「ビジネスでは幸せにはなれない」豊かな人生のために私たちがやるべきこと
プレジデントオンライン / 2021年4月27日 9時15分
■経済成長の停滞は悲観すべきことなのか
多くの先進国、とくに日本ではGDPを指標とした経済成長率の伸びが鈍化し、「停滞」「衰退」といった悲観的な言葉で、現代経済が語られることが多い。
だが、そうした状況は、本当に悲しんだり、恐れたりすべきものなのだろうか。むしろ、モノ不足や貧困が一定以上解決された現代は喜ぶべき時代ではないのか。
本書では、これまでの経済成長によって豊かになった現代社会を「高原」と表現し、もはや必要のない従来のビジネス=「経済成長のゲーム」を続けるのではなく、異なる価値観による「新しいゲーム」を始めるべきと説く。それは、人間が人間らしく生きられる「衝動」に基づく社会システムの構築であり、それを実現するために何をすべきかを、多角的に論じている。
さらに、経済合理性ではなく、アーティストのように「人間性に根ざした衝動」に基づく活動をするためには、UBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)のような社会制度が不可欠だという。
著者は、1970年生まれの独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事してきた。ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)など著書多数。
1.私たちはどこにいるのか?
2.私たちはどこへ向かうのか?
3.私たちは何をするのか?
■ビジネスは歴史的使命を終えつつある
ビジネスはその歴史的使命をすでに終えているのではないか? 最初に結論を述べれば、答えはイエス。「ビジネスはその歴史的使命を終えつつある」ということになると思います。
私たちが過去200年にわたって連綿と続けてきた「経済とテクノロジーの力によって物質的貧困を社会からなくす」というミッションはすでに終了しています。この状況は昨今、しばしば「低成長」「停滞」「衰退」といったネガティブな言葉で表現されていますが、これは何ら悲しむべき状況ではありません。古代以来、私たち人類はつねに「生存を脅かされることのない物質的社会基盤の整備」という宿願を抱えていたわけですから、現在の状況は、それがやっと達成された、言うなれば「祝祭の高原」とでも表現されるべき状況です。
21世紀を生きる私たちに課せられた仕事は、過去のノスタルジーに引きずられて終了しつつある「経済成長」というゲームに不毛な延命・蘇生措置を施すことではなく、私たちが到達したこの「高原」をお互いに祝祭しつつ、「新しい活動」を通じて、この世界を「安全で便利で快適な(だけの)世界」から「真に豊かで生きるに値する社会」へと変成させていくことにあります。
■まだ「真に豊かで生きるに値すると思える社会」ではない
ただし、だからといって「資本主義は終わった」「社会の発展はここで止まる」などと乱暴に断ずるつもりはありません。現在の社会は「物質的不満の解消」についてはゲームを終了した状態にありますが、貧困や格差や環境といった、これまでのビジネスでは解決の難しい社会的課題がたくさん残っています。
端的に言えば、世界は大多数の人々にとって「便利で安全で快適に暮らせる場所」にはなりましたが、まだまだ「真に豊かで生きるに値すると思える社会」にはなっていないのです。
社会に存在する問題を「普遍性」と「難易度」のマトリックスで整理してみます。
横軸の普遍性とは「その問題を抱えている人の量」を表します。つまり「普遍性が高い問題」ということは「多くの人が悩んでいる問題」ということになりますし、「普遍性が低い問題」ということは「ごく一部の人が悩んでいる問題」ということになります。
一方で、縦軸の難易度とは「その問題を解くのに必要な資源の量」を表します。「難易度の高い問題」ということは「解決するのに人・モノ・金といった資源がたくさんいる」ということになります。
■これまでビジネスは問題を「先送り」してきた
ビジネスの本質的役割を「社会が抱える問題の解決」だと考えた場合、普通に経済合理性を考えればAのセグメント(普遍性が高く、難易度が低い)から手をつけるはずです。なぜなら「問題の普遍性が高い」ということは、「市場が大きい」ということです。一方で「問題の難易度が低い」ということは、「投資が少ない」ということです。
そのようにして多くの人がAのセグメントに取り組むと、やがてこの領域の問題は解決されていくことになります。問題が解決してしまうとビジネスゲームは終了になるので、なんとかしなければいけないわけですが、ではどうしたかというと、ほとんどが「地理的拡大」をすることで、その問題を「先送り」することにしました。アメリカでビジネスを行っていた人がアジアに地理的拡大を図る、あるいはアジアでビジネスを行っていた人がヨーロッパに地理的拡大を図る、ということです。
■地理的拡大が限界を迎えた時に起きること
しかし、グローバルというのは「閉じた球体」ですから、いずれは地理的拡大も限界を迎えることになります。このとき、「難易度のより高い問題」に取り組む、つまりBの方向に領域を移すか、「普遍性のより低い問題」に取り組む、つまりDの方向に領域を移すか。このようにしていくと、やがて「経済合理性限界曲線」にまで到達してしまうことになります。
このラインの上側に抜けようとすると「問題解決の難易度が高すぎて投資を回収できない」という限界に突き当たり、このラインを左側に抜けようとすると「問題解決によって得られるリターンが小さすぎて投資を回収できない」という限界に突き当たります。つまり、このラインの内側にある問題であれば市場が解決してくれるけれども、このラインの外側にある問題は原理的に未着手になる、というラインです。
■経済合理性を超えた「衝動」が必要だ
当然のことながら「経済合理性限界曲線」の外側にある問題の解決を、金銭的報酬によって動機づけすることはできません。これはつまり、現在の世界に残存する「希少だが解決の難しい問題」は、経済合理性とは別のモチベーションを発動することによってしか解決できないということです。
私は、そのようなモチベーションの源泉は「人間性に根ざした衝動」しかないと考えています。「衝動」とはつまり「そうせざるにはいられない」という強い気持ちのことです。損得計算を勘定に入れれば「やってられないよ」という問題を解決するためには、経済合理性を超えた「衝動」が必要になります。現在の世界が抱えている根深い問題の多くは、そのような「衝動」によって自己を駆動する人によってしか解決することができません。
■コンサマトリーな経済活動への転換を提案したい
「人間性に根ざした衝動」はたとえば「歌い、踊りたい」という衝動であり、「描き、創造したい」という衝動であり、「草原を疾走したい」という衝動であり、「木漏れ日を全身に浴びたい」という衝動であり、「美しい海に飛び込みたい」という衝動であり、「困難にある弱者に手を差し伸べたい」という衝動であり、「懐かしい人と酒を酌み交わしたい」という衝動であり、「愛しい子供を抱きしめたい」という衝動であり、「何か崇高なものに人生を捧げたい」という衝動です。これらは人間性そのもの=ヒューマニティに根ざすもので、その衝動こそが人間を人間ならしめています。
「人間性に根ざした衝動」には、「手段的・功利的」な側面がありません。「手段的」「功利的」を英語で表現すれば「インストルメンタル」ということになります。一方でその逆の(人間性に根ざした衝動を重視する)考え方を、アメリカの社会学者、タルコット・パーソンズが唱えた「コンサマトリー(自己充足的)」という概念で表したいと思います。
私たちの経済活動を、「未来のためにいまを手段化する」というインストルメンタルなものから、「いま、この瞬間の愉悦と充実を追求して生きる」コンサマトリーなものへと転換することを提案します。
■各人に「アーティスト」として生きることが求められている
経済合理性限界曲線の内側にある物質的問題をほぼ解決し終えた「高原の社会」において、これまでに私たちが連綿とやってきた「市場の需要を探査し、それが経済合理性に見合うものかどうか吟味し、コストの範囲内でやれることをやって利益を出す」という営みはすでにゲームとして終了しています。
これからは、アーティストが、自らの衝動に基づいて作品を生み出すのと同じように、各人が、自らの衝動に基づいてビジネスに携わり、社会という作品に集合的に関わるアーティストとして生きることが、求められているのです。
なお、私たちの高原社会における経済を、私たちの人間性に根ざした衝動によって駆動されるコンサマトリーなものに転換させるためにはUBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム:文化的で健康な生活をおくるために必要な現金をすべての国民に対して支給するという仕組み)の導入が必要だと考えています。活動そのものから愉悦や充実感を覚えることができるコンサマトリーな社会を目指すにあたって、経済的な安定性に関する懸念が、大きな阻害要因になると考えられるからです。
■コメントby SERENDIP
本書の主張は、若干理想論に聞こえるかもしれない。確かに山口氏が説く、「経済合理性」ではなく「人間性に根ざした衝動」で駆動される社会へと全面的に移行するには、多くのハードルを越えなくてはならないだろう。しかしながら、本書でも事例として紹介されているLinuxやWikipediaのプロジェクト、災害時のボランティアなど、「より便利で楽しいツールを作りたい」「困っている人を助けたい」といった無償の衝動に基づく行動は、しばしば見られる。こうした一人ひとりの行動が少しずつ積み上がり、ある時点で一気に「シフト」が起きるのではないだろうか。
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(書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」)
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