「ドリンクを買うだけで寄付になる」思わぬ大成功になった"SDGs自販機"誕生秘話
プレジデントオンライン / 2021年4月4日 11時15分
■「SDGs」が課題解決型営業のチャンスに
ここ数年、目にする機会の増えた「SDGs(持続可能な開発目標)」。よさそうな概念だが、これが営業の武器になるか。大阪市に本社を置くダイドードリンコでは、一方的にならない課題解決型営業のなかで、SDGsを販売機会の拡大に直結させていた。
SDGsは全地球規模の社会課題として国連が採択した、貧困の解消、飢餓ゼロ、気候変動対策や海洋資源の保全など、17の目標である。2030年までの達成が目指されている。気候変動から海洋資源、貧困から健康へと、課題の範囲は広い。そのもとにあって企業も、社会課題に対する幅広い責任を果たすことが求められている。
しかし、こうした企業の社会責任への対応が、本業の成果に直結すると認識されていたかというと、必ずしもそうではない。企業の社会責任への対応は、本業で上げた利潤を社会に還元する活動との位置づけにあることが少なくなかった。
そこに新たな変化が生じはじめている。
ダイドードリンコは、缶コーヒーを主力とする飲料メーカーである。国内清涼飲料の売り上げでは業界第7位で、業界のトップメーカーのような交渉力を、コンビニや量販店などの大手小売チェーンに対しては持たない。
そこでダイドーは自動販売機の設置場所を開拓し、直販ルートを確保する営業に活路を見いだしてきた。現在のダイドーは、自動販売機の国内設置台数で、コカ・コーラ、サントリーに次ぐ第3位の地位にある。
■先方の課題を聞き取り「自販機でできること」を提案
しかし今の日本では、自販機の設置は行き渡っている。「自販機はいりませんか」と持ちかけるだけの営業は通用しない。この変化を踏まえてダイドーは、近年は法人向けの課題解決型営業に力を入れている。自販機は、駅前や小売店の店頭だけではなく、オフィスビルや工場、病院や学校などの法人の施設のなかにも置かれる。あらゆる場所に置かれている自販機だが、知恵を絞ることで相手先の法人の課題解決に貢献する提案ができることは少なくないという。
相手先の法人がかかえている課題を聞き取り、自販機でできることを検討し、提案していく。脱プラスチックや食品ロス削減、地域社会への貢献など、飲料メーカーにできることはいくつもある。そのなかでSDGsが課題解決型営業のテーマとなることが増えてきているという。
■地域の子供向け貧困対策事業に貢献
ダイドードリンコの西日本第一営業部に話をうかがった。2019年夏にはSDGs営業から、大阪府門真市でダイドーの募金型自販機が採用されたという。募金型自販機とは、飲料の売り上げの一部を、社会貢献活動を行う団体などに寄付する募金機能を備えた自販機である。
飲料の購入者にとっては、一般の自販機での購入と同じ価格の支払いで募金を行うことができ、負担を感じずに寄付に参加できる。設置者にとっては、ダイドーが開発済みの自販機を導入するだけなので、追加のコストが発生することもない。売り上げの何%を募金するかは設置者が決めることができ、総売り上げの1%を募金するという契約が全体の90%を占めるという。
門真市では相対的貧困率の高さが課題となっていた。大阪府との包括連携協定が契機となり、ダイドーは門真市の課題の聞き取りを進め、飲料メーカーとして何ができるかを検討し、提案を進めた。そのひとつとして自販機の売り上げの一部を市の子供向けの貧困対策事業に寄付する仕組みを提案したところ、市庁舎への自販機の設置が決まった。
ダイドーの自販機は情報発信のための機能も充実している。ダイドーの自販機であれば「子供の未来応援」をラッピングで訴えることに加えて、一台一台に吹き込んだオリジナルの説明を自販機にしゃべらせることができる。このように飲料の購入を寄付につなげるだけではなく、地域の課題解決につながる取り組みを視覚と聴覚に訴えることができることが評価された。
この門真市の募金型自販機については、同市内の企業などの賛同も広がり、これまでの1年半ほどの期間に15社を超える法人に採用された。地域の課題に応える自販機の設置は、地元の企業などにとっても実行が容易な社会的責任に応えた取り組みとなる。コロナ禍のもとでもこの募金型自販機の設置は順調に広がっているという。
■「海の美化」「子供の見守り」を支援するスキーム
SDGsへの関心は大手企業だけではなく、中堅以下の企業などにも広がっている。ダイドードリンコの西日本第一営業部では、こうした法人への自販機営業の場でSDGsを話題にすると、「気にはなっているが、何から手をつけてよいかわからない」といった声を聞くことが増えているという。
大阪府の鰮(いわし)巾着網漁業協同組合との商談のなかでダイドーの担当者は、海を綺麗にしたいという思いを漁協はもっていることに気づいた。自販機の収益の一部を、海の美化を目的とする団体に寄付するスキームを提案したところ、十数台の新規設置が決まった。
大阪府四條畷(しじょうなわて)市では関西電力と連携し、児童の見守りのための「見守り端末」の配布と、通学路などの電柱への基地局設置を進めていた。しかし、電柱に機器を設置し、メンテナンスする体制を整えようとすると、通常の電柱管理を超える大きな負担が電力会社などにのしかかる。
そこで浮上したのが、自販機への基地局設置である。自販機の屋上に機器を設置することは、電柱よりも容易であり、飲料の補充のためにオペレーターが定期巡回しているため、メンテナンスの追加負担も軽度である。こうした地域貢献への参加もダイドーは行っている。
■「社会的責任を果たしたい」という企業ニーズの高まり
近江商人の「三方よし」の精神など、わが国の経営者たちは、企業が社会責任の担い手であることを古くから認識していた。環境保全や文化事業、社会福祉や地域振興のための活動を支援したり、自らが取り組んだりする企業は多くある。
21世紀の地球では温暖化が続く一方で、経済危機や社会格差、感染症や地震災害など、未解決の社会課題が今なお多く存在する。他方で多くの国が新自由主義的な政策を採用するようになり、規制緩和が進む。そのなかで投資家や消費者、そして働き手の意識も変化している。
市場の変化は企業を動かす。かつてF.A.ハイエクが説いた市場の調整機能は、21世紀にあっても健在なようだ。わが国でも多くの企業が、社会的責任への取り組みはIR、採用、ブランディングなど、本業においても有効だと受け止めはじめている。
市場における変化は、池に投げ込まれた小石の波紋のように広がっていく。SDGsをめぐる波紋はさらに、大企業の本社などのスタッフ業務を超えて、本業のラインを支える営業の最前線にも及びはじめている。
■「カネで勝負」の営業からの転換
募金型自販機などSDGsの取り組みは、ダイドードリンコ以外の国内の飲料各社にも広がっている。そのなかでダイドーは、オリジナルの音声機能を備えた自販機をもつことや、代理店を介さない直接営業を積極的に行っていることなどから、SDGs営業における効果が増していることを先駆けてつかんでいる。
「なんぼくれるんや」「どれだけ安うなるんや」。かつての自販機営業は、「カネで勝負」だった。営業先の法人に自販機の設置料をいくら支払うか、あるいはその自販機の飲料の販売価格をいくら割引き、福利厚生に貢献するかの提案で、自販機の設置場所を奪い合う競争が繰り広げられていた。しかし、この手の競争の原資が無限にあるわけではない。
そこに企業の社会的責任という新たな潮流をとらえた提案営業が台頭してきている。営業先の関心の変化もある。企業は、営利を越える社会性をもった存在だとの認識が広がるなかで、営業の最前線でSDGsが価値を高めている。
このダイドーが手応えを感じている新しい営業を支えているのは、一方的にならない課題解決型のSDGs提案である。単にSDGsをかかげさえすれば商談が進むわけではない。相手先の法人や地域の課題をとらえ、そこに自販機がどのように貢献できるかを検討し、提案する、ていねいな取り組みがその背後にある。
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神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。
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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)
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