冨山和彦「東京にある企業のほとんどは日本の経済成長に貢献していない」
プレジデントオンライン / 2021年4月14日 11時15分
※本稿は、冨山和彦、田原総一朗『新L型経済 コロナ後の日本を立て直す』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■グローバルIT企業は雇用を減らし格差を生む
【田原総一朗】冨山さんは今の時代を代表するGAFAのようなグローバルなIT企業は、雇用を生んでいないし、その結果として中産階級がやせ細ってしまうと言った。
端的にいえば格差社会だ。じゃあ、どうしたらいいんだという話になる。日本型企業の代表格だった企業はどんどん凋落(ちょうらく)していて、雇用の絶対数は減っていく。そうなると、持っている人と、持っていない人の格差は広がるし、地方も衰退していくまま。日本はこのままじゃダメだけど、何もできないのか。
【冨山和彦】たしかに日本型企業の代表格だったグローバル市場で戦う企業、私の言葉で言えばG型企業と呼んでいるものですが、そうした企業が今後大きな成長をすることは難しいでしょう。特に国内で大きなGDPや大量の中産階級雇用を生むという意味では。
デジタル化に関しては、もう多くの大企業で取り組んでいて、業務改善的な部分では遠からず世界に追いつくでしょうし、経営の多様化についても、行わない企業は衰退していくことは目に見えているので、どこかで改革は行われます。それでも伸び代は大きくありません。
日本のG型企業が生み出すGDPはせいぜい3割程度で、今後何かイノベーションが起こって30%が32%になろうが、33%になろうがマクロで見た時の影響はさほど大きくない。現実に雇用が劇的に増えるということも考えづらい。G型企業で雇用されている人々は全体で見れば2割程度で主に国公立や中堅以上の私大卒が中心となっています。彼らの雇用は新しい技術革新で減っていく可能性すらあります。
■目を向けるべきなのは「L型企業」
そこで目を向けるべきは、残りのGDPの7割(人材でみれば8割)の世界です。グローバルではなくローカルで商売をしている、私がL型企業群と呼んでいる小売、卸売り、飲食、宿泊、エンターテインメント、地域金融、物流、運輸、建設、それに医療や介護、農林水産漁業です。
これらはコロナ禍で私たちの社会生活を支えてくれている、なくてはならない働き手、エッセンシャルワーカーとしてその重要性が再認識されている人々の多くが働いている産業群でもあります。
L型の特徴は地域密着で、その地域にいる人たちとフェイス・トゥ・フェイスでサービスをしている産業が多いことです。人と人とが顔を突き合わせて成り立っている産業は、結局のところ、グローバル化がいくら進んでも空洞化しませんし、工場のように移転をすることもありません。そして、デジタル化で効率化は進むかもしれませんが、最後は人手がどうしても必要な産業になります。
たとえば5G導入による遠隔医療の可能性なども議論されていますが、遠隔手術を行うにしても、現段階では画面の前に人はつきっきりになります。何かが起きた時のために患者さんの近くにも医師や看護師は必要です。
いま挙げたような産業は、新型コロナ禍で影響を受けてしまいましたが、メディア上の危機感はイマイチ薄かった。テレビ局は消費増税の影響などを新橋の街頭で大企業勤務のサラリーマンに聞きたがります。
しかし彼らは人口的にはマイナーな存在です。結局、GDPの7割を担うL型産業に8割の人材が従事しているのに、彼らの話は後回しです。
G型が日本経済の中心であり、G型企業が凋落していることが日本経済の根源の問題であるかのような言説がまかり通っています
■日本にGAFA級の企業ができても経済成長できない
もちろんコロナ禍によってG型企業も打撃はあります。全日空は大きなダメージを受け大幅な人員削減を視野に入れた経営再建策を打ち出していますし、LCCのエアアジアは破産申請を行いました。それでもL型に比べれば概して体力がある人たちの打撃であり、グローバル製造業は中国経済の急回復や巣ごもり需要で下支えされている部分もある。実はもっと弱いところに痛みもダメージも生じているんです。その大半がL型産業に従事しています。
私の主張は日本経済の主流はG型産業ではなく、L型にあり、地域経済、地方経済が全国的に回復することなしに日本経済の復興はありえないというものです。GAFAのような企業が日本から生まれても日本経済全体を回復させることはできないんです。
そして、L型のほうがその先の日本の経済成長の上でも伸び代がはるかに大きい。付加価値生産性で言えば2倍、3倍の成長が見込める企業群が大量に残っています。なぜかといえば、まだまだ生産性が低く、デジタル化も進んでおらず、旧態依然とした日本型経営が主流だからです。
ポテンシャルや事業の割に低賃金な産業が多く、ここが変われば確実に消費の向上、経済成長の底上げになります。GDPとは付加価値生産額の総計ですから。生産性を上げるためにはデジタルシステムの導入がかなり効果を持ちますし、私が以前から主張しているように、最低賃金については政治主導でもっと上げるべきです。
産業構造が大量生産大量輸出型の加工貿易型でなくなった現在、歯を食いしばって低賃金で頑張る産業や企業を国内に残す意味はありません。実際、そういうモデルの工場に行ってみてください。大半が外国人労働者だったりする。それもブラックな働き方をしている。
【田原】L型のほうがかかわっている人が多い。
【冨山】だから、インバウンドに力を入れ、イベント誘致を進めるようになったわけで、観光業で人を雇用しようという動きが高まりました。地方都市を中心に飲食業もコロナ以前は好調でした。
【田原】L型企業の多くは今ね、元気がない。おまけに今回のコロナでやられているので、さらに疲弊している。さらにいえば、後継者がいない。本当に地方経済が再生できるのか。僕はよくわからない。
■需要はあるが人手不足が深刻なL型企業
【冨山】まず、はっきりさせないといけないのは、私が地方再生といったときの地方は、限界集落を指した言葉ではないということです。なぜか日本で地方再生、地域活性というと、限界集落の話になりがちなんですが、そうした場所にバスを通す、介護サービスや買い物の宅配という事業を行き届くようにするためにも、最も大事なのは地方の中核都市の再生です。
Lの領域はリアルな産業の集合体なので、運輸、介護、医療、飲食、観光産業も典型ですけど、どれも「そこ」でしかできない仕事がすべて含まれます。こうした課題はコロナ以前からずっとあります。L型産業は需要があるのに人手が足りない産業になっていたんです。
【田原】地方はみんな人手が足りない。第一、人口がどんどん減っている。
【冨山】そうです。生産労働人口が先にいなくなっているので、マクロでみると働き手が減っています。ですが、人間ご飯も食べるし、やっぱり食堂は必要だし、旅行もしますから泊まるところも必要です。
それから高齢化により医療・介護はどんどん必要とする人が増えていきます。運輸も同じです。コロナ禍でよくわかったと思いますが、リアルで物を運んでいる人たちが様々なインフラを支えています。
人は年を取ると、公共のバスを頻繁に利用するようになります。民間のバスも同様です。こうした産業は人がいる限り必要不可欠です。民間で言えば、赤字路線があったとしても別の黒字部門でカバーするだけの企業体質になっていることが多いのですが、それでも多くの人の幸せにつながっています。
■L型企業が活性化しなければ日本の未来はない
L型の需要はその地域で今後爆発的に増えるということはありませんが、一定以上は必ずある。それにもかかわらず現時点では供給側の減り方が激しい。生産年齢人口の減少により、構造的に人手不足になっている。
さらに後継者問題もあります。働き手の人手だけでなく、経営者の人手も足りない状況になってしまっているんです。もともと人間の労働力に頼っている産業ですから、一人一人の労働生産性がなかなか上がらないと、収益が上がらず、結果として低賃金産業に陥りがちです。
こうした企業の問題に目が向けられなかったのは、グローバルな産業が雇用の受け皿になっていたからです。これは建築や土木工事も同じで、海外展開もできる大資本が仕切って、様々な形で下請け企業に仕事を回してきました。
【田原】かつては工場で社員を雇うだけの余裕があったけど、グローバル化とデジタル化で大企業に余裕がなくなって、そういった工場では非正規雇用が増えている。東日本大震災による復興予算や東京五輪関係の再開発も受け皿になっていた。でも、これからはそうじゃない。
【冨山】そうなると、多くは非正規で、ということになっちゃう。非正規雇用になっちゃうんですね、こういった産業は。
【田原】大都市の非正規雇用ね。
【冨山】そうです。ですから、ある意味でL型企業は日本経済のバッファとしてずっと機能してきたような位置づけだったんです。けれども、現在は構造的にこうした産業にかかわる人が圧倒的に増える一方で、もはやG型産業の古典的なサラリーマンが増えることはない。そうであれば、L型産業群の経済を活性化しないと、日本の経済の未来はないということになります。これは論理的な帰結です。
■地方の犠牲の上に成り立つ東京の繁栄を是正すべき
若い女性も男の子もみんな東京や大都市に吸い込んで、額面では地方にいるより高い給与になるかもしれないけど、高い家賃と生活費をまかなって貯金もできて……という仕事なんてそうそうありません。
ほとんどの若者は東京にあるL型産業で働いています。それで、結婚や子どもを持つことに不安がある状況のまま年を重ねてしまう。問題は地方から出てきた若者にあるのではなく、地方にある仕事に人材が回らず、彼らの力を活用できていない構造にあります。
東京の繁栄というのは、地方の人口を食いながら繁栄していると言ってもいいですね。この不幸な構図を変えていかないといけない。
地方都市、たとえば、宇都宮市やいわき市、あるいは長野市を想像してほしいのですが、そうした都市に若者が東京から離れて仕事のために戻って、仮に年収が1人当たり350万から400万円くらいの仕事につければ、貯金も結婚も育児もできます。私が経営にかかわっているみちのりグループのバスの運転手なら、正社員として年収400万円以上の人はたくさんいます。
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日本共創プラットフォーム代表取締役社長会長
1960年生まれ。東京大学法学部卒、在学中に司法試験合格。スタンフォード大学でMBA取得。2003年から4年間、産業再生機構COOとして三井鉱山やカネボウなどの再生に取り組む。機構解散後、2007年に経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年12月より現職。パナソニック社外取締役。
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ジャーナリスト
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所へ入社。テレビ東京を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。著書に『起業家のように考える。』ほか。
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(日本共創プラットフォーム代表取締役社長会長 冨山 和彦、ジャーナリスト 田原 総一朗)
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