新卒採用「女性5割」に、性別問わず能力で採用すべきと言う人が知らない事実
プレジデントオンライン / 2021年3月30日 8時15分
■「男社会のままでは限界がくる」という危機感
商社と言えば、従来は総合職のほとんどが男性で、典型的な男社会と言われてきました。これは丸紅も同様で、以前の女性割合は総合職で約1割。今春入社の総合職では過去最高の3割にまで上昇したそうですが、まだまだ不十分だということで、約半数を目指すという決定に至ったようです。
そもそも、これまで男社会でやってきた企業が、今になってなぜ女性総合職を増やそうとしているのでしょうか。柿木真澄社長の記者会見はこの疑問に的確に答えるもので、とてもすばらしいと思いました。
男性が8割を占める会社が、広く社会課題の解決を達成できるのかという問題意識、このペースでは何十年も経たないと状況が変わらないから今すぐ女性を増やすんだという決意、そして同質的な集団から脱却しないと環境の変化に対応できなくなるという危機感。いずれのコメントも、しっかりとしたビジョンを感じさせるものでした。
■トップダウンの変革
男社会からの脱却――。こうした変革は、人々が内発的に変わっていってくれたら簡単なのですが、なかなかそうはいかないものです。だからこそ丸紅はトップダウンで行う、つまり強制力を働かせるという手段を選んだのだと思います。これが他社でもできるかどうかは、経営層が「男社会のままでは限界がくる」と思えるかどうかにかかっていると言えるでしょう。
■「女性は男性に比べて能力が低い」という思い込み
ジェンダーの問題には、長年の間に培われた固定観念が強く関わってきます。これは時代が変わったからといって簡単には変えられないため、意識が現状に追いつかないこともしばしばです。そうした状態を打破するには、どうするべきなのでしょうか。
まず、従来の女性採用にはどんな固定観念が関わっていたのかを考えていきたいと思います。これまで、女性採用において行われてきたのは「統計的差別」です。典型的な例として、女性社員は1人前に育てても結婚や出産で離職する確率が統計的に高いため、初めから総合職としては採用しないというものがあります。
この前提は、「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業が主流だった時代には確かに事実でしたが、今は違います。特に2010年以降は、産休・育休制度が確立して出産後も働き続ける女性が増え、統計的差別は偏見に基づく非合理的な差別になってきています。なのに、「女性は辞める」という思い込みを引きずっている人はいまだに一定数いるのです。
さらに、「女性は男性に比べて能力が低い」と思い込んでいる人もいます。こうしたジェンダーバイアスは、今の時代は完全な差別とされるため、表立って口にする人はあまりいないかもしれません。しかし、口には出さなくとも心で思っている人は、やはり一定数存在しています。
■クオーター制の意義はどこにあるか
「女性は辞める」という思い込みは時代にそぐわないものであり、「女性は男性に比べて能力が低い」という思い込みに至っては事実に基づかないただの偏見です。それでも、ジェンダー問題に興味のない人や、自分に偏見があると気づいていない人は、そもそもそれを正す必要性を感じていません。
「性別問わず能力で採用すべき」という人には、こうした固定観念を維持している人が一定数いるということを、まず知っていただきたいと思います。
たとえば、上述のような偏見をもった人たちが人事担当者だったらどうなるか、想像してみてください。
もちろん、ベストなのは性別ではなく個々の能力を見て採用することです。でも、そこに固定観念が関わってくる可能性がある限り、男社会という現状を打破するには「女性半数」を制度化するしかありません。クオーター制導入の意義はそこにあると思います。
この固定観念が解消されないままだと、どんな問題が起きるのでしょうか。長年、日本の大企業はおおむね男性は総合職として、女性は一般職として採用してきました。前述のように、女性は結婚・出産で退職するものという前提で動いていたからです。
その結果、女性はキャリアの継続が難しくなり、賃金も男性に比べて上がりにくいという状況が生まれました。これは、結婚しない人が増えている現代社会では大問題です。
■「男性は大黒柱」「女性は家事育児」を捨てる
間違った思い込みや賃金格差は、やはりジェンダー・ステレオタイプを引きずっていることが原因のように思います。ステレオタイプを崩すには、「男性は大黒柱であるべき」「女性は家事育児を担うべき」、この2つの意識をセットで変えていかなければなりません。
家庭と仕事のどちらにどのぐらい比重を置きたいか。総合職で働きたいのか一般職で働きたいのか。いずれも「男だから」「女だから」ではなく、本人が納得できる形を選べる、その選択肢があるということが大切だと思います。
■辞める人が続出しては意味がない
丸紅については、今後の推移も注視していくつもりです。女性総合職をたくさん採用しても、その後に辞める人が続出するようでは意味がありません。商社は転勤も長時間労働もあり、会社都合の働き方が根強く残る業界です。入社したのはいいけれど「男社会すぎて活躍しにくい」と感じる女性もいるかもしれません。
そうなれば、「やっぱり女性は早く辞める」という偏見が「事実」になってしまうという負のループに突入してしまいます。社会学では、人々が思い込みに基づいて行動した結果、その思い込みが実現してしまう現象を「予言の自己成就」と言います。丸紅の採用戦略も、正しく評価するには「その後」を見ていく必要があるでしょう。
女性が半数に達すれば、これまで男性たちが続けてきた、仕事にすべてを注ぎ込む働き方も変わっていくはずです。男女とも家事育児や介護との両立を前提に働く、そんな風土ができあがっていく可能性もあります。
丸紅は、今後は働き方も時代に合った形に変わっていくと判断したのだと思います。そして、思い切った変革を行うよりも、今の状態を続けることのほうが、リスクが高いと考えた。この判断はとても妥当だと感じています。
丸紅は人材戦略のひとつに「多様性」を掲げています。この言葉には、女性だけでなくLGBTや障害者、外国人も含まれているはずです。その中で、まずは女性採用を掲げて男社会にくさびを打ち込みました。同質的集団から脱却するために、これから他にどんな改革を行っていくのか、引き続き注目していきたいと思います。
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大正大学心理社会学部人間科学科准教授
1975年生まれ。博士(社会学)。武蔵大学人文学部社会学科卒業、同大学大学院博士課程単位取得退学。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。男性学の視点から男性の生き方の見直しをすすめる論客として、各メディアで活躍中。著書に、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)『中年男ルネッサンス』(イースト新書)など。
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(大正大学心理社会学部人間科学科准教授 田中 俊之 構成=辻村 洋子)
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