あなたは「ポピュリズムと民主主義の違い」をひとことで説明できるか
プレジデントオンライン / 2021年4月16日 15時15分
※本稿は、池上彰・佐藤優『ニッポン未完の民主主義』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■拍手喝采で迎えられた小泉元首相
【佐藤】議院内閣制を採る「日本型民主主義」においては、国民に最も支持される政治家がトップに就くとは限りません。第二期で長期政権を築いた安倍さんも、多くの人に請われて総理大臣に返り咲いたという感じでは、必ずしもなかった。
【池上】まず、民主党の「敵失」がありました。2012年に出馬表明した自民党総裁選でも、地方票で石破さんの後塵(こうじん)を拝した末の逆転でしたから。
【佐藤】国民から拍手喝采で迎えられた、という点で特筆されるのは、2001年から5年半にわたって首相を務めた小泉純一郎さんです。小泉さんは、「自民党をぶっ壊す」「私の政策を批判する者はすべて抵抗勢力」という斬新なスローガンを掲げて「小泉旋風」をまき起こし、橋本龍太郎さん有利の下馬評を覆して、総裁選挙に圧勝しました。当時人気の高かった田中真紀子さんと組んだのも大きかった。
【池上】一般党員などを対象にした総裁選挙予備選の街頭演説には、数万人の聴衆が集まることもありました。「先代」の森喜朗内閣への不満や、閉塞した時代背景などもあったわけですが、ともあれ国民を大いに引きつけた。それを見て、「壊す」と名指しされた自民党も、ブームにあやかろうということになったのです。
■健全な民主主義とポピュリズムは違う
【佐藤】そんな小泉さんが、最高権力者になってから推し進めたのが、「ポピュリズムの政治」でした。国民の絶大な支持を背景に、「骨太の」政策を断行する。それは、表向きには民主主義を貫徹しているように見えて、実はそうとは言えなかったのではないか、というのが私の小泉政権に対する評価なのです。
では、健全な民主主義とポピュリズムは、どこが違うのか? ポピュリズムという言葉が多用される割に、なかなかうまい定義がされていないように思うのですが、私は次のように切り分けています。
すなわち、ポピュリズムは、基本的には、多数決原理で50%プラス1票を取ったら、その人は「総取り」して問題ない、という発想です。とにかく「数は正義」なのだ、と。それに対して、「本当の民主主義」には、多数派がいたずらに数で押し切ることをせず、少数派の意見を最後まで尊重して議論を尽くす姿勢が貫かれている。そういう違いがあると考えるのです。
【池上】小泉政治は、まさに「数は正義」でしたね。少数派は最初から「抵抗勢力」で、議論の余地なし、とされましたから。
【佐藤】そして、そのやり方を多数の国民が一生懸命、後押ししていたわけです。
■少数意見に耳を傾けようとしない安倍前首相
【池上】安倍政権も、その伝統を引き継いだ気がします。安倍さんは、しばしば「私は立法府の長ですから」と言い間違えていました。それは衆参両院議長の称号で、内閣総理大臣は「行政府の長」なのですが。そういうところにも、議会の多数派から選ばれているのだから、国会では黙って私の言うことを聞いてもらいたい、という気持ちが透けて見えたわけです。少数意見に耳を傾けるという発想は、安倍さんからはほとんど感じられませんでした。
アメリカのトランプ前大統領も典型的なポピュリストでしたが、とにかく口を極めて民主党を非難しましたよね。バイデン大統領が選挙後に、もちろん建前もあるけれど、今は共和党・民主党ではないんだ、私はユナイテッドされたアメリカの大統領なのだ、とオバマと同じような言い方をしていたのとは対照的です。安倍さんも、「政敵」に対する対応は、トランプに似ていました。
【佐藤】「悪夢のような民主党政権」とか(笑)。だから、日本維新の会とも波長が合ったのでしょう。ちなみに、維新はある意味誠実で、2020年11月に行われた大阪都構想の住民投票で負けたくらいで、代表の辞任とかいう話になってしまった。本人たちがどこまで意識しているか分かりませんが、あれはポピュリズムの裏返しと言っていいでしょう。
【池上】だから、49%の負けでも、潔く腹を切る(笑)。
■「分かりやすい敵」をつくる政治手法
【佐藤】橋下徹さんも、日本の政治をポピュリズムの方向に一歩、二歩と進めたという点で、非常に大きな歴史的意義を持つ政治家です。
【池上】橋下さんは、トランプ大統領が誕生した時に、「駐日米軍がいなくなったらどうするのかということを、私たちが真剣に考えるきっかけになるから」といった理由で、それを支持しました。自分に似たものを感じ取っていたのかもしれません。
【佐藤】でも、トランプ大統領が、本気で在日米軍の引き揚げを考えているとでも思ったのでしょうか。そうだとすると、「炎上商法」に乗っかってしまったことになるのですが。
【池上】その政治手法も一貫していました。例えば、大阪の子どもたちの学力が低いのは学校の先生のせいだ、教育委員会が悪いのだ、と分かりやすい敵をつくる。実はその背後には、全国と比較しても深刻な貧困の問題があるのに、あえてそこには目を向けないのです。バッシングして部分的な前進があれば、それは「改革の成果」になるでしょう。
■ポピュリズムはナショナリズムと親和性が高い
【佐藤】しかし、結果的に、本質的な問題はスルーされてしまう。ポピュリズムの弊害は、そういうところに現れます。場合によっては、国の進むべき方向を誤らせる危険性も孕(はら)むわけです。
【池上】例えば、北朝鮮は危険な存在だ。いつミサイルが飛んでくるか分からないではないか。だったら、国を守るために、飛んでくる前に叩くべきだ。皆さん、そう思うでしょう――。そういうふうに、ポピュリズムはナショナリズムと親和性が高いことにも、注意が必要なのです。
その意味でも、さきほどの「民主主義とポピュリズムの違い」についての佐藤さんの定義は、非常に重要だと感じます。単に「民主主義というのは、人々の思いを大切にするのだ。それを集約して実行するのだ」というような茫漠(ぼうばく)とした理解にとどまっていると、足をすくわれてしまうかもしれない。少数派の意見を徹底的に聞く、という文字通りの民主主義の精神を置き忘れたら、政治はいくらでもポピュリズム的なものになり得るわけですから。
■民主的な手続きで登場することを忘れてはいけない
【佐藤】忘れてならないのは、ポピュリズム政治家も民主的な手続きを経て登場するということです。
【池上】そこが難しいところで、ポピュリストを批判しようと思っても、「何を言っているんだ。私は正当な選挙で選ばれ、これだけの支持を集めているじゃないか」と開き直られたら、反論するのは骨が折れるでしょう。逆説的ないい方をすれば、民主主義は実はとても危険な制度とも言えるわけです。
【佐藤】うわべの民主主義に安住するのではなく、常にそういう認識、あえて言えば警戒心を持つことが必要です。
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ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』など著書多数。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大矢壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(ジャーナリスト 池上 彰、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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