アリナミン、TSUBAKI…日本代表ブランドの切り売りが相次ぐ3つの理由
プレジデントオンライン / 2021年3月24日 9時15分
■知名度は高いが、収益力は低かった資生堂の日用品事業
資生堂が日用品事業を欧州系投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズに1600億円で売却すると発表したのは2月3日のことだった。資生堂の日用品事業は看板商品のヘアケアブランド「TSUBAKI」のほか男性ブランドの「uno(ウーノ)」などを抱える。売り上げ規模は2019年12月期で1053億円と資生堂全体の9%を占める。
有名俳優を起用したCMなどで資生堂のブランドイメージを高めた商品をそろえ、経営上決しておろそかにできない存在に映る。しかし、主力の化粧品事業に比べ収益力は低く、競争力のある高級化粧品に経営資源を集中する狙いで事業売却に踏み切った。
翌週2月9日に最終損益が116億円の赤字に陥った2020年12月期連結決算と新たな中期経営計画(2021~2023年度)を発表した記者会見で、魚谷雅彦社長は事業ポートフォリオの見直しなどを通じ、「中計の最終年度での完全復活」を宣言した。
■大手が先を争うように事業ポートフォリオの組み替えに大ナタ
資生堂に限らず、この数カ月で日本企業による事業売却・撤退の発表が相次いでいる。
1月7日にはブリヂストンが、米国の建材事業のファイアストン・ビルディング・プロダクツ・カンパニーをスイスの建材メーカー、ラファージュホルシム(ザンクトガレン州)に売却することでに売却すると発表。
※編集部註:初出時、売却先の社名が間違っていました。訂正します。(3月26日16時55分追記)
1月28日には、昭和電工がアルミニウム事業を米投資ファンドのアポロ・グローバル・マネジメントに売却すると発表した。
さらに、2月1日、パナソニックは完全子会社化した旧三洋電機がかつて世界市場で覇権を争った太陽電池の生産から2021年度中に撤退すると発表した。
名だたる大手製造業が先を争うように事業ポートフォリオの組み替えに大ナタを振るっているのは、なぜか。日本企業の背中を押したのは、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い不確実性がより高まった事業環境にある。パンデミック(世界的大流行)にまで発展し、終息の見通しすら立たないコロナ禍が、企業に現実を直視させたのだ。
■日本企業の事業売却を後押しする3つのファクター
さらに“カネ余り”を背景に活発に動く買い手の存在も見逃せない。
コロナ禍によって経済活動が大きく制約を受けるさなか、日米欧は経済テコ入れや雇用維持に向けて政府が巨額の財政出動に動き、中央銀行も実質ゼロ金利と量的緩和(QE)を継続し、その結果、ジャブジャブに溢れかえった投資マネーがファンドなどの買い手を勢いづかせる。
一方で、2015年から上場企業に適用された企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)もあり、企業サイドも企業統治体制の整備や資本効率の向上が求められ、中核事業と関連の薄い不採算事業などの見直しを迫られる。
これら3つのファクターが重なり、日本企業の事業売却を後押しする構図が生まれている。
昨年も6月にオリンパスがカメラ事業の売却を発表したほか、8月には武田薬品工業がビタミン剤「アリナミン」に代表される大衆薬(一般医薬品)事業の切り離しを決めた。大手製造業の事業売却は、2021年もその勢いは止まりそうにない。
■社名は「アリナミン製薬」になり、「武田」は外れる
大手企業の事業売却の狙いは、経営資源を中核事業に集中して成長力、競争力を高めることにある。
資生堂の場合、売却する日用品事業は国内が中心であり、米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)や英ユニリーバといった日用品のグローバルな巨大企業と伍して戦うには極めて力不足であるのは否めない。しかも、国内市場でも花王、ライオンなど大手との競争は激しい。
資生堂の魚谷社長はこの点について「グローバル企業との競争で環境は厳しく、限られた経営資源から商品開発や広告宣伝などに十分な投資ができない」と日用品事業の売却を決断した背景を説明する。事業を維持していくよりは強みの高級化粧品に経営資源を集中し、グローバル化を加速する狙いを日用品事業売却の決断に込めた。
武田薬品工業がブランド力のある「アリナミン」、風邪薬「ベンザ」などを抱える大衆薬事業を手放すのも、資生堂と方向性は似ている。
武田薬品工業の場合、大衆薬事業を分社化した完全子会社の武田コンシューマーヘルスケア(東京都千代田区)を2420億円で米投資ファンド大手のブラックストーン・グループに売却する。売却は2021年3月31日を予定しており、社名は「アリナミン製薬」に変更される。主力のビタミン剤の商品名に由来し、社名から「武田」は外れる。
■大衆薬事業のタケダ全体に占める割合は数%
武田薬品工業は2019年にアイルランド製薬大手シャイアーを6兆円超の巨額で買収した。スイスのロシュや米ファイザーといった「メガファーマ」と戦える競争力を備えるグローバル企業への転身が狙いだったものの、その後は有利子負債が膨らみ既存事業の売却を迫られた。
2020年8月に大衆薬事業の売却を発表した際、クリストフ・ウェバー社長は「大きな変革には痛みを伴うが、乗り越えなければ事業の持続的成長という未来を実現できない」とのコメントを出し、売却で得た資金は有利子負債の圧縮に充て、財務面の立て直しを目指している。
高いブランド力のある商品を抱えるとはいえ武田薬品工業の総売上高に占める大衆薬事業の比率は数%にすぎない。医療医薬品に注力する現経営体制にあって、かねてから大衆薬事業は戦略上の課題に挙がっていた。
■昭和電工は社運を賭けて日立化成を買収
2021年1月28日にアルミニウム事業の売却を発表した昭和電工も、事情は巨額買収によって財務状況が悪化した武田薬品工業が陥ったケースと似通う。
昭和電工は2020年に日立製作所のグループ「御三家」に当たる日立化成(現昭和電工マテリアルズ)を約9600億円で買収した。その結果、悪化した財務基盤の改善に向けて2000億円規模の事業を売却する方針で、事業ポートフォリオの組み替えが迫られる。
売却を決めたのは飲料缶と電子部品に使う圧延品のアルミニウム事業で、米投資ファンドのアポロ・グローバル・マネジメントに売却する。売却額は明らかにしていないものの500億円を超えるとみられ、2021年8月以降の売却手続き完了を予定する。
昭和電工にとって1兆円に迫る日立化成の買収は社運を賭けた決断といえる。日立化成の買収を発表した2019年12月の会見で、昭和電工の森川宏平社長は、半導体や情報電子材料分野に強い日立化成を取り込むことは、「世界トップクラスの機能性化学メーカーになるチャンス」と語っていた。
ただ、買収資金のほとんどは借入金で賄ったため財務体質の改善は急務であり、アルミニウム事業の売却はその第1弾となった。今後も事業売却など事業ポートフォリオの組み替えは避けられない。
■「コロナ前には戻れない」という現実を突きつけられた
昭和電工が属する化学業界をはじめとする素材産業は、設備の新設・更新に多額の投資が避けられず、事業の「選択と集中」が今後一段と加速すると予想される。
国内総合化学最大手の三菱ケミカルホールディングスで、社外から起用されて2021年4月1日付で初の外国人社長への就任が内定しているジョンマーク・ギルソン氏は2020年10月の記者会見で、財務の安定化を前提に「ポートフォリオ変革に注力する。一部事業の売却もある」と述べ、事業の選択と集中が成長戦略を進める上で欠かせないとの認識を示したほどだ。
日立製作所も体質改善策に動いている。
一瞬にして「世界の市場が蒸発した」とされる2008年のリーマン・ショックの直撃を受け、日立製作所は2009年3月期に7873億円と日本の製造業で過去最大(当時)の最終赤字を計上し、「沈む巨艦」と揶揄された。
その後は、徹底した事業ポートフォリオの見直し、中核事業との関連性の薄い上場子会社の売却などで経営危機から抜け出し、見事に復活を遂げた。さらにM&A(企業の合併・買収)によって事業構造変革に取り組み、攻めの姿勢を鮮明にしている。
ここにきての一連の日本企業の事業売却は、リーマン・ショックを上回る衝撃を世界経済に与えたコロナ禍の影響といっていい。「コロナ前には戻れない」という現実を突きつけられ、不採算事業の見切りにためらう時間はない。そうしたグローバルスタンダードな企業運営に、日本企業も向き合うことになったといえる。
(経済ジャーナリスト 水月 仁史)
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