いているものの、実際には誘拐に近く、あるいは国軍がどこかの組織に子どもたちを売り飛ばす懸念もある。

国軍は、かつてこの地を植民地としていたイギリスのやり方を引き継いでいるように見える。帝国主義的な施政は、植民地に住む民衆をただ力で押さえつけてきた。ミャンマーは2011年にようやく民政移管されたが、それ以前の軍人の尊大さたるや、絶対的な権力で民衆には有無を言わさない態度が丸出しだった。

ミャンマーの最大の都市ラングーン
写真=iStock.com/Oleksii Hlembotskyi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleksii Hlembotskyi

■数千人が犠牲となった民主化デモと重なる

筆者は軍政下のミャンマーに中国から陸路で入国した経験がある。現地で対応に当たってくれた旅行会社の社長は「あなたが入国するに当たって、軍への付け届けが必要でねえ……」とボヤき、図らずも旅行代金の中に「ワイロらしき費用」が含められていたことが分かってしまった。

ミャンマーでは、民主化を叫ぶ民衆を暴行、虐殺することで国軍が権力を維持したことが歴史上で2度起きている。1988年の「8888民主化運動」では、僧侶と学生ら合わせて数千人が鎮圧の際に死亡。その後、2007年に起きた反政府デモでは死者と行方不明者が100人を超え、ヤンゴン中心部で取材していた日本人ジャーナリストが狙撃され亡くなっている。

連日凄惨な様子が報じられる現在のミャンマーは、こうした過去の姿と重なる。2月16日の記事で話を聞いた22歳の女子大生ナインさん(仮名)は「国軍がやっていることは昔よりひどい」と訴えている。

■数百人規模の虐殺が起こるのか

これまで沈黙していた国連安保理は10日、ミャンマーの治安部隊が市民の抗議デモに発砲し死傷者が増え続けていることについて非難する議長声明を発表。しかし、軍によるクーデターへの言及は中国、ロシア、インドなどの反対により文書には盛り込まれなかった。そのため、国軍を「政権」から引きずりおろし、民主化へのプロセスへ導くための実効性は乏しいとの見方が強い。

国軍の蛮行がエスカレートする中、市民の間では今後、数百人規模の虐殺が起こるという見方が強まっている。目下、国軍による民衆の掃討に出るといった事前警告はない。しかし、国軍や政府寄り関係者の家族はヤンゴンを捨てて、続々と内陸にある首都ネピドーに向けて一斉に逃げ出している。

ミャンマーへの投資が多いシンガポール政府は「ミャンマーからの退避を推奨する」と在住者へ呼びかけを始めた。

大きく破損した新町さん宅の窓ガラス
写真提供=新町智哉
大きく破損した新町さん宅の窓ガラス - 写真提供=新町智哉

催涙弾の被害に遭った新町さんは「かつて、軍が民衆を大弾圧した1988年や2007年の混乱を経験した人々による直感だからたぶん正しい」と指摘し、実際に「ミャンマー人の知人から、○○方面に逃げた方が良いというアドバイスも受けるようになった」と緊迫した状況であることを窺(うかが)わせる。

■日本政府のちぐはぐなミャンマー対応

一方(残念なことに)、ミャンマーにある日本大使館の動きは相変わらず重い。クーデター勃発後、ミャンマーから日本への直行便の運行は2回しかない。3月は1本だけ、4月には数便予定されているが、これらの座席は全て埋まっているという。

現在、ヤンゴンに残っている日本人は1000人程度とみられる。残留するにしても帰国するにしても、当分は精神的に厳しい状況におかれそうだ。

日本の外務省が告知する「海外安全情報」によると、ミャンマーはコロナ対策では退避勧告に当たる「レベル3(退避してください。渡航は止めてください)」となっている。だが、安全対策では一部地域を除いて「レベル2(不要不急の渡航は止めてください)」にとどまっている。

在ミャンマー日本大使館は3月15日、ヤンゴン市内での戒厳令発布を知らせる注意を促す文章の中で、「当局による制圧のための動きについては、場所も時間も予断を許さず、また、昨日の死亡事案の増加が示すように、一層厳しくなっている」と説明した。

ただ、「今後事態が急変する可能性があることを念頭に置き、当地にて急を要する用務等がない場合には、商用便による帰国の是非を検討されることを勧める」と述べており、政府としては救援機を投入する考えがないことを匂わせている。

■それでも「ミャンマーに残りたい」理由

一方、自宅で催涙弾による「攻撃」に遭った新町さんは、当面は日本に避難する考えはないと話す。

「私はエンターテインメントでこの国を盛り上げるため、7年前にミャンマーへ移住しました。決めたことを人のせいにはしたくない。ミャンマーに来て以来、この国の人々から受けた恩を思うと、自分の身の安全だけを考えて日本に逃げ帰るようなことはできません」

今のヤンゴンは、あらゆるところで発砲が絶えず、住民が国軍兵士により不当に拘束されたり暴行を受けたりしている。しかし新町さんは、地方へ疎開してでも、ミャンマーに残りたいという。SNSでミャンマーの惨状を発信している日本人の中には、新町さんと同様の理由でミャンマーにとどまっている企業家が少なくない。

■軍政とのパイプを生かし交渉に当たったが…

日本国内でも目下、在日ミャンマー人とその支援者らが国軍の蛮行を許すまじと訴えるデモやPR活動が行われている。そんな中、丸山市郎駐ミャンマー大使は、軍が任命した外相であるワナ・マウン・ルウィン氏と会談し、アウン・サン・スー・チー氏らの解放などを求めた。

米国をはじめとする西側諸国が、国軍関連の資産凍結などをはじめとする「制裁」に舵を切る中、日本の外交官が国軍の“政権幹部”と接触し、現状の打開を促す申し入れを行ったことは評価できる。

しかしその後の対処がまずかった。

大使の面談以降、在緬日本大使館や東京の政府関係者はワナ・マウン・ルウィン氏の肩書きを「外相」と決めた。共同通信によると、日本は軍政と独自のパイプがあり、日本外務省は呼称の維持に「必要性」があるとしているが、在ミャンマー日本大使館のフェイスブックには「日本政府はクーデターを起こした国軍の不当な政権を承認するのか」などと抗議のコメントが殺到した。結局、外務省は文章を訂正する事態に追い込まれている。

■日本政府は積極的な関与を

実は、日本の政権中枢とミャンマー国軍の幹部とは長年にわたり“良好な関係”を保ってきた。クーデター後に「国家元首」の地位に収まっているミン・アウン・フライン国軍総司令官は2019年10月、当時の安倍晋三首相を表敬訪問。その際、日本は「ミャンマーの民主化と国造りを全面的に支援」と伝える一方、同司令官は「(ヤンゴン郊外の)ティラワ経済特区への日本からの投資拡大に期待」と応えている。

目下、ミャンマーの民衆はもとより、世界各国が国軍の蛮行を抑える術を見つけられずにいる。日本が持つ「極めて親密な国軍との関係」を使って、国軍に利を与えることなく泥沼化している暴力活動を停止に持ち込んだら、日本外交の大きな成果となり得るのではないだろうか。

難しい舵取りや交渉が求められるが、日本政府の積極的な関与に期待したい。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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