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「日本はコロナ対策で周回遅れの国になった」英国在住作家が嘆く理由

プレジデントオンライン / 2021年3月16日 15時15分

英中部シェフィールドで新型コロナウイルスのワクチン接種を受ける男性(左)=2021年02月20日、イギリス・シェフィールド - 写真=AFP/時事通信フォト

日本のコロナワクチン接種率は世界最低レベルだ。これに対し、英国は毎日30~40万人という急速なペースで接種が進んでいる。自身もワクチン接種を済ませたという在英作家の黒木亮氏は「日本は政治家が人気取りのパフォーマンスなどにうつつを抜かしている間に、周回遅れになった」と指摘する――。

■感染者数は10分の1まで激減

日本では、担当の河野大臣まで巻き込んで、コロナワクチン一瓶あたりの接種回数に一喜一憂しているが、先進国で今頃こんな議論をしているのは日本だけである。また1回目のワクチン接種者数も、日本は人口の0.2%にすぎず、英国(37.2%)、米国(31.6%)、EU(11.0%)、カナダ(7.8%)などと比べても、ダントツの「周回遅れ」になっている。いったいなぜこのようなことになってしまったのか? 筆者が住む英国と比較して、その原因を考えてみたい。

英国は今、毎日30~40万人という怒涛の勢いでコロナワクチンの接種を推し進めている。その効果により、1月には日々の感染者数が5~6万人、死者数が1500人程度いたのが、感染者数は10分の1、死者数は7~10分の1にまで激減した。ボリス・ジョンソン首相は6月21日にほとんどの制限を解除するとぶち上げている。

英国の接種プログラムの開始は、昨年12月2日にファイザーのワクチンを世界で初めて承認し、その6日後に90歳の女性に最初の接種を行ったときにさかのぼる。今年1月9日には94歳のエリザベス女王と99歳のフィリップ殿下も1回目の接種を受け、国民に安全性をアピールした。

接種は、医療・介護従事者、80歳以上、介護施設入居者、基礎疾患のある人などから始まり、その後、5歳刻みで対象年齢が下げられ、今は55歳まで下がった。

■外国人の筆者にも案内状が

63歳の筆者にも3月4日にNHS(国営医療サービス)から接種の案内状が届いた。

NHS(国営医療サービス)から届いた接種の案内状
筆者撮影
NHS(国営医療サービス)から届いた接種の案内状 - 筆者撮影

予約のためにNHSのウェブサイトを開き、NHS登録番号、生年月日、郵便番号などを入れると、トイレの有無、点字による表示の有無、車いすの有無など、自分が必要とする設備について選ぶことができる。続いて、自宅から半径5マイル(約8キロメートル)以内にある接種センターが10カ所ほど表示された。

筆者は、その中で一番近い薬局を3月8日の午前10時5分に予約した。サイトには「必ず2回目の接種も予約してください」と書いてあったので、2回目は一番早い5月下旬の日にした。ちなみに英国全土に3100カ所以上(イングランドで約1500カ所)の接種場所が設けられている。

■場所は近所の薬局、スタッフはボランティア

NHSからの案内状には「高齢者のためのコロナワクチン接種ガイド」という12ページの冊子も同封されていた。書いてあるのはごく基本的なことで、接種をすると、腕の痛み、倦怠感、頭痛、インフルエンザ類似の症状といった副反応が起きる人もいるという。飲酒に関する制限はないが、副反応が出たとき、酒で身体が弱っていたりするとまずいので、筆者は2日前から禁酒した。

当日、家から歩いて7分くらいの薬局に出向いた。普段何気なく通り過ぎている小さな薬局で、こんなところも接種場所になっているのかと驚いた。3、4人が並んでいて、ボランティアと思しい中年女性が名前や生年月日を確かめていた。数分で店内に入ることができ、入り口のそばの受付デスクで、やはりボランティアと思しい高齢の婦人に名前などを確認され、その後、別の高齢の婦人に「ここで待って、次の人が出てきたら、2つある部屋の一つに入ってください」と言われる。

■貴重なワクチンを余さず使うスピード感

感心するのは、数多くのボランティアが接種会場で働いていることだ。イングランドでは、総勢約10万人のボランティアが動員されており、日本人も少なからずいる。受付、会場整理、データ入力、医師や看護師のサポートだけでなく、注射打ちのボランティアもいる。

英国では法律を改正し、素人でもワクチン注射が打てるようにした。ワクチンの取り扱い方法や応急措置などに関して10時間のオンライン学習、丸一日の実技研修、試験を経て、実際の接種に当たらせている。イングランドでは注射のボランティアだけで3万人超の応募があったという。英国は専門資格にこだわらず、「素人でもやれることなら、やらせたらいいじゃない」という融通無碍な文化があり、筆者も以前、2~3カ月間、人に注射を打ったことがある。

英国のワクチン接種ガイド
筆者撮影
英国のワクチン接種ガイド - 筆者撮影

もう一つ感心するのは、薬を無駄にしないようにしていることだ。例えばファイザーのワクチンは、マイナス75度程度の超低温から通常冷蔵(2~8度)にした場合は、5日以内に使いきらないといけない。英国では、予約に来なかった人が出ると、すぐに別の人に連絡し、接種を勧めている。筆者の日本人の友人も、携帯にいきなりテキストメッセージが送られてきて「今日の夕方か、明日の午前中、接種に来られないか?」と聞かれたので、面食らったという。

また、政府がワクチンを前倒しで病院や接種場所に送りつけ、担当者が必死でそれを消化するという状況もあるようで、接種プロジェクトを一日も早く進めようという政府の執念が垣間見える。

■まったく痛みがなく、副反応も一切ない

筆者が接種を受けた薬局では、2つの小部屋が接種場所になっていた。担当は30代半ばくらいの女性だった。本人確認とアレルギーに関して簡単に聞かれ、「接種するのはオックスフォード大・アストラゼネカのワクチンです」と告げられた後、左の上腕に接種を受けた。まったく痛みがなく、次の瞬間にはもう針が抜かれていた。ワクチンの量は0.5ccで、針も細く、痛点に触れなかったものと思われる。

筆者が接種を受けた近所の薬局とその前で働くボランティアの人々
筆者撮影
筆者が接種を受けた近所の薬局とその前で働くボランティアの人々 - 筆者撮影

上着を着て「どこかで15分くらい待つんですか?」と聞くと「もう帰っていいですよ。アストラゼネカはファイザーと違って、アレルギー反応はほとんどないので」と言われた。接種記録が書かれた名刺大のカードをもらい、裏口から薬局を出ると、最後のチェックの担当者がいて、本人確認、接種カードの受領、2回目の予約日などを確認された。手続きはいたってスムーズで、周到に用意されていると感じた。その後1週間たったが、副反応は一切ない。

英国ではすでに約1100万人がアストラゼネカのワクチン接種を受けているが、アレルギーや血栓の危険を高めるといったデータはなく、筆者の周りにも重い副反応が起きた人はいない。

■なぜこんなにも速く、方針もぶれないのか

英国がこれほどまでにワクチン接種で先行しているのは、初動が速く、政府の方針もぶれなかったからだ。

英国の保健省は、英国内で最初の新型コロナ感染者が確認されるよりも前に、大規模なワクチン接種計画の立案に着手し、オックスフォード大学の科学者たちもWHOが新型コロナに「Covid-19」の名前をつける以前に、ワクチン開発の議論を始めていた。

マット・ハンコック保健相(42歳)がワクチンの調達に当たって何よりも重視したのは、価格ではなく、世界のどこよりも早く、英国民に十分に行き渡る量のワクチンを確保し、2020年中に大規模な接種を開始することだった。英「スカイ・ニュース」によると、同保健相は、感染症の脅威を描いた米映画『コンテイジョン』(2011年公開)の中で、有効なワクチンが見つかったにもかかわらず、量が足りず、接種の順番が誕生日にもとづく抽選制になるというストーリーが頭に刷り込まれていて、絶対にあのような状況は回避すると決意していたという。

ハンコック氏は、昨年3月から4月にかけ、オックスフォード大学が医薬品大手の米国メルク社と共同開発の合意を結ぼうとしたとき、契約の中に英国への優先供給の条項がなく、トランプ前大統領が出荷を停止する可能性も懸念し、合意を認めず、英・スウェーデン資本のアストラゼネカ社(本社・英ケンブリッジ)との提携に変えさせた。

■民間のビジネスパーソンを抜擢

昨年4月17日、英国政府は首相直轄の「ワクチン・タスクフォース」を立ち上げ、トップにケイト・ビンガム(55歳)を据えた。オックスフォード大学の生化学の学位とハーバードのMBAを持つ女性で、シュローダー・ベンチャーズでバイオテクノロジー企業への投資に長く携わってきたベンチャー・キャピタリスト(新興企業投資家)である。

こういう専門知識と民間のビジネス感覚を持つ人物をトップに起用し、製薬会社等との交渉に当たらせた点で、素人の大臣が役人にサポートされながら交渉をしている日本とは異なり、交渉の質やスピード感は格段に向上した。

同タスク・フォースは、まだ開発段階でも有望なワクチンを見極め、開発への助成や購入契約を結んだ。アストラゼネカ、ファイザー、モデルナ、ノヴァックス、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどから確保した量は4億5700万回分以上(1人2回として全人口の約3.4回分程度)に上り、ボリス・ジョンソン首相は、余剰分は貧困国に無償で提供するとしている。

これに対して日本が3月中に確保できるのは236万回分(人口の53分の1)であり、英国のみならず、人口の2~5倍の量を確保している先進各国(含むEU)に比べて大きく見劣りしている。

■ロックダウンの長期化は何としても避けたい

英国がこれだけ大規模かつスピード感をもってワクチン接種を進めているのは、政治家の力量もさることながら、それだけ状況も切羽詰まっているからだ。昨年3月23日以来、時期によって規制の度合いに強弱の差はあっても、英国はずっとロックダウンないしはそれに近い状態が続いている。食料品店、銀行、薬局など、日常生活に絶対必要な店や施設以外はほぼ一貫して閉鎖され、廃業する飲食店や商店も多い。日本のように、時短営業はあっても、ほとんどの店が開いているという状況とは大違いである。

今も同居していない家族が屋内で会うことは禁止されているので、介護施設に入居している老人の子どもや孫が、施設の窓の下に来て、ガラス越しに話しかけている光景を見かける。

介護施設の入居者と面会する家族。同居していない家族が屋内で会うことは禁止されているため、ガラス越しに話しかけている。
筆者撮影
介護施設の入居者と面会する家族。同居していない家族が屋内で会うことは禁止されているため、ガラス越しに話しかけている。 - 筆者撮影

日本は幸いなことに、理由は不明だが、感染者数・死者数ともに、諸外国に比べて格段に少なく、ロックダウンもせずに済んでいる。そういう意味では、英国ほどに急いでワクチン接種を進める必要はないのかもしれない。ただハンコック保健相は「Every day we save now is lives we will be saving in a year’s time(今日一日短縮することは、一年後の命を救うことだ)」と常々言っていたそうである。こうした真剣さや、大規模でスピーディーなワクチン接種の手法は、大いに学ぶべきだろう。

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黒木 亮(くろき・りょう)
作家
1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務し、国際協調融資、プロジェクト・ファイナンス、貿易金融、航空機ファイナンスなどを手がける。2000年、『トップ・レフト』でデビュー。主な作品に『巨大投資銀行』、『法服の王国』、『国家とハイエナ』など。ロンドン在住。

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(作家 黒木 亮)

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