政治家やマスコミが連呼した「ステイホーム」はコロナ対策として大間違いだった
プレジデントオンライン / 2021年3月25日 9時15分
※本稿は、長尾和宏『コロナ禍の9割は情報災害 withコロナを生き抜く36の知恵』(山と渓谷社)の一部を再編集したものです。
■ステイホームで浮き彫りになった、歩かない弊害
コロナ禍で定着したスローガンの1つが、「ステイホーム」。
新型コロナから命を守るために家にいよう、というものです。第1波が収束したあとも、ステイホームの空気は根強く、「旅行をした」「どこそこへ遊びに行った」などと気軽に言いにくい雰囲気がまだまだ漂っています。
日本人はとてもまじめなので、飼い主に「ハウス!」と言われた犬が自分のハウスに入ってじっと待っているように、偉い人に「ステイホーム!」と言われれば、多くの国民はその命令に従順です。それは日本人の美徳でもありますが、その美徳があだとなることもあります。
先述したように、まじめにステイホームを守り続けている人ほど、生活習慣病が悪化し、筋肉が落ち、かえって健康を損なう可能性が高い。特に高齢の人は、1カ月も真面目にステイホームを続けていれば、驚くほど衰弱します。
まず、外に出て体を動かさなくなると、食べることが唯一の気分転換、ストレス発散になりがちなので、てきめんに太ります。太れば、血糖値も血圧もコレステロール値も、さまざまな血液検査の数値が悪くなります。だから、生活習慣病が軒並み悪化するのです。
また、家にこもってじっとしていると、筋肉は委縮し、関節も固まり、転倒や骨折を起こしやすくなります。人と会わない、外に出ない刺激のない生活を続けていれば、認知機能も低下して、物忘れもひどくなります。もともと認知症のある人は、妄想や抑うつ、暴言、意欲の低下といった周辺行動がひどくなります。
■必要だったのは「ステイホームタウン」というスローガン
若い人でも、家に一人で閉じこもっているうちに、不安がつのって眠れなくなったり、昼夜逆転の生活になったり、うつや過呼吸に陥ったりする人もいます。「自分もコロナかもしれない」という思いに囚われて、ストレスを抱え込み、微熱が続く人、不整脈や帯状疱疹などを引き起こす人もいます。
命を守るためのステイホームが、こうしたさまざまな健康被害を引き起こす可能性があるのです。このことを、私は勝手に「ステイホーム症候群」と呼んでいます。
日本中が新型コロナを恐れてステイホームしていたわけですが、私にしてみれば、ステイホーム症候群のほうが100倍怖い。私のクリニックの患者さんで、新型コロナが原因で亡くなった方はいませんが、ステイホーム症候群で亡くなった方は数人います。ある方は、ステイホームを守って家から出ない、歩かない生活を続けているうちに、転んで骨折して入院し、結局、入院先の病院でお亡くなりになりました。
だから、コロナ禍で掲げるべきスローガンは「ステイホーム」ではなかったのです。ステイホームでは家に閉じこもって歩かない、体を動かさない生活に陥ってしまうので、「ステイホームタウン」というべきでした。
ステイホームタウンをスローガンに、「あんまり遠くには行かないでね、でも歩こうね」と伝えれば、歩かずに病気になることは防げたのです。
■コロナ怖い怖い病にかかっていませんか
私がステイホーム症候群と名づけて、外来に来られる患者さんに「歩いてね」と言い続けてきたように、危機感を持っている医者は多くいます。南多摩病院総合内科の國松淳和先生は、新型コロナに対する不安がつのっていつもと違う精神状態に陥ってしまうことを「シャムズ(CIAMS)」と名づけています。
シャムズは「COVID-19/Coronavirus-induced altered mental status」の略で、直訳するなら、コロナウイルスによって引き起こされる精神状態の変化のこと。不安からイライラがつのり、いつものその人であれば絶対に言わないようなことを言うようになったり、いつもは穏やかな人が急に怒りっぽくなったりすることです。
外来診療を行っていると、まさにシャムズの患者さんだらけです。
「微熱があるんです」とおっしゃるので、測ってもらうと36度7分。
そんなに気にするほどではないなと思っていると、
「だるいんです、それに食欲がないんです」と。
「季節の変わり目は体調を崩しやすいですよね。私も同じです」と伝えると、
「それだけじゃないんです。なんだかイライラするんです」と、早口でおっしゃる。
「あー、イライラすることもありますよね」と返すと、
「いやいや違うんです! 味覚もなんだかおかしいし、私はコロナなんですよ。先生、わかってくださいよ」
と言って怒りだす。そんな患者さんが多々いらっしゃいます。
なかには殴りかかるような勢いで、怒りだす方もいます。それだけで、「ああ、コロナではなく、シャムズやなぁ」とわかります。いうなれば、シャムズとは「コロナ怖い怖い病」なのです。
■日本人は世界でいちばん不安を感じやすい
第1波が収束してから、私のクリニックで目立って増えたのが介護職員の方からの相談でした。テレビでは医療崩壊ばかりが強調されますが、介護崩壊も切実です。介護は、人と人とのふれあいそのもの。
それだけに、「自分が感染させたらどうしよう」「入所者にうつしたらどうしよう」「職場に迷惑をかけたくない」と悩み、シャムズに陥る人が多いのです。なかには、うつが悪化して休職を余儀なくされる人もいて、ただでさえ人手不足の現場がさらに大変な状況になっています。
介護職員に限らず、シャムズに陥りやすいのが、「他人様に迷惑をかけたくない」という気持ちの強いまじめな人です。
そもそも日本人は、世界でいちばん不安を感じやすく、まじめな国民です。だからこそ、お上の指示に従いやすく、ステイホーム症候群がまん延し、シャムズに悩む人が増えてしまったのだと思います。
新型コロナは、国にとっても初めての経験なので、最初からすべてが上手くいくわけがありません。政治家が間違ったリードをしてしまうこともあるでしょう(繰り返しますが、ステイホームというスローガンは間違いだったと思います)。それを反省して、間違いは間違いと認め、今後に生かしてほしいと思います。
■視聴者のコロナ不安を煽るばかりのワイドショー
なぜ、ステイホームを続けているうちにメンタル不調に陥るのかといったら、ストレスと不安が最大の敵だからです。ストレスほど怖いものはありません。
これまで、多くの人が抱えていたストレスは、夫婦仲が悪い、子どもとの関係が悪いといった家族の問題、あるいはパワハラや過重労働といった職場の問題が主でした。そこにどーんと重くのしかかったのが、コロナストレスです。
家にいると、ついテレビばかり見てしまう人は多いと思いますが、第1波が収まったあとも、しばらくは、テレビをつければワイドショーはコロナの話題一色でした。どの番組も「今日は新たに◯◯人の感染が確認されました」「今日はどこどこでクラスターが発生しました」と、毎日毎日、新規感染者数を紹介し、視聴者の不安を煽っています。
テレビでは、PCR検査で陽性となった人を「感染者」としてまるでワルモノのように報道しますが、「PCR陽性者=感染者」ではありません。PCR検査で調べているのは、ウイルスが唾液中や鼻の中にいるかどうか。
一方で感染は、ウイルスが体内に入って、さらに細胞内に入り込んで初めて成立するので、唾液中にウイルスが見つかってPCR陽性となっても、感染しているとは限りません。当然、他人にうつす力があるとも限りません。でも、そんなことはテレビでは説明しませんよね。
■日本で深刻なのは「パンデミック」より「インフォデミック」
また最近では、タレントさんやスポーツ選手など、有名人が感染したという報道が相次いでいます。ここで、ちょっと考えてみてください。誰もが知っている有名人というのは、万に一人もいませんよね。多く見積もっても、人口10万人に1人くらいでしょうか。
そのくらいまれな人たちのなかでも次々に感染が見つかっているということは、それだけ市中感染が広がっているということです。誰が感染していてもおかしくない状況に、すでになっているということ。
その一方で、重症者数、死亡者数はそれほど増えていません。何が言いたいのかといえば、新型コロナは、誰もがなりえる、数ある病気の1つにすぎず、ほとんどの人は無症状または軽症だ、ということです。
日本においては、パンデミック(感染爆発)よりも、「インフォデミック」のほうが深刻です。インフォデミックとは、不確かな情報が大量に拡散されて現実世界に悪い影響を与えてしまうこと。
連日のワイドショーの報道が、視聴者の不安と恐怖を煽り、家に閉じこもらせてステイホーム症候群やシャムズを生んだ。これはまさにインフォデミックそのものです。
さらに、過度な自粛が経済をより悪化させることで、経済破綻する人、行き詰まる人、自殺を選ぶ人も増えるでしょう。テレビ(特にワイドショー)によるインフォデミックが、国民を殺している。そう言っても言い過ぎではないと思います。
■国民を震え上がらせた、岡江久美子さんの最期の中継
志村けんさんと岡江久美子さんという2人の死も、多くの人を震え上がらせました。3月末に志村さんが亡くなったことが報じられ、日本中が悲しみに暮れました。さらに影響が大きかったのが、岡江さんの死だったように思います。あんなに元気で明るく、まだまだお若い印象の岡江さんが、ぽろんと亡くなってしまった。
でも、岡江さんは数カ月前に乳がんの手術に続いて放射線治療を受けていたそうなので、一時的に抵抗力が下がっていたのだと思います。私たちがテレビの画面越しに知っている元気な岡江さんでは、一時的になかったのでしょう。
岡江さんが亡くなったとき、夕方のワイドショーはこぞって無言の帰宅を生中継しました。お骨となって届けられ、さらに玄関先に置かれた遺骨が入った箱を、夫である大和田獏さんが受け取る、その様子を生放送で流したのです。
通常であれば、亡くなってから24時間が経過しなければ火葬することはできません。そう法律で決まっています。ですから、お骨になるまでに3日ほどかかります。ところが、岡江さんは亡くなった翌日にはお骨になって帰ってきました。当時は、葬儀場も怖がって、葬儀が執り行われることもなく直葬になり、「骨からもうつるかもしれない」と言われて、ご遺族は骨を拾うことさえできなかったそうです。
そうした、無言で自宅に戻られる様子を生中継したのですから、それはもう衝撃的でした。あの元気な岡江さんがこんなふうに短期間で亡くなり、死んだらお骨になって帰ってくるのか……と、まさに恐怖のイメージを人々に焼きつけてしまったのです。
■105歳のおばあちゃんも怖がるコロナ報道
私が在宅医療で診ている105歳のおばあちゃんも、「コロナが怖い」と怯えています。
その方は、寝たきりで歩くことはできませんが、頭はしっかりしていて一人暮らしを続けています。もう何年も主治医として週に1回、様子を見にうかがっていて、すっかり信頼関係ができているつもりなのですが、そのおばあちゃんから先日、「しばらくの間、来ないでほしい」と言われました。理由を聞くと、「コロナが怖い」と。
100歳を超えているのだから「コロナで死んでもかまわない」と思うのかなと思ったら、まったく違いました。「コロナは怖い、コロナでだけは死にたくない」とおっしゃるのです。訪問するといつも大音量でテレビを見ているので、「コロナは怖いぞー、怖いぞー」と煽るワイドショーに、おばあちゃんも不安を掻き立てられてしまったのでしょう。
テレビ番組がコロナ一色だった半年間ほど、ワイドショーには連日同じような人が登場し、「このままでは大変なことになりますよ」「医療は崩壊しますよ」「40万人が死にますよ」と、ただただ煽りまくっていました。その様子を見て、ワイドショーというのは煽ってなんぼ、視聴率を取ってなんぼなんだな、とよくわかりました。
そんなテレビをずっと見続けていたら、頭の中が不安だらけになってしまうのは当たり前。みんなの不安を掻き立て、家に閉じこもらせてステイホーム症候群やシャムズをつくり上げていた犯人は、私はメディアだったと思っています。
外来診療や在宅医療で出会う患者さんたちには、「テレビを見過ぎないようにね」と、いつも伝えていました。特に高齢者や闘病中の方は、「コロナになったらどうしよう」「死ぬんじゃないか」と、ことさら恐怖に怯えていたので、「テレビを見ないで。見るなら、お笑い番組か、歌番組を見てね」と言い続けていました。
視聴率のためにただただ煽り続けるワイドショーから距離を置くこと。それが、心の平穏を保つ一番の治療法です。
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長尾クリニック院長
医学博士。東京医科大学卒業。1995年兵庫県尼崎市で開業、複数医師による365日無休の外来診療と24時間体制での在宅医療に従事している。著書に『糖尿病と膵臓がん』など。
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(長尾クリニック院長 長尾 和宏)
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