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宮家邦彦「日本はこれから和製トランプの登場に悩まされることになる」

プレジデントオンライン / 2021年4月3日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ginosphotos

「トランプ現象」とは何だったのか。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹で宮家邦彦さんは「アメリカの白人・男性・低学歴・ブルーカラーが抱える怒りと不信であり、社会の『影』の部分に溜まるマグマが噴出し始めた結果だ。この現象は今後、世界中に拡散していくだろう」という――。

※本稿は、宮家邦彦『劣化する民主主義』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■「ダークサイド」を代弁する政治家

今年1月、「Qアノン」などの過激な陰謀論を盲信するトランプ主義者の群衆がワシントンの連邦議会議事堂を襲撃した。トランプ氏の反中姿勢を評価していた人も、ホワイトハウス、最高裁判所と並ぶアメリカ民主主義の「聖域」で起きた暴力行為の記録ビデオを見て、トランプ氏に対する評価を変えたのではないか。

たしかに、議事堂襲撃事件で「トランプ運動」は政治的エネルギーを失ったかもしれない。だが、米国社会の「内向き傾向」と国内政治の「劣化」は今後も続く可能性が高いだろう。日本や欧州の同盟国にとっても、厳しい試練が続くことを意味する。

「トランプ現象」を分析するなかで、筆者が思い付いた言葉が「ダークサイド」だ。ところが、何と映画『スター・ウォーズ』ですでに使われていた。「フォースのライトサイド」を代表する「ジェダイ」の宿敵が「ダークサイド」であり、ダークサイドの使用者は「恐れ、怒り、憎しみ、攻撃性といった暗い感情から力を引き出す」のだという。まさに「トランプ現象」そのものではないか。

トランプ旋風は米共和党内だけの現象ではない。理由は、彼がアメリカ社会の「ダークサイド」を代弁する政治家だからだ。

トランプ支持者の中核は「白人・男性・低学歴・ブルーカラー」である。トランプ現象の原因は彼らの現状(とワシントン)に対する怒りと不信であり、社会の「影」の部分に溜まるマグマが噴出し始めた結果に過ぎない。

また「トランプ現象」は米国だけでなく、欧州にも存在する。トランプ現象と、欧州での醜い民族主義の再台頭は同根だ。

「非キリスト教徒移民の流入」による「既得権喪失の恐怖」が既存の「エスタブリッシュメント」に対する欧州人の「怒りと不信感」を必要以上に増幅している現象は、その本質において米国のトランプ台頭と同じだ。この種の現象は今後、世界中に拡散していくだろう。

■レッドカードを受けても退場しない

何故トランプ現象は続くのか。トランプは酷い人種・宗教・女性差別発言を繰り返しても「退場」しない。審判がレッドカードを出しても、観客の大ブーイングで出場が許されるなら、もうサッカーではない。こんな茶番を許している責任の一部は、売り上げと視聴率を優先する米国メディアにもある。トランプ現象の根は意外に深いのだ。

ドナルド・トランプ
写真=iStock.com/olya_steckel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/olya_steckel

ドナルド・トランプが強い理由は、その知性でも行動力でも資金力でもない。トランプは21世紀の情報化社会が生んだ共和党の疫病神だ。彼を支持するのは米国の非エリート層、極論すれば、白人、男性、低学歴、ブルーカラーの落ちこぼれ組だ。

過去数十年間に米国の富が一部富裕層に集中する一方、彼らの生活水準は低下した。更に、近年は彼らに代わってアフリカ、ヒスパニック、アジア系少数派米国人が台頭した。これに不満を持つ彼らは、既得権益をメキシコ系やイスラム系の新参移民に脅かされると信じ、人種差別的で排外主義的な暴言にもかかわらず、トランプ候補を支持した。

これら不満層は米国有権者の2割を占めるとの分析もあり、トランプは失速しないだろう。米国の政治評論家はトランプ現象を過小評価してきたが、こうした傾向は民主党にも見られる。

■アメリカの「自信喪失」現象

過去二百数十年間、米国はアメリカン・ドリーム実現の機会を新たな移民たちに与えることによって、社会全体のエネルギーを拡大してきた。

しかしいま問われているのは、このアメリカ合衆国のエネルギーをどうやって「忘れられた白人貧困層」にも裨益させ、国家としての一体感を回復していくかである。

この試みが成功しない場合、次に来るのはアメリカ社会の「自信喪失」現象だろう。筆者に言わせれば、北アメリカ大陸の「豊かさ」はいまも圧倒的であり、現在の技術水準のままでも、米国には追加的移民を十分吸収できる余力がある。問題はそのことをいかにして草の根のアメリカ人、とくに中流以下の白人労働者層たちに自覚させるかであろう。

それは容易なことではない。とくに「自信満々」の白人層が一度自信を喪失すれば、その取扱いはますます厄介になる。

たしかに、19世紀のフロンティア消滅期や20世紀初めの大恐慌時代以降、多くの米国人が自国の経済的発展に限界を感じ、自信を喪失して、米国の「内向き傾向」が強まった時期は何度かある。その都度「理念」が「現実」に駆逐され、国内で利益配分をめぐる争いや混乱が生じてきたことも事実だ。

日本も、米国の「自信喪失」現象を過小評価せず、米国とともに自国経済社会の再活性化を図るべきである。

■「懸念するのは日本のほうだ」

宮家邦彦『劣化する民主主義』(PHP新書)
宮家邦彦『劣化する民主主義』(PHP新書)

それでも米国について、筆者は楽観的だ。これまで米国人は、フロンティアの消滅を「海外進出」により、また大恐慌を「技術革新」により、いずれも力強く危機を乗り越えてきた。米国という豊かな国の移民の子孫たちには新たな試練を乗り切る力が十分ある、と筆者は考える。

むしろ懸念するのは日本のほうだ。1945年以来現在に至るまで、東アジアで日本は世界のどの国よりも恵まれた安全保障環境のなかで安住してきた。われわれは痛みを伴う改革や長年の宿題に手を付けなくても、経済的繁栄を享受できたからである。

ところが21世紀に入り、日本にとって理想的な安全保障環境は失われた。日本人は、これまで積み残してきた制度改革を自ら進めざるをえない状況に追い込まれている。

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宮家 邦彦(みやけ・くにひこ)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1953年神奈川県生まれ。78年東京大学法学部卒業後、外務省に入省。外務大臣秘書官、在米国大使館一等書記官、中近東第一課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、在イラク大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任。2006年10月~07年9月、総理公邸連絡調整官。09年4月より現職。立命館大学客員教授、中東調査会顧問、外交政策研究所代表、内閣官房参与(外交)。

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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 宮家 邦彦)

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