「監督は人見知りの元ローソン店長」センバツ準優勝に導いた39歳のスゴい観察眼
プレジデントオンライン / 2021年4月14日 9時15分
■なぜセンバツ高校野球で「30代監督」がチームを決勝に導けたのか
2年ぶりに行われたセンバツ高校野球。4月1日の決勝戦は東海大相模(神奈川)がサヨナラ勝ちを収めて10年ぶり3回目の優勝を果たした。
惜しくも2対3で準優勝の明豊(大分)も5試合無失策と堅実な守備が光っていた。打撃もよく、大会ナンバーワンの呼び声高かった小園健太投手擁する市和歌山を撃破。昨秋の近畿地区優勝の智弁学園(奈良)に快勝し、こちらもプロ注目の剛腕・畔柳亨丞投手がいる中京大中京(愛知)をも破った。
決勝戦直後、監督の川崎絢平(39歳)の会見はその人柄がにじみ出ていた。
「悔しい、勝たせてやりたかったなぁ。(大会を通じて)打順を変えたりしたが、選手が与えられたポジションを全力でやろうと、起用に応えようという姿がうれしかった。自分たちのできる100%を出せたと思う。
(無失策について聞かれ)記録上はゼロですが、球際(の処理)だとか課題はまだある。そこに満足して終わると、これ以上は伸びないので、足りなかった部分をやり直したい」
■30代にしてどこか人間としての厚みを感じさせる
これまでの甲子園取材で数えきれないほどの監督に触れてきたが、川崎は素朴で謙虚で温かい。インタビューではこうも付け加えた。
「コロナ禍で大会を開催していただいて、小さい子供たちに野球はいいなと思ってもらえればうれしい」
30代監督にしてどこか人間としての厚みを感じさせる川崎だが、その経歴は異色だ。野球一筋ではないのだ。
■野菜担当のスーパー店員、客の動線を観察した
和歌山県に生まれ、地元の生石ボーイズ(中学)時代、チームメートが入学を希望する智辯和歌山の練習に参加した。その付き添いで自分も参加したら、春夏通算甲子園の歴代最多勝記録を持つ高嶋仁監督(当時)に見初められる。守備が抜群に上手かったそうだ。
高1の夏はいきなりベンチ入りし、チームは全国制覇する。高2、3時も主力選手として甲子園に連続出場を果たす。
順風満帆の野球人生だったのだが……。智辯和歌山から立命館大に進んだ後、社会人野球の名門チームに入社が決まりかけていたが、受け入れ側の都合で、話がなくなった。ここがひとつのターニングポイントになる。
結局、和歌山のスーパーチェーン「マツゲン」に入社し、地元クラブチーム箕島球友会でプレーを続ける。このスーパーでの経験が後の指導者人生の礎になる。
店舗では野菜担当。市場に行って買いつけたり、マイクを握ってお買い得品をアピールしたりした。陳列をする際、客の動線を研究し、どうやったら目に留めてもらえるかなども研究したという。周りを見て空気を察して状況を見極めるということにつながった。
![スーパーマーケットの野菜売り場](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/3/670/img_236766a5772a45d020edf511f9b33c5a407767.jpg)
■ローソン店長時代は勝手に休むバイトとの信頼関係構築
その後、同県海南市の実家に戻って、親が経営していたコンビニのローソンの店長を務めることになる。この転職も人の上に立つための素養を磨く助けになる。
店長として何より苦労したのが「アルバイトの管理」だ。突然、休むバイトの処遇をどうするか。頭ごなしに叱責しては関係が気まずくなる。気持ちよく働いてもらい信頼関係を構築するための努力を惜しまなかった。今どきの若者との距離感のとり方やコミュニケーション術を学んだのだ。
![北海道の苫小牧にあるローソン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/f/670/img_bf3cfd47b32a9362c232ccc4f33e1f76449626.jpg)
店長を務めながら、中学生のコーチをしていると、智辯和歌山のコーチを頼まれる。母校の恩師、高嶋監督が「中学生を見てるなら、うちでやってみいひんか」と手を差し伸べる。
そこで3年間、のちにプロへ進む岡田俊哉(現中日)、西川遥輝(現日本ハム)らを育てた。コーチを終えてからコンビニに戻り、深夜業務もザラだったそうだ。
さらに3年後、家庭の事情もあり大分に転居。地元シニアのコーチをしていると、2011年、明豊で指導をしないかとの打診があり、部長を経て2012年秋、監督に就任した。
こうした野球だけではないキャリアは甲子園監督としては極めてユニークだが、店員や店長として磨いた人間観察力は高校生たちをマネジメントするのに大いに役立った。
■鋭く深い観察眼ゆえに奏功した打順変更や代打の采配
今大会で打順変更や代打の采配などが的中したのも、この鋭く深い観察眼ゆえだ。
野球部監督には上から目線の指導者が多いが、川崎は硬軟織り交ぜる。例えば、かつて同校で起きた「カードゲーム」事件がいい例だ。
ある晩、野球部寮の消灯時間をすぎても部屋でカードゲームの「UNO」をやっている選手たちがいた。翌日、川崎はその部員らに告げる。
「だったら、今日の練習はUNOだな」
該当選手にマウンド上でUNOをさせたのだ。大分在住で九州の高校野球を取材するスポーツライターの加来慶祐氏はたまたまその場面を目撃していた。
「監督は、好きなだけやれ、と。確か4人だったと思います。2時間ぐらいはやらせていました。他の部員はマウンドを避けて狭い範囲で練習をしていました。
![明豊の川崎絢平監督。2021年4月1日、甲子園球場で行われた第93回全国高等学校野球選抜大会決勝戦、明豊(大分)は東海大相模(神奈川)に2-3のサヨナラ負けで準優勝に終わった。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/4/250/img_04b066fc547ba278c9da83685f68313c427900.jpg)
監督は、自分勝手にルールを破れば、周りにどれだけ迷惑がかかるか、ということをわからせたかったのでしょう。この一件以来、チームに規律とまとまりができました」
川崎が教え子の選手を観察する場はグラウンドだけではない。それは、野球部寮だ。中でも川崎が重視するのが、寮長。寮長に求めるのは、まじめで落ち着いてコツコツと努力するタイプだ。
現在の寮長は、今回のセンバツ初戦の東播磨(兵庫)戦で4番を打った米田友。米田は秋まではレギュラーではなく、背番号15の控え選手だったが、冬の間に鍛え、スタメンを勝ち取った。市和歌山戦では貴重な先制ホームランを打った。
2019年の寮長も秋の新チームではサードコーチを任され、夏には背番号5をもらうまでに成長する選手だった。地味な練習を積み上げた人間は最後にレギュラーを勝ち取る。
監督は努力を見届けて、チームの核としての技術能力、精神的な強さを評価するのだ。
■「洗濯も自分でする」監督の自己分析「人見知り、地道にコツコツ」
監督は自らをこう分析している。
「人見知りでガツガツしていない、地道にコツコツと努力する」
きっと寮長にも、自分と同じようなタイプを知らずしらずのうちに求めているのかもしれない。
そうしたチーム内リーダーの存在もあり、明豊は他チーム以上の一体感がある。
といっても部活や体育会的なノリではない。実は、上下関係が緩い。チーム内で上級生から下級生へのいわゆる使い走りは厳禁だ。「自分のことは自分でやる」が徹底されている。忘れた帽子は自分で部室に取りに戻る。飲みたいジュースは自分で買う。訪問者は監督自らユニフォームを洗濯しているシーンに出くわすことが多々あるそうだ。
■優勝まで「階段は一つひとつしか上がれないんだ」
明豊は、今回の準優勝により九州で揺ぎない地位を築いたと言えるだろう。優秀な選手が九州だけではなく、最近は北海道からも来るようになったという。
在九州の新聞記者はこう言う。
「ナンバーワンのタレントぞろいになってます。福大大濠(福岡)、創成館(長崎)、神村学園(鹿児島)辺りが積極的に選手勧誘をしますが、その学校が有力選手を訪ねても、明豊に行きたい、と断られることが増えている」
甲子園の常連校になったこと。川崎監督の人柄に触れたい高校生が増えているのだ。
明豊は昨秋の九州大会ベスト4。そこからセンバツ決勝戦まで駆け上がった。
「東海大相模にしてもそうですが、秋から成長率の高かった学校が最後まで残った」と前出の記者は言う。
自分たちの立ち位置を把握し、足りない部分を的確に埋めることができる。だからこそ、地力をつけてこられたのだ。2017年夏の甲子園で2勝、2019年春に3勝、そして今回4勝して準優勝。川崎監督の決勝戦後の会見で印象深かった言葉があった。
「階段は一つひとつしか上がれないんだなと。まだ、優勝には早いと言われているのだと思います」
そして言葉をつづけた。
「あと、一つの階段を登るため、夏へ特別なことはしない。同じことの精度を上げること。継続して積み上げたい」
コツコツと重ねていく。川崎監督の生き方そのものが、実証される日は近いはずだ。(一部敬称略)
----------
フリーライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。
----------
(フリーライター 清水 岳志)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
“小学生の甲子園”出場51チームが決定 全日本学童大会、8・15開幕…18日に抽選会
Full-Count / 2024年7月16日 7時50分
-
【高校野球】伝統と革新の“シダックスファイヤー” 中央学院が挑む夏
チバテレ+プラス / 2024年7月10日 19時58分
-
阪神甲子園球場100周年記念トークショー 「高校野球の名将が語る甲子園名勝負」を8月4日に開催! ~高嶋仁氏(※1)(元智辯学園和歌山高校監督)、山下智茂氏(元星稜高校監督)が登場~
PR TIMES / 2024年7月10日 14時50分
-
阪神甲子園球場 開場100周年を記念し7/30(火)7/31(水)8/1(木)阪神対巨人の3連戦の前に事前番組を生放送!
PR TIMES / 2024年7月9日 14時45分
-
沖縄球界に異変起こした謎の高校 興南・沖縄尚学の2強破って創部3年目で県王者「エナジックスポーツ」とは
THE ANSWER / 2024年7月2日 10時33分
ランキング
-
1大谷翔平の新居「晒すメディア」なぜ叩かれるのか スターや芸能人の個人情報への向き合い方の変遷
東洋経済オンライン / 2024年7月16日 20時40分
-
2工学系出身者が「先進国最低レベル」日本の"暗雲" エンジニアを育てられない国が抱える大問題
東洋経済オンライン / 2024年7月16日 17時0分
-
3旅客機用の燃料不足で緊急対策 輸送船を増強、運転手確保へ
共同通信 / 2024年7月16日 23時42分
-
4「再配達は有料に」 ドライバーの本音は
ITmedia ビジネスオンライン / 2024年7月17日 6時40分
-
5申請を忘れると年金200万円の損…荻原博子「もらえるものはとことんもらう」ための賢者の知恵
プレジデントオンライン / 2024年7月17日 8時15分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/point-loading.png)
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)