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三浦瑠麗「与党がどれだけ失言を繰り返しても立憲民主党が選挙で勝てない理由」

プレジデントオンライン / 2021年3月25日 11時15分

立憲民主党の定期党大会で、オンラインの参加者に壇上から手を振る枝野幸男代表(中央)ら=2021年1月31日、東京都内のホテル - 写真=時事通信フォト

日本の最大野党である立憲民主党は、政権交代を果たせるのか。国際政治学者の三浦瑠麗氏は「価値観調査で明らかになったのは、投票行動に最も影響する政策が実は外交安保であること。立憲民主党のリベラル路線は、外交安保リアリズムをとる多数の有権者を遠ざけている。これでは政権交代は難しいだろう」という——。(前編/全2回)

※本稿は、三浦瑠麗『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』(文春新書)の一部を再編集したものです。

■政治的価値観が「定食メニュー化」しにくい日本

政治化したイデオロギーや価値観には、異なる人びとを結び付け、互いに連帯感を持たせる効果がある。実際には対立がないはずの分野で、政党の対抗意識によって新たな対立が生まれ、分断が深まることもあれば、政党が複数の価値観を結び付けて定食メニュー化を図ることもある。

前出のトランプ現象の場合は、人々の社会的価値観をめぐる対立の方が根深いことを的確にくみ取った結果、選挙における中心的なメッセージが社会保守的主張と中道の経済政策の組み合わせとなった。これは共和党が民主党に歩み寄ったのではなくて、分断の力点を経済から社会問題へと動かした例である。

ところが、社会的イデオロギーが分極化していない日本ではそもそも「価値観の定食メニュー化」が成り立っていない。その結果、有権者が「教化」されにくく、革新勢力のなかに女性差別が残ってしまったりする構造がある。

例えば、主に女性の管理職登用など女性の地位向上に関心を持つ人と、男性の非正規雇用が増え所得が下がっていることを問題視する人は、政党所属意識が乏しい日本の場合、本人たちがよほど政治意識の強い人でない限り交差しにくい。

しかし、米国においてはおそらく両者ともに民主党を支持する結果として、前者が高額所得者への課税強化に関心を持ったり、後者が女性のエンパワメントが重要な課題であることを受け入れたりするような変化が起きる。それは、イデオロギーに基づく「やせ我慢」が本音に打ち勝つという構造があるからだ。

■SNSによってバランス感覚を失った政治家

日本でも、野党の政治家が社会リベラル化しつつある。

政治家の発言や東大・朝日新聞アンケートに対する政治家の回答の変遷を見れば、野党が社会問題の党派化を試みているのは明らかだ。一方で、自民党の政治家は政権を担うようになると社会保守から中道へと近づく。それは、与党の支持者が社会的には多様だからである。

米国ならばそのような現象はなかなか起きにくく、むしろトランプ大統領などは中絶などをめぐって自らの従前の立場よりも社会保守化する傾向がみられた。日本のテレビ局は放送法上、公正・中立を旨とした放送をしなければならないことになっているが、有権者もその延長線上の感覚で、まるでテニスの審判のように政治を見ている。具体的な政党に自らを投影するほど政治を自分事としてみる人はごく一部にすぎない。

しかし、情報化社会の進展によって一部の空間では雰囲気が様変わりしている。大手マスメディア以外に情報収集・交換する場ができ、SNSの登場により個々人の意見が公開の場で晒されるようになった。人びとが直接意見交換し、政治家もツイッターで一般人とやり取りをする。

こうした言論空間に触れていると、政治家はイデオロギー化しやすくなる。SNSで政治的な発信をしている有権者はごく少数であるのに、政治家はそれを支持者の代表的意見だと勘違いしがちだからだ。もちろん、同じことが政治家の個人後援会や支持組織との交流についても当てはまる。日頃、接している人が政治化された少数の人であればあるほど、世論の理解が偏ったものになりがち、というように。

■自民党と立憲民主との支持層はほぼ変わらない

しかし、実際には、有権者は政治家が日々触れ合う存在よりももっと広大で多様である。図表1を用いて考えることにしたいと思う。

自民・立憲投票者(2019参院選比例代表)の価値観分布(経済×社会)日本人価値観調査より
出所=『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』

図表1は、図表2の「日本人価値観調査」の分布図のうち、2019年の参議院選挙の比例代表で自民党に投票した人を赤に、立憲民主党に投票した人を青にそれぞれ色分けしたものである。

日本人価値観調査による有権者価値観分布(経済×社会)
出所=『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』

自民党は社会保守的政党だと考えられがちだ。しかし、図表1の左のグラフを一瞥して分かるように、社会的価値観はバランスよく保守とリベラルに分散している。横軸で見ると、経済的には保守寄りの支持者を多く抱えていることが分かる。

図表1の右のグラフでは、その自民党投票者の上に立憲民主党への投票者を重ねて散布図を作成しているが、これが示すように、両党の支持者の分布にはほとんど違いはない。米国のように、経済リベラルに大きく振り切れた有権者の塊がいるわけではないし、立憲民主党支持者は自民党よりも僅かに中道リベラル寄りの傾向を示しているにすぎない。

社会的にもリベラルから保守まで幅広い。米国の有権者が共和党と民主党できっぱりと価値観が分かれているのに比べると対照的だ。

■日本人の社会的価値観は大きなバラつきがない

2019年の参院選での比例代表への投票行動は、経済政策×社会政策をめぐる価値観では切り分けられない。経済政策に関わる価値観は、自民党に対する高評価層の方が成長重視で、低評価層の方が分配重視だが、参院選での投票行動と関連付けて一人一人の価値観分布を見れば、自民党投票者も立憲民主党投票者も価値観がばらけているのである。

つまり、経済と社会に関わる価値観だけで見ると、経済成長を重視する人は自民党に投票する可能性が高く、成長をそこまで優先度の高い項目と考えない人は立憲民主党に投票する可能性が高いということが確率論として言えるが、その確率はさほど大きな差ではない。

立憲民主党はここしばらく社会リベラル的価値観と分配強化の二つを強く打ち出してきているが、必ずしも集票効果にはつながっていないということである。

そこで、社会的な価値観をめぐる回答結果が自民党への評価にどのような違いをもたらしているのかを見てみよう(図表3)。

社会的価値観をめぐる党派対立の現状
出所=『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』

4本の折れ線グラフは、それぞれ自民党をどれだけ評価するかでグループ分けして、グループごとに設問への回答の平均点を示している。プラスは設問に対する賛成を、マイナスは反対を意味している。

簡単に言えば、4本の線が互いに離れるところが党派的な対立が大きいところで、くっついているところが党派的な対立がない日本人の平均的価値観が支配する領域ということになる。

■唯一の対立となっている「外交安保問題」

図表3から明らかなように、原発をめぐる立場を除けば、日本における社会的価値観に党派性による大きな差は見られない。夫婦別姓だけ、自民党を高く評価すると答えたコア支持層(回答者全体の8%)がわずかに中立から保守よりの回答をしているが、その差自体は大きなものとは言えない。

銃規制、中絶、宗教、人種などを巡って社会的価値観に大きな分断があるアメリカとは異なり、日本は社会的価値観がいまだ分断を創り出してはいないということだ。過去には厚労相の「産む機械」発言が真意を超えてスキャンダルになったり、女性記者への暴言で財務次官が辞任に追い込まれたりしているため、社会問題は必ずしも政局と無関係とは言えないが、党派によって有権者の価値観が分かれているとは必ずしも言えない。なぜだろう。

自民党支持者と立憲民主党支持者の経済・社会的価値観に大きな違いが出ない理由は、他に大きな対立軸があるからである。

では、何が大きな対立軸となっているのだろうか。図表4をご覧いただきたい。

外交安保に関する価値観をめぐる党派対立の現状
出所=『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』

図表4に示された対立軸は、外交安保上の価値観である。縦軸で上の方の保守よりに近づけば近づくほど、「外交安保リアリズム」の立場であり、下の方のリベラルよりに近づけば近づくほど、「外交安保リベラル」の立場だ。

■憲法9条に関する価値観で評価が割れる

外交安保リアリズムとは、憲法改正や日米同盟強化、自衛隊の役割拡大などに賛同する立場であり、現実主義に基づいて一定の軍備を必要とする考え方である。外交安保リベラルとは、憲法改正や日米同盟強化に反対し、自衛隊の役割の拡大にもくみしない立場で、より限定された軍備を望む考え方だ。

4本の折れ線グラフは、自民党をどのように評価するかという回答別にそれぞれのグループの価値観の平均値を示している。プラスは設問への賛意を、マイナスは設問への反対を意味する。

一見して、憲法9条やその解釈が関わるもの、日米同盟に関するものが党派的な分断を創り出していることがよくわかる。より具体的には、日米同盟強化への賛否、憲法9条改正の是非、集団的自衛権行使容認の是非、あるいは防衛費増額への賛否である。

戦後日本においては憲法と安保をめぐる左右対立が硬直化し、陣営を超えた対話がほとんど不可能な状況が続いてきたため、それ以外の論点は中心的な問題になりにくい構造があった。日本人価値観調査では、過去2回の国政選挙の4回の投票行動(各選挙の選挙区、比例代表)において、自民党への投票に最も結びついた要素は、憲法と安保をめぐる象徴的な価値観であった。

■経済や福祉よりも憲法9条に関する価値観が投票行動を決める

続いて、社会的価値観を横軸に、外交安保に関する価値観を縦軸に置いた分布を示す図表5をご覧いただきたい。2019年の参院選における比例代表の投票先(自民、立憲)ごとに色分けしてある。

自民・立憲投票者(2019参院選比例代表)の価値観分布(経済×外交安保)日本人価値観調査より
出所=『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』

ご覧のように、経済に関する価値観よりも外交安保に関する価値観の違いの方が投票に強く影響を与えていることが見て取れる。自民党支持者はほとんどが外交安保リアリズムの価値観を有しており、立憲民主党支持者は外交安保でリベラル寄りの人が多く含まれる。

新聞報道などで2019年の参院選の争点とされたのは年金問題であり、消費税だった。選挙の直前に、金融庁の審議会が出した報告書の老後資金に関わる記述で「2000万円」と記載があったことから、そんなに貯蓄が必要なのかという印象が広がり、老後不安を訴える声が高まった。

時事通信が行った参院選の出口調査では、有権者が最も重視した政策分野は「年金・介護・医療」で、全体の23.9%を占めたという。しかし、これまで示してきたように、有権者の価値観は多くの分野でそれほど食い違っておらず、政策選好にも違いが出にくい。人びとが表向き重視すると答える政策が必ずしも投票の原動力となっているわけではないことには注意が必要だ。

例えば、福祉をより充実させると公約したからと言って、福祉重視と回答した有権者の票が惹きつけられるとは限らない。大前提として憲法と安保に関する価値観が人びとを分断し、特定の政党に投票するときの判断材料として働いているからである。

つまり、この場合人々がどの政策を重視すると答えるかということと、ある政党に投票する動機は異なっており、人びとに正面から理由を聞いても、かえって真実から遠ざかる場合があるということだ。

■リベラル向けの安全保障戦略が政権交代を遠ざけている

日本には米国ほど急進的ではないが十分な社会リベラルが存在する。しかし、安全保障における価値観の対立が激しいがゆえに、立憲民主党をはじめ野党はどんなに目標を掲げても社会リベラル(図表2の下半分のリベラルおよび自由主義の層)を取り切れないのである。

三浦瑠麗『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』(文春新書)
三浦瑠麗『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』(文春新書)

彼らが票を集めきれない理由としては、野党の実務能力に関する疑いも混じっているだろうが、そもそも年金問題は投票の主要な動機ではなかったというところから議論をスタートさせなければ、選挙結果を適切に把握できない。

立憲民主党は、外交安全保障で中道リアリズム寄りの票も一部取り込めてはいるが、それは最大野党として政権批判の受け皿になっているからだろう。しかし、現実には選挙活動の場において、演説や支持者のプラカードに、日米同盟に対する懐疑的な表現や「憲法改悪反対」と言った表現が躍ることで、安全保障リアリストの有権者を遠ざける効果を作り出している。

安全保障で価値観が分かれることが正しいとか間違っているとかいうことではない。現実問題として外交安保リアリズムをとる人が国民の多数を占めるため、安全保障でリベラル票を惹きつける戦略を維持する限りは、政権交代は難しいということである。

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三浦 瑠麗(みうら・るり)
国際政治学者
1980年、神奈川県生まれ。神奈川県立湘南高校、東京大学農学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。著書に『21世紀の戦争と平和』(新潮社)、『日本の分断』(文春新書)など。

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(国際政治学者 三浦 瑠麗)

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