小池百合子都知事の作業着姿は「日本初の女性首相」への布石である
プレジデントオンライン / 2021年3月23日 17時15分
■小池都知事は「風を読む」達人
小池百合子・東京都知事の“風を読む力”はたいしたもんだ、と日々舌を巻いている。2021年3月18日、菅政権が「3月21日で緊急事態宣言を解除する」と発表する直前のタイミングで、都庁職員に「第4波の感染の波が来たと見られる」(日本テレビの報道)と言わせたのだ。
このニュースを目にしたとき「やるなぁ、小池さん」という感想を持った。これにより、今後、陽性者が増えた場合はため息をつきながら「はぁ……。都はモニタリング会議等で綿密な分析と情報交換をしており、第4波の到来については、政府が解除を発表する前に見越していました」と言うことができる。また、陽性者が減った場合でも「あのとき、われわれは第4波を見越して、危機感を持ち続けながら対応していました。その結果が現れたのではないかと考えています」と言える。
こうした伏線を、部下を使って張っておけるあたりが「たいしたもんだ」とうならされてしまう一端である。どちらに転ぼうが、東京都と小池氏が悪者にならない形にし、政府に責任を負わせること、ないしは東京都が功を誇ることに成功する──そんな伏線である。そして、このセンスは知事本人の発言においてもいかんなく発揮される。
神奈川県の黒岩祐治知事は同日「解除の方向性が見えてきているのではないかと私は思います」と述べ、埼玉県の大野元裕知事は「解除ですべてが変わることはない。改めて不要不急の外出自粛などをお願いする予定です」と述べた。自粛派からも反自粛派からも文句を言われそうな内容である。
一方、小池氏は3月19日の定例会見で「宣言が『解除』というこの2文字によって、人の流れが増えていくのが心配されるわけであります。引き続き徹底的な対策を進めてまいる必要があります」と述べた。これも上手である。結論をとくに述べぬことで、反対派からの批判を減らすとともに「『解除』というこの2文字」という印象的なフレーズを混ぜ込んだ。
■小池氏の手の上で踊らされる3人の知事
黒岩氏は3月初旬、賛成もしていない解除の延長を小池氏により「したことにさせられた」と内情を暴露。大野氏に電話をしたところ「小池さんから『黒岩さんは延長に賛成している』と言われたので、自分も賛成することにした」と説明された、というのだ。これにより一都三県の足並みが乱れ、黒岩氏が「緊急事態宣言延長派」から「一抜け」した。
このとき、小池氏へのバッシングは発生したものの、世間の風は「嘘をついたこと」に向けられ、小池氏の政治的判断には向けられなかった。要するに、緊急事態宣言は解除すべきではない、という世論の後押しを小池氏は確信していたのだろう。なにしろ日本国民の多くは、コロナに感染しないために一生自粛したいと考えるほどのマゾなのだから。
基本的に一枚岩だと世間に見せようとしていた東京、神奈川、埼玉の首長たちだが、実際のところ、『ヤッターマン』のドロンジョ様たる小池氏の手の上で踊らされる、部下のトンズラー&ボヤッキーのごとき状態になっていることが露見した(ここには森田健作・千葉県知事も入ってくるだろう)。神奈川・埼玉・千葉3県の知事は他知事の出方を窺っているだけで、小池氏が実際の判断をしている「上司」であることが明らかになったのだ。突然の「乱」を黒岩氏は起こしたわけだが、「自分で決められないのか」と情けない人物扱いされ、さらにはいまだ自粛派が多いこともあり、向かい風を受ける結果となった。
■手練れの長老たちも手玉に取られる
小池氏は2017年に「希望の党」を率いて衆議院選挙に参戦した際、「(考えが違う者は)排除します」と高らかに宣言し、自身の印象を一変させてしまった。今回の騒動でも、同じような大逆風を吹かせるかと思ったが、吹かなかった。周到である。
この衆院選で、それまで世間が彼女に抱いていた「慈母のごとき優しさと強さを持った小池さん」「石原慎太郎や森喜朗をはじめとした老害に虐げられる、いたいけな女性」という姿は覆り、「冷酷な女帝」のイメージに一気に変わってしまった。小池氏は国政選挙には気持ちが入らぬ様子で、選挙期間中はパリへトンズラ。結局、希望の党は惨敗した。この体験により、小池氏は「風を読む力」をさらに強化したのではなかろうか。
先ごろ、森喜朗・前東京五輪組織委員会会長の「女性の多い会議は話が長くなる」「わきまえる女」発言の波紋が広がるなか、小池氏は森氏、IOCのトーマス・バッハ会長、橋本聖子五輪担当相(当時)との4者会談への不参加を表明。「いまはポジティブな発信にならないと思う」が不参加の理由だった。
これも見事だった。“天敵”である森氏が世間の大逆風にさらされているなか、自分の支持を高めるためになにをすべきか、といえばコレしかない──という手を打ってみせたのだ。同様の例でいえば、2016年、安倍晋三氏の自民党総裁としての支持がゆるぎなく、自分は次の首相にはなれないと見るや、都知事選に打って出る──という動きも忘れられない。都知事選では、対立候補の応援演説に来た石原慎太郎氏の「大年増の厚化粧」発言を受けて「私は顔にアザがあるので」と明かし、一気に追い風を得るとともに、石原氏の「老害」認定を強化させた。
■小池氏の作業着姿に感じる違和感
私のような編集者・PRプランナーという職業に従事してきた者からすれば、小池氏の「風を読む力」には感服せざるを得ない。
とはいえ、毎度違和感をおぼえるのは小池氏の作業着である。近ごろはメディアに映る際、服装はたいがい作業着姿だ。「あれは、服に気をつかわないで済むからでは? 忙しい女性にとってはとてもラクな選択」(30代女性)といった好意的な意見も耳にしたが、これまで散々「小池劇場」に魅了(翻弄!?)されてきた単純な私としては、「これも小池氏による“演出”ではないか」と邪推してしまうのである。
ちなみに大阪府の吉村洋文知事も作業着を着ているが、これは吉村氏がもともと「スーツがあまり好きではない」と伝えられていることに加えて、「EXPO2025」のロゴが入っているため宣伝目的だと容易に推測でき、あまり違和感はない。
なお、小池氏のテーマカラーは「緑」だが、奇しくも東京都の作業着も緑である。東京都のモニタリング会議では、緑の作業着を身に付けた人々がズラリと並び、その後の会見で小池氏はこの作業着を着る。前述した3月19日の定例会見でも、小池氏は作業着を着ていた。3月22日の「リバウンドさせない」と宣言した会見でも作業着姿だった。
■女性政治家のファッションに見る自己主張
女性政治家と作業着という話でいえば、東日本大震災のときの蓮舫内閣府特命担当大臣(当時)の姿も印象的だった。民主党政権の閣僚は政府の青い作業着(防災服)で緊急対応に臨んでいたのだが、蓮舫氏はバシーッと襟を立てていたのである。これを目にした瞬間、私は「蓮舫さん、こんなダサい服を着るのがイヤだから、せめてもの抵抗をしているんだな」と思った。
小池氏も初期のころは作業着の襟を立てていたが、その立て方は蓮舫氏とは比べものにならぬほど穏やかであったし、ここしばらくの会見では襟を立てていない。この様子を見るにつけ「『作業着=真摯にコロナ対策をする現場で、都民のために汗をかく知事』という認識を国民は持つはず!」と小池氏は確信したうえであざとく着用しているのでは、とも思えてしまうのだ。
衆議院議員の稲田朋美氏は防衛大臣だったころ、たとえば米のマティス国防長官と会うときもワンピースの腰にリボンを巻くなど、ファッションに気をつかっていた。これが稲田氏へのバッシングにも繋がっていたのだが、小池氏はこの件も反面教師にしているのだろう。「無駄に“女”を売りにするのは政治家にとって無駄。とくに私ほどのポジションを獲得した人間にとっては」という真理をドカーンと突いている。
■そして世間は「小池劇場」に踊らされる
これが小池氏のすごいところなのだ。「この場でのダサさよりも、長期的な私への支持の維持継続&さらなる上昇」を見越すと、一連のコロナ禍対応におけるあのダサい作業着はパーフェクトなファッションだ。
正直、小池氏の会見にしても、モニタリング会議にしても、あの作業着はいらない。震災や豪雨といった自然災害の場合は、瓦礫の山やぬかるみなど汚れやすい場所に出向く可能性もあるので作業着・防災服は必要だろう。
だが、コロナ対応であの作業着は必要なのか? 会議や会見をしてるだけだろ!
にもかかわらず、小池氏らがかたくなに作業着を着続ける理由は「危機感の演出」に他ならない。本稿で私が小池氏を話題にしている様子を見て、「なんだかんだ言って、こいつは小池の信者じゃないのか」と思った方がいるかもしれない。が、私は小池氏に対して警戒感を抱いているし、まったく支持していない。
都知事就任からすぐ、築地市場の豊洲移転について「土壌汚染対策が不安」とストップをかけ、さんざん「盛り土」問題などをアピールし、ワイドショーは「小池劇場」に乗っかった。さらに「築地は守る、豊洲は生かす」と謳いあげて、2022年をめどに築地を「食のワンダーランド」にするとも宣言した。
恐らく築地は、2022年に「食のワンダーランド」とはならないだろう。だが、すっかり「コロナはヤバい」の精神に染まってしまった東京都民は、「コロナがあったからしょうがないよね。さすがにリーダーシップのある小池さんでも、そこまで求めるのは酷だよ」とあっさり受け入れてしまうはずだ。
■小池氏が考えているであろう、次なる一手
小池氏は満員電車ゼロや待機児童ゼロなど「7つのゼロ」を公約に掲げていた。だが、いずれも達成されていない。しょせん、選挙公約なんてものは有権者にすぐ忘れられてしまい、うやむやになってしまうものなのだ。同様に「食のワンダーランド」や「盛り土」も、誰も覚えていない。
善良なる市民は、こうしたポピュリストがそのときどきの「風」を読んで発する耳あたりのよい言葉に拍手喝采し、利用されるだけである。
小池氏の作業着姿──これは将来首相になるための演出のひとつであると、私は見ている。彼女はこの1年ほどを通じて、「コロナ禍の危機対応に奮闘するリーダー」というイメージを多くの人々に植え付けた。千葉・神奈川・埼玉の知事でさえ彼女の手のひらの上で踊らされている、と印象付けることにも成功した。さらには、森喜朗氏の立ち回りのみならず、菅義偉首相の政治判断にまで影響を与えている。
小池氏が温めている、次なる未来はコレだろう。
東京都知事として、流暢な英語で感動的なスピーチをする。
これが決定打だ。英語コンプレックスの塊である日本人は、コレにやられる。「国を任せるのはもう、小池さんしかいない!」となり、「小池首相」誕生への道は着々と固められる。
■「日本初の女性首相」誕生に至る想定ロードマップ
コロナ対策において、小池氏は国の失政を散々指摘し、菅義偉首相との対立を演出してきた。ここで狙っているのは、菅内閣の支持率ならびに求心力の低下である。
そして、関係性の深い二階俊博氏が自民党幹事長であるあいだに、電撃的に都知事辞任→次の解散総選挙に無所属で出馬し、当然圧勝。そして自民党復党→二階氏の庇護のもと国政での存在感を高める→自民党総裁選に出馬し、勝利→初の女性首相に! ……というロードマップを描いているのでは、とさえ私は思ってしまった。
「女性の要職への登用」といった社会的な「風」が強くなるなか、そろそろ日本でも女性首相が誕生しなくてはマズい、という状況になっている。ライバルは野田聖子氏、稲田朋美氏あたりになるだろうが、存在感は小池氏が図抜けている。
妄想めいたものも含め、さまざまな私見を書き述べてしまったが、小池氏という人物はこのくらい抜け目なく「風を読む力」を持っていると捉えている。小池氏のこれまでのブランディングやPRのやり方は、日本のすべてのPRパーソン、すべての編集者が参考にすべきである。
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・人物の好き嫌いはさておき、小池百合子都知事の巧妙なブランディング戦略、抜け目のないPR戦略は、すべてのPRパーソン、すべての編集者が参考にするべきだ。
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ライター
1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライターや『TVブロス』編集者などを経て、2006年よりさまざまなネットニュース媒体で編集業務に従事。並行してPRプランナーとしても活躍。2020年8月31日に「セミリタイア」を宣言し、ネットニュース編集およびPRプランニングの第一線から退く。以来、著述を中心にマイペースで活動中。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットは基本、クソメディア』『電通と博報堂は何をしているのか』『恥ずかしい人たち』など多数。
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(ライター 中川 淳一郎)
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