「時間稼ぎに大失敗」ワクチン頼みの長期政権がたどるあっけない末路
プレジデントオンライン / 2021年4月11日 9時15分
■初動対応の高評価が一転、苦境の政権与党
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大(パンデミック)が始まって、すでに1年以上が経つ。欧州では、長期政権ほどその初動対応が評価され、与党の支持率が上昇する現象が見られた。その端的な例がオランダとドイツであるが、昨年11月以来の行動制限が今春まで長期化していることを受けて、与党への向かい風が強まっている。
3月15日から17日にかけて、オランダで下院総選挙が行われた。中道右派の与党・自由民主国民党(VVD)は、ルッテ首相による初動対応が有権者に評価され、それまで20%近くまで落ち込んでいた支持率が一時40%近くにまで回復した。しかし行動制限が年明け以降も長期化する中で、30%前半まで支持率を落とすことになった。
総選挙に先立ちルッテ首相は、1月15日にアレクサンダー国王に辞表を提出、内閣を総辞職させるとともに自らは暫定首相にとどまる選択をとった。税務当局が過去10年の間、約2万世帯に対して育児手当の返納を誤って命じたことに関する責任を取ったかたちだが、その実は3月の総選挙を念頭に置くパフォーマンスだと言われていた。
即日開票の結果、150議席の定員のうちVVDが34議席を獲得、第1党の座を死守したが、前回2017年から議席を1増やすに留まった。続く第2党には、中道左派の民主66(D66)が議席を5増やし24議席を獲得と躍進し、前回第2党であった極右政党・自由党(PVV)は議席を3減らして17議席に留まり、第3党に沈んだ。
多党制の国であるオランダでは、第1党が首班となって連立政権が組まれる慣例がある。狙い通り総選挙で勝利したルッテ首相は、すでに11年にわたって首相を務めている。このまま続投が決まれば、オランダで最も在任期間が長い首相になる。しかしながら、選挙からすでに1カ月近くが経とうというのに、連立協議は難航が続いている。
■ルッテ首相への不信感をあらわにする連立パートナー
ルッテ首相は第2党であるD66に加えて、これまでも主な連立パートナーであり15議席を持つ中道右派のキリスト教民主アピール(CDA)、および5議席を持つ宗教政党・キリスト教連合(CU)の4党での連立を画策した。この連立が成立すれば150議席のうち78議席の過半数に達するはずだったが、3党はいずれも連立入りを拒否した。
背景には、ルッテ首相に対する不信感の高まりがある。首相は今年1月に辞任したが、その理由である児童手当の不正の告発に大きな役割を果たしたCDAのピーター・オムツィクト議員を新政権で要職に任命し、懐柔を図ろうとしたスキャンダルが持ち上がった。この動きにD66とCDAが反発、4月2日の議会で首相の不信任案を提出した。
不信任案は反対多数で否決されたが、これでD66とCDAの連立入りは困難となった。さらにCUのセーヘルス党首が3日付の地元紙に連立協議への参加を拒否する構えを見せ、連立協議は行き詰ることになった。コロナ対策への高評価を追い風に選挙を有利に戦いたかったルッテ首相は、逆に求心力の低下を招いてしまったわけだ。
ルッテ首相は引き続き連立協議に取り組む方針を示しているが、D66らが参加するとしても首相の発言力の低下は否めない。そうなるとチラついてくるのが、極右政党であるPVVとの協力だ。しかし過激な主張を展開するPVVを政権に招き入れることは劇薬に等しく、第1次政権で閣外協力を仰いだ際にも、結局は物別れに終わった経験がある。
■行動制限の長期化で高評価が息切れしたドイツ
第2次ルッテ政権も発足までに7カ月を要するなど、オランダの連立交渉の長さは有名だ。とはいえ今回のオランダ政局の混迷は、コロナの初動対応が高評価された政権でも、コロナ禍の長期化を受けて求心力を失っている様子をよく示している。同様に、今年9月に総選挙を控えるドイツでも、メルケル首相のコロナ対応への高評価が息切れしている。
9月の総選挙で引退するドイツのメルケル首相は、コロナ前まではレームダック化が顕著であった。しかしコロナ禍での卓越したリーダーシップが有権者に評価され、首相を擁する与党・キリスト教民主同盟(CDU)と姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)の支持率は一時40%近くまで回復、選挙戦が有利に運ぶかに見えた。
しかし3月に入ると、人々がコロナ禍に疲弊する中で生じたCSU議員によるマスク取引の汚職疑惑を受けて、CDU/CSUの支持率は20%台半ばまで急落した。3月14日には総選挙の前哨戦となる2州の議会選でCDUは大敗、環境政党であり支持率で二位につけている同盟90/緑の党や三位の社会民主党(SPD)に票が流れる結果となった。
オランダもドイツも、コロナ禍での迅速な初動対応で与党が有権者から高評価を得た国だ。長期政権が国政を率いていたことでも共通する両国だが、行動制限の長期化などで人々の不満が溜まるにつれ、民意は離れているようだ。与党が思うような勝利を収めない両国の様子は、コロナ禍の長期化で混とんとなる欧州政治を良く描き出している。
![パリザー広場に沿って歩くカップル](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/2/670/img_32e23d8f4c80ebeb42a0cedcac3fce7a626964.jpg)
■総選挙前のコロナ政局……無責任な甘言に要注意
ワクチン接種が進むまでは行動制限で時間を稼ぐというのが、昨秋以来の欧州のコロナ対応戦略であった。しかしながらワクチン接種は思うように進まず、また毒性が強い変異株が出現・流行するなど、各国政府は手をこまねいている。有効な手立てが限られる中で、行動制限という「劇薬」を飲み続けているというのが、欧州の実情だろう。
感染の流行が収まるまでは、行動制限で医療需要を抑えつつ、ワクチンの接種や医療体制の拡充を着実に図ることしか具体的な対応策がない。それがこの1年で我々が得た教訓だ。そのためには政治による一貫した取り組みが必要となるが、欧州各国では、与野党の立場を問わずに政局を仕掛けようとする機運が高まっている。
本来なら挙国一致で臨むべき国難に見舞われているにもかかわらず、政治が「コロナ政争」に耽るようでは、コロナ対応はますます遅れてしまう。ここで求められるのは、有権者による冷静な判断だ。政局の中で論じられる無責任な甘言に引き寄せられてしまえば、即時性が求められるコロナ対応がさらに遅れてしまうことになりかねない。
当然ながら、コロナ対応の遅れは景気の回復も遅れにつながる。現在、世界の景気は製造業を中心に戻り歩調であるが、一方で雇用吸収力の高いサービス業は死に体同然の状況が各国で続いている。一連の状況は、今年の然るべき時期に解散総選挙を控える日本にも共通しているということを、我々は肝に銘じておきたいところだ。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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