2200億円が蒸発…野村が被った「アルケゴス・ショック」の本当の怖さ
プレジデントオンライン / 2021年4月5日 11時15分
■日本では野村、みずほFGで損失発生か
3月29日、わが国の野村ホールディングス(野村)と、スイスの金融大手クレディ・スイスは米国の顧客との取引に起因する巨額の損失計上の可能性があると発表した。その顧客とは、投資会社のアルケゴス・キャピタル・マネジメント(アルケゴス)であることが判明した。
報道によると、損失額は野村が約20億ドル(約2200億円)、クレディ・スイスが30億~40億ドル(約3300億~4400億円)とみられるものの、現在のところ損失額は確定していない。この2社以外にも、みずほフィナンシャルグループの米子会社が1億ドル(100億円)程度の損失を計上する可能性があると報じられており、ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーなどの金融機関でも損失が発生している模様だ。
“アルケゴス問題=アルケゴスに起因する大手金融機関の巨額損失発生”に関して、どのような取引が行われていたか、なぜそれが損失を発生させたかを確認することが重要だ。
■行きすぎたリスクテイクが放置されている
重要なポイントは、同社が過剰なリスクテイクをしていたとみられることだ。アルケゴスは、ある意味では規制の甘さを突いて、積極的にレバレッジをかけてリスクテイクを重ねた。同社と取引を行った金融機関は、そのリスクを十分に評価できていなかったといえるかもしれない。同社が保有していた株価が想定外の方向に動いた結果、アルケゴスは巨額の損失を抱え、資金繰りに行き詰まったとみられる。
アルケゴス問題の影響は軽視できない。規制の問題やカネ余りの影響などによって過度なリスクテイクが放置されていたことは、金融市場の脆弱性が高まっていることを示唆する。過去、資産価格が過熱した結果として、投資ファンドが損失を抱えて事業の運営に行き詰まり、結果として世界的な金融システムの不安定性が高まったことは多い。アルケゴス問題には、そうしたケースと重なる部分があるように見える。
■甘い規制と借り入れ…利得を重ねるフアン氏の手法
アルケゴスは、大手ヘッジファンド“タイガー・マネジメント”出身(運用業界で“虎の子=タイガー・カブ”と呼ばれる)のビル・フアン氏が設立した“ファミリーオフィス”だ。ファミリーオフィスとは、個人の金融資産を管理・運用する投資会社を指す。資金運用において、フアン氏は“レバレッジ”をかけた。つまり、金融機関から与信を受けることによって、自己資金以上の投資ポジション(持ち高)を構築して、大きな利得を目指した。
それが可能だったのは、ファミリーオフィスへの金融規制が甘かったからだ。リーマンショック後、米国では金融規制改革法(ドッド・フランク法)をはじめ金融規制が実施された。その結果、外部顧客の資金を運用するヘッジファンドは証券取引委員会(SEC)に登録を行い、株式などの持ち高(ポジション)や株主の構成、金融機関との取引、財務内容などを開示する義務を負った。
しかし、基本的に、個人の資金を管理・運用するファミリーオフィスは、規制の対象外に置かれた。そのため、リーマンショック後、多くのヘッジファンドが外部顧客に資金を返し、ファミリーオフィスへの業態転換を行い、規制から逃れようとした。それがファミリーオフィスを“影のヘッジファンド”と呼ぶゆえんだ。規制が甘いため、アルケゴスはリスクを取りやすかった。
■規制に苦しむ金融機関にとって重要な存在に
規制強化に直面した大手金融機関にとって、相対的に手数料の厚いデリバティブ取引や、資金繰り管理などのサービスを提供して収益を獲得するために、ファミリーオフィスの重要性は高まった。特に、フアン氏のようにリスクテイクに積極的なファンドマネージャーとの関係強化を目指す金融機関は増える傾向にあった。
フアン氏が金融機関と行った相対取引の一つが“差金決済(Contract For Difference、CFD)取引”だ。株式を対象とするCFD取引では、現物株を売買せず、取引の開始時と終了時の原資産の価格差によって決済を行う。
例えば、30ドルで推移していた米バイアコムCBSの株価が上がると思う投資家が、同社株を買い建てるCFD取引を注文するとする。株価が50ドルになった時点でCFD取引を決済(ポジションをクローズ)すると、差額の20ドルから手数料を支払った金額が投資家の利得になる。
■株価が上がれば利得もかさ上げされるが…
フアン氏は金融機関に証拠金を差し入れて株式を原資産とするCFD取引を大規模かつ積極的に行った。想定通りに買い建てた(売り建てた)銘柄の株価が上昇(下落)すれば、レバレッジの効果によって利得はかさ上げされる。
逆に、参照する資産の価格が逆に動くと損失は増大する。損失が許容されたレベルを超えると、金融機関はリスクに見合った追加の証拠金差し入れ(追い証)を取引相手に求める(マージン・コール)。
相手が追い証に応じない場合、金融機関は取引相手とのポジションを解消してリスクを削減する。損失が自己資本を上回ると取引相手の資金繰りは行き詰まり、債務不履行=デフォルトが発生する。なお、どの程度の損失発生が追い証のトリガーになるかは、金融機関の体力や顧客のリスク属性によって異なる。
フアン氏は他のデリバティブ取引も活発に行い、特定銘柄のポジションを積み増していたようだ。その点に関して、法令が遵守されていたか、事態の解明が待たれる。
■荒い値動きで損失に直面したか
以上の内容と米国の株価データなどをもとに、アルケゴス問題発生の経緯を考察しよう。2月半ば以降、金利上昇によって米国株の変動性は高まった。取引時間中の値動きはかなり荒く、乱高下する場面が増えた。その状況下、フアン氏は予想と異なる株価の動きによって買い建て(ロング)と売り建て(ショート)の両サイドで損失に直面し始めたのだろう。
決定打になったのが、3月22日にバイアコムCBSが増資を発表したことだ。同社株は売られ、“売るから下がる、下がるから売る”という動きが鮮明化した。それが損失を急拡大させ、アルケゴスは追い証を差し入れることができなかった。
3月26日、一部の金融機関はフアン氏にデフォルトを宣告し、200億ドル(約2.2兆円)の株式ポジションの解消を迫った。それほど、同氏のリスクテイクは膨大だった。フアン氏は金融機関に担保として差し入れていた資産の売却も余儀なくされた。それが、同氏が選好していたディスカバリーなどメディア関連銘柄の急落の原因とみられる。
想定外の損失拡大に直面した金融機関は、我先に資産の売却(投げ売り)を行ってアルケゴスに絡むリスクから逃れようとした。その遅れやアルケゴスとの取引規模などによって、日欧の大手金融機関に巨額の損失が発生したと考えられる。
■思い起こされるのはリーマンショックの“端緒”
アルケゴス問題が発生した後の日米の株価の推移をみると、多くの投資家が影響は一部の金融機関に限られると楽観しているようだ。4月上旬の時点で、カネ余り環境の継続期待、コロナ禍への慣れや経済の正常化期待を理由に、先行きに強気な投資家は多い。
しかし、アルケゴス問題は、特定の金融機関への影響だけでなく、世界の金融システムの不安定性を高める一因になりかねない。アルケゴス同様に、デリバティブ取引によってレバレッジをかけ、より大きな利得を目指す投資ファンドは多い。見方を変えれば、アルケゴス問題は、世界の大手金融機関が許容レベルを上回るリスクを蓄積していることを確認する機会だ。
資産価格の過熱感が高まると、一部金融機関などのリスクテイクの過大さが顕在化し、結果として世界の金融システムにストレスがかかることがある。思い起こされるのが、2007年8月上旬、仏大手金融機関BNPパリバ傘下の投資ファンドが証券化商品の価値下落によって運用に行き詰まったこと(パリバショック)だ。その後、証券化商品の価値は急落し、世界各国の金融機関が巨額の損失を計上した。それがリーマンショックにつながった。
■「金融機関同士の疑心暗鬼」が生まれている
今すぐ、そうした展開が起きるとは考えづらい。ただし、アルケゴス問題の影響は過小評価できない。特に、金融システムにおけるカウンターパーティー・リスク(取引相手が契約通りに義務を履行するかに関する不確実性)は高まりつつある。
野村は米ドル建普通社債の発行を中止した。低金利環境下、国債よりも利回りの高い社債の需要は強い。それでも発行が見送られたということは、アルケゴス問題の影響を警戒する投資家が少なくないことだ。在米のベテラントレーダーはその状況を「金融機関同士の疑心暗鬼」と評していた。
また、アルケゴス問題が他の金融機関の損失発生の直接的あるいは間接的な原因となる可能性もある。米国ではSECが情報収集に注力しており、投資ファンドへの規制強化に関する議論も進む。
それらは投資家にリスク削減を志向させる要因だ。アルケゴス問題の全貌は明らかになっておらず、先行きの展開を注視する必要がある。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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