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「東大王=うんちく王」となる日本の大学教育は根本的に間違っている

プレジデントオンライン / 2021年3月29日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

リーダーに必要な「教養」はどうやって身につければいいのか。経営共創基盤(IGPI)の冨山和彦さんは「教養とは、鍛練を重ねて習得するもので、うんちくとは違う。しかし日本の大学教育は、単なる知識の詰め込みになっていて、『東大王』も『うんちく王』と思われている。これはおかしい」という——。

※本稿は、冨山和彦『リーダーの「挫折力」』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

■リーダーなら火中の栗を拾え

激動の時代のリーダーに求められるのが、「いかに悪いことを伝えるか」という能力である。

これが美しい未来なら、語るのはたやすい。例えば政治家なら、「美しい日本」「最小不幸社会」などというのは簡単で、誰にでもいえる言葉である。だが、残念ながら、現在のような有事の時代には、痛みを伴う改革が不可欠。つまり、誰かに「申し訳ないが、あなた方には犠牲になってもらいます」といわなければならない。そこがリーダーとして、最も問われるところである。

例えば国家財政の問題でいえば、今の調子で社会保障給付を増やしていけば、国家財政がもつわけがないことは、国民もバカではないから十分わかっている。生産年齢人口が猛烈な勢いで減少する国で、成り行きの経済成長によって社会保障給付を負担するなど絵空事だ。財政出動したところで一時的なもので、10年、20年という長期的な成長にはならない。

そこで政治家が調子のよい話だけをしても、誰もついていかない。逆に、真実をいわない為政者として、疑いの目を向けられるだけである。

実際のところ、有権者に「財政再建のために消費税を増税すべきか」とたずねると、6割ぐらいは「増税すべき」と回答する。国民は社会システムの変革のために、受け入れるものは受け入れるという姿勢を持っているのだ。

■きれいごとばかりでは信用されない

会社も同じである。会社を潰さない。リストラも事業売却もしない。成長もする。福利厚生も行う。そんなきれいごとばかり並べる社長は、不信感を持たれるだけである。机上の計算で成り立っても実際にありえないことは、日々の現実を体感している社員にはすぐにわかる。「そんなおいしい話あるわけない」と思い、社員の心はリーダーから離れていく。

社員にしても、リーダーに比べれば多少楽観視しているとはいえ、おおよそのところはわかっている。「どう考えても、自分はこの会社で給料ぶん働いていない」「会社の今の業績で、給料が払い続けられるだろうか」などと思っている。にもかかわらずリーダーが真実を伏せ、美しい話しかしないのでは社員はリーダーを信じない。

改革のために人の心をつかもうと思ったなら、きれいごとばかりでは通用しない。いまだ多くのリーダーは、きれいごとをいっていれば社員は安心すると思っているが、社員はそうではない。このギャップにリーダーは気づかなければならない。

■自己保身で問題を先送り

このことは、個人と個人の関係でも同じだ。悪い情報、耳の痛いことを、本当に大事な局面で伝えてくれる友こそが、本当の友である。一緒に仕事をしていて信ずるべきはそういう仲間である。

結局、悪い話を伝えられない真の理由は、相手への思いやりでも気遣いでもない。伝えたときの反発、混乱、それに対応することの面倒くささ、そして何よりもそのせいで自分の立場がただちに危なくなることへの恐怖である。要は当座の自己保身が、悪いニュースを伝えない本当の理由なのだ。

しかし、そうやってごまかしていてもしょせんは問題の先送りに過ぎない。結局、将来、より大きな悲劇に、社員も、友人も、そしてあなた自身も見舞われることになる。私自身、そうやって身を滅ぼすリーダーやサラリーマンを何人も見てきた。

ノートパソコンの画面を見る中年ビジネスマン
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

ここはテクニックうんぬんではなく、いうべきことは、手遅れになる前に正直に伝えてしまうということに尽きる。もちろん反論されたり、抵抗されたりすることはあるだろう。

だがそれを乗り越えないことには、どんな改革も前には進まないし、本当の信頼関係や友情も築き上げることはできない。

反対に、リーダーにとって本当に大事な“悪いニュース”は、いつも遅れて、しかも小さめな話としてしか、下から上がってこないことも肝に銘ずるべきだ。部下にとってみれば、自分に不利な情報、自己保身にマイナスな情報を、自分を評価する立場にある上司に上げたくないのは、当たり前である。

■長期不況は、真実から目を背け続けた結果

リーダーたるもの、「教養」を身につけよということをよくいわれる。巷には『1冊でわかる教養』といった書籍もあふれている。では、そもそも教養とは何なのか。

教養とは「リベラルアーツ」の和訳である。そう、「アーツ」、つまり「技術」「技能」なのだ。知っているだけではなく、使えなくては意味がない。教養とは単なる「うんちく知識」とは違う。

例えば、シェイクスピアは読むべき古典だが、単に作品名とあらすじを知っているだけでは意味がない。シェイクスピアの作品には、今にも通じる普遍的な人間の葛藤が描かれており、また、当時の時代背景を前提とした価値観の衝突が描かれている。これは現在でもそこかしこで起きていることである。今、目の前で起きていることに対し「これはシェイクスピアのあの作品におけるイングランド王の状況と同じだ」と認識し、それを自らの的確な対応に結びつけられるか。それが重要なのだ。

あるいはマックス・ウェーバーを読むにあたって、そこに何が書かれているかを知ることも、実はあまり重要ではない。むしろ、卓越した洞察に到達した彼の思考体系を知ることこそが重要だ。一例を挙げれば、ウェーバーの思考体系の特徴の一つは、価値選択の問題と事実認識の問題を峻別すべきだということにある。人はある事実を見るにあたって、自分の中の価値判断のメガネを通してそれを見てしまいがちだ。簡単にいえば、自分の都合のいいように物事を解釈する。そんな価値判断のメガネを外し、社会で起こっている事実をありのままに見ることが重要であり、それが科学だということが、ウェーバーの思考体系を貫く軸となっている。

もちろん、本当の意味で人間が完全に価値と事実を峻別できるかどうかは議論の分かれるところだが、この考え方は経営者としてのものの見方、考え方においても十分に有効性を発揮する。日本の「失われた30年」も、時代が変わってしまったという事実を見ようとせず、都合のいいように事実を解釈したからこそ起こったことともいえる。

■自分の言葉として使いこなしてこそ「教養」

このように見てくると、シェイクスピアにしてもマックス・ウェーバーにしても、自らの思考や判断において使いこなせる実践技法にまで習得していなくてはならない。まさに言語能力として肉体化されていないと意味がないのだ。

その意味では、自己言語化レベルまで読み込むなら、コミックの『キングダム』や『鬼滅の刃』でも構わない。大事なことは「アーツ」、技法として身体化できているか否かであり、ディテールの知識ではない。

かの福沢諭吉が『学問のすゝめ』で日本人が学ぶべしとしている「教養科目」も、簿記会計、数学、英語など、まさにいろいろな領域で使われる言語的な科目ばかりである。

コーヒーカップと本
写真=iStock.com/elenaleonova
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/elenaleonova

最初に言葉ありき。人間は言語でものを考える。プログラミング言語もまさに言語であり、コンピュータを動かす言語体系を一つでもいいから習得しておくことは、これからの時代の言語能力≒考える能力を高めることにつながる。

ちなみに経営者を目指すなら簿記会計を習得しておくことは必須である。会計業務がAI化、自動化されても、簿記会計の基本構造を言語レベルで叩き込んでおかないと、出てきた会計数値、決算数字をもとに経営について考えることができないからだ。もっとプリミティヴには、粉飾決算やプログラミングのバグによる間違った決算に気づくことも不可能である。

■「うんちく教養」は無用の長物

このように知識を単なるうんちくに留めず、自分の思考や行動に応用できるようになるレベルまで自己言語化するには、相当の訓練が必要だ。オックスブリッジに代表される欧米のリベラルアーツ教育において少人数教育が行われ、正解のない問いを立て、それについて徹底的な議論が繰り返されるのは、そのためだ。だから本来の教養とは学ぶものというより、鍛錬に鍛錬を重ねて習得するものというほうが実態に合っている。

それに対して、現在の日本の大学におけるリベラルアーツ教育は、単なる知識の詰め込みになってしまっている。残念ながら東大の教養課程も概ねにおいて例外ではない。

これは高度成長時代に、工業化社会に適合した人材をいち早く、大量に世の中に送り込む必要があったからだろう。大学の2年間でさらっと知識を身につけさせ、とっとと社会に送り出すことが重要だったのだ。しかし、そのモデルは実社会ではとっくに耐用期限が終わっている。

その一方で、テレビ番組ではクイズ王、すなわち正解がある問いに素早く答える超優等生としての「東大王」が評判になっている。すなわち東大生≒「うんちく王」として持ち上げられるようになってしまっているのだから、何とも皮肉である。

政治家でも経済人でも、世に「教養人」と呼ばれる人は「うんちく王」とほぼ同じで、教養はあるけれどその教養が邪魔をして実践力、突破力がイマイチ、要はリアルリーダーとしては「??」ということが暗に示唆されている場合が少なくない。だとしたらリーダーにとってそんな「うんちく教養」は無用の長物である。

■「言語」はすぐ役に立ち、ずっと役に立つ

教養やリベラルアーツについてこのような実践性を強調すると、慶應義塾塾長だった小泉信三の「すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる」という名言(迷言?)を持ち出して批判をする手合いが出てくる。

典型的には大学の文系の先生に多い。かつて文部科学省の会議で、「大学はもっと真剣に学生が世の中に出たあとに真に役に立つ実学を教えるべきだ」「シェイクスピアの英語原文を教える暇があったら実用英語を教えろ」「サムエルソン経済学よりもまずは簿記会計だろ」とやったら大炎上。「全大学人の敵」という名誉あるレッテルを頂戴した。

また、ある有名私大の先生からは会社に電話がかかってきて「お前のいっていることは言語道断だ。学術会議で問題にしてやる!」と、昨今、話題の日本学術会議を持ち出して恫喝された。

しかし、言語というものはすぐ役に立ちずっと役に立つものである。そうそうフルモデルチェンジするものではないのが言語だからだ。英語のような自然言語はもちろん、簿記会計についても、基本となる複式簿記の仕組みは数百年にわたり変わっていない。

■「言語」の学習と実践による鍛錬の両方が必要

学んだことを道具として使える、つまり自分の思考や行動の基準となるところまで習得することは、その領域におけるプロフェッショナルスキルの根幹となる。

英語の習得において、リスニング力やスピーキング力、あるいは単語力などさまざまな能力が上がっていった結果として高い英語力を習得できるように、ビジネスや経営の世界においても、さまざまな能力を言語として身につけ、それをブラッシュアップしていくことでビジネスや経営の力が高まっていく。仕事とはそのプロセスでもあるのだ。

同僚と話をする自信のある女性
写真=iStock.com/alvarez
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alvarez

そして、その言語とは、いわゆる教養的なものとは限らない。例えば介護従事者が相手の要望を無言のうちにくみ取って、その人が望む介護を行う技術は、極めて高度なコミュニケーション技術であり、まさに言語そのものだ。知識と経験、そして想像力が問われるアート、知的技法でもある。

いい換えれば、真のリベラルアーツ、より良く生きていくための知的技法は、知的な学習作業と、実践による鍛錬とを行ったり来たりしないと習得できず、身体化された言語にはならない。よく欧米のインテリ経営者がすらすらと歴史の名言やエピソードを絶妙のタイミングで持ち出すことに感心する人がいるが、それは彼らが言語的レベルで名言や歴史的事実を習得し、日常的に思考過程で援用しているから。慌てて「1冊でわかる……」系の本を読んでも無意味、時間の無駄である。

冨山和彦『リーダーの「挫折力」』(PHP研究所)
冨山和彦『リーダーの「挫折力」』(PHP研究所)

介護現場がそうであるように、私たちがリベラルアーツを身につけるチャンスは、日々の仕事、日々の生活の中にいくらでもある。要は習得する姿勢の問題である。

言語である以上、やはりその習得は若いうちのほうがいいのは確かである。そしてここで大事なのが、「挫折力」だ。使ってみて、うまくいかなかったら「なぜうまくいかなかったのか」を考え、修正し、また使ってみる。挫折とリカバリーの連続の中で人間は言語を身につけていく。

失敗を恐れなければ、恥をかくことをいとわなければ、何歳になっても「言語」を習得することは可能なはずだ。

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冨山 和彦(とやま・かずひこ)
経営共創基盤グループ会長
1960年生まれ。東京大学法学部卒、在学中に司法試験合格。スタンフォード大学でMBA取得。2003年から4年間、産業再生機構COOとして三井鉱山やカネボウなどの再生に取り組む。機構解散後、2007年に経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月より現職。パナソニック社外取締役。

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(経営共創基盤グループ会長 冨山 和彦)

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