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世界一を狙わなかったスパコン富岳が、結果として世界4冠に輝いた意外な理由

プレジデントオンライン / 2021年4月4日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff

国産スーパーコンピューター「富岳」は、現在世界で稼働する数多のスパコンの頂点に立つ。KDDI総合研究所リサーチフェローの小林雅一さんは「富岳は『スパコンの戦艦大和』ともいえる先代スパコンの『京』への反省から生まれた。計算速度ではなく使いやすさや実用性を重視した結果、首尾良く世界一になれた」という――。

※本稿は、小林雅一『「スパコン富岳」後の日本 科学技術立国は復活できるのか』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■京への反省から生まれた世界一の国産スパコン「富岳」

現在、世界で稼働している数多のスパコンの頂点に立つ富岳は、日本のいわゆる国策プロジェクトの結果として生まれた。国策という言葉は近年、「国策捜査」などあまり良い意味では使われないが、ここでは字義通り「国が決定する政策」と理解しておこう。あるいは国家プロジェクトと呼んでもいいだろう。

要するに巨額の国家予算を投入した分、それに見合うだけの成果、つまり我が国の科学・産業振興に広く貢献することが求められている。これが富岳に課せられたミッションだ。

この富岳には、その一つ前の国策スパコンとして、同じく理研・富士通によって開発された京が複雑な影を落としている。

2009年、当時の民主党政権下で進められた事業仕分けの過程で、開発途上にあった京が槍玉に挙げられた。総額1100億円以上もの予算を使って、世界一の計算速度をめざす京の開発計画に対し、蓮舫参議院議員が「2位じゃダメなんですか?」と質したのだ。

置かれた立場に応じてさまざまな見方もあろうが、少なくとも「スパコン」や「(原子核・素粒子)加速器」のような巨大科学の必要性をあらためて問い直す、本質的な問題提起だったことは間違いない。

■「高性能だが使いにくい」京の悪評

これを受けて京の開発計画はいったん凍結されるかに見えたが、日本の歴代ノーベル賞受賞者らが緊急記者会見を開いて懸念を表明するなど、科学界を中心に猛反発が巻き起こった。世論も科学者側に傾いたと見た当時の鳩山内閣は事実上の予算復活を認め、京の開発プロジェクトは続行した。

まだ完成前ではあったが、基本性能の測定が行われた京は(目標とする毎秒1京回の浮動小数点演算に若干足りない)8162兆フロップスの計算速度を記録し、スパコンのTOP500で11年6月と11月の2期連続で1位に輝いた(後に本来の目標である毎秒1京回の計算速度も達成している)。そして翌12年には完成し、神戸市にある理研・計算科学研究センターで稼働を開始した。

※編集部註:初出時、理研・計算科学研究センターの名称に誤りがありました。訂正します。(4月5日9時15分追記)

しかし実際に運用が開始されて以降の京は「高性能だが使いにくい」という評判に悩まされた。これは当時、非主流の「SPARCスパーク」と呼ばれるアーキテクチャ(基本設計)を採用していたため、産業界で幅広く使われている一般的なアプリケーション・プログラムが京の上では使えなかったことなどが一因となっている。

このため京の運用開始当初は産業利用枠が5%程度に止まり、その後もあまり伸びなかった。19年8月、京は7年間の運用を終えたが、このマシンを利用した企業の総数は最終的に100社程度、また京から派生した富士通製スパコンの販売台数も数十システムに止まったと見られている。

以上の点から見て、京は大学の研究者らの間では科学技術計算の基盤として十分に活用されたが、本来、国策プロジェクトに課せられた「日本の産業を振興する」という目的は十分に果たせなかったようだ。

■計算速度よりも「使いやすさ」「実用性」を重視した富岳

富岳は、こうした京に対する反省から生まれた。「ポスト京(後の富岳)」の開発プロジェクトが正式にスタートしたのは14年4月だが、以来、単なる計算速度よりも「使いやすさ」や「実用性」を重視した設計開発が進められたのだ。

サーバー ルーム
写真=iStock.com/tihomir_todorov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tihomir_todorov

それが最もよく表れているのは、富岳のアーキテクチャとして(かつて京が採用した)非主流派のSPARCに代わって主流派の「ARM」を採用したことだ。

本来「アーキテクチャ(構造)」とは建築学の専門用語だが、ここで言うアーキテクチャとはコンピュータの「命令セット・アーキテクチャ」のことで、「ハードウェアとソフトウェアのインタフェース(境界線)」を規定する部分だ。

と言われても一般の読者にはピンと来ないと思うが、ざっくり言えばアーキテクチャとは「あるコンピュータ(この場合、スパコン)の基本的な性格を形作る設計思想」あるいは「設計様式」と言うことができるだろう。

パソコンやスマホなども含め、コンピュータ業界でよく採用されるアーキテクチャには何種類かあるが、おそらく最もよく知られているのは「x86」だろう。これは私たちが普段使っているウィンドウズPCに搭載されている、インテルやAMD(Advanced Micro Devices)製のCPUのアーキテクチャだ。ちょっと驚かれるかもしれないが、従来パソコン用のアーキテクチャと見られたx86は、やがてスパコンのような超高速の大型計算機にも採用されるようになった。

■省電力で身近なアプリも使える設計

一方、SPARCは今から30年以上前に日の出の勢いだった米国のコンピュータ・メーカー、サン・マイクロシステムズが1985年に発表したアーキテクチャだ(同社はその後、米オラクルに買収されて独立企業としては消滅した)。

SPARCは今なおコンピュータ技術者のような玄人筋の間では高い評価を受けているが、一般ユーザーにとって使えるアプリケーションの数が少ないので、最近のIT業界では非主流派と目されている。

これに対しARMは英ARMホールディングスが90年代から提供してきたアーキテクチャで、今世紀に入ると徐々に勢力を広げて、今やスマートフォンやタブレットなどモバイル端末で事実上の業界標準となっている。また最近では、アマゾンがクラウド・サーバー用のアーキテクチャとしてARMを採用するなど、より大型で高性能のコンピュータにも市場を拡大しつつある。

このARMとx86は、現在のIT業界で主流アーキテクチャの座をめぐり鍔迫ぜり合いを演じているが、最近はスマホのようなモバイル端末の普及に伴い「省電力性」を売りにするARMのほうが勢いを増している。このためARMで使えるアプリケーションの数はどんどん増えている。

理研・富士通の共同チームが、富岳のアーキテクチャをARMに決めた理由はまさにここにある。最近のIT業界で主流化しているARMを採用すれば、マシンの消費電力を抑えると共に、「スパコンの上でも『パワーポイント』のように身近なアプリが使えるようになる」。つまりユーザーにとって、スパコンの用途が広がり使い勝手が高まるのだ。

■世代交代する端境期に生まれた超高速マシン

一方、性能面、特に純粋な計算速度から評価した富岳は、世界のトップ・スパコンが世代交代する端境期に生まれた超高速マシンと見ることができる。ただ、こうした言い方は、理研や富士通をはじめ富岳の関係者には気に障る表現であろう。これはスパコン業界ならではの、歴史的なこだわりがあるからだ。

スパコンの計算速度は伝統的に「LINPACK」と呼ばれるベンチマーク・テストで測定され、それにもとづく世界的順位は「TOP500」と呼ばれるリストで発表される。

このリストからスパコンの歴史を振り返ると、おおむね10年毎に計算速度が1000倍に増加してきた。たとえば1997年にはテラ(1兆)フロップス級の計算速度を記録するスパコンが開発され、それから約10年後となる2008年にはペタ(1000兆)級のスパコンが登場した(ちなみに、いずれも米国製マシンだ)。

このように速度単位が切り替わる「1000倍のスピードアップ」をもって、世界の(トップクラスの)スパコンは世代交代を遂げたと見なされている。

夕暮れ時にトロフィーを持つ男のシルエット
写真=iStock.com/FotoMaximum
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FotoMaximum

もちろん、その間の10年も世界のスパコンの計算速度は徐々に上昇していったが、この業界の関係者の間では「10年に1度の世代交代を成し遂げたスパコンこそ、歴史に名を残す偉大なマシンだ」という一種のこだわりがあるようだ。

■米中覇権争いは次世代スパコンでも……

そして今、世界のトップ・スパコンは「ペタ」から「エクサ(1000ペタ)」への世代交代を迎えようとしている。早ければ2021~22年頃の完成をめざして、米国や中国が現在開発を進めている次世代スパコンは、(どちらが先に完成するかはわからないが)世界で初めてエクサ・フロップスの壁を突破すると見られている。

小林雅一『「スパコン富岳」後の日本 科学技術立国は復活できるのか』(中公新書ラクレ)
小林雅一『「スパコン富岳」後の日本 科学技術立国は復活できるのか』(中公新書ラクレ)

これに対し富岳の計算速度(20年11月に発表された実測値)は、442ペタ・フロップスと「エクサ」には達していない(前述のHPL-AI部門におけるエクサ達成は「半精度演算」と呼ばれる特殊なケースなので、残念ながらTOP500のようなスピード競争の記録には含まれない)。またスパコンに搭載されるCPUの総数やその動作周波数などから理論的に算出される「ピーク性能」でも、富岳はエクサ・スケールに届かないことが確定している。

これについて理研の松岡センター長をはじめ富岳の関係者は「今時、単なる計算速度にこだわることは、実用的な観点からはナンセンス」と見ている。

しかし、こうした「スパコンのスピード競争」を、ある種の国際ゲームのような感覚で捉えるならば、ペタからエクサへの世代交代はそれなりの意味がある。ちょうど、4年に1度のオリンピックやパラリンピックにおける獲得メダル数を各国が競い、自慢し合うのと同じような感覚だ。

特に米中両国は今、AIやバイオなど先端技術の分野で激しい開発競争を繰り広げており、それらの科学研究を支えるコンピューティング基盤として、スパコンの計算速度は象徴的な意味を持つ。つまり(TOP500で)エクサ・スケールの壁を世界で初めて突破したスパコンを開発した国が、来る世界のハイテク覇権を握るというわけだ。

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小林 雅一(こばやし・まさかず)
作家・ジャーナリスト、KDDI総合研究所リサーチフェロー、情報セキュリティ大学院大学客員准教授
1963年、群馬県生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院理学系研究科・修士課程を修了後、東芝、日経BPなどを経てボストン大学に留学、マスコミュニケーションの修士号を取得。ニューヨークで新聞社勤務、帰国後、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭をとった後、現職。

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(作家・ジャーナリスト、KDDI総合研究所リサーチフェロー、情報セキュリティ大学院大学客員准教授 小林 雅一)

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