野村克也「中途半端な人間ほど使いにくいものはない」すべての"新人"に贈る言葉
プレジデントオンライン / 2021年3月21日 11時15分
*本稿は、野村克也『頭を使え、心を燃やせ 野村克也究極語録』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■活躍するためには「人」の目に留まれ
プロ野球選手にかぎったことではないが、新人はまず、上司の目に留(と)まり、注目してもらう必要がある。
いくらすばらしい才能や長所をもっていたとしても、上司が存在を認めてくれず、才能や長所に気づかなかったら、宝の持ち腐れになる。
上司が自分のよさをわかってくれないのなら、まずは自分を使いたくなるよう、仕向ける必要がある。そのためには、上司の意識を刺激し、目を向けさせることが大切だ。
■「武器」とは相対的なものである
橋上秀樹というバッターは、ヤクルトの監督だった私の意識を刺激した代表的な選手だった。
私が監督に就任したとき橋上は、一軍にはいたものの、外野のレギュラーを手中にするまでにはなっていないという選手だった。横の変化球、とくに右ピッチャーのスライダーを大の苦手としていたからである。
プロ入りしてすでに6年がたち、橋上は危機感を抱いていたという。そんなとき思い出したものこそ、「おのれを知れ」という私の言葉だった。
そこで橋上は「左ピッチャーに強いこと」を自分の武器にすることにした。というのは、ライバルだった秦真司も荒井幸雄も左バッターで、比較的左ピッチャーを苦手としていたからだ。左ピッチャーに強くなれば、おのずと出番は増えるはずだ──橋上はそう考えたのである。
それから橋上は、左ピッチャー対策に磨きをかけるようになった。その姿を見ていた私は、左ピッチャーの先発が予想されるときは橋上を起用するようになった。橋上は、見事に私の意識を刺激し、目を引かせることに成功したのである。
■「宇宙人・新庄剛志」を生かす方法
阪神タイガース時代の新庄剛志も、ある意味で私の意識を大いに刺激したバッターだった。
「宇宙人」と呼ばれたように、彼の言動は私の理解を超えていた。考えたり、頭を使ったりすることも大の苦手。いくら理をもって説いても無駄だった。「ミーティングの時間を短くしてくれ」と申し出てきたほどである。
しかし、素質は抜群だった。天才といってもいい。興味をもったり、気持ちが乗ったりしたときは、とてつもない力を発揮するし、素直な明るい性格で、チームのムードメーカーになることもできる。唯一無比の長所をもっていた。最下位が定位置だった阪神を浮上させるために、必要不可欠だった。なんとか戦力にしたいと私は考えた。
出した結論は、ほめておだてて気分よくプレーさせること。「何番を打ちたいんだ?」と訊ねると、「そりゃあ、4番ですよ」と即答したので4番をまかせたし、キャンプではピッチャーもやらせた。新庄は楽しそうにプレーしていた。
それまで2割2、3分程度しか打てなかった新庄だが、その年は2割5分を超え、さらに翌年は2割7分8厘、26本塁打をマーク。そのオフにはアメリカへと旅立った。
■セールスポイントを徹底的に突き詰めろ
天才児・新庄のケースは万人に通用するとはいえないが、橋上のエピソードは次のことを教えてくれる。
「自分のセールスポイントを徹底的に突き詰めろ」
人を使う立場からすると、すべてにおいてほどほどの人間、きつい言い方をすれば、中途半端な人間ほど使いにくいものはない。はっきりいって、いくらでも替えがきく。一芸に秀でることが、生き残るためには大切なのだ。
野球でいえば、バッティングはからきしでも足が速ければ代走要員として貴重な存在になるし、卓越した守備力があれば守備固めに起用できる。
まずはそうした「自分ならではの武器」を研ぎ澄まし、徹することで、出場機会を増やすことが大切なのである。そこを足がかりにして、不得手なところを克服していけばいい。
■おのれを活かす場所を獲得するのは自分自身
バッティングには目をつぶり、俊足を買った赤星憲広、やはりバッティングには難があったものの守備と野球の理解度に見るべきものがあった宮本慎也らは、まさしくそうやって地歩を築いていった選手たちだ。
誰しも自分の武器をもっている。しかし、それを活かすには、戦うためのフィールドに出ることが前提となる。
自分を活かす場所は、ただ与えられるのを待っているだけでなく、自分から獲得しようとしなければならない。
そのためには、どうしたら声をかけてもらえるか、上司はなにを欲しているのかを探り、ならば自分はどこを、どのようにアピールすればいいのか考え、それに徹することが大切なのである。
■自分で長所だと思っていることが必ずしもそうとはかぎらない
「おのれを知ることが大切だ」と私が常々いうのは、自分では長所だと思っていることが、実際にはそうでないケースが意外に多いからという理由もある。
かつてヤクルトスワローズに土橋勝征という選手がいた。どのポジションでもこなすことができ、何番でも打てるユーティリティプレーヤーとしてヤクルトの日本一に貢献してくれた。
まじめな銀行員のような風貌だった土橋だが、じつは新人のころは長距離バッターだったらしい。自分でも長所は“そこだ”と思い込み、バットをブンブン振り回していたという。実際、ファームではそこそこホームランも打っていたようだ。
しかし、私の見たところ、とてもホームランバッターのタイプではなかった。長距離砲として伸びるとは思えなかった。そこで彼にいった。
「ヒットの延長がホームランだ。ホームランが欲しいなんて、絶対に考えるな。ヒットを打つことに専念しろ。そうすれば──」
私は続けた。
「使い道が出てくる」
■おのれの「使い道」を知れ
当時、土橋の本職のショートにはすでに主砲の池山隆寛がいた。それでサードに挑戦しようとしたら人気者の長嶋一茂が入ってきた。ならばとセカンドに転向すれば、ソウル五輪代表の笘篠賢治が入団してくる。
もはや選択肢のなかった土橋は、私のアドバイスを素直に受け入れ、監督の私からすると非常に使い勝手がよく、必要不可欠な選手になってくれた。本人にとっても幸せなことだったと思う。
その一方で、足が最大の長所であるのは明らかなのに、自分は長距離バッターだと思い込んで、いっこうにスタイルを変えない選手もいた。
私が「1、2番を空けて待っているから」といっても、グリップの細い長距離バッター用のバットを振り回すことをやめなかった。あたかも「おれのよさに気づかないなんて見る目がないんじゃないか」と思っているようで、「使わないほうが悪い」といわんばかりにふてくされるだけだった。
結局、その選手は期待されたほど大成することはなかった。
■「活躍できる場所」をみずから捨てるな
本人が得意だと自信をもっていることや、やりたいことが、監督や上司がその人間の長所だとみなしていること、して欲しいことと食い違うケースはめずらしくない。
「自分の武器はこれだ」と信じているものを否定されるのは、気分のいいものではないだろう。けれども、つまらぬ思い込みのために、せっかく用意されている「活躍できる場所」をみずから捨ててしまうのは、あまりにも惜しいし、不幸ではないか。
だからこそ、自分を見つめ直し、おのれを知ることが大切なのである。
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野球評論家
1935年、京都府生まれ。54年、京都府立峰山高校卒業。南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)へテスト生として入団。MVP5回、首位打者1回、本塁打王9回、打点王7回、ベストナイン19回などの成績を残す。65年には戦後初の三冠王にも輝いた。70年、捕手兼任で監督に就任。73年のパ・リーグ優勝に導く。後にロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)、西武ライオンズでプレー。80年に現役引退。通算成績は、2901安打、657本塁打、1988打点、打率.277。90~98年、ヤクルトスワローズ監督、4回優勝。99~2001年、阪神タイガース監督。06~09年、東北楽天ゴールデンイーグルス監督を務めた。
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(野球評論家 野村 克也)
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