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「世論を操作していいのは政府だけ」中国共産党がアリババを追い詰めるすごい理由

プレジデントオンライン / 2021年3月23日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maybefalse

中国政府がIT大手アリババ・グループに巨額の制裁金を検討している。3月11日、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが報じた。金額は最大で約8500億円になる恐れもある。ジャーナリストの高口康太氏は「表向きは独占禁止法違反に対する制裁金だが、中国当局の本当の狙いは、政府以外の勢力に世論操作をさせないことだ」という――。

■約8500億円の制裁金が検討されているアリババ

中国EC(電子商取引)大手アリババ・グループに対する逆風が続いている。独占禁止法違反容疑での調査が続くなか、最大で約8500億円という巨額の制裁金が科される可能性も浮上してきた。

アリババは昨秋以来、多くの問題に直面してきた。まず金融関連企業のアント・グループは11月3日、当局の指導によりIPO(新規株式公開)が延期された。IPO前日の延期発表という前代未聞の事態は世界的な注目を集めた。さらに12月24日には独占禁止法違反容疑で、浙江省杭州市にある本社への立ち入り調査が行われた。

アリババの張勇(ダニエル・チャン)CEOは2月3日の四半期業績発表会で、この2つの問題について言及し、当局の調査に積極的に協力しているとアピール。改善計画を策定し、当局の認可を得られ次第、ただちに発表すると約束した。すなわち、現時点ではまだ先行きは不透明なままであることを認めた格好だ。

IPO延期、独占禁止法違反のいずれについても、当局は詳細な“容疑”を明かしてはいない。しかし、張CEOの発言からはアリババはなにがしかの改善計画を策定することが求められており、かつ、その計画は当局の了承を得る必要があることがわかる。

中国政府はアリババの何を問題視しているのか。何を変えさせようとしているのか。

■メディア事業は中国IT企業の生命線に

さまざまな憶測が飛び交うなか、意外な論点が浮上してきた。それはアリババが保有するメディア、ソーシャルメディアの売却を求める動きだ。

アリババはEC(電子商取引)を祖業とする企業だが、現在ではクラウドコンピューティング、物流ソリューション、出前代行、口コミサイト、ゲーム、エンターテインメントなど幅広い事業を傘下に擁する。これはアリババだけの特徴ではない。米国のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)が特定の分野に経営資源を集中しつつも事業範囲を全世界に拡大しているのに対し、中国の大手IT企業は地域的には中国本土に集中しつつも、カバーする分野は複数領域に広げている。

中国IT業界には「トラフィックは王」という言葉がある。新サービスを育てるにはユーザーを集める必要がある。どんなに優れた機能を開発しても、集客で負ければそれで終わりだ。集客のための導線をいかに確保するか、メディアやソーシャルメディアはIT企業にとってきわめて重要なポジションにある。

だが、アリババは長らくこの分野で劣勢に立たされてきた。

アリババのライバル企業であるテンセントはQQ、ウィーチャットというソーシャルメディア、メッセージアプリを持つほか、騰訊網というポータルサイトを持つ。一方のアリババは2005年にヤフー中国を買収したものの、ユーザー数を伸ばせずサービスを停止した。また、同社の持つ決済アプリ「アリペイ」のメッセージ機能を強化し、ソーシャルメディア化する構想もあったが、こちらも失敗している。

中国のソーシャルメディア
写真=iStock.com/4X-image
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/4X-image

自社では有力なメディア、ソーシャルメディアを生み出せなかったアリババは、戦略出資を通じて巻き返しを図る。2013年には中国SNS大手「ウェイボー」に出資。2015年には大手動画配信サイトの優酷土豆を買収。同年、中国大手メディアコングロマリットの上海メディアグループと戦略提携、さらに香港英字紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストを買収と影響力を拡大してきた。

■ネットメディアに脅かされる中国共産党の権力

なぜ、今になってアリババのメディア事業が問題視されたのか。

中国の独占禁止法に詳しい、神戸大学の川島富士雄教授は2020年4月の不倫事件が引き金になったと指摘する。

アリババの蒋凡(ジャン・ファン)副総裁と有名女性インフルエンサーの不倫スキャンダルが発覚し、中国のネットでは爆発的な話題となった。ところが、アリババが出資するSNS「ウェイボー」は、この話題がホットトレンドランキングに掲載されないように手配した。

この動きに怒りをあらわにしたのが中国共産党だ。中国共産党は1949年の建国以来、メディアを厳重な支配下に置いてきた。すべての新聞、雑誌はなんらかの党機関の直接的管轄に置かれており、自由に出版することはできない。

■ウェイボーへの規制を強める中国当局

映画やテレビの内容も厳しく検閲されている。しかし、近年誕生したネットメディアについては伝統的メディアほどの規制はいまだに整備されていない。また、メディアの商業化改革が進むなか、出資という形でIT企業と伝統的メディアが提携するケースも増えている。

きっかけは不倫スキャンダルではあったものの、自分たち以外の勢力が世論操縦を可能にする力を持っている。この事実が中国共産党に強い警戒感を引き起こした。昨年はロシアや中国が米国のネット世論に干渉し、米大統領選に影響力を行使しようとした疑惑が注目されたが、中国民間企業が中国国内で世論操縦を可能にする実力を擁していることを発見し、強い危機感を覚えた。

米紙ウォールストリートジャーナルによると、不倫事件を受けて中国共産党中央ネットワークセキュリティ・情報化委員会弁公室が策定した非公開の報告書では、アリババが「世論操作のために」資本を利用していると指摘された。そして、6月には中国国家インターネット情報弁公室は、「(不倫事件において)ネットの情報伝播を秩序に干渉」したとして、微博に対応を命じ、ホットトレンドランキング機能を1週間にわたり停止するよう命じた。

■「資本による世論操縦のリスクを断固抑止しなければならない」

だが、この処罰だけでは中国共産党の懸念は解消されなかった。メディアと世論の監視を担当する、中国共産党中央宣伝部の徐麟(シュー・リィン)副部長は11月19日に登壇したイベントで、「融合的発展に名を借りて、中国共産党の領導を弱体化させる動きを断固防止しなければならない。資本による世論操縦のリスクを断固抑止しなければならない」と、さらに追撃する。

この言葉に呼応するように、昨年12月の中国共産党中央政治局会議および中央経済工作会議、今年3月の全国人民代表大会政治活動報告には「独占禁止の強化と資本の無秩序な拡張の抑止」という言葉が盛り込まれた。

「“資本の無秩序な拡張の抑止”という、一見して独占禁止法との関連が不明瞭な文言がなぜ盛り込まれたのか。この一節は徐副部長の発言と関連していることは明らかだろう。重要な政治方針に盛り込まれたことを見ると、世論掌握の分野でプラットフォーム企業が強い影響力を持ったことに、中国共産党が強い危機感を抱いていることがわかる」(川島教授)

■独占禁止法とは無関係のメディア事業が標的に

日本など先進国では、特定の企業が多くのマスメディアを支配し、世論を操作することがないよう、「マスメディア集中排除原則」を定めている。しかし、中国では従来、中国共産党がメディアを支配し、その対抗者が出ることは想定されていなかった。民間企業によるニュース編集介入禁止や外資規制は存在するが、民間企業によるメディア支配を十分に抑止する法制度は整備されていない。

では、アリババなどプラットフォーム企業によるメディアへの影響力をいかにして弱めるのか。川島教授は独占禁止法違反とセットにする形が考えられると予想される。

アリババに対する独占禁止法違反について詳細な問題点は明らかにされていないが、「二選一」(二者択一)などが問題視されているもようだ。これはアリババの“独身の日”セール等に参加する企業に対し、他のEC企業のセールには参加しないよう強制することを意味する。この問題について、アリババが改善計画を策定し、当局が了承するという形で決着する可能性もある。

中国・杭州市で開かれた、阿里巴巴(アリババ)の「独身の日」関連イベント=2020年11月11日
写真=時事通信フォト
中国・杭州市で開かれた、阿里巴巴(アリババ)の「独身の日」関連イベント=2020年11月11日 - 写真=時事通信フォト

「この改善計画は“自主的”に策定することがポイントだ。企業が自発的に作ったという立て付けのため、独占禁止法違反で槍玉に挙げられた問題以外の内容を含むこともありうる」(川島教授)。

実例もある。2011年に通信キャリアのチャイナテレコム、チャイナユニコムは独占禁止法違反に対する改善計画を提出した。もともとは競争事業者に対する接続料のつり上げが問題となったにもかかわらず、改善計画には一般ユーザーに対する通信料引き下げというまったく無関係の条件が盛り込まれていた。

独占禁止法違反にかこつけて、通信料引き下げという産業政策を実施したという次第だ。同様に、「二選一」とはまったく関係のない、メディア事業の売却が、アリババの“自主的”な改善計画の一項目となることは十分に考えられる。

■8500億円超の制裁金も、中国共産党の打つ次の一手

メディア事業の売却、特にユーザーの集客導線となるソーシャルメディアや動画配信サイトを手放すことになれば、アリババにとっては大きな痛手だ。だが、それだけでは終わらない可能性が高いと川島教授は指摘する。加えて、巨額の制裁金を科される可能性が高い。

中国の独占禁止法第47条では、「違法所得の没収、および年間売上の1~10%の行政制裁金」を課すことが定められている。米半導体大手クアルコムの独占禁止法違反が認定された2015年のケースでは、年間売上の8%にあたる60億8800万元(約1010億円)の行政制裁金が科された。

アリババの2020年会計年度(2019年4月~2020年3月)の売上高は5097億1100万元(約8兆5100億円)。最大でその10%、約8500億円もの制裁金が科されることになる。

アリババにとっては厳しい逆風が続く。その事業を国が接収し、国有企業化するのではないかとの憶測もあるが、川島教授は違う見方を示す。

「昨秋以来、プラットフォーム企業に対する規制強化が打ち出されている一方で、民間企業によるイノベーションを守る方針も示されている。中国を代表する民間企業であるアリババを国有化するようなことがあれば、その影響はあまりにも大きい。規制は強化されるが、致命傷を与えるようなことはないだろう」

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高口 康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト/千葉大学客員准教授
1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。

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(ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 高口 康太)

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