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「社長がレースに出るなんて」CKB横山剣がトヨタをリスペクトする理由

プレジデントオンライン / 2021年4月15日 9時15分

横山剣:1960年生まれ。1997年クレイジーケンバンド(CKB)を発足し、ヒット曲多数。2020年にニューアルバム「NOW」をリリース。トヨタ自動車Global Newsroomにて「カーレース入門~Let's go to the Circuit!」が連載中。 - 撮影=尾関祐治

クレイジーケンバンドの横山剣さんは、これまで40台以上を乗り換えてきた大のクルマ好きだ。そんな横山さんは『トヨタ物語』(日経BP)を読んで、「これはミュージックビジネスのバイブルだ」と感じたという。その理由を、ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が聞いた――。(前編/全2回)

※本稿は、野地秩嘉さんのnote「クレイジーケンバンド横山剣さんが読み解く「トヨタの強さ」|『トヨタ物語』続編執筆にあたって 第10回」の一部を再編集したものです。完全版はこちら。

■僕のミュージックビジネスのバイブルです

【野地】ライブやレコーディングで忙しい中、『トヨタ物語』をお読みいただいて、すみません。

【横山】届いた本が分厚くてびっくりしましたけど(笑)、読み始めたら面白くて、もう一気に。そのあとも持ち歩いてまた途中から読んだりとかいろんな読み方をして。読むたびに味わい深くて、ほんとに。

僕はクルマが大好きでトヨタ車にも何台も乗ってきて、いろいろ知っているつもりでいましたけど、創業からずっと続いてきたモノ作りへのこだわりとか、それを支えたトヨタ生産方式とか。この本を読んで、そのスゴさがよく分かりました。

いいものを作ろう、もっといいものを作ろうと、いつも考え続けて妥協しないとか、昨日より今日、今日より明日とカイゼンをずっとし続けることとか。これ、そのまま曲作りにも、ライブの構成を考えることなんかにも通じるんですよね。もうこの本は、僕のミュージックビジネスのバイブルになりました。

【野地】嬉しいお言葉です。横山さんのクルマ好きは有名で、楽曲にもいろいろ登場しますね。「シャリマール」にはサニー、カローラ、ファミリア、スタンザ、「透明高速」のシボレー、「GT」「血の色のスパイダー」、「中古車」にはメーカー名がズラリ。横山さんとクルマ、切っても切れない関係ですが、トヨタというと……。

■2番目のお父さんがなんと…

【横山】父親がトヨタ東京パブリカ(後のトヨタ東京カローラ)の芝営業所、東京タワーの真下にあるんですけど、そこの勤め人だったんです。

【野地】ん? 横山さんのお父上は確かファッション関係の……。

【横山】あ、それは父親パートワン、ソニア・リキエル東京ブティックを経営していたんですけど。父親パートツーがトヨタ東京パブリカにいて、で、その2番目のお父さんが「君のパパになってもいい?」って言ってくれて、やったぁと(笑)。

【野地】トヨタとそんなご縁が(笑)。

【横山】その父親がけっこうモータースポーツ系にも縁があって、知り合いにトヨタ関係のレーサーの人がいたりして。そう、トヨタのレースと言えば、赤塚不二夫さんがスポンサーをしていた「Team Zeny」というレーシングチームが。

【野地】え、そんなのあったんですか。あの漫画家の。

■「若手が走れるように」と粋な計らい

【横山】その赤塚さんがスポンサーでZenyという名前をつけて、あの「シェー」のイヤミのマークが描かれたレーシングカーなんです(笑)。で、TMSC(トヨタ・モーター・スポーツ・クラブ)の藤田直広さんとか新堂英樹さんとかスゴいレーサーがいらっしゃって。その新堂さんが新しい父の同僚で親友だったので、そこからいろいろ縁も広がって。

トヨタカローラ
写真=iStock.com/Tramino
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tramino

野地さんの『キャンティ物語』に出てくる福澤幸雄さんとか、川合稔さんとか、鮒子田(ふしだ)寛さんとか名だたるレーサーはワークスなんですけど、もうちょっとプライベートに近い感じ、で、赤塚不二夫さんのチームという。かなり投資されたみたいですけど。

【編集S】銭(ゼニ)がない若いドライバーがレースで走れるようにと赤塚さんが銭を出して……ということのようですね。

【野地】それでゼニー。すごいなあ、赤塚さん。

■楽曲はクルマ愛がこもったものばかり

【野地】横山さんのお父さんは何に乗ってたんですか。

【横山】当時はパブリカとか、S800とか、ヨタハチですね。それとコロナ ハードトップ、カローラ……歴代カローラですね。で、最終的には、あ、今も乗っていて、ちょっと車名は忘れましたけど、トヨタのワンボックスに乗ってます。加山雄三さんの一個下なんで、今82歳です。

【野地】それが2番目のお父さん。

【横山】初代も生きてて94歳、昭和元年生まれです。母も健在で、83歳。

【野地】クルマの歌がたくさんあるのは、やはり2番目のお父さんの影響が大きいですか。

【横山】もありますし、1番目の父親的には6歳のときに『グラン・プリ』というフォーミュラワンの映画、これを一緒に見に行って、あそこからもうモータースポーツ熱は始まりましたね。三船敏郎さんとジェームズ・ガーナーとイヴ・モンタンと……。

【野地】豪華出演陣。

【横山】はい、レースシーンがカッコ良くて夢中になって観ました。

で、その後、僕がいわゆる市販車としてトヨタを意識したのは、やっぱり1600GT。それからTMSCで高橋晴邦さん、見崎清志さん、鮒子田さんなんかが走っているのに憧れて。

【野地】それは2000GTですか。

【横山】僕がサーキットで見たのは1600GTです。2000GTは谷田部のコースで世界記録を出したんですね。

【野地】ご自身も乗っていたんですか。

【横山】今、オークションで1億円もするもので買えないです。

【野地】まだ走ってるんですかね。

【横山】走ってます。ラフェスタ・プリマベーラにも出てます。あ、この本に出てくる人が乗ってますよ。名古屋トヨペットの!

【野地】小栗一朗さん?

【横山】そう、小栗さん。

■“ニューエラ”を感じた東京モーターショー

【野地】しかし僕より詳しいですね、トヨタのこと。

【横山】いえいえ(笑)。僕がトヨタの社長って子供の頃に認識したのは英二さん。スゴい人だと。

【野地】第5代社長の豊田英二さん。

【横山】この本を読んでそのルーツが分かりました。あぁ、豊田英二さんも大変なご苦労をされてるんだって。アメリカに行かれて、契約がうまくいかずに研修生として現場を回って……。グッときちゃいましたよ。

そして僕の中でいちばん画期的だったのは1970年。いきなりガッと新時代が始まった感じ、ニューエラという感じがしたのが70年でした。このときの東京モーターショーで、セリカとカリーナが同時デビューしたんですね。このときにトヨタってスゴいっ! と。スペシャリティカーの夜明け。

【野地】万博の年。そのとき横山さんは中学生?

【横山】いや、小学校4年生です。クルマが見たくて1人でモーターショーに行ってました。

【野地】そのときのお父さんは……。

【横山】どっちもいない母子家庭時代です(笑)。

【野地】端境期(笑)。

【横山】なんですけど、2番目のお父さんがちょろちょろしてました。密会時代?(笑)。で、僕が家に帰るとお土産らしきものがあって、「なぜ俺の好きなクルマの模型がここにあるんだろう?」と。子供ながらに、なんとなくは分かってましたけど。

【野地】お母さんは自動車には乗らなかったんですか。

【横山】いや、母親はどうもレーサーになりたかったみたいで、パブリカとトヨタS800に乗ってましたが、すごい飛ばし屋で。ライセンスを取りたいとかって言ってたんですけど、運転は下手だったので、気持ちだけレーサー気分で飛ばしてたんでしょうね。

【野地】みんなクルマ好き。

【横山】そうですね。クルマが大好きな一家で。

■今まで乗ってきた車は40台にも

【野地】横山さんが初めて買ったのは外車ですか。

【横山】最初は日産のサニーとオールズモビル・カトラスでした。安くてアメ車で豪快で広くていいなと思ったんですけど、税金が次の年に12万いくら来てびっくりしたという。7500㏄もあったんです。それで大失敗ですよ。

【野地】車体価格はいくらだったんですか。

【横山】込み込みで35万。

【野地】それで12万の税金。ひどい。

【横山】当時は何も考えてなかったですから。高い授業料でした(苦笑)。

【野地】そのときはもうクールスで歌を。

【横山】まだクールスのスタッフでした。

【野地】その後、何台ぐらいのクルマに?

【横山】三十数台だと思うんですけど、うやむやなのも入れるともっとあるから、まあ40台弱ですかね。

【野地】じゃあ、1年に1台ぐらいの感じ。

【横山】1年に1台のときもあれば、同じ車に10年乗ったときもあれば、すぐに、買った途端にやめちゃったのもあるし、いろいろかわいそうな思いをさせちゃったクルマもあるんですけど。

【野地】国産車と外車、どっちが多いんですか。

【横山】半々ですかね。

【野地】外車はヨーロッパ、アメリカ。

【横山】アメ車がキャデラック、ムスタング、シボレー、オールズモビル、ヨーロッパ車がフォルクスワーゲン、アルファロメオ、BMWとか、そんな感じですね。

■自動車会社の未来は携帯電話のようになる?

【野地】ポルシェはないんですか。

横山剣
撮影=尾関祐治

【横山】ポルシェがですね、買おう、買おうと思って、いつもなんかやめちゃって。乗りたいんですけどね。

【野地】イギリス車は?

【横山】1956年のクラシックカーで、オースチン・ヒーレー100/4。

【野地】それでミッレ・ミリアに。

【横山】ヒーレーは新しいほうです、ミッレ・ミリアでは。みんな戦前車ばっかりの中で。

【野地】部品とか大変ですよね。

【横山】はい。でも、イギリスは本国にすごくいっぱいアフターパーツがあって、全部揃いました。

【野地】僕はトヨタの工場を河合(満)さんという現場たたき上げの幹部に案内してもらったんですが、ものすごく広い体育館みたいなところに、部品を作る型が全部置いてあるんですよ。もしなんかあったら全部造れるって。あとは協力会社にも型を置いていて。いっぱい自動車を造るというのは大変なんだな、自動車会社ってここまでやんなきゃいけないんだな、と。

【横山】河合さん、この本に出てくる中卒のスゴい方。トヨタ、すばらしいですね。

【野地】新しい自動車会社って、電気自動車をダイソンとかがやるっていうけど、そこまできっとできないと思うんです。

【横山】たぶん携帯電話的な感覚になってくるんでしょうね。

【野地】もう部品なくなったら買い替えてくれ。

【横山】みたいになっていくんでしょうね。アップデートしないと走らせらんなくなったりとか。

■自動車工場で働いたことがありまして

【野地】横山さんは自動車工場とか見学に行かれたことあります?

【横山】工場の見学はないですけど、梱包をする仕事はしたことがあります。これライバルの日産で申し訳ないですけど、日産本牧工場で。

【野地】梱包を。

【横山】当時、鷲尾ドライバーズという孫請けみたいな会社で陸送をしていたんです。それで陸送の仕事が薄いときは、工場のラインで手伝えと言われて、部品をひたすらシートにくるんで。まあ2、3回なんで工場で働いていたなんていううちに入らないですけど。

【野地】大変でしたか、ラインの仕事は。

【横山】部品が重くて大変でしたけど、これをベテランのおばちゃんたちが手際よくやるんで、やはり経験というのはスゴいなと。こっちは慣れないから、怒られっぱなしで終わっちゃったって感じです。

【野地】トヨタの工場、一回見に行ってください。面白いから。

【横山】この本を読んで、ほんと行きたくなりました。あ、トヨタ博物館は行ったことあります。

【野地】あそこも面白い。クルマづくりの歴史がよく分かりますね。

【横山】トヨタの博物館なのに、ほかのメーカーの自動車もずらっと。

【野地】あるんですよね。

【横山】その太っ腹なところ、さすがだなと。それこそフォードも日産も。

【野地】スバル360とかね。あれが全部動くというのが。

【横山】スゴいですよねえ。

■代表取り締まられ役の横山ですが…

【野地】さて、今度はダブルジョイレコーズ代表取締役、経営者の横山さんとして。

クラシックカー
写真=iStock.com/Rena-Marie
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rena-Marie

【横山】経営、それはもう頭が痛くなります。ほんと僕は代表取り締まられ役なので(苦笑)。

野地さんの本を読んで、大野(耐一)さんという方、すごいなあと思いました。創業者の豊田喜一郎さんが考え出したトヨタ生産方式というものを、体系化して現場に根づかせていって。ムダを、余計な在庫を置かない、必要なだけ作るというのは、どんな現場でも見習うべきことだと思いましたし、ここまで人に厳しく、言うべきことを言えるかなとか、いろいろ考えさせられました。

それとこの本には、常識にとらわれない「考え方のセンス」的なものが描かれていると思いました。実際にフォードのアメリカの工場を見て、日本の工場に採り入れたこともあるけれど、必ずしも全部を受け入れるんじゃなくて、オリジナルな考え方を持って、自分たちに一番いい形にしていくというのはスゴいなと。それが英二さんだったんですよね。

■大企業なのにガレージ感覚でいるユニークさ

【野地】工場の配管について誰よりも詳しかったらしいですよ、英二さんは。エンジニアであり、工場を建てる時も自分で先頭に立っていたから。この下を通っている管から熱がとれるぞとか。そんな社長、なかなかいない。

【横山】今の章男社長はモリゾウさんとしてレーサーもされていて。社長がレースに出る会社もなかなかありませんよね。すごい大企業だけど、社長が本当にクルマが好きで、現場が好きで。今もガレージ感覚というのがユニークですよね、トヨタは。

【野地】今日の話、豊田章男社長に今度教えてあげよう。すごく喜ぶと思う。

【横山】ハチロクのワンメイクレースとか、非常に盛んにモータースポーツを今やってらっしゃいますよね、社長ご本人が先頭に立って。

【野地】今もよく乗っていて、年齢は僕より1個上で64ですが、本当に走るのが好きなんでしょうね。

■レースは音楽的な刺激を与えてくれる

【野地】横山さんもレース、ミッレ・ミリアじゃなくてスピードレースも出ているんですか。

【横山】まあほんとちょびっとですけど、鈴鹿のゴールデントロフィーレースとか、あと筑波のJCCAとか、あと袖ヶ浦のフォレスト・レースウェイとかの、サンデーレースというんですか、そういうのは時間さえあれば。

【野地】今も現役で。どんなクルマで出るんですか。

【横山】僕はBMWです。

【野地】レース用に改造して。

【横山】ほぼノーマル、あんまり改造しちゃいけないクラスなので。1971年式の2002というやつです。

【野地】最高速度はどれぐらい出るんですか。

【横山】メーターがないんでわからないんですよね。タコメーターしかないんで。

【野地】タコメーターなんだ。でも、体感でいうと……。

【横山】筑波は最高速、そんな出なくて140、50キロじゃないですかね、どんなに出ても。出る前にカーブが来ちゃうんで。富士の直線だと200以上出ますけど、第一コーナーが怖すぎる(笑)。で、鈴鹿の場合、東コースしか走っていませんが、本コースのスプーンとかデグナーとか怖いコーナーがないから楽しく走れました。

【野地】やっぱり怖いものなんですね、レースは。レーサーをやってると歌にも反映されますか。

【横山】そうですね、運転中にパッとフレーズが浮かんだりとか。レース中には浮かばなくても、あとからこう音楽的な刺激が……。やはり影響はありますね。(つづく)

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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