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「主人公の源氏は今でいえば毒親」源氏物語は日本初の"毒親物語"である

プレジデントオンライン / 2021年4月11日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alphabetMN

平安時代に成立した『源氏物語』はどんな物語なのか。『毒親の日本史』(新潮新書)を出した古典エッセイストの大塚ひかりさんは「親に利用されながらも一族繁栄をもたらした女性や、親に人生を狂わされた女性が描かれている。現代的な視点で見れば『源氏物語』は日本初の毒親物語だ」という――。

※本稿は、大塚ひかり『毒親の日本史』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■光源氏は毒親だった

現代日本では、親が子に過剰な期待をかけて、勉強や習い事を強いる「教育虐待」が問題になっています。中でも、自分ができなかったことを子に押しつけるパターンがよく知られています。

実は、平安時代にも、親に期待をかけられる娘の苦悩を描いた物語が幾つもあるんです。当時は、母から娘へ家や土地が伝領され、子は母方で育つのが基本でしたので、息子より娘が大事にされる傾向にありました。まして、天皇家に娘を入内させ、生まれた皇子の後見役として繁栄する上流貴族であれば「美しい娘は親の面目を施す」「男の子は残念で、女の子は大切なもの」とまで言い、親は娘に期待をかけました。

それだけにその重圧は、時に娘たちを苦しめたのです。

そうした出来のいい娘による一族繁栄・零落貴族の逆転というお伽話的な結末からそれない、つまり娘の性や感情を犠牲にしてでも一族繁栄すれば良いという価値観が横行していたことを示す物語が多い中で、そこを突破した例がありました。

『源氏物語』です。

『源氏物語』には、あからさまな虐待は出てきません。が、現代的な観点で見ると、むしろリアルな毒親にあふれています。

■反動で息子に厳しい教育方針をとる源氏

まず主人公の源氏からして、今でいえば毒親です。

「高貴な身分に生まれたのだから、そんなに学問をしなくても人に劣るまい。無理に学問の道に励むな」という父・桐壺院の方針で、学問以外の音楽や絵画といった芸能を習わされた源氏は、その反動で、息子の夕霧に厳しい教育方針をとります。

産まれた時に生母が亡くなった夕霧は、母方祖母のもとで育ったのですが、彼が12歳になると、学問をさせるため手元に呼び寄せ、育ての親の祖母と会うのは月に三度だけと制限します。真面目で頑張り屋の夕霧は、優秀な成績を修めるものの、いとこである恋人の雲居雁とも会えず、馴れぬ父との暮らしを強いられて「ひどい仕打ちをなさるものだなぁ」と父である源氏を恨みます。

これも一つの教育虐待です。

たとえば、引きこもりの当事者として、ウェブや雑誌で発信、『世界のひきこもり――地下茎コスモポリタニズムの出現』の著書もある、“ぼそっと池井多”さんは、母親に「絶対、一橋大学に入るように」と教育虐待を受けていました。彼の母親はお嬢様育ちでしたが、一橋大生に振られた経験があり、仕方なく高卒の男と結婚したという過去があったのだそうです(黒川祥子『8050問題』)。

日本の伝統的な衣装
写真=iStock.com/Yusuke_Yoshi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yusuke_Yoshi

「自分ができなかったこと」「得られなかったこと」を子にやらせようというのは、教育虐待のパターン。そのパターンがすでに千年以上前の『源氏物語』には描かれているのです。

■二代にわたって続いた虐待の連鎖

源氏は実はもともと大の学問好きで、「小さいころから学問に打ち込んでいた」のに、「学問を深く究めた人で、命と幸運を兼ね備えた者はめったにいないから」という父・桐壺院の考えで、学問の追究を阻止されていました。

院の頭には、伴善男や菅原道真といった、学問で出世した政治家の悲劇的な末路があったのでしょうか。息子の長寿と幸運を願ってのこととはいえ、子の思いを汲まぬ桐壺院も毒親といえば毒親です。

今なら受験のために部活をやめさせるようなもの。いや、それは夕霧のケースで、源氏の場合、好きな勉強をやめさせられて、部活を無理強いされたわけです。

桐壺院、源氏……と、二代にわたって息子の意志を無視する形であるのも、ちょっとした虐待の連鎖という感じです。

■エンディングに込められた意味

さらに『源氏物語』が凄いのは、親の期待に押しつぶされるような形で自殺(未遂)する娘を描いたことです。

それが宇治十帖に出てくる、『源氏物語』最後のヒロインともいえる浮舟です。

浮舟の母である中将の君は、人に仕える女房の身分です。八の宮という源氏の異母弟の北の方(正妻)の姪でしたが、女房として出仕するうちに八の宮のお手つきとなって身ごもります。しかし八の宮は残酷にも妊娠以降冷たくなり、生まれた娘・浮舟の認知も拒みます。

中将の君は仕方なく、地方官僚である常陸介の後妻となって、浮舟の異父きょうだいたちを生むものの、高貴な八の宮の血を引く浮舟を特別扱いし、期待をかけていました。

とはいえ、大貴族の薫(源氏の血のつながらない息子)から、浮舟を愛人にしたいと人づてに打診されると、浮舟が劣り腹と侮られ、自分の二の舞になるのではと案じ、相応の男と縁づけようと奔走します。当初は、娘の幸せを願っていたのです。

ところが、浮舟の婿として見繕った落ちぶれ貴族は、常陸介の財産目当てだったため、浮舟が常陸介の継子と知ると、実子に乗り換えてしまうのです。中将の君は激怒します。「父親がいないからってバカにして」と。

■大貴族に認められたい母・中将の君

そして、「この姫をひとかどの人間扱いする人がいないからバカにするのだ」と考え、ふだんつきあいのなかった浮舟の異母姉であり、正妻腹の中の君のもとに押しかけます。大貴族とつきあいのあるところを見せつけてやれば、皆が浮舟に一目置くに違いない……と考えたわけで、この時点でもう中将の君、ダメです。

相手は自分のいとこ、かつ継子とはいえ、認知もされていなかった腹違いの妹である浮舟を、それまで特に気にかけることもなかった中の君です。ろくなことにならないのは目に見えている。

源氏物語 貝合わせ
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

そもそも中将の君自身、八の宮が自分を人間の数にも入れてくれなかったと強く恨んでいます。中の君が、大貴族の匂宮(薫の友人)の妻の一人として上流然としているのを見ると、案の定「私だって、もとは八の宮の正妻の姪、他人じゃないのに。人に仕える女房というだけで人間の数に入れてもらえず、口惜しくもこうして人にバカにされている」と、悔しい気持ちになる。

中将の君が「人にバカにされている」と憤る対象が、娘の浮舟から、母親である彼女自身にすり替わっているところに注目です。

■娘を自殺に追い込む母の欲望

親が死ぬなどして落ちぶれた場合、親戚に仕える身となるのは当時、現実にもありがちなことで、藤原道長の娘にも、零落した親族が仕えていました。そうした女の悔しさを、自身、落ちぶれ貴族でもあった紫式部は、中将の君に代弁させたのですが……。

この中将の君の思いから、バカにされているのは浮舟というよりは、中将の君自身であって、それをとんでもなく口惜しく思っていた、ということを紫式部は、読者に念押しします。

そしてここからが、中将の君の毒親ぶりが発揮されるところで、彼女は中の君の屋敷で見た匂宮の素晴らしさに、「私の娘だって」と思うようになります。

「私の娘だって、ここにこうして並んでいたとしても違和感はないに違いない」と。

毒親警報のようなものがあるとしたら、ここで激しく鳴ることでしょう。

中将の君の心は決まります。

中の君の屋敷を訪れた薫をその目で見ると、「天の川を渡ってでも、こんな彦星の光をこそ待ち受けさせたいものだわ。私の娘は、並みの男と結婚させるのはもったいない容姿なんだから」と、たとえ年に一度しか来なくたっていい、大貴族の薫に娘をやろうと決意して、浮舟を中の君に託すのです。

■身代わりとして求められるだけ…娘・浮舟の苦悩

浮舟は案の定、薫に大事にされません。実は薫が慕っていたのは、八の宮の正妻腹で、すでに亡くなっていた大君(中の君の姉)。浮舟は大君にそっくりだったため、その身代わりとして求められていただけだったのです。浮舟は大君のいた寂しい宇治に放置されます。そしてある時、薫の友人であり、異母姉の中の君の夫でもある、匂宮に犯されてしまいます。

ところが浮舟は、薫と違って激しく自分を求めてくれる匂宮に惹かれてしまいます。自分をレイプした男に惹かれるほど、浮舟は寂しかったのです。

浮舟は姉(中の君)に顔向けできない、という気持ちに苦しみます。かといって、正式に妻の一人にしてやろうと言いだした薫に従うこともできない……。

そんなふうに苦悩していたところに、匂宮とのことを知らない母・中将の君が来訪。同じ八の宮家の女房だった尼と、「もしも娘が匂宮と良からぬことをしでかしていたら、どんなにつらくて悲しくても、二度と再びお目にかかりません」と母が会話するのを聞いて、浮舟は自殺を決意。また、薫にも匂宮との関係が発覚してしまい、にっちもさっちもいかなくなって、本当に入水自殺を図ります。

京都御所・紫宸殿
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

■毒親からは離れるしかない

恐ろしいのは、浮舟の母である中将の君は、薫が亡き大君の“形代(かたしろ)”(身代わり)の“人形(ひとがた)”として浮舟を欲していることを、知っていたことです。

「かつて逢ったあの人(大君)の身代わりならば、肌身離さず、恋しい折々、思いを振り払う撫で物にしよう(身を撫でて災いを移して流す人形のように)」などと、薫が中の君に言っているのを、中将の君はじっと聞いていたのです。

にもかかわらず、いとこの中の君の優雅な暮らしぶりや、薫の大貴族ぶりを見て、「私だって大君や中の君の母上とは他人ではなかったのに」「私の娘だって」と、思いをつのらせ、浮舟をその世界に投げ込んでしまう。

上流の世界から弾き出された彼女は、娘によってリベンジしようと目論んだ。もうこれ、毒親物語以外のなにものでもないでしょ。

娘を思っているようでいて、その実、娘を使って、達成できなかった自分の思い、上流貴族の“数”に入りたいという欲望を満たそうとしているのです。

何の自己主張もしなかった浮舟が流されるように薫に抱かれ、匂宮に犯され、苦悩した時……つまりは壁にぶち当たった時、「自分は“不用”の人だから」と死を志向するという設定も、親に人生を乗っ取られた毒親育ちの自己評価の低さを表しています。

■『源氏物語』は日本初の毒親物語

『源氏物語』には、親に利用されながらも一族繁栄をもたらした女たちが多々描かれていますが、浮舟という女房腹、つまり劣り腹のヒロインを最後に登場させることによって、娘自身の感情に添った、日本初の毒親物語を実現した、と言えます。

大塚ひかり『毒親の日本史』(新潮新書)
大塚ひかり『毒親の日本史』(新潮新書)

ちなみに浮舟の自殺は未遂に終わり、縁もゆかりもない尼僧に助けられます。

記憶を喪失していた浮舟は、やがて記憶を取り戻しますが、その生存をつきとめた薫から会いたいという手紙をもらうものの、「人違いでしょう」と拒絶。薫も、「また、ほかの男が隠して囲い者にしているのかな」と見当違いな勘ぐりをして、長い物語の幕は閉じられます。

毒になる親、毒になる人々から逃れて、自分を取り戻すには、結局は離れるしかない、ということなんでしょう。これまた、現代的というか、古今東西、普遍的な人間関係の真理といえます。

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大塚 ひかり(おおつか・ひかり)
古典エッセイスト
1961(昭和36)年生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒。個人全訳『源氏物語』、『ブス論』『本当はひどかった昔の日本』『本当はエロかった昔の日本』『女系図でみる驚きの日本史』『エロスでよみとく万葉集 えろまん』『女系図でみる日本争乱史』『くそじじいとくそばばあの日本史』など著書多数。最新刊が『毒親の日本史』。4月28日に『うん古典』が発売予定。

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(古典エッセイスト 大塚 ひかり)

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