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ひきこもり歴20年、33歳長男がアルバイトの初任給2万円で母親に花を贈るまでの全ストーリー

プレジデントオンライン / 2021年4月17日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Masafumi_Nakanishi

中学時代にいじめやからかいに遭い、ひきこもりになった長男(33)。ここ20年間、一度も働いていなかったが、父親が定年間近で「そろそろ働かなきゃ」と動きだした。当初、社会に出ることへの恐怖心が強かったが、厚生労働省委託のNPOなどが運営する地域若者サポートステーションや勤務先の心優しい同僚にも支えられながら、初任給の2万円を手にした――。

■ひきこもってから20年経過して33歳になった長男の「復活」

ある日、ひきこもりの長男(33)を抱える母親(57)が筆者のもとへ相談にやってきました。緊張しているせいか、硬い表情のまま母親は相談の目的を告げました。

「主人(59)は来年で60歳になり定年を迎えます。そのためか、最近になって長男はお金の不安を口にするようになってきました。そこで主人が定年を迎える前にお金の見通しを立ててみて、それを長男にも伝えておきたいのです」

「なるほど、分かりました。では、まずはご家族構成やご長男のことからお話いただいてもよろしいでしょうか」

筆者はそう言い、母親から聞き取りをすることにしました。

【家族構成】
父 59歳 会社員
母 57歳 専業主婦
長男 33歳 無職
長女 29歳 既婚。両親家族とは別居

長男は小さい頃からぽっちゃりとした体形で、動作もゆっくりしていました。会話のキャッチボールもあまり得意な方ではなく、相手の求めているであろう受け答えをすることが難しかったそうです。そのためか、中学生の頃に、からかいやいじめの標的にされるようになってしまいました。ひどい時には後ろから頭をたたかれたり、背中を蹴られたりといった暴力も受けたそうです。

母親は学校の先生に相談をしましたが、先生からは「皆と遊んでいるうちに少しエスカレートしてしまっただけでしょう」というような受け答えで、真剣に話を聞いてくれませんでした。

そうこうするうちに長男の様子がだんだんおかしくなってしまいました。元気がない、食欲がない、いつもお腹を下しているといった症状が出てきたのです。

心配した母親は長男と話し合った結果、しばらく学校を休むことにしました。少しの間だけ休むつもりだったのですが、復帰のきっかけもつかめず、そのまま長男はひきこもるようになってしまいました。

父親は当時も会社員で仕事に忙しく、長男のことは母親に任せっきり。母親は「このままではいけない」と思いつつも、長男は両親に暴力をふるったり暴言を吐いたりすることもなかったので、何もしないまま日々を過ごしてきました。

気づけば、20年近くの歳月が経過していました。現在、父親は定年間近、長男も30歳を超え、本人に焦りが見られるようになったそうです。

■「学力も技術も何もないから正社員にはなれない。働くのは無理だ」

母親は険しい表情で長男の話を続けました。

「長男は『そろそろ働かなきゃ』ということを口にしています。ですが、その一方で『正社員にならないと、途中でお金が足りなくなって生きていけない。でも自分には学力も技術も何もないから正社員にはなれない。もう働くのは無理だ』と嘆いているのです……」

筆者は次のようにお答えしました。

「確かに『働く』ということを考えたとき、どうしても『正社員になって自活できるようになる』といったことをイメージしてしまいがちです。ここで言う『自活』とは、例えば月に20万円くらい稼げるようになり、自分の生活費は自分で何とかする、といったことを指します。本来なら自活できるようになるのが望ましいと私も思います。ですが『自活することが難しい方もいる』というのが現実です。そして『自活できなければ働く意味はないのか? 生きていけないのか?』というと、そんなことはないとも思っています」

そして、次のような提案をしてみました。

「正社員にならないと本当に駄目なのか? 将来お金が足りなくなってしまうのか? 大まかになってしまいますが、今ここでお金の見通しを立ててみましょうか」
「はい。お願いします」

母親はそう答えたので、筆者はさらに聞き取りをしていきました。

【家族の財産】
現金預金 3500万円(父親が60歳の時にもらえる退職金1000万円を含む)
自宅の土地 1500万円
【収入と支出】
■収入

父親の給与 手取りで月額 約40万円
※60歳から65歳は継続雇用 手取りで月額 約20万円
■支出
基本生活費など 月額 約26万円

■親亡き後、長男は生き延びることができるのか

父親が65歳から継続雇用で働くようになった後は支出を見直さないと月額6万円ほどの赤字になってしまいます。そこは父親と母親のお小遣いを見直すことで赤字を月額3万円以内に抑えるようにしてみる、ということになりました。

年金生活に入った後は両親の年金収入の合計は月額で24万円ほどになるとのこと。それならば、年金生活に入った後も赤字が急拡大することは今のところなさそうだ、ということが分かりました。

ベンチに腰を下ろした男性の後ろ姿
写真=iStock.com/FotoDuets
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FotoDuets

そこまで確認した筆者は、次に親亡き後の長男のお金について考えることにしました。

まずは「長男の親亡き後の生活は何歳から何歳までの間になりそうか?」というおおよその見通しを立てるところから始めます。

■親亡き後、長男の老後の収入は月7万円のみ、自宅を売却するしかない

筆者はスマートフォンを取り出し、画面に厚生労働省のサイトからダウンロードした資料を表示しました。その資料をもとに、次のような図表を作成しました。

厚生労働省「令和元年簡易生命表の概況」を参照した図表

筆者は表の中にある数字を一つひとつ指さしていきました。

「統計データを参考にし、お父様の平均余命は25年、お母様の平均余命は32年としてみます。すると、親亡き後の生活が始まるのは今から32年後になります。32年後にはご長男は65歳。仮に83歳まで存命だとすると18年間分の資金について考えることになります」

そこまで説明した筆者は、次に長男の収入と支出の見通しを立てていくことにしました。

まずは収入です。長男は20歳から国民年金に加入しています。保険料の支払い状況を確認すると、父親が「年金の支払いは義務だから」と20歳当時からずっと支払ってきたそうです。そしてこのまま長男が60歳になるまで支払を続ける予定ということでした。以上をふまえると、長男の65歳からの収入は次のようになります。

長男の65歳からの収入

■売却した自宅土地代と貯金を残せば何とかなりそう

古い和室の天井
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Wako Megumi)

次は、親亡き後の支出です。自宅は長男一人で住むのには大きすぎるということなので、両親亡き後は自宅を売却し、住み替え(賃貸物件)をすることを想定。支出は基本生活費と住まいのお金(家賃)で月額15万円としておきました。

以上のことから、親亡き後の必要資金は次のように計算できます。

収入は月額7万円、支出は月額15万円、月の赤字は8万円。18年間では8万円×12カ月×18年=1728万円となります。

自宅の土地を売却した資金と長男のために現金をある程度残しておけば、お金については何とかなりそうだ、という見通しが立ちました。

■月3万円のバイトを30年続けたら1080万貯金でき、老後の蓄えに

筆者は母親に視線を向けたあと、ゆっくりとした口調で伝えました。

「正社員でなくてもお金は何とかなりそうです。例えばアルバイトで月3万円の貯蓄を30年続けた場合、3万円×12カ月×30年で1080万円になります。月4万円なら1440万円です。アルバイトでもご長男の必要な資金の大部分をまかなうことができます。計算はあくまでも目安ですが、それでも『正社員にならなければ生きていけないのか?』というとそんなわけでもなさそうです」

複数枚の1万円札
写真=iStock.com/StockGood
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/StockGood

「確かにアルバイトでも何とかなりそうですね。ですが、長男は今まで仕事をしたことがありません。一体何から始めればよいのか……」

母親の不安ももっともです。

■働くことに悩みを抱える15~49歳を対象にした「サポステ」

そこで筆者は、地域若者サポートステーションの説明をすることにしました。

地域若者サポートステーション(通称サポステ)では、働くことに悩みを抱えている15歳から49歳までの方を対象にした支援を行っています。サポステは厚生労働省が委託したNPO法人や株式会社などが運営しています。主な支援内容としては、相談、スキルアップ講習、職場体験です。

仕事の悩みに関する相談にはキャリアコンサルタントの資格を持つ専門家が対応してくれます。スキルアップ講習には、コミュニケーションや社会人のマナーを身に着ける講座、パソコン講座(ワードやエクセルの基本的な操作を覚える)などがあります。

職場体験は、協力企業に出向いて実際に仕事をしてみるというものです。このようにサポステではさまざまな支援を受けることができ、費用は交通費などの実費を除き無料となっています。

筆者は実際に何度かサポステへ見学に行ったこともあるので、その感想も交え母親に提案をしてみました。

「支援者の方々は温和で親しみやすかったですし、利用者の方にも話を聞いてみたところ『最初は不安や怖い気持ちがあったけど、勇気を出してサポステに来てよかった』と言っていました。もしご長男に働く意思があるようでしたら、サポステを利用してみるところから始めてみるのもよいかもしれません」
「確かにサポートステーションを利用するのはよさそうですね。でも、果たして長男一人で相談に行けるかどうか……。何かよい方法はありますでしょうか?」
「おっしゃる通り最初からご長男お一人で相談に行くのはハードルが高いかもしれませんね。私もお母様と同様の疑問を持ったことがあるのでサポステに聞いてみました。すると『最初は保護者の方とご一緒に相談に来るケースも多いですよ』という答えが返ってきました。なので、最初のうちはお母様とご一緒に相談に行くことは全然アリです。慣れてくればご長男お一人で通えるようになるでしょうし」
「なるほど、そういう方法もあるのですね。よく分かりました。今日いろいろお話いただいたことを長男にも伝えてみます」

そう答えた母親の表情はだいぶ柔らかくなっていました。

■働くことに躊躇「中学の時のように、馬鹿にされたらどうしよう」

筆者との相談から半年がたった頃、母親から「長男がサポステで支援を受け、アルバイトをすることになりました」という報告がありました。母親からその経緯を教えてもらいました。

母親からお金の見通しやサポステの話を聞いた長男は「ちょっと考えさせてほしい」と答えたそうです。母親は長男を急かすことなく、長男からの返事を待つことにしました。

長男は「中学の時のように、また馬鹿にされたらどうしよう。自分のことを受け入れてもらえなかったらどうしよう」と、どうしても不安や恐怖が先だってしまったそうです。

しかし同時に「やっぱりこのままではいけない。何とかしたい!」といった思いも生まれてきました。そしてその思いの方が不安や恐怖よりも少しだけ勝りました。

母親からサポステの話を聞いてから1週間後、長男はサポステで支援を受けることに決めました。ただし最初から一人で行くことがどうしてもできなかったので、母親に頼んで一緒にサポステへ行ってもらうことにしたそうです。

不安な気持ちを抱える長男をサポステの支援者たちは温かく迎え入れてくれました。長男の担当になったのは50代の小柄な女性。その担当者は長男の話を否定することもなく、途中で受け答えに詰まってしまった長男が再び口を開くまでじっくりと待ってくれました。そのような対応をしてくれたため、2回目以降は一人で行けるようになったそうです。

■人生初の仕事はショッピングモールの早朝清掃

長男は担当者との面談を繰り返す中で、自分の好きなこと、嫌いなこと、出来そうなこと、無理そうなこと、やってみたい仕事のことなど、時間をかけて様々なことを語りました。面談と並行してスキルアップ講習もいくつか受けていきました。ある程度の下地ができ上がってきた頃、担当者から「そろそろ職場体験をしてみませんか?」という提案を受けたそうです。

清掃業のイメージ
写真=iStock.com/Natali_Mis
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Natali_Mis

「とうとう仕事をする時が来た。自分にはできるだろうか?」という不安もありましたが、その一方で「早く仕事をやってみたい」という気持ちも芽生えていました。

担当者と話し合った結果、ショッピングモールの早朝清掃を体験することに決めました。

■「ぜひウチで働いてほしい。採用面接を受けに来てくれませんか?」

職場体験当日。長男は朝5時に起きました。緊張していたため、朝が早くても眠気はあまり感じなかったそうです。職場に向かう道中、ひんやりとした空気を感じつつ、長男の心の中は期待と不安でいっぱいでした。20年近くも自分の部屋にとじこもった生活をしてきて、人生で初めて働くのですから、無理もありません。

職場についた長男は緊張でがちがちになっていましたが、職場の人たちは温かく迎え入れてくれたそうです。そのおかげで、長男は少しだけ心に余裕を持つことができました。

職場体験で指示された掃除の内容は、自動ドアや看板の雑巾がけ、フロアにあるゴミ箱の中身を捨ててきれいにするといったもの。もちろん最初から自分一人で掃除ができるわけではないので、ベテランパートの60歳女性とコンビを組んで掃除をすることになりました。パートの女性から優しく丁寧に掃除のやり方を教えてもらい、長男は黙々と一生懸命に作業をしていきました。

すると、その様子を見ていた採用担当者が職場体験終了後に長男に声をかけてきたのです。

「ぜひうちの会社で働いてほしい。今度、採用面接を受けに来てくれませんか?」

そのようにスカウトされた長男は「こんな自分でも受け入れてくれるところがある。すごくうれしい! この会社で仕事をしてみよう」と思ったそうです。

■初任給は2万円、父にハンカチを母に花をプレゼント

後日、長男はその清掃会社の面接を受け、無事アルバイト採用されることになりました。

アルバイトで仕事をするようになった後も掃除のやり方は丁寧に教えてもらえ、長男からの疑問や質問にもきちんと答えてくれたそうです。また、職場で厳しい言葉を投げかけられたり怒られたりすることもありませんでした。

なぜ、そのようなことが可能なのか?

それはその会社の企業風土にありました。社長を含め従業員全員が働くことが難しいお子さんに理解を示していたからです。もちろんそのような会社はどこにでもあるわけではありません。サポステの担当者が日々靴底を減らし、理解を示してくれるような会社を一つひとつ見つけていったからなのです。

職場の方々はいずれも長男に優しく接してくれていますが、その中でも特に“フレンドリーなおばちゃん”がいて、長男が仕事を続ける原動力にもなっているそうです。そのおばちゃんからは、出勤時には「今日も来てくれてありがとう。一緒に頑張りましょうね」と言われ、退勤時には「今日もおばちゃん助かったわ~。次はいつ来てくれるの?」といったように必ず声かけをしてくれるそうです。それにより「よし、次も頑張ろう」という意欲が湧いてくるのでした。

長男がアルバイトを始めて1カ月がたった頃、念願の初給料が出ました。

時給は最低賃金なので手取りは2万円程度でしたが、それでも「自分で仕事をしてお金を稼いだ」ということが何よりもうれしかったようです。

長男はその初給料で父親にハンカチを、母親に花をプレゼントしました。

赤いバラを持つ男性の手元
写真=iStock.com/Maria Marganingsih
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Maria Marganingsih

長男からの思いがけないプレゼントに両親は驚きましたが、同時に長男の成長を心から喜びました。自信がついてきた長男は「もっと仕事の時間を増やして稼ぎたい」と両親に告げたそうです。

母親は最後に次のように語ってくれました。

「仕事内容は本人に向いているようですし、職場の方々が長男に優しく接してくれているのでとても助かっています。いつまで仕事が続けられるかは分かりませんが、親としては静かに見守っていこうと考えています」

勇気ある一歩を踏み出した長男。その後、支援者や職場の人にも恵まれ、働くことに自信を持てるようになって本当に良かったと筆者は心から思いました。

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浜田 裕也(はまだ・ゆうや)
社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー
平成23年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本『第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え』を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことからひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりのお子さんをもつご家族のご相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりのお子さんに限らず、障がいをお持ちのお子さん、ニートやフリータのお子さんをもつご家庭の生活設計のご相談を受ける『働けない子どものお金を考える会』のメンバーでもある。

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(社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田 裕也)

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