半沢直樹の「君は将来、頭取になるべき男だ」に抱いた強烈な違和感
プレジデントオンライン / 2021年3月24日 11時15分
※本稿は、冨山和彦『リーダーの「挫折力」』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■昨年ヒットした半沢直樹は「ファンタジー」
2020年に第二期が放映されたドラマ『半沢直樹』。第一期から7年ほどのブランクがあったにもかかわらず、第一期と同様に大ヒットした。私も毎回、楽しみに見ていたが、このドラマを見てどう考えるかは、実はあなたのリーダーとしての資質が問われる試金石である。
今の日本の組織にはさまざまなしがらみがあり、それが業績悪化の一因となっている。その多くは昭和の時代に作られた会社という仕組みがうまく機能しなくなったことに起因している。『半沢直樹』で描かれるさまざまな問題の根幹にもそれがある。
例えばドラマで描かれた航空会社の再建問題は、私もタスクフォースとしてかかわった日本航空(JAL)のケースがモデルになっている(かなりデフォルメされているが)。あのドラマ内でも描かれていたように、当時のJALにはさまざまな問題が山積していた。そのことは誰もが認識しており、変わらなくてはならないと思いつつ、それぞれの立場やしがらみもあり、なかなか実現しなかった。その結果、国の支援を必要とするまでに追い詰められてしまったのだ。
しかし、ドラマの半沢はそんなしがらみを一刀両断してみせる。ドラマの中のタスクフォースは実に情けない敵役だったが、私が実際に喋った一刀両断決め台詞を、半沢の台詞としてほぼそのまま使ってくれていた。そして、相手が企業のトップだろうと政治家だろうと「正論」をそのままぶつけ、最後には倍返しで勝利してしまう。
だが、現実の組織には半沢はいない。というより、あんな人物がいたらとっくに潰されている。誰だって問題点はわかっているが、正論をそのままぶつけたら大変なことになるとわかっている。昭和のサラリーマン世代にとっては、そんなルサンチマンがあのドラマへの共感を生み出している。原作者の池井戸さんが語っている通り、半沢直樹はあくまでファンタジーなのだ。
つまり、半沢直樹のようなスーパーマンがいない中で、どのように会社の問題を解決すべきかを考えなくてはならないのだ。「わが社にも半沢直樹がいればいいのに」などと考えているようでは、リーダー失格である。
■若者は、会社を辞めない半沢が理解できない
一方、『半沢直樹』を若い人が見ると「なぜ、半沢はあんな仕打ちを受けて会社を辞めないのか」と考えるはずだ。これはまったくもって正論なのだが、だからこそ、辞めたくても辞められないという40代以降のビジネスパーソンの心をつかむのだ。
このズレがあるにもかかわらず、あのドラマが若い人にも受けたのは、ズバリ「時代劇」として作り込んだことにあると思う。実はドラマの進行と合わせて、同じタイミングで実際のJAL再生で起きたリアル帝国航空再建の過程をツイッターでつぶやいてみたのだが、これが大反響。ツイッターはSNSとしてはFacebookなどよりも比較的若い世代が多いのだが、「リアルのほうも面白いので続けてくれ!」とリクエスト殺到で、結局、全回つぶやき続けることになった。
若い世代の彼らは、市川猿之助以下、芸達者の歌舞伎役者勢ぞろいで演じる、まさに時代がかった勧善懲悪の時代劇をテレビで楽しみ、同時に彼らにとってはよりリアリティのある平成の事件に関する私のツイートを楽しんでいたのである。
昭和世代には共感満載のファンタジーとして、平成世代には『遠山の金さん』や『水戸黄門』と本質的には同じ時代劇を近現代に舞台を移した極上のエンターテイメントとして、幅広い世代それぞれに受けるドラマに仕上げた制作スタッフに脱帽である。
■昭和は遠のき、リアル「半沢頭取」誕生
最終回の最後のシーンで、北大路欣也が演ずる頭取が半沢に「君は将来、この銀行の頭取になるべき男だ」と語りかける。半沢直樹はバブル入行世代なのでもう50歳代のはず。そんな年齢のおっさんをつかまえて「君は将来……」が最後の決め台詞というのは、やはり昭和の時代劇だと私は思った。
東京中央銀行はグローバルな金融の世界で戦うメガバンクという設定だ。今どきグローバル競争を戦う企業のトップ就任時期はおおむね50歳代前半、40歳代ということも少なくない。何が起きるかわからない生き馬の目を抜くグローバル金融の世界は、365日24時間のハードワークである。しかもフィンテックなどの破壊的イノベーションの大波がガンガン押し寄せる。
50過ぎの半沢にいうならどう考えても、「次の頭取は君だ」だろう!……と思ってあちこちにそんなことを書いていたら、2020年の暮れに東京中央銀行のモデルとされているメガバンクのトップに「半沢さん」が50歳代半ばで就任するという報道が流れた。
昭和は着実に遠くなりつつある。鞍馬天狗じゃないが「ニッポンの夜明けは近いぞ」といいたくなるうれしいニュースだった。
『半沢直樹』は非常によくできたドラマだが、それを見て強く共感する世代もいれば、もはや「時代劇」としてとらえる世代もいる。これからリーダーを目指す人には、あれを「時代劇」だと思って楽しむ感性と、わが身に重ねて共感する世代がいることを理解する知性との両方が必要だろう。
■歌舞伎から「逃げ恥」まで共通する文化とは
半沢直樹の物語が若い世代にとって今や時代劇になっているのと比べ、エンターテイメントの世界で時代を超えた普遍性を持つ物語、時間を経過しても「あるある」感を持てるコンテンツがある。
歌舞伎でいえば、江戸時代の庶民を描いた当時の現代劇である「世話物」。そして昭和の高度成長期なら、「寅さん」映画で描かれる物語。昭和の終わりから平成にかけてのテレビドラマなら『北の国から』。さらには最近なら『逃げるは恥だが役に立つ』(通称「逃げ恥」)である。いずれも私のお気に入りコンテンツだ。
これらに共通しているのは時代時代のエスタブリッシュメント的なエリートではなく、市井の一隅を照らしつつ「泣き笑い」しながら生きている多数派の日本人の姿を描いている点である。
そこに登場するメインの人たちは、終身年功的な大組織の正規構成員ではない。江戸時代なら藩に仕える忠義に生きる武士(当時の人口比10パーセント以下と推定されている)、現代なら大企業に勤める忠誠心に縛られたサラリーマン(これも全体の約2割に過ぎない)は主役ではないのだ。
描かれているのは、もっと色とりどりの庶民の人たち。誘惑に弱くていい加減なところもあり、現金なところもあり、仕事もころころ変わるし、男女関係やLGBTもおおむね緩め。だけど情に厚くて仲間や家族思い。酒色や博打におぼれてとんでもないことをしでかしておいて、心の底から反省し勢いで命を投げ出したりする。
まったくの現代劇である「逃げ恥」も、契約社員的な立場で生活している人や地元のマイルドヤンキー的な人たちを中心に、生き生きと今どきの多数派の人々のリアルを描いている。それこそ失敗だらけ挫折だらけの人たち。そこにはいつの時代も変わらない「あるある感」が満載だ。
考えてみたら古事記などに登場する神様たちもかなり緩いところがあるし、とっても個性的で多様なキャラが揃っている。
私は日本社会において底流を流れる変わらないものとは、こうした人生いろいろで、緩くて、しなやかで、流動的で、人懐っこい部分だと考えている。江戸時代にできた歌舞伎から現代のコミック原作のドラマにまで通用しているのだから、これこそまさに文化だ。
■ゆるくて「いい加減」な共同体で働く時代
コロナショックで、がちがちに硬直化した日本のカイシャの仕組み、経済社会の仕組み、半沢直樹が悪戦苦闘してきたものは、さらに崩れていくだろう。人々はそういう仕組みのある場所に満員電車に乗って通うことが実は仕事でも何でもないことに気づいてしまったのだから。
その代わり、寅さんや「逃げ恥」を愛する私としては、新しい時代にお呼びがかかる日本的なるものは、もっと自由でぶっちゃけていて柔構造な日本のほうだと信じてやまない。
こんなことをいうと、「共同体文化の日本人にとって会社という共同体を失うことは大きな危機だ」みたいなことをいい出す連中がいるが、若い世代が、半沢直樹がこだわっているあの共同体に帰属したいと考えるだろうか。
大丈夫。いつの時代も私たちはその時々に応じて融通無碍にいろいろな共同体を形成し、そこで愉快に生きてきたのだ。新しい時代のリーダーには融通無碍に新たな共同体、もっと緩くて「いい加減」な共同体を創造しまとめていくリーダーであってほしい。
私が代表を務める「日本共創プラットフォーム」でこれから活動していく社会空間も、現代のリアル日本の主役、新たな、そして本来的な日本的共同体空間である。河竹黙阿弥の芝居に出てくるヤバい人たちや寅さんの「とらや」の人たち、そして「逃げ恥」のみくりさんの実家周辺にいそうな人たちと仕事をするのが楽しみである。
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経営共創基盤グループ会長
1960年生まれ。東京大学法学部卒、在学中に司法試験合格。スタンフォード大学でMBA取得。2003年から4年間、産業再生機構COOとして三井鉱山やカネボウなどの再生に取り組む。機構解散後、2007年に経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月より現職。パナソニック社外取締役。
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(経営共創基盤グループ会長 冨山 和彦)
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