「出世しても死んだら意味がない」肺がんの50代銀行員が病床で気づいた本当の幸せ
プレジデントオンライン / 2021年4月25日 11時15分
※本稿は、小澤竹俊『もしあと1年で人生が終わるとしたら?』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■医者になって確信した「本当の幸せ」
私は子どものころ、「医者にだけはなりたくない」と思っていました。人に注射針を刺すことに抵抗があったし、看護師の資格を持ち、私を医者にさせたがっていた母への反抗心もあったかもしれません。
そんな私の気持ちが変わるきっかけの一つとなったのは、高校生になり、「幸せとは何か」について真剣に考え始めたことでした。
さまざまな本を読み、自分なりに「どうしたら、人は幸せに生きられるのか」と思いを巡らせ、「お金を手に入れたり、有名になったりすることによって、自分一人が幸せになるという『一人称の幸せ』には限界があるのではないか」「自分がいることによって誰かが喜んでくれたときに、本当に幸せになれるのではないか」との結論に至ったのです。
そのうえで、どのような仕事なら、本当の意味で幸せに生きられるのかをさらに考え、導き出した答えは、「人の命に関わることができれば、最も大きな喜びを得られるのではないか」というものでした。
そして私は、高校2年生の秋から、注射への抵抗感も母への反抗心も捨て、医師になるための勉強を必死で始めたのです。
あれから40年ほどの月日がたちますが、高校生のときに導き出した「本当の幸せとは何か」という問いに対する答えは、間違いではありませんでした。私は今も、「一人称の幸せには限界がある」という思いを持ち続けています。
■肺がんを患った50代男性の変化
これまで出会った患者さんの中にも、「一人称の幸せ」を卒業することで、本当の幸せや心の穏やかさを手に入れた方はたくさんいます。
たとえば、ある50代の男性。彼は高校を卒業してすぐ銀行に入社し、一生懸命に働きました。「銀行の利益を最優先し、お金を返せそうにない人には融資をしない」など、かなり厳しい仕事ぶりではありましたが、仕事の成績は常に優秀で、大学卒の同期よりも早く支店長になり、収入も増えたそうです。
ところが、50歳をすぎたある日、検診で肺がんが見つかりました。治療を開始したものの、病気の勢いは強く、彼は悩んだ末、ホスピス病棟で生活をすることを決意。命の終わりが迫る中、彼は初めてこれまでの人生をゆっくりと振り返り、「どんなに地位や名誉、お金を手に入れても、死んでしまったらまったく意味がない」と気づいたのです。
元気だったころ、その患者さんは、家族のことも顧みず仕事に打ち込み、「仕事ができない人間は、会社にとっていらない存在だ」と考えていたそうです。
けれども、「人生において本当に大切なのは、家族からの愛情や同僚との友情、仕事相手との信頼など、目に見えないものなのだ」「自分は今まで、家族や友人に支えられていたのだ」と気づいてからは、周囲の人への感謝の言葉を頻繁に口にするようになりました。
■食事の量は減り、体力も衰えていったが…
また、お子さんには「どんなに収入が良くても、他人を不幸にする仕事には就かないでほしい」と望むようになり、銀行の仲間には、亡くなる間際まで、「人からも社会からも信用される銀行をつくってほしい」というメッセージを送り続けました。
ホスピス病棟で過ごすようになってから、徐々に患者さんの食事の量は減り、体力も衰えていきましたが、目の輝きはどんどん増していきました。
「私は嬉しいんです。大切なことに気づくことができ、それを家族や同僚に伝えることができるからです。今はこんな身体ですが、私はとても幸せです」という彼の言葉を、私は今でもよく覚えています。
それまでがむしゃらに働いてきた人が、病気やケガ、仕事上のアクシデントなどをきっかけに、「この仕事を続けていていいのだろうか」「自分の働き方は、本当に正しかったのだろうか」と思うことは少なくありません。
あるいは、「やりたい仕事ではないけれど、給料がもらえればいい」と思っていた人が、「もしあと1年で人生が終わるとしたら?」と考えたとき、自分のそれまでの仕事や働き方に疑問を持つこともあります。
元気なときや物事がうまくいっているとき、私たちはどうしても「一人称の幸せ」「目に見える幸せ」「わかりやすい幸せ」にとらわれがちです。「仕事で成功し、たくさんのお金を稼ぐこと」「人からチヤホヤされること」「おいしいものを食べて、いい家に住むこと」などを幸せだと考え、それらを追い求めてしまうのです。
■一人称の幸せを卒業すれば、より大きく安定した幸せが得られる
しかし、そこで得られる幸せには限界があります。
一人称の幸せは、多くの人とわかち合うことはできませんし、お金でも地位でも名誉でも、何かを手に入れれば、必ず「失う恐怖」がつきまといます。また、一人称の幸せは、他者との奪い合いになることが多く、常に他人と競争したり、人と比べて優越感に浸ったり落ち込んだりすることになるため、心に平和が訪れることはありません。
特に、体の自由がきかなくなったり、人生の終わりが近づいたりしたとき、一人称の幸せは、何の意味も持たなくなります。お金も地位も名誉も、体が自由に動かせない苦しみをやわらげてはくれず、あの世に持っていくこともできないからです。
でも、一人称の幸せを卒業すれば、より大きく安定した幸せを感じることができるようになります。人の幸せや人の喜びを、自分の幸せと感じることができれば、幸せな人、喜んでいる人の数だけ、どんどん自分の幸せの数が増えていくからです。
一人称の幸せのように、「自分の元から去ってしまうのではないか」という恐怖に襲われることも、人と奪い合うことも、人と比べて一喜一憂することもありません。
たとえ自分が苦しい状況にあっても、人を幸せにすることができれば、あるいは人の喜びを幸せと感じることができれば、それが心の支えになるでしょう。
■誰かの喜びにつなげる仕事をするのがいい
「今の働き方でいいのだろうか」「この仕事を続けていていいのだろうか」という疑問が浮かんだときは、大きなチャンスです。
自分の仕事や働き方が誰かの喜びにつながっているか、ぜひ見直してみてください。もし、誰かの喜びにつながっていると感じられれば、自信をもって、また新たな気持ちで、仕事に取り組むことができるでしょう。
現時点で、仕事を通して一人称の幸せしか得ていないことがわかった場合は、働き方や仕事の内容をどのように変えていけば、誰かの喜びにつなげることができるか、考えてみましょう。
拙著『もしあと1年で人生が終わるとしたら?』には、働き方だけでなく、家族のこと、孤独との向き合い方、どうすれば自分らしく生きられるかなど看取りの現場から生まれた17の質問と、私なりの答えを執筆しています。
息苦しい時代の中ではありますが、どう生きればより楽しい人生を送れるのか、少し立ち止まって考えてみてください。きっとあなたの心をラクにしてくれるはずです。
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医師
1963年東京生まれ。87年東京慈恵会医科大学医学部医学科卒業。91年山形大学大学院医学研究科医学専攻博士課程修了。救命救急センター、農村医療に従事した後、94年より横浜甦生病院ホスピス病棟に務め、病棟長となる。2006年めぐみ在宅クリニックを開院。これまでに3500人以上の患者さんを看取ってきた。医療者や介護士の人材育成のために、15年に一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会を設立。著書に『今日が人生最後の日だと思って生きなさい』(アスコム)がある。
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(医師 小澤 竹俊)
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