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「選挙に行っても、世の中変わらない」中国人が独裁政治を受け入れる本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年4月23日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

共産党による一党独裁政治が続く中国で、かつて民主的な手法を取り入れようとした時代がある。「住民自治」が実現するチャンスだったが、意外にも市民は投票に無関心だったという。一体なぜなのか。フリージャーナリストの姫田小夏氏が解説する――。

※本稿は、姫田小夏『ポストコロナと中国の世界観 覇道を行く中国に揺れる世界と日本』(集広舎)の一部を再編集したものです。

■エリートだけが政治を動かせる中国社会

かつての中国では、官僚登用のための試験制度「科挙」が存在した。「(試験)科目による選挙」ともいわれ、試験と選挙の2つの機能を併せ持っていた。現代中国史の研究者であり、『中国歴代政治得失』の著者である銭穆(チェン・ムー)氏によれば「試験は客観的かつ公平な標準により人を選ぶという、極めて民主的な方法である」という。中国には一定の条件を満たしたエリートが代表者となり、政治を動かしてきたという歴史があり、それは今なお変わらない。

現代の中国では、全国から選出された約3000人の代表者が参加する「全国人民代表大会(全人代)」が毎年1回(3月、2020年はコロナウイルスの影響で5月)開催され、「多数決」で立法権を行使する。「日本の国会に相当する」とよく言われるが、全人代は行政権・司法権・検察権までも集中させる国家の最高権力機関である点が日本とは異なる。

約3000人の代表は、省・自治区・直轄市・特別行政区の人民代表大会と、人民解放軍から選出された代表によって構成される。小さな市や区、郷、鎮などの基層レベルでは直接選挙が行われる。基層レベルの当選者が省級レベルの代表を選び、それらが3000人の全人代の代表を選出するといわれているが、実際には内部による指名で選ばれている。

憲法上では全人代が最高の国家権力機関とされているが、全人代とその代表は国民の意思を完全かつ真に反映しておらず、実際には共産党がこれを支配している。

■「民主政治に近づけるべき」という声があった

「当時、この人民代表大会を西側の民主政治に近づけるべきだという声がありました」と語るのは、愛知大学名誉教授の加々美光行氏だ。1980年代から90年代にかけて日中間を頻繁に往復していた加々美氏は、基層レベルで行われた人民代表大会の選挙集会をたびたび観察し、多くの有権者が熱心に演説に耳を傾けているシーンを目撃している。

「欧米の民主主義を理想とした政治制度に、当時は中国国民の多くが関心を向けていた」と加々美氏は話す。1989年5月30日、天安門広場には自由の女神像までも設置され、学生を中心に民主化要求を行っていたが、事態は6月4日の武力制圧(天安門事件)になだれ込んだ。

加々美氏が「中国に民主主義を根付かせるとすれば、全人代を直接選挙に代えることだという期待感がありましたが、趙紫陽氏の失脚とともに消えてしまいました」と話すように、政治の民主化の希望や夢は一気に崩壊した。

その後、「民主化」という言葉はほとんど聞かなくなった。筆者は1990年代後半から上海で生活を始めたが、もとより政治に対する関心が薄い土地柄もあるのか、誰もが「お金の話」で頭がいっぱいだった。2011年11月16日、その上海市の15の区と県で5年に一度の人民代表選挙が行われた。上海市でも一部の区や県の代表は市民が直接選ぶことができるのだ。

その日の夕刊には、新選挙法に基づいて人口比例で候補者を立てたこと、女性の候補者の比率が上がったこと、またシステム導入によって選挙登録がスピードアップしたことが取り上げられ、選挙がつつがなく終了したことが伝えられた。

■「行くわけがない」理由を聞くと…

上海では選挙のひと月前ほどから、アパートが建ち並ぶ住宅地に赤い横断幕が張られるようになった。さすがに日本で行われるような選挙カーによる演説もなければ、候補者のポスターが貼られることもないが、唯一この赤い横断幕が、選挙日の到来が近いことを告げていた。

投票
写真=iStock.com/bizoo_n
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bizoo_n

しかし、この選挙自体を「単なる形式上のことだ」と割り切る市民は少なくなかった。すべては中国共産党にとって都合のいい方向に進められることがわかっているからだ。上海では選挙の話題に盛り上がりはなく、完全に“冷めた雰囲気”だった。

「選挙に行っても、世の中変わらないから」

投票前夜、筆者は何人かの熟年婦人に「明日は投票に行くのですか」と尋ねたが、その反応は異口同音にして「行くわけがない」というものだった。そのうちの一人は、選挙に関心がない理由を「選挙に行っても、世の中は変わらないから」と語った。

中国の選挙法では「十人以上の有権者の推薦があれば候補者になれる」というが、最終的に代表者として選ばれるのは「共産党にとっての優秀分子」であることは分かりきっている。党のポリシーを貫き、共産主義の思想と「中国の特色ある社会主義」の信念のもと、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論と「三つの代表」思想を学習している者こそが選ばれるべき代表なのだ。

■自らの投票権をまとめ役に丸投げ

上海では、希望する人物が候補者にはなり得ないことはわかっているだけに、一票の権利があったとしても行使しないという空気が支配的だった。実際、閔行区のある小区(複数のアパート群を持つ住宅地)では「集団棄権」というような状況が起こっていた。住民の投票のとりまとめ役をする張さん(仮名、当時59歳)のもとには、こんな伝言が殺到した。

「明日の投票はあなたにお任せします。好きな候補者の名前を書いていいです」。

この直接選挙は、上海市内の各区の代表者を選出するものだった。「小区」や、小区を管理する「社区」、社区を管理する末端の行政単位の「街道」ごとに選挙が行われる。張さんは自分が住んでいるアパートの1~6階の住人をとりまとめる係だ。しかし住民の関心は低く、ほとんどの住民は自らの権利を張さんに委譲した。

一方、虹口区の某選挙区では、11月14日夕刻に候補者4人が姿を現し、それぞれ演説を行った。水資源や環境が専門だという候補者もいれば、専門学校卒で地元の銀行で働いている候補者もいる。専門技術者や工場労働者、農民なども含めて、広く各業種から代表を選出させたいという考えが根底にはあるようだった。

演説会は広く一般市民を対象にしたものではないため、候補者情報が浸透せず、一般市民からすれば「誰に投票すべきなのかよくわからない」というような状況だった。

■日本の12倍の人口で民主化を進めたらどうなるか

演説会に参加したという女性は、「候補者には、少なくとも年に2回は、私たち一般市民と交流を持って欲しいと要望しました」と語った。この頃の上海は、物価高や住宅価格の上昇、医療費の高騰や失業者の増大など、生活者を圧迫する問題が山積みだった。

仮に今、中国で民主化が進み、国民全員に選挙権、被選挙権が与えられたら、どんな事態になるのだろうか。そもそも中国は、日本の12倍の人口と26倍の国土面積を抱える大国である。こうした条件だけ見ても、収拾がつかなくなってしまうことは容易に想像がつく。

「中国で民主化を進め、自由度を高めるのは危険だ」とする研究者の声もある。シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策学院の院長でもあり、元国連大使のキショール・マブバニ氏は「中国共産党は、社会に不満を抱く青年たちによる“憤青軍国主義”の暴走を抑え込んでいる」(2015年、ハーバード・ケネディスクールでの演説)とし、現時点での民主化は危険をはらむと指摘している。

■住民を一括管理する中国独自のシステム

中国が新型コロナウイルスの封じ込めに成功した理由の1つに「住宅管理」がある。中国では、一団の土地に集合住宅を複数棟建設し、周りを塀でぐるりと囲んで「小区」という単位を形成する。高級マンションともなれば、「××花苑」「△△豪庭」などと洒落た名称がつく。

ビル
写真=iStock.com/Liyao Xie
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Liyao Xie

数百人単位で構成されるこの小区は、住民を管理するための最末端の単位でもあり、中国のコロナ封じ込めが成功したのも、この小区が外出自粛など住民行動を徹底して管理したからに他ならない。この小区を管理するのは「社区」、社区を管理するのは「居民委員会」である。居民委員会は日本の“町内会”にも近いが、それ以上は、行政の区分となる。居民委員会を指導するのは行政の末端組織である「街道弁事処」であり、その上の組織は「区」、さらに「市」となる。

建国以来、国民の勤務先はすべてが国営企業だったため、所属する企業(単位=ダンウェイ)がそれぞれ国民(従業員)の管理・監視を行ってきた。しかし、改革開放政策の導入により、郷鎮企業や民営企業が現れ、さらに外資との合弁企業が増加するに従い、国家管理システムであった「単位管理」が限界となる。

■初の「自治制度」に欧米も注目していたが…

そこで、国民管理のシステムは住民管理のシステムに移行し、「単位」に代わって「社区」の管理システムが都市部を中心に構築され、1990年以降、全国的に展開された。つまり、「勤務先による従業員の管理」は「居住先による住民の管理」に転換を遂げた。

社区は「コミュニティ」と訳され、自治と責任が求められるとも言われている。社区は、中央政府に集中した権力を地方に分散させる必要性から制度化され、住民の間に発生するもろもろの問題解決と、住民へのサービス提供を目的にしており、社区のあり方は、中国の政治制度改革の行方を占う上でひとつの指標になるとさえいわれた時代があった。

2000年代初頭には中国全土に15の「モデル社区」ができ、当時の朱鎔基首相は「社区は新たな社会福祉システムの基盤になる」と期待した。また、欧米の多くの研究者も、都市部における「草の根の政治改革」の象徴として社区の発展を注視した。

■犬の糞にゴミ放置、大騒音とやりたい放題

こうしたことを背景に、社区では「自治」が求められるはずだった。しかし、市民がボトムアップの力を発揮させることにはならなかった。社区のトップは住民による選挙で選ぶことにはなっていても実際は上からの指名制であり、意志決定もまた“扉の内側”で行われた。相変わらず、居民委員会によるトップダウンでものごとは進められた。

2013年当時、筆者の友人が住んでいた住宅の小区の管理は、問題が山積していた。秩序なきパーキング、犬の放し飼いや糞の放置は当時誰もが頭を痛めていた。窓から下を見下ろせば、上階の住人による投げ捨てでその軒下はゴミだらけ、隣家の勝手な建て増し行為で朝から耳をつんざく工事の大騒音と、住民のやりたい放題だった。

自分たちが選んだリーダーのもとでルールを作り、住民がこれに従って住みよい居住環境を作る――そんな「自治」からはほど遠いのが実情だった。

■自分たちで決めるなんて「面倒くさい」

筆者はこの小区に長年住む定年退職者(当時60歳)に意見を求めた。するとこんな回答がきた。

姫田小夏『ポストコロナと中国の世界観‐覇道を行く中国に揺れる世界と日本』(集広舎)
姫田小夏『ポストコロナと中国の世界観 覇道を行く中国に揺れる世界と日本』(集広舎)

「我々がやらなくても、街道(社区を管理する行政組織)が解決してくれるから」。

民主的な自治が制約されてきた中国で、市民からすれば悲願の「住民自治」だと思っていたが、決してそうではなかったのだ。しかも驚いたことに、住民にとってこれらは「面倒くさいこと」に過ぎなかったのである。

同じ小区の住民とはいえ、上海人はもちろん、外省からの移住者もいれば、外国人も住んでいる。育った環境も違えば、受けてきた教育も異なる。これら住民の中からリーダーを選出し、公正公平なプロセスのもとで自治を実現することは至難の業だ。時間も費用もかかる民主的な方法よりも、一党独裁のトップダウンのもとで物事がさっさと決まって行く方が、政府にとっても住民にとってもありがたいということなのか。

2013年から8年の月日が流れた現在、上海における小区のゴミ問題は、行政の指導による強制分別とスマートフォンを活用したIT管理で解決が図られている。

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姫田 小夏(ひめだ・こなつ)
フリージャーナリスト
東京都出身。フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。1990年代初頭から中国との往来を開始。上海と北京で日本人向けビジネス情報誌を創刊し、10年にわたり初代編集長を務める。約15年を上海で過ごしたのち帰国、現在は日中のビジネス環境の変化や中国とアジア周辺国の関わりを独自の視点で取材、著書に『インバウンドの罠』(時事出版)『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)など、近著に『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)がある。

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(フリージャーナリスト 姫田 小夏)

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