「仕事で英語を使いたい人」ほど、英会話学校には行ってはいけない理由
プレジデントオンライン / 2021年4月11日 9時15分
※本稿は、野口悠紀雄『「超」英語独学法』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。
■社会人の英語は「独学」でしか学べない
社会人が勉強するためには、社会人向けの大学院や専門学校などに入学する必要があるだろうか? 英語の勉強のためには英会話学校に通う必要があるだろうか?
日本人には、そうしたほうがよいと考えている人が多い。しかし、私は、必ずしも学校に通う必要はないと思う。というより、社会人の勉強は、学校でなく独学が基本だと思う。基礎教育の場合には学校に通うのが普通の方式だが、社会人の場合はそうではない。
英会話学校では、画一的なことしか教えられないからだ。社会人が学ぶべき内容やレベルは、人によって大きく違う。ビジネスパーソンにとって必要なのは専門用語であり、これは一般の英会話学校では教えていない。
独学は、学校の代替物ではない。費用を節約するためにするものでもない。自分に合わせた勉強をするには、独学によらざるを得ないのだ。
■独学するための条件が整ってきた
外国語の勉強のために英会話学校に通わなくとも、自分で勉強を進めていくことは十分できる。自分で目的を持って調べようとすれば、書籍を購入したりウェブサイトを検索したりすることによって、さまざまな資料を手に入れることができ、勉強を進めることができる。
昔は教材がなかった。とくに音源がなかった。いまでは、英語教材はウェブにいくらでもある。社会人にとって必要なのは、専門分野の英語だ。この教材は、ウェブに多数ある。
また、自動翻訳で外国の文献を読めるようにもなっている。また、図形認識機能が向上し、外国語の書籍を読み上げさせることも容易になった。こうして、独学がやりやすくなった。
コロナ禍(か)で在宅勤務が増えた。これまで満員電車で通勤していた時間帯を、勉強のために振り向けることができるはずだ。これを機会に、インターネットを用いた独学を始めるべきだ。これが、ニューノーマル時代の勉強法だ。
■仕事で必要なのは専門用語
仕事で必要なのは、一般の日常的な用語や表現とはかなり異なる専門用語や専門的な表現だ。これはビジネスパーソンだけではなく、プロフェッショナルな仕事について一般的に言えることだ。
ところが、英会話学校やテレビ/ラジオの英会話番組では、「専門用語が重要」という認識が希薄だ。「ご機嫌いかが?」というような挨拶(あいさつ)や会話が英会話であるとしている場合が多い。それが「実用英語」の主要な内容だと考えているようなのだ。
こうした会話がまったく不必要だとは言わないが、仕事を進める場合には、それほど重要なものではない。初めて会った人に挨拶するのであれば、何を言うかよりも、むしろ笑顔でいることのほうが重要だ。
それに、挨拶がいかに流暢(りゅうちょう)にできたところで、それだけでは実際の仕事には何の役にも立たない。専門家同士がコミュニケーションを行い、仕事を進めてゆくにはまったく不十分だ。「仕事に使う道具」という視点がないことが、日本人の実用英語学習における大きな誤りである。
英語の日常会話だけがうまくなっても駄目である。それはコミュニケーションの手段に過ぎないからだ。「英語を使って何を伝えるか」が重要なのである。
■学校英語と仕事英語はまったく別物
専門家同士のコミュニケーションで重要なのは、その分野の「テクニカルターム」(専門用語)である。
自動車関連の仕事なら部品の名称などが、化学関係なら製品や原料の物質名などが重要だ。法律なら、特殊な専門用語と特殊な構造の文章の世界である。税や会計などの分野でも、特殊な専門用語が多い。略語も多い。
会社の仕事を取引先の相手に説明する、あるいは新しい事業を展開する際に、その事業がどういうものかを説明する。そうした状況では、たくさん専門用語が出てくる。そして専門用語が正しく使われていれば、何を話したいかが相手に伝わる。
逆に、これらが分からなければ、専門家同士のコミュニケーションは成立しない。英語の一般的知識をいくら持っていたところで、手も足もでない(どのような言葉が必要かは、分野によって違う)。逆に、これらの用語さえ知っていれば、専門家同士の会話は、かなりの程度は進む。
学校教育では、すべての用途に合わせるために一般的な英語を教えている。しかし、これと仕事に使う英語との間には、大きな差がある。
■同時通訳者が国際会議で必ずやっていること
税の話をするのであれば、「税額控除」「累進課税」「節税と脱税」などの用語を知らないと、まったく話にならない。累進課税は、progressive taxationと言うのだが、これは日常的に使われる言葉ではない。progressive taxationは「進歩的な課税」ではないのだ。
金融では、「円がドルに対して10%増価した」とか、「中央銀行が貨幣供給を増加して金融緩和した」という類の表現が必要だ。
経済学ではutilityという言葉をよく使う。これは、「効用」という意味だ。ある財を消費した場合にどの程度満足するか、それをutilityと言う。しかし、日常の英語では、utilityは電気、ガス、水道などを指す。だから、経済学でのutilityの使用法を知らないでこの言葉を訳してしまうと、とんでもない意味になってしまう。
専門分野のテクニカルタームは、その分野の専門家でないと分からない。国際会議の場合、専門家同士だと通訳は入らないが、大きな会議だと同時通訳が入る。そこでは、事前に必ず打ち合わせをして、どのような言葉が使われるかをチェックする。
同時通訳から事前にテキストを要求される。あるいは、発言で用いるテクニカルタームを、事前に聞かれる。それは、会議で使われる言葉に専門用語が多いからだ。専門用語を正しく翻訳しなければ意味が通じない。
これは、プロとして正しい態度である。ある同時通訳者は、税関係の国際会議のあとで、「あなたがたが話しているのは、〈税語〉です。私たちが分からないのは当然」と言った。
■映画やドラマを観ても学べない…
専門用語の多くは、名詞である。しかし、名詞だけを並べても、コミュニケーションは成立しない。それらを一般的な文脈の中に位置づけなければならない。
ただし、ここで必要とされる英語表現も、日常会話とはかなり違う。「会議用表現、討論用表現」とでも言えるものがあるのだ。
これは、自分の考えを説明し、相手の発言に対して意見を述べ、あるいは反論する際の言い回しである。「Aさんの発言は、一般的には正しいと思う。しかし、違う見方もある。それについて説明したい。ポイントは3つある。第1に……」というような表現だ。
こうした言い回しは、外国の恋愛映画や家族ドラマをいくら見ても、習得できない。小説を読んでも、駄目である。そうしたシチュエーションでは登場しない言い回しだからだ。これらを学ぶには、ラジオやテレビの討論番組を聞いたり見たりするのがよい。
専門家にとって口頭のコミュニケーションで必要な英語は、ほぼ以上に尽きる。つまり、テクニカルタームを熟知し、それらを「討論用表現」で結合できればよいのだ。
これは、英語のごく一部でしかない。だから、自分の専門の世界を離れると、途端にコミュニケーションができなくなる。相手の言っていることが分からないし、自分の意志も適確に表現できない。病気になっても症状を言えない。しかし、仕事に限れば、多くの場合に、それで何とかなる。
■英語教材も英会話学校も専門用語を教えられない
同様に、ビジネスパーソンが使う英語で重要なのは、専門的な用語、専門的な表現、あるいは専門的な言い回しである。必要なのは、これらの勉強だ。
自分が話す場合にもこうした専門用語を使わなければならないし、相手がこうした用語を使ったときにも、それを理解しなければならない。
テレビやラジオの英会話番組で勉強しても、あるいは英会話学校に行っても、専門用語を勉強することはできない。したがって、ビジネスパーソンが仕事で使える英語を勉強するには、自分で勉強するしかない。
これは、英会話学校に限らない。「ビジネス英語」という類の本をよく見かけるが、ここにあるのは、「ビジネスに関連のあるシチュエーションで話されている英語」という程度のものであって、実際のビジネスで使えるレベルのものとはほど遠い。
一般的な英語の参考書が仕事上のコミュニケーションで実用にならないのは、このためだ。「ビジネス英語」と限定してさえ、一般的すぎて駄目なのだ。英語学校に通って正確な発音とアクセントをマスターしても、それだけでは仕事にまったく役立たない。
■専門家がその分野の英語を教えるべきだ
どのような専門用語が重要かは、分野によって違う。その分野の専門家でないと教えられない。専門用語に関する限り、一般的な英語の先生は役に立たない。
一般的な英語の先生は、挨拶の英語や英文学を教えることはできるが、ある分野でどういう専門用語が使われるかは、教えられない。だから、専門用語の英語は、英語の先生ではなく、その分野の先生に習わないと、駄目だ。
専門用語は、個々の単語だけではない。どのように表現するかも重要だ。これらも、やはりその分野で英語を使って仕事をしている人でなければ教えられない。つまり、英語のユーザーが英語を教える必要がある。
以上のようなことは、専門教育を英語で受けていれば、自然に身につく。しかし、日本では高等教育の最終段階まで日本語が用いられているので、そうならない。外国語である英語を習得しなくとも専門知識が得られる点では恵まれているが、世界標準からは、外れてしまっているのだ。
■英文学者が英語を教える日本の大学の大問題
これは、英会話学校やテレビ、ラジオ番組に限った話ではない。大学の教養課程での英語の授業が、同じ問題に陥っている。その原因は、大学の教養課程の英語の先生が英文学の専門家であることだ。
大学の教養課程になれば、他の科目は専門分野ごとになる。たとえば、将来、法律の専門的な仕事をする学部と、経済の専門的な仕事をする学部、エンジニアリング、サイエンスなどの分野に分かれる。これらではそれぞれ違う英語が必要になる。
大学の教養課程の英語の時間になぜ英文学の先生が出てきてしまうのか。これこそが大問題だ。大学内部の複雑な事情があって、簡単には変えられないことだけは間違いない。
つまり日本人の多くは、社会に出るまで、仕事の上で必要な英語を勉強する機会がなかったということになる。
繰り返すが、われわれが仕事の上で英語を使うためには、挨拶英語だけでは不十分であって、その分野の特殊な用語、特殊な表現を覚えなければならないのだ。日本人のビジネスパーソンが実際の仕事で英語を使えない、かなり大きな理由が、ここにある。
■どうすれば勉強を継続できるか?
外国語に限らず、勉強一般について言えることだが、継続が必要である。外国語については、とくに継続が必要だ。少しの時間でもいいから、勉強を続けよう。
「どうすれば勉強を継続できるか」は、勉強法で最も重要なことだ。小手先の方法論でなく、継続するための方法論こそ、最も重要なノウハウである。
ところが、この最も重要なことを学校では教えてくれない。不思議なことだ。そして、お手軽勉強法が流行っている。すでに述べたように、これで身につくはずがない。英語の勉強では、とくにそうだ。
これについて重要なのは、「英語は味方だ」と考えることだ。これは、「敵味方理論」と呼んで、私が長年信奉している考えだ。仕事の進め方について、重要な意味を持つ「理論」だと思う。
人間は、新しいものに対しては本能的に警戒心を持つ。そして「敵」だと考えて身構える(人間だけでなく、動物が一般的にそうだ)。警戒心を持ち、「敵」だと考えると、それに対して反感を持ち、自分から進んで近づくことはない。したがって、ますます離れていくことになる。
逆に、何かのきっかけで、それが自分にとって利益をもたらしてくれるということが分かると、それを活用し、仕事の能率が上がり、さらに使っていく、という好循環が起きる。
つまり、力強い味方になるわけだ。
■英語「敵味方理論」で好循環を
考え方を「敵」から「味方」に転換しただけで、このような大きな変化が起きるのだ。英語は可能性を開いてくれるという意味で、強力な味方である。そうした体験を一度でもすれば、英語を勉強する態度が変わるだろう。
英語を憎むべき対象、闘うべき対象と考えていては、勉強は苦行になってしまう。そして、能率は落ちる。そのため試験の成績が落ちれば、ますます英語を嫌いになる。そうした悪循環に落ち込んではならない。
実は、勉強の最も強いモチベーションは、好奇心である。面白いから勉強するのだ。知識が増えれば好奇心は増す。
最も重要なのは、「面白いから続ける」ということだ。「辛いけど続ける」というのでは、勉強は続かない。興味を持って長い訓練を続けることが、英語の勉強においては大変重要なことだ。そして、外国語の勉強は、もともと面白いものなのである。
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一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを歴任。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著に『経験なき経済危機──日本はこの試練を成長への転機になしうるか?』(ダイヤモンド社)、『中国が世界を攪乱する──AI・コロナ・デジタル人民元』(東洋経済新報社)ほか。
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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)
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