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「お金や知識よりも大切」内村鑑三が考えた『後世への最大遺物』とはなにか

プレジデントオンライン / 2021年3月31日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/champlifezy@gmail.com

われわれの人生にはどんな意味があるのか。平凡な人間はなにを遺すことができるのか。1894年、思想家・内村鑑三は「後世への最大遺物」というテーマで若者に向けて自身の考えを説いている。お金、事業、文学、思想よりも大切なものとはなにか。講演録の現代語訳をお届けしよう――。

※本稿は、内村鑑三、解説=佐藤優『人生、何を成したかよりどう生きるか』(文響社)の一部を再編集したものです。

■もっとも尊い遺物とは資産でも知識でもない

資産家にも、事業家にもなれず、本も書けず、教えることもできなければ、役に立たない平凡な人間として、何も遺さずに消えてしまうのでしょうか。

陸放翁(中国・南宋の詩人)が「我死骨即朽 青史亦無名」(私が死んで骨がぼろぼろになっても、私の名前は歴史には残らない)と嘆いたように、私も時々絶望しそうになります。けれども、今度こそ、本当に誰にでも遺すことのできるものがあります。お金も事業も文学も思想も、本当の「最大遺物」ということはできません。

なぜなら、誰もが遺せるものではなく、しかも遺した結果が害になることもあるからです。昨日もお話ししましたが、お金は有効に使われなければ害になります。クロムウェルやリビングストンがしたことは有益でしたが、植民地政策につながるなど、マイナス面もある事業だったということもできます。本を書いても、読む人次第で、よい影響だけを与えられるとは限りません。そういうものは最大遺物とは呼べません。

では最大遺物とは何でしょうか。

後世に誰でも遺せて、有益で害にならないものは、勇ましくて高尚な人の一生です。これが本当の遺物ではないかと思います。「世の中は悪魔ではなく、神が支配するものである。失望ではなく希望があるのが世の中である。悲しみではなく喜びに満ちた世の中である」と信じて生きていくことなら、誰にでもできます。今までの偉人の事業や文学者の遺した本は、偉大ですが、その人の一生に比べれば価値が小さいのではないでしょうか。

■偉人が記した書物より本人の生涯のほうが価値がある

パウロの手紙とパウロの一生を比べると、パウロ自身の方がパウロの書いた12の信徒への手紙、ガラテヤの信徒への手紙より偉大です。クロムウェルがアングロサクソンの国を建国したのは大事業ですが、クロムウェルが当時政治家になって、自分の思想を実行し、神様の恩恵で勇敢な一生を送ったことの方が、クロムウェルの建国の事業より10倍も100倍も重要なことではないでしょうか。

私はもともとカーライル(英国の歴史家)を尊敬していて、カーライルの本をよく読んでいました。何度読んでも得るものがあり、刺激も受けましたが、カーライルの伝記を読むと、カーライルの一生に比べれば、カーライルが書いた40冊ほどの全著作は価値が小さいと思いました。

カーライルの一番有名な本は『フランス革命史』です。歴史家も、イギリス人が書いた歴史書では、この本がもっともすぐれているもののひとつだろうと言っています。読めばみなさんもそう思われるでしょう。

フランス革命をまるで目の前で起こっていることのように、映像が流れるように、いきいきと活写しています。どんなに優れた画家でも、そんなふうには描けないと思います。こんな本が読めて幸せだと思うくらい価値のある本です。

けれども、カーライルがこの本を完成させるまでの苦労を書いた伝記を読むと、カーライルの一生はこの本よりも、さらにすばらしいと思えるのです。長くなりますが、お話ししたいと思います。

■ストーブで燃やされてしまったカーライルの原稿

カーライルはこの本を書くのに一生をかけました。特に長い本ではなく、誰にでも書けそうですが、歴史を詳細に研究し、史料をいろいろ取り寄せて読み込んで、情熱と労力を注いで書きました。何十年もかかってやっと望み通りの本が書けたので、そのうち出版しようと思って、清書して原稿にしました。

そんなとき、友人が遊びに来たので、それを見せると、友人はちょっと読んでみて「面白そうだから、今夜一晩かけて全部読みたい」と言いました。カーライルは、他人の厳しい目で見てもらって、その感想を聞きたいと思ったので、原稿を渡しました。持って帰った友人の家に、また別の友人が来て、その原稿を見ると、その友人も、面白そうだから貸してくれと言いました。最初に借りた友人は、明日返してくれるなら貸してあげようといって、原稿を又貸ししました。

又貸ししてもらった友人は、明け方までかかって読み終わり、翌日は仕事があったので、本を机に置いて寝てしまいました。そこへ、家政婦がやってきて、ストーブの火を焚こうとして、ストーブを燃やすのにいい紙ゴミはないかと見回すと、机の上に原稿があったので、それを丸めてストーブに入れて燃やしてしまいました(西洋では、木片の代わりに、紙をストーブに焚べるのが習慣なのです)。

暖炉で燃えあがる原稿
写真=iStock.com/krblokhin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/krblokhin

■燃えた原稿は返ってはこないが…

なんということか、カーライルが何十年もかけて書いた『フランス革命史』を燃やしてしまったのです。原稿は、3、4分で灰になってしまいました。起きてそのことを知った友人は驚きのあまり言葉を失いました。他のものなら弁償できます。

紙幣を燃やしたら、同額の紙幣を返せばすみます。家を燃やしたら、家を建て直して弁償できます。しかし、何十年もかけて情熱を注いで書いた思想の結晶が燃えてしまったら、決して元通りの原稿にすることはできず、つぐなうことは不可能です。お詫わびに切腹したとしても、原稿は戻ってきません。

それで最初の友人に、どうしたらいいかと相談しても、もちろん最初の友人もどうしようもありませんでした。お詫びの言いようもなくて、1週間カーライルには黙っていました。しかし、そのままにしておくわけにはいかないので、結局カーライルに正直に話しました。

さすがのカーライルも、それを聞いて、ショックのあまり10日くらいぼんやりして、何もできなかったそうです。放心状態から戻ると、もともと短気な人だったので、猛烈に腹を立てました。あまりに腹が立ったので、心を落ち着けるため、歴史の本のような真面目な本ではなく、何の役にも立たない、つまらない小説を読んでいました。つまらない小説を読んでいると、カーライルはだんだん冷静になってきて、自分にこう言い聞かせました。

■「原稿が燃えたくらいで絶望する人間の書いたものは役に立たない」

「お前は愚かな人間だ。お前の書いた『フランス革命史』はそんなに立派な本ではない。一番大事なのはお前がこの不幸に堪えて、もう一度同じ本を書き直すことなのだ。それができれば、お前は本当に偉くなれる。原稿が燃えたくらいで絶望するような人間の書いた『フランス革命史』は出版しても世の中の役に立たない。だからもう一度書き直せ」

内村鑑三、解説=佐藤優『人生、何を成したかよりどう生きるか』(文響社)
内村鑑三、解説=佐藤優『人生、何を成したかよりどう生きるか』(文響社)

こうやって自分を奮い立たせて、もう一度同じものを書きました。

たったこれだけの話ですが、これが『フランス革命史』の本ができるまでのエピソードです。原稿を燃やされたカーライルは本当に気の毒ですが、カーライルが偉いのは、『フランス革命史』を書いたからではなく、原稿が燃えても、同じものを書き直したからです。

失敗したり、挫折したりしても、事業を捨てず、気持ちを立て直し、勇気を出して、もう一度事業に取り組まなければなりません。書き直すことでそれを教えてくれたカーライルは、後世にとても大きな遺物を遺したことになります。

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内村 鑑三(うちむら・かんぞう)
思想家
1861年生まれ、1930年没。思想家。父は高崎藩士。札幌農学校卒業後、農商務省等を経て米国へ留学。帰国後の明治23年(1890)第一高等中学校嘱託教員となる。24年教育勅語奉戴式で拝礼を拒んだ行為が不敬事件として非難され退職。以後著述を中心に活動した。33年『聖書之研究』を創刊し、聖書研究を柱に既存の教派によらない無教会主義を唱える。日露戦争時には非戦論を主張した。著書に『代表的日本人』、『余は如何にして基督信徒となりし乎』などがある。

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(思想家 内村 鑑三)

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