「独裁者ヒトラーは独学の達人だった」中野信子が警告する独学の落とし穴
プレジデントオンライン / 2021年3月29日 11時15分
※本稿は、齋藤孝・中野信子・山口真由『人生の武器になる 「超」勉強力』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「己を知ること」が、学びの9割をも左右する
自分にとって効果的な学びをするためには、「己を知る」姿勢が欠かせません。
ただ、自分の特質や強みに若い頃に気づける人もいれば、遅くまで気づけない人もいます。人それぞれよいところはあるはずですが、過度に不安を感じがちな性格だったり、まわりの環境の圧力があったりして気づけない人もいます。それは、とてももったいないことです。
本来独立してやっていける力があるのに、長年同じ会社で働いてきた体験や環境のために、自分の本当の願望に気づけなかったり、会社を辞めることに強い不安を感じたりします。
逆に、組織のなかのバイプレーヤーとしての適性があるのに、起業ブームに煽られ、つい主役をやろうとして会社を辞めて、失敗してしまう人もいます。
これらはすべて、自分の適性を見誤って起こるミスと見ることができます。
わたしは、「己を知ること」が、学びの9割をも左右すると考えています。みんな自分をもっと知るべきだし、自分で自分を評価できることが大切なのです。
わたしの場合は、比較的早い時期にそのことに気づいたのが強みとなりました。学生時代、いわゆる一般的なコミュニケーション能力が不足していたので、「わたしはこの社会で生きていけるのだろうか?」と自らの行く末を危惧していました。
だからこそ、早いうちから「自分にできること」を探し、そのなかで、勉強や研究という道を見つけられたことがわたしを守ってくれたと思います。
まずは、まわりではなく、自分の特質や強みに目を向けましょう。それを軸に考えていけば、大きく道を踏み誤ることは少なくなるはずです。
■「過去の自分」にだけ勝てばいい
「己を知る」ための最善の方法はあるのでしょうか?
自分で自分をわかっていることを、心理学では「メタ認知」といいます。メタとは「高次の」という意味で、メタ認知は、自分の行動や考え方や性格などを別の立場から見て認識する活動を指します。
まず、人はふつうに過ごしているだけでは、「己を知る」ことなどできません。鏡に映った自分を見るように、自分についてはっきり認識できるわけではないのです。
そこで人はどうするかというと、まわりと比較して自分を測ります。そして、場合によっては、「あの人がうらやましい」「どうして自分にはできないのだろう」と、嫉妬心にとらわれてしまいます。
それでも、人はなにかと比較することでしか自分についてはわかりません。そのため、わたしがおすすめしたいのは、比較する対象を「過去の自分」や「自分の理想像に近い人」に設定するやり方です。
このうち、「自分の理想像に近い人」は他人との比較にはなりますが、「自分があこがれる人」という意味合いであり、その人を見たり、思い浮かべたりするとポジティブな気持ちになれる人のことです。あこがれの人の真似をしたり、その人の振る舞いを自分も取り入れたりしてみるわけです。
そして、そんな自分を「過去の自分」と比べてみて、少しでもよくなっていればいい。たとえわずかな進歩でも、「昨日の自分よりはマシ」と思えれば十分です。
「過去の自分」にだけ勝てばいいのです。
そうしていると、まわりと比べて己を知ろうとする行為も、自分の成長へとつながっていきます。
■「自分の考えが正しい」と思い込むことなかれ
ひとりで勉強し続けていると、ときに「己を知る」という認識にゆがみが生じる場合があります。自分の特質や強みに目を向けて勉強していたはずが、いつのまにか「このやり方が最適」「この考え方が絶対正しい」などと思い込むようになってしまうのです。
実は、アドルフ・ヒトラーは独学の達人でした。歴史をはじめ、哲学、社会学など様々な学問を彼はすべて独学していたといいます。そして、その過程で、彼は「生存圏」という概念を紡ぎ出し、ドイツ民族の生存圏樹立のために、強者による弱者の征服が必要であるとする考え方を正当化しました。
人は、いったん「これが正しい」と思い込んでしまうと、それを補強する知識や論理しか受け入れなくなります。これは「確証バイアス」と呼ばれ、まるで自分が頑丈なシールドのなかに入ってしまったような状態です。そして、そのシールドを通過してきた、自分の願望や信念を裏づけてくれる知識しか受け入れられない状態になるのです。
これは、なにも一般の独学者だけではなく、アカデミズム全般にもいえるかもしれません。自分の考えとはちがう人との論争が起きると、本来はまず相手の考え方を受け入れるのがフェアな態度ですが、アカデミズムの場にいる人たちがそれをどれだけ実践できているかは、やや疑問があるといわざるを得ません。
いずれにせよ、自分と異なる考え方や自分の仮説とはちがうものも受け入れなければ、健全な学びにはなりません。独学するうえで非常に重要で、覚えておきたい心得のひとつです。
■勉強し学ぶことで、他者の「人格のレパートリー」を活用できる
わたしたちは、勉強し学ぶことで、自分ではない他者の意見を受け入れることができます。
脳の面白い働きのひとつは、自分ではない人の考え方をコピーし、まるでその人のように振る舞えるところです。「あの人だったらどう考えるだろう?」と想像するのは多くの人がやっていると思いますが、たくさん勉強すれば、他者の「人格のレパートリー」が、自分のなかにたくさんできていきます。
なにか不測の事態が起こった際、「こんなとき徳川家康ならどうしただろう?」と考えることもできます。「渋沢栄一だったら難局をどう堪(こら)えただろう? ナポレオンなら? エリザベス1世なら……?」。勉強するほど人格のレパートリーが増えるわけですから、これはとても頼もしい力ではないでしょうか。
また、実際の頭のよさとは関係なく、自分ではない人の意見を活用すれば、頭がいい人のようにも振る舞えます。こんなお得なことがあるでしょうか?
勉強すると、自分のなかにいろいろな判断基準ができ、歴史を参考にすれば、すでに社会実験が終わっているので、ある程度未来も予測できます。そうしたことも、自分の選択に自信を持たせてくれる要素として働くでしょう。
学ぶことによって、わたしたちは、ほかのたくさんの人と一緒に生きているような広がりを得られます。
それは、困難な時代にもあなたを勇気づけ、この世を生き抜いていく力を高めてくれるでしょう。
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脳科学者、医学博士、認知科学者
1975年、東京都生まれ。東京大学工学部卒業後、同大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了、脳神経医学博士号取得。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。東日本国際大学教授として教鞭を執るほか、脳科学や心理学の知見を生かし、マスメディアにおいても社会現象や事件に対する解説やコメント活動を行っている。著書には『サイコパス』『不倫』(以上、文春新書)、『空気を読む脳』(講談社+α新書)、『ペルソナ』(講談社現代新書)、『引き寄せる脳 遠ざける脳』(プレジデント社)、『ヒトは「いじめ」をやめられない』『キレる!』(小学館新書)、共著書に『脳から見るミュージアム』(講談社現代新書)、『「超」勉強力』(プレジデント社)などがある。
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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)
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