「同窓会でも酒を注いでもらうのをただ待つ」接待され慣れた官僚のリアル
プレジデントオンライン / 2021年3月17日 11時15分
■同窓会で酒を注がれるのをひたすら待つ者……たいていは官僚
総務省の接待問題はとどまるところを知らない。
菅義偉首相の息子らから高額の接待を受けたことで、当時、総務審議官でその後、内閣広報官に抜擢された山田真貴子氏が辞任に追い込まれたと思えば、今度は東北新社だけでなく、NTTの社長や前社長から高額接待を受けていたことが明らかになって総務省ナンバー2の谷脇康彦審議官が更迭された。その後も接待漬けの関係が次々と明るみに出ている。NTTと総務省はまさしくズブズブの関係だと言えよう。
山田氏は女性官僚のトップに君臨する勢いを持っていたし、谷脇氏は事務次官が確実視されていたので、退官後のポストも含めて失ったものは大きい。
旧自治省と旧郵政省が合併してできた総務省は強大な許認可権を有し、東大卒の官僚の中でも優秀とされる人材が集まっている。その中で、東大卒でないのに出世競争を勝ち抜いたこの2人、さらにその周囲にいる、今後何らかの処分を受けるであろう東大卒エリート官僚たちのような文字通り「賢い人」が、なぜ法制化されている倫理規定を破ったのか。
本連載は「賢い人をバカにしてしまうもの」というテーマで書いているが、賢い人をもっともバカにするもののひとつに周囲の環境というものがある、と私は考えている。
灘高校を卒業して10年目くらいに同期会のようなものがあり、久しぶりに旧交を温めた。私は東大理科3類(医学部)に進んだが、文系に進む者も多かった。民間企業に就職した彼らには共通点があった。みな愛想がよく笑っているのだ。
「おう、和田、最近、ようテレビ出とるやんけ、ま、一杯飲めや」
そう言ってビールを注いでくれるし、私も相手にビールを注ぐ。
しかし、中には人から酒を注がれるのをひたすら待つ者もいた。たいていは官僚になった奴らだ。霞が関の人となり、若いうちから関係する外部の人々にチヤホヤされ、当たり前のように接待を受けていたのかもしれない。ふんぞり返って偉そうにするあの態度。灘校時代とは雰囲気も人柄もがらりと変わってしまったように見えた。「環境とは恐ろしいものだ」とつくづく思った。
先日、ラジオを聴いていると、政治アナリストの伊藤惇夫さんが官僚の世界の話をしていた。
彼らの価値観の中では省庁の中での出世がすべてで、それに負けると自分は負け犬のように思ってしまうし、勝つためなら手段を選ばない。とりわけ内閣人事局ができてから、総理大臣に気に入られようとばかりしており、嫌われるのを非常に恐れる。(総務省の官僚は)総理大臣の息子から誘われた接待を断れば嫌われるだろうから、そんなに気乗りがしなくても接待を受けたのではないか、というような趣旨だった。
要するに首相に気に入られたいという出世至上主義がこの事件の原因で、官僚たちの贅沢な食事をしたいという私利私欲ではないという見立てである。
その後、NTTからの接待も見つかったので、この見立てがどれだけ当たっているかはわからないが、省内での出世のほうが実績を残すことより重視されているのは私には理解できる。というのは、東大医学部の卒業生も似たよう傾向の者が少なくないからだ。
■日本最難関・東大医学部からノーベル賞が1人も出ていないワケ
東大医学部(受験時は東大理科3類)は、偏差値の上では大学受験の最高峰に位置する。
数学力といい、英語力といい、かなり高い知的水準の人間を私は何人も見てきた。
しかしながら、東大医学部の卒業生からノーベル賞受賞者はいまだに出ていないし、インパクトファクターの高い論文もそんなに出ていない。ノーベル賞レベルでなくても画期的な研究や新薬の創造も本当に少ない。そして、臨床レベルに関しては、天皇陛下の手術をさせてもらえなかっただけでなく、医師である私からみてもお粗末としか言いようがない。少なくとも私がかかりたい医師は今は一人もいない(かつて一人いたが亡くなってしまった)。
どうしてこのようなことになってしまったか。
それは臨床軽視、研究重視の上、研究の方も教授に逆らうことが許されない雰囲気があり(例外的に教授と逆らってディスカッションができる医局もあるらしいが)、自由な発想が困難だから。そうした話は多くの東大医学部OBから耳にする。
ところが、官僚になった人間が次官や局長を目指すように、医局に入った人間は東大教授や、最悪でも地方の大学の教授を目指すので、長く東大の医局に残ろうとする。
そのため、臨床の腕も磨かれず、自由な発想が許されるならもう少しハイレベルの研究ができたはずの人間がそれができない。
学生時代からこの価値観が植え付けられるので、東大のほかの学部と違って起業をする人もきわめて少ない(最近は少しずつ増えてきた)。まさに組織の価値観に染まることが、賢い人の頭を悪くしていき、医師の資格を得ることによる自由も、また現在のように知的能力が高い人が得るべき高収入も放棄していると言われても仕方ないだろう。
■なぜ高学歴のインテリが地下鉄サリン事件を起こしたのか
今からちょうど26年前の3月20日、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こった。
実行犯である教団の主力メンバーの多くが高学歴者(東大生や東大医学部生もいた)であったため、世間は「なんで賢い人たちがあんな馬鹿なことをしたのか」と嘆いた。
入信するまでの決断はともかくとして、彼らがこのカルト教団に入信した際や、出家した際、その価値観や教祖の信念に身も心も100%染められていく。それにより自分の認知が歪んでしまうと、もうそれを変えるのは困難になる。
心理学の有名な用語に認知的不協和というものがある。アメリカの社会心理学者レオン・フェスティンガーが提唱した概念だ。要するに、人間は、自分がある認知をしているときに、それを否定する認知を同時に受け入れることがとても不快で、自分の認知と相いれない認知を否定しようとする現象のことである。
たとえば、それをもっていると幸せになれるという高額な壺を買った人がいるとする。ところが、その後、どうもその壺はニセモノで詐欺商法だというニュースが広がってくる。
このニュースをそのまま受け入れてしまうと、自分は詐欺にひっかかったバカということになり、これまで払ったお金は丸損ということにもなる。
しかし、壺を売りつけた教祖のような人が「あのニュースは壺を買えなくて幸せになれない人たちがひがんで言っているだけだ」といった話をすると、そちらのほうを信じてしまうような現象だ。
有能な詐欺師は、この手の認知的不協和につけこんで、それがインチキだとわかりかけてくると余計にお金を使わせるという。たくさんお金を使うほど、インチキだと信じたくない気分が高まるからだ。
たとえば官僚にこう諭したとしよう。
「せこい出世をしたところでうまく次官になったとしても、今は天下りも禁止されているし、高い社会的地位が保たれるのは70歳くらいまでだから、魂を売るより、自分の能力を買ってくれる転職先を探したほうがいい」
彼らは、自分の成功をひがんでいるだけだと一笑に付すだろう。
同様に、医局で教授のいいなりになって、それなりに教授には気に入られているが、臨床の腕も上がらず、大した研究実績も上げていない人に、「ルートを変えると幸せになれる」とアドバイスしたところで「負け犬の遠吠え」扱いをするだろう。
こういう人が、まじめに人の話に耳を傾けないのは、認知的不協和によるものとは考えないだろう。
このように組織内の価値観というのは、いったん染まるとなかなか逃れることができない。
総務省の場合、この3年間で飲食の届け出がわずか1件であったことが発覚しているように省内の価値観として「無届け会食などは特に問題ない」というものもあったのかもしれない。トップエリートがそれに当たり前のように染まっていたのだろう。
AIやロボットの進化・普及で働きたくても働けない人が増えたり、テレワークの普及で在宅ワークが当たり前になったりする激動の時代に、周囲の価値観に染まりすぎていると、転身することは難しい。
今回の官僚の接待問題をきっかけにして、読者の皆さまも、自分が不適応な組織の価値観に染まっていないかを自省してみてはどうだろうか。
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国際医療福祉大学大学院教授
アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。1960年6月7日生まれ。東京大学医学部卒業。『受験は要領』(現在はPHPで文庫化)や『公立・私立中堅校から東大に入る本』(大和書房)ほか著書多数。
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(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)
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