コロナなのに売上1.5倍になった超高級和食店の「8000円弁当」の中身
プレジデントオンライン / 2021年3月30日 11時15分
※本稿は、小阪裕司『「顧客消滅」時代のマーケティング』(PHPビジネス新書)の内容を抜粋・編集したものです。
■「予約が取れない」完全予約制レストランだったが…
「2020年4月は前年比150%を達成しました」
あるレストランからそんな報告が入ったのは、第一回目の緊急事態宣言が発出された翌月、2020年5月のことだ。名古屋にあるコース料理専門の完全予約制レストランで、世界的に有名なグルメガイドにも掲載されたことがある、「予約が取れない店」として知られる店だ。
この店は元々単価が高く、晴れの日ニーズのレストランだ。まさに「不要不急」の代名詞のような店である。コロナによる営業自粛要請の中、いったい、なぜこれだけの売上を達成できたのか。
この店がコロナショックの影響から無縁だったわけでは、もちろんない。むしろ、元々が不要不急のニーズだっただけに、影響は甚大だった。4月に緊急事態宣言が出されると、先々まで埋まっていた予約は一気に白紙になったという。店舗もしばらくは閉めることを余儀なくされた。
突然、顧客が消滅してしまった中、「自分ができることは何だろう」と考えた店主は、「おいしいものを食べたいけれど外食ができないことにフラストレーションを溜めている人がいるはずだ」と思い至った。そこで、店を閉めている期間にじっくりと時間をかけて開発したのが「3000円ののり弁当」と「8000円の高級弁当」だった。
元々、フェイスブックで顧客と交流していたこともあり、その場で「究極の弁当を作ります」と宣言。その開発過程も掲載した。それを受け、顧客からは大量の応援メッセージが寄せられ、弁当の包み紙を常連の書家の先生が書いてくれることなども決定した。
そうしていよいよ発売開始となると、爆発的な注文が入った。そして、終わってみれば4月の売上は前年の1.5倍にもなっていたという。
■会員制を導入したことで前年と変わらない売上を維持
もう一つ、新大阪にあるバーの事例も紹介したい。
緊急事態宣言発出によって午後8時以降の営業自粛が求められる中、それこそ「手も足も出ない」状態に追い込まれたのがバーだろう。深夜営業ができないことは、バーにとってまさに死活問題である。
そんな中、同店もさすがに2020年4、5月の売上は落ちてしまったが、それでも前年比マイナス6%に抑え、6月以降は再び前年比を超える売上を回復しているという。それを支えてくれたのは、店主が「会員」と呼ぶ顧客だ。
このバーはご夫婦でやっている小さな店で、すでに20年以上続いている。その間ずっと常連客を大事にして商売していたが、2019年に、その常連客を会員化する制度を導入。コツコツと絆作りを進めてきた。その会員らには、1本数万円のウイスキーが予約だけで完売するというのだから、培ってきた絆の強固さがわかる。この会員、2020年を迎える頃には、その数が500人ほどになっていたが、そんな中でのコロナ禍である。
同店では緊急事態宣言発出の直前、この約500人の顧客にハガキを出した。そして、開業以来の危機であることを報告するとともに、おつまみの通販とテイクアウトをやることを通知。おつまみといってもバーのおつまみだから、単価もたかが知れている。にもかかわらず、前年とそん色ないほどの売上を作ることができた。
![枝豆のガーリック炒め](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/4/670/img_541319a6dd6836605330e5d5140070ed729631.jpg)
その理由は、500人のうち半数を超える276人が、積極的に買い物をしてくれたからだ。ちなみに、通販とテイクアウトは会員以外の人も買うことができたが、買ってくれたのはほぼすべて会員だった。
■会員制とクラウドファンディングの違い
誤解しないでもらいたいのは、これはいわゆる「クラウドファンディング」とはまったく違うということだ。
一時期、クラウドファンディングを利用してコロナショックを乗り切る資金を調達するという動きが活発化した。だが、この事例では一方的に助けてもらうのではなく、あくまで「商売」を行っており、相手にも喜んでもらっている。
クラウドファンディングは何度もできないが、商売なら手を変え、品を変え何度でもできる。だから、何度でも危機に対応することができる。
そして、重ねて言いたいことは、これらの店が特別ではないということだ。私の主宰する「ワクワク系マーケティング実践会」には同様の報告が大量に寄せられており、それを読む限りにおいては、「コロナショック」などという言葉を一瞬、忘れそうになるほどだ。
この二つの事例は、「顧客消滅時代に負けないビジネスの要諦」をはっきりと教えてくれる。
だが、表面だけを見て「通販をすればいいのか」「『開業以来の危機!』と言えばいいのか」と捉えると、本質を見誤る。彼らの本質はそこではない。
■「ストックの顧客」を持っているビジネスが強い
より重要なのは、「顧客を持っていた」ということだ。フローのお客ではなくストックの顧客を持っていたことなのである。
フローとストックとは、一般的には経済学、あるいは会計学の用語である。フローとは「流れ」を意味し、一定期間内に流れていくもの。会計で言えば売上や費用などを指す。一方、ストックとは「貯蓄されたもの」であり、会社が持つ設備などの資産を指す。
これをマーケティングの世界に置き換えると、「フロー=一見(いちげん)客」「ストック=常連客」ということになる。
もちろん、どちらも大事である。一見客がいなければ常連客も生まれないという意味では、すべてのビジネスはフローから始まる、とも言える。ただ、コロナショックの影響を受けなかったのは明らかに、ストックされた顧客を保持している「ストック型のビジネス」を行っていた企業や店舗であったのだ。
そして、さらに願わくば作ってほしいものがある。「顧客リスト」である。
コロナ禍により顧客が消滅したことにより、多くの店や企業が「何かしたくても、何もできない」という状況に陥ってしまった。しかし、顧客リストを持つ店は、何らかの手を打つことができた。たとえば、先ほど例に挙げた名古屋のレストランはフェイスブックなどを通じて顧客に発信し、新大阪のバーも顧客にハガキを送った。そうすることにより売上を作ることができたのだ。
■顧客リストを活用したら4トンの卵が即完売
相模原市で養鶏業を営むある会社も、顧客リストによって救われた会社の一つだ。
![小阪裕司『「顧客消滅」時代のマーケティング』(PHPビジネス新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/b/200/img_5bd1ed84964b37386e7a31d60fdd2e45417434.jpg)
需要の旺盛な3月から4月にかけてコロナショックの直撃を受けた同社では、顧客からの注文が大幅に減少。生産量を増やしていたこともあり、4トンもの卵が余ってしまうという事態に陥った。
この会社の主な取引先は飲食店やスーパーなどだったが、一方で直売所と通販によって一般消費者への販売を行っていた。そして、これらの顧客を地道に増やし、関係性を深め続けていた。この危機に際し、こうした顧客の方々に、顧客リストを通じてダイレクトメールを出したのだ。
「緊急事態、助けてください!」
すると、顧客からの注文が殺到。4トンもあった卵の在庫はみるみるなくなり、むしろ在庫確保に苦労するような状況になったという。その後も直売所の売上は伸び、2020年3月以降、前年比136%を達成している。
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オラクルひと・しくみ研究所 代表/博士(情報学)
山口大学人文学部卒業。1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。人の「感性」と「行動」を軸としたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。現在全都道府県から約1500社が参加。2011年工学院大学大学院博士後期課程修了、博士(情報学)取得。著書は『価値創造の思考法』など計39冊。 公式サイト
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(オラクルひと・しくみ研究所 代表/博士(情報学) 小阪 裕司)
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