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「日本だけ進む宇宙飛行士離れ」文系人材にも門戸を開くJAXAの苦しさ

プレジデントオンライン / 2021年3月18日 11時15分

2020年11月15日、発射台に向かう前に、見送りの人たちに応えポーズを取る野口聡一さん(アメリカ・フロリダ州ケネディ宇宙センター) - 写真=AFP/時事通信フォト

■「文系宇宙飛行士」が誕生する?

JAXA(宇宙航空研究開発機構)はこの秋、13年ぶりに宇宙飛行士を募集する。1983年以降、5回募集が行われ、11人の飛行士が誕生した。これまで同様、採用者は「若干名」の見通しだが、一つ大きな違いがある。大原則にしていた「自然科学系出身」を見直して文系にも門戸を開くなど、応募条件の緩和を検討していることだ。これまでのような理系だけでなく、文系飛行士も誕生する時代が来るのだろうか?

今年1月、JAXAは宇宙飛行士の採用・選抜・訓練・働き方などについて、一般から意見を募る「パブリックコメント」を開始した。3月19日が締め切りで、寄せられた意見を参考に、今秋実施する宇宙飛行士の募集や選抜方法、その後の働き方などを検討する、という。2月にはオンラインのイベントも開催し、さまざまな立場の人から意見を聞いた。

13年ぶりの募集の背景には、今後、宇宙飛行士の活躍領域が広がると見込まれることがある。現在の飛行士は、高度400キロメートルの「国際宇宙ステーション(ISS)」で、科学実験、観測、補修、管理などの仕事をしている。今回の募集は、ISSのさらに先、地球から38万キロメートル離れた月探査を見据えている。

■アメリカの新宇宙ステーション建造へ参加

引き金になったのは、トランプ前大統領時代の米国が、2024年に月へ宇宙飛行士2人を着陸させる「アルテミス計画」をスタートさせたことだ。月面基地を建設し、そこを拠点にさらに火星有人飛行も目指すという。この計画の一環として、米国は月の近くに宇宙ステーション「ゲートウェイ」も新たに建設する。

日本はこのゲートウェイへの参加を決め、昨年12月にNASA(米航空宇宙局)と了解覚書を交わした。覚書によると、2023年からゲートウェイ建設を開始し、28年に完成させる。ただ予定は早くも遅れ気味で、建設開始は24年からと見られている。

新たな飛行士の仕事はゲートウェイ建設や滞在、2024年以降の運用延長が検討されているISS滞在だ。日本が月面基地にも参加すれば、月面拠点造りも仕事になる可能性がある。

■NASAの競争率は約1500倍だが…

これまで日本では11人の飛行士が誕生し、すでに4人が退任した。現役飛行士7人の平均年齢は51歳で、最も若い人は44歳。欧米やロシアより高齢化が進んでいる。

有人月探査は大プロジェクトであり、実現まで相当時間がかかる。10~50年先をも見越した長期事業だ。若い世代の飛行士を育成する必要がある。JAXAはこれまでの不定期な採用を改め、今後は「5年ごとに採用する」と説明する。

ただ問題がある。日本では飛行士への応募者が少ないという現実だ。ISSやゲートウェイで協力を進める米欧カナダと比べるとそれが顕著だ。

JAXAによると、NASAの2016年の募集では1万8000人を超える応募があり、競争率は約1500倍にのぼった。2008年のESA(欧州宇宙機関)は、8000人超で1700倍近かった。カナダ宇宙庁も、2016年の応募者は3700人超で1900倍に迫る競争率だった。一方、日本は前回の2008年時の応募者数は900人台で、競争率も約320倍。十分高いように見えるが、JAXAでは、もっとたくさん、幅広い人材を集めたいという。

フロリダ州ケープカナベラルにあるNASAケネディ宇宙センター
写真=iStock.com/CrackerClips
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CrackerClips

■条件は学歴、実務経験、泳力に体重制限…

応募数が少ないのは、採用が不定期なことに加え、いつ飛行できるか、生涯で何回飛行できるかなど、キャリアプランを見通せないことが影響していると思われる。過去の募集でも、応募者集めに苦労し、国の研究所、宇宙関連企業、大学や大学院などに働きかけた経緯がある。

JAXAは、競争率が低い理由は、応募条件のハードルの高さにあるとみる。前回(2008年)の条件を見ると、「日本国籍を有する」から始まり、「大学(自然科学系)卒業以上」「自然科学系分野における研究、設計、開発、製造、運用等に3年以上の実務経験」「訓練活動、幅広い分野の宇宙飛行活動等に円滑かつ柔軟に対応できる能力(科学知識、技術等)」「泳力」「英語能力」「身長158センチ以上190センチ以下」「体重50キロ~95キロ」「10年以上、JAXAに勤務可能」など、たくさんの項目が並ぶ。

「国際的チームの一員として従事できる心理的特性」「日本文化や国際社会・異文化への造詣」なども挙げられている。「宇宙飛行士=エリート」が求められていることがよく分かる。

宇宙飛行までに時間がかかることも壁になっている。選抜に1年かかり、その後2年の基礎訓練を行った上で飛行士と認定。打ち上げ予定が決まると、さらに1年~2年半ほどの訓練を経て、ようやく飛行する。予定が決まらないと、待ち時間はさらに長くなり、維持・向上訓練を続けることになる。

■“夢のある話”というほど簡単ではない

実は「文系の宇宙飛行士を」という話は、長年言われてきたことでもある。宇宙での体験が人の心に与える影響、人類や文明にもたらすもの、などを自然科学系出身者とは違った視点で表現してくれることへの期待があるからだ。

JALやANAなどのパイロット採用では出身学部を問わないことも、文系へ門戸開放をすべきという論拠のひとつになっている。

とはいえ、JAXA内部でも文系出身を認めるかどうかは決めきれていない。「パブコメで皆が賛成するかどうかによる」とJAXAは言う。

もし実現すれば応募者の裾野が広がり、多くの人に希望を抱かせることにもなるだろう。だが、話はそう簡単ではない。飛行士の仕事のかなりの部分は、自然科学系の知識が求められるからだ。特に宇宙での故障、トラブル、身体の変調などに迅速に対応できないと、自分や同僚飛行士の生命を危機にさらしかねない。

■米ロシアで文系出身者はいないのに…

JAXAによると、米国やロシアで文系出身の飛行士はいない。今年2月、新たな飛行士募集を3月末から開始すると発表したESAも、自然科学系出身者であることを条件にしている。軍などのテストパイロット経験者はそれ以外でも応募可能だが、あくまで自然科学系が大前提だ。

今回の募集目的である「ゲートウェイ」は、米欧日本などが国際協力で進めている。ISSよりもはるかに規模が小さく、滞在できる飛行士も日数も少ない。その分、一人ひとりの飛行士の責任は重く、知識や技術が求められる。

地球を周回する貨物宇宙船
写真=iStock.com/3DSculptor
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/3DSculptor

そもそもゲートウェイへ飛行できるかどうかは、明確な基準が示されておらず、どれだけ米国の計画に貢献するかで決まると言われている。その意味でも、いきなり日本だけ文系へと切り替えるハードルは高そうだ。

JAXAは「初回の募集は狭い範囲になるかもしれないが、さまざまな飛行士、人材を増やしていきたい。そのためにも、パブコメは、自分の子どもが応募する際の条件でも良いし、若い世代からの意見も歓迎する」と言う。

■前澤氏のような商用飛行も今後増える

今、飛行士の募集で注目を集めているのがESAだ。自然科学系出身者という基本路線は崩さないものの、今回初めて身体に障害がある人も「パラアストロノート」として募集しているからだ。多様な人材を確保することで、宇宙開発のあり方を見直すことにつながると考えているようだ。

宇宙飛行の世界は民間を中心に、変化が出ている。ISSでも、ロシアが有償の商用飛行を何度も実施している。NASAも民間人の有償飛行を受け入れる方針を打ち出している。3月3日には、実業家の前澤友作さんが、月へ飛行する米企業の宇宙船に前澤さんと同乗する8人を募集すると発表した。こうした動きは、文系の人を宇宙へ送り出す動きを加速する可能性がある。

一方、国民の税金で運用されているJAXAが文系飛行士を送り出すとなると、なぜ文系が必要なのかについて、もっときちんと論理立てて説明する必要があるだろう。

今、日本では副業解禁、リモートワークなどの働き方改革が進む。JAXAの2月のイベントでは、普段は別の仕事をしていて飛行時だけJAXAの飛行士になる「パートタイム飛行士」「副業飛行士」などの案も出た。

■「技術で勝ち、産業で負ける日本」を変えられるか

JAXAの飛行士第1期生で、2回の宇宙飛行体験がある毛利衛さんは、初めての飛行時に「日の丸を意識した。国を背負っているプレッシャーを感じた」という。「日の丸」と「副業」――。宇宙飛行士という職業へのイメージも様変わりしてきているのかもしれない。

飛行士の応募条件に限らず、最近では、そもそも文系と理系を分けることへの疑問も強まっている。文系と理系の知識を融合することで、時代にふさわしい知を生み出し、さまざまな問題解決につながると期待されるからだ。

国の科学技術振興策の方向性を示す「科学技術基本法」は、昨年25年ぶりに「科学技術・イノベーション基本法」と改正された。これまでは科学技術、いわゆる理系だけを対象にしていたが、改正によって人文科学も対象になる。理系だけでは、社会に受け入れられたり、価値を生み出せたりするとは限らないからだ。「技術で勝ち、産業で負ける日本」の汚名を返上するためにも、多様性の重要さが見直されているのだ。

せっかく「文系宇宙飛行士」という問題提起をしたのだから、これからの宇宙開発像や飛行士像について、議論や検討を重ねる機会へとつなげていくこともJAXAに求められている。

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知野 恵子(ちの・けいこ)
ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長を経て、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆してきた。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。

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(ジャーナリスト 知野 恵子)

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