「高校時代のあだ名は赤鬼」怒りっぽい社長が怒りそうになるたびに唱える"ある言葉"
プレジデントオンライン / 2021年4月21日 11時15分
■東京の会社を辞め、長野県で農場を経営
今から二十数年前に東京の会社を辞め、埼玉の農場での住み込み研修を経て長野県八千穂村(現・佐久穂町)に移住した萩原紀行さん。妻とふたりで始めた「のらくら農場」は徐々に拡大し、今では約6.5haの土地を20名近くのメンバーが走り回り、有機栽培で50〜60種類の野菜を出荷しています。のらくら農場での経験を基に独立する仲間も多く、その家族も含めると40名近くが佐久地域へ移住するなど、地域を元気にする存在として期待されています。
そんな萩原さんが『野菜も人も畑で育つ』(同文舘出版)という本を出版し、その内容に共感した長尾彰さん〔著書に『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。』『宇宙兄弟 今いる仲間でうまくいくチームの話』(共に学研プラス)〕との対談イベントが催されました。
畑と企業という異なるフィールドでありながら、チームによる経営という共通のテーマに挑んできたおふたりの対話の中から、リーダーが「怒らないこと」の大切さ、ピンチをチャンスに変える発想法についてのお話を紹介します。
■「怒鳴る・キレる禁止」をルール化
『野菜も人も畑で育つ』には、高品質な野菜を持続的に作っていく独自の方法と合わせて、農業未経験者を農場に欠かせないメンバーに育てていくチーム作りの極意が書かれています。その具体的な方法のひとつとして紹介されているのが、「怒鳴る・キレる禁止」というルール。これにより、ミスを隠したり押し付け合うのではなく、問題を共有し合ってみんなで解決に当たれる職場に変わったのだそうです。
![長尾 彰さん(写真=本人提供)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/d/300/img_2d85fe4eaa5e8e093f13229f34938703361994.jpg)
【萩原】本を出してみて嬉しかったのは、「うちも怒るのをやめました」って何人もの方に言われたことです。それから、「横に立つ」というコミュニケーション方法も実際にやってくださった方がいたりして。
【長尾】萩原さんが怒るとき、どんな怒り方でしたか?
【萩原】大学で山岳部の主将をしていたとき、合宿中に男女二人が見当たらなくなっちゃって。暴風雨だったから「行方不明か?」とすごく心配したんですよ。2時間くらいして帰ってきたんですけど、「お前、何やってんだ!」みたいな感じでブチ切れました。
【長尾】今の萩原さんだったら、なんて言います?
【萩原】そうだな……「心配したよ」とまず言いますね。それから「どうした?」と話を聞きます。いきなり切れる前に、事情を聞いた方が良かったですよね。そのときは特に事情はなかったんですけど(笑)。何回かそういう怒り方をしたことがあって、今でも胸が痛いです。
■高校の時のあだ名が「赤鬼」だった
【長尾】僕はいつも怒ってるから、高校の時のあだ名が「赤鬼」だったんです(笑)。本質的に怒りっぽいのは、今も変わらないんですよね。
萩原さんが「すごく心配した」とおっしゃったように、怒るのって自分の我を通したいということではなくて、もっと良くしたいという思いの表れだったんですよね。「もっとこうした方がいいのに、なんでみんな分かってくんないんだよ」という。
でも、ずっと怒ってばかりいたらだんだん人が離れていくんですよね。それである時、怒っていても物事は前に進まないって気づいたんです。僕、中学、高校、大学とずっとバスケ部だったんですけど、怒っても誰もバスケがうまくならないと気づいたのが19歳くらいのとき。
そこから、どうしたら怒らずに人に気持ちを伝えられるだろうとか、どうしたら不機嫌になったりギスギスしたりしないで物事がうまく進むかな、というふうに切り替えられたんです。萩原さんは、怒るのはやめたほうがいいな、と思った出来事を覚えてますか?
■「怒らない」をルール化した理由
【萩原】5年くらい前かな。うちで栽培した小麦を製麺屋さんで乾麺にしてもらって「黒うどん」という名前で売ってるんですよ。袋にラベルを貼るんですけど、けっこう斜めに貼られたりするんで、ちゃんとマニュアルを作って「この位置に貼ろうね」ってやってたんです。それなのに、全部すごく上の方に貼られているときがあって。
僕、その日は何かの理由でほぼ徹夜だったんです。寝てなくて判断力が鈍っていたんですけど、「これじゃ商品になんねぇよ!」って言ったんですね。相手は若い20代の男の子で、スタッフの中でも特に親しかった子です。だから言っちゃえる仲でもあったんですけど、妻が「あんな言い方ない」って。
その子、マッキーっていうんですけど、妻に「マッキーは気にしてないよ」って言ったら、「マッキーは気にしてなくても、周りにいる子がびっくりする」って。「でも俺、寝てなかったしさ」みたいな言い訳はどんどん出てくるんですけど、その日ぐっすり寝たら翌日にすごく反省して。それで「怒らない」ってルールを決めたんです。うっかり寝不足で判断力がなくても、決めちゃえばそれが安全バーになるな、と思って。
マッキーに「ごめんね、あんな言い方して。うちの奥さんに怒られたわ」って言ったら、「いいですよ」って感じだったんですけど、その時から会話には必ずギャラリーがいると意識するようになりました。自分たちの間では通じていても、周りの人が凍りついていることもあるだろうなと思って。それで、自分の中で「怒らない」と決めたらすごくスッキリしました。
■怒りそうになった時につぶやく言葉
怒らない方がうまくいくと分かっていても、つい腹が立つこともあります。そんなときはどうすればいいのか――。
【萩原】僕、長尾さんの『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。』を読んで「そうそう!」と思ったのが、失敗した時に「ちょうどいい」という言葉を使うこと。あれはうちで使わせていただきます(笑)。あの言葉が出てくる具体的エピソードが長尾さんの中にあったら、伺いたいです。
【長尾】さっき、怒りっぽいって話したでしょう。腹が立つたびに「それはちょうどいい」って言ってから何かをするようにすると、怒りが消えていくんですよね。
【萩原】1回言っちゃう?
【長尾】言っちゃう。人間の脳みそって、自分が口に出して言っちゃうと騙されるんですって。
今日もたくさん「それはちょうどいい」な出来事がありまして。例えば夕方に突然、予定していなかったミーティングが入りました。あちらの都合だけで、「どうしても1時間お時間取れないでしょうか。こちらは5時には帰ってしまうので4時からお願いします」って。たまたま予定が入ってなかったからいいけど、イラッとはしますよね。そういうときに「それはちょうどいい」って1回唱えると、自分がネガティブに捉えていたことをいったんゼロにできるんです。
「それはちょうどいい」と唱えると、「じゃあどうしよう」って次を考える時に必ずポジティブなことに向かうんですよね。「突如ミーテイングが入った。それはちょうどいい。絶対に断ろう」とはなりません。「突如ミーテイングが入った。それはちょうどいい。久しぶりだから、ちょっと話を聞いてみよう」となっていくんです。
【萩原】確かに。
■困ったことも「それはちょうどいい」で乗り切る
【長尾】僕が怒ったとき、困ったときは大体、「それはちょうどいい」で乗り切っています。
僕は、のらくら農場がある佐久穂町の、大日向小学校という学校の理事をしています。一昨年の台風(2019年台風19号)のとき、学校も大変なことになりました。そのとき、その地域にいる人たちには絶対に言えないんですけど、自分の中では「それはちょうどいい。これを機会に地域の方々とより深いつながりを作ろう」って考えました。実際は大変だったんですけどね。
よろしくないことが起きたときは、みんなして「ちょうどいい」と唱えてから「じゃあどうする?」って考えてみると、ポジティブな取り組みが生まれてきやすい。僕はこれを「魔法の言葉」と呼んでます。
【萩原】それ、佐久穂町で流行ったらいいですね。
【長尾】流行らせたいですね。「それはちょうどいい」ってステッカー作って、車に貼りますかね(笑)。
■台風の影響で400万円飛ぶ
【萩原】僕もまさに、台風19号がきて畑が壊滅的な被害を受けたときに本を書くことを思いついたんですよ。10月のことで、1日に500ミリくらいの雨が降って400万円くらい飛んだんです。で、冬に売るものがなくなっちゃったから「本とか書いちゃおうかな」と思った(笑)。
起きちゃったことは変えられないけれど、その価値をあとから塗り替えることはできると思ったんです。農場のメンバーと、「これをきっかけに本を出せたら、『あの台風が来て、時間ができたから本が書けたね』って言ってやろうぜ」って言ってたんですよ。
【長尾】「畑がダメになった。それはちょうどいい。本でも書くか」って。
【萩原】そうなんです。
■起きた出来事を無条件に受け入れるしかない仕事
【長尾】畑仕事って、起きている出来事を無条件に肯定するしかないですよね。「なんで、そんなに雨降るんだよ!」って空に向かって怒る人はいないですからね。困ったことでも無条件に受け入れるしかないっていうのが、農家の強さかなと思います。
【萩原】僕が農業を始めて2年目、7月の終わりに雹(ひょう)が降ったんですよ。すごく大きな雹で、畑がボロボロになったのを見て「このあとどうすりゃいいんだろう」と思ったんですけど、他の農家さんはすぐ種を蒔くんですよね。すぐに「次行こう」って。「すげえな、これが農業なんだな」って思いました。
【長尾】やり直すということですよね、何回でも。
【萩原】そう。やられちゃったことを勘定なんてしてる時間はないんだ、ということです。
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のらくら農場 代表
1971年、千葉県松戸市生まれ。大学卒業後、東洋エクステリア(現LIXIL)に営業職として勤務。サラリーマンを辞め、埼玉県小川町の霜里農場で11カ月、住み込み研修を受ける。1998年、長野県八千穂村(現・佐久穂町)で就農し、夫婦2人で75aから小さく農場をはじめる。現在は約7.5haで約50品目の作物を有機栽培。2019年、「オーガニック・エコフェスタ」で開催される栄養価コンテスト(一般社団法人日本有機農業普及協会主催)では3部門で最優秀賞を獲得し、総合グランプリを受賞。2020年はケール部門で二連覇。農業界のイノベーターとして、消費者・商業者から注目と共感を集めている。妻と二男一女。
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ナガオ考務店代表取締役
日本福祉大学卒業後、東京学芸大学にて野外教育学を研究後、冒険教育研修会社、玩具メーカー、人事コンサルティング会社を経て独立。一般社団法人プロジェクト結コンソーシアム理事長、学校法人茂来学園大日向小学校の理事を兼任。著書に『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。』『宇宙兄弟 今いる仲間でうまくいく チームの話』(学研プラス)がある。
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(のらくら農場 代表 萩原 紀行、ナガオ考務店代表取締役 長尾 彰 構成=やつづかえり)
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