スゴ腕の検事が「殺したのか?」ではなく「なぜ殺した?」と問い詰めるワケ
プレジデントオンライン / 2021年4月24日 11時15分
※本稿は、クォン・オヒョン『ナメられない組織の作り方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■経営の現場では「1+1=2」が通用しない
経営を行うと、たくさんの交渉をすることになります。雇用のための面接も広く見れば交渉のプロセスですし、官庁に認可を申請することや、新たな市場開拓のための営業を行うことも、実はみな交渉に属する行動です。
そのため、経営者には交渉のスキルが必要です。特に初めてビジネスをスタートさせた人、新規産業分野の経営を任された人は、交渉のスキルを必ず身につけなければなりません。
最近、エンジニア出身者が経営を担う例が多く見られます。私もその1人です。各分野に散在していた技術革命が新製品やサービスへと結実していくため、どうしてもそのプロセスをよく理解するエンジニア出身者が経営に乗り出すことになるのでしょう。これは世界的な流れでもあります。
しかし、エンジニア出身CEOの限界は、論理的すぎることです。研究開発のため合理的な思考がつねに求められるエンジニアは、「1+1=2」という形式論理を最重要に考えるよう訓練されています。当然、行動や思考も次第に論理的になっていきます。
そのためエンジニア出身の経営者は形式論理にのみ頼り、事あるごとに論理的かどうかを問う傾向が見られます。
ところがいざ経営を行ってみると、ときには端(はな)から論理が通じないことがあります。もちろんあまりに非合理的であればそれも問題ですが、経営現場はつねに理性と感情が出会う交差点であることを忘れないでください。
1+1が2ではなく3になるときもあり、再び1になってしまうこともあるのです。特に取引先と交渉するときは、1+1=2という形式論理が通じないと心得ておきましょう。
■交渉では「最後は必ず笑って別れよ」
交渉の際、肝に銘じておくべき事項があります。大きくは次の三つです。
一つ目は「最後は必ず笑って別れよ」です。協議中は互いの利益のために衝突することも、憤然として顔を赤くすることもあるでしょう。けれども最後には、必ず笑顔で握手して別れなければなりません。そうしてこそ、次の会談が約束できるのです。
経営上の交渉プロセスにおいて、衝突は必ず起こるものです。それぞれ求める所が異なるのですから、どうしても避けられないことです。だからといって相手を仇(かたき)のように考えて、もう二度と会うものかという態度を取るべきではありません。
今回の協議はうまく進まなかったけれど、次にお会いするときは最善を尽くして解決策を見つけましょうと言い、笑って別れなければなりません。これが交渉の第一のスキルです。
交渉の場で、重要なのは終わらせかたです。自分の望む方向に話が進んでいないときにこそ、より神経を使いましょう。最後まで自分の意見を強く主張するより、「あなたの言うことももっともです。私の考えにもやや無理があったかもしれません。時間を置いて、もう一度よく考えてみませんか。また話し合いましょう」といった対話で協議を終わらせます。
次があることを約束するのです。
![並んで握手をしているビジネスマン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/8/670/img_98f121be7b138861611f50e4987aa8fd306049.jpg)
■相手が話す時間は長ければ長いほど良い
二番目は、交渉を展開する方法に関するスキルです。20数年間経営現場で直接培った経験を例にして説明しましょう。
相手のポジションが自分よりはるかに良かったり悪かったりする場合には、話は意外に簡単にまとまります。駆け引きの余地が特にないからです。交渉においては、良いポジションを占めた人が有利なのは当然です。
では、両者の交渉ポジションが同等な場合はどうでしょうか。どちらも自分が有利な立場にあると考えているため、お互い譲歩しようとしません。交渉のテーブルには張り詰めた緊張感が漂います。さて、どうしますか?
相手よりも自分の方が「優越した論理」を持ってこそ、交渉を有利な方向へ導くことができます。互角に対峙(たいじ)しているときに、私が使っていた交渉方法を紹介します。
まず私は、相手から先に意見を説明するよう誘導します。自分の立場をまず明かすのではなく、相手の意中を先に確かめるのです。
なぜ私と交渉しようとしているのか? なぜこんな条件を出すのか? そうしなければならない理由は何なのか? といったことを質問し、まず相手に説明の機会を与えます。このとき、相手が答える時間が長くなればなるほど好都合です。場合によってはもっと長く、もっと詳しく話させるよう導きます。我慢強く説明を傾聴します。
■まずは有利なポジションに立つことが重要
人間の脳は話しながら他のことを考えられない構造ですが、聞いているときは複数のことを考えられます。話しているときの脳はシングルタスクしかできない一方、聞いているときの脳はマルチタスクが可能です。この機能を利用するのです。
相手が説明している間、私は相手の論理の弱点を考え続け、見つけ出そうとしています。どんなに入念な準備をしても、話してみると弱点が露呈されるものです。そのため、聞く時間が長くなればなるほど有利です。相手の論理の弱いところを反撃するための、自分の論理を構築できるからです。
相手の話が終わったら、私は自分が考えていた質問をし続けます。相手の論理の弱いところを執拗(しつよう)に掘り下げるのです。相手を守勢の立場に追い込むまで、自分が有利なポジションに立てるまで問い詰めます。
相手より優越したポジションに立てれば、望んだ方向に協議をリードできます。交渉において重要なのは提示する条件ではなく、有利なポジションを、まず確保することです。条件はそのあと提示しても遅くありません。
■「殺したのか?」ではなく「なぜあの人を殺したんだ?」と聞く
第三の交渉の秘訣(ひけつ)は、検事が容疑者を尋問するときに使う質問方法から学んだものです。殺人の容疑者を尋問するとき、検事は絶対に「あの人を殺したのか、殺さなかったのか?」とは問い詰めないそうです。そう質問すると、実際に殺人を犯していても「私は殺していません」と答えるからです。
そこで、検事は最初から「なぜあの人を殺したんだ?」と聞きます。すると「わざとじゃない、誤って殺してしまった」などと告白するのだそうです。
それでも白を切るなら、さらに「どんな凶器を使った?」と聞きます。つまり検事の質問は、相手より一歩先を行くのです。検事が一歩進んだ質問をすると、慌てた容疑者は、それに答えることで犯行を認めてしまいます。
![囚人の取り調べで証拠を見せる刑事の女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/6/670/img_06932000f81178e92d8fdcab62c5cfa5305846.jpg)
こうした検事の質問方法は、ビジネスの交渉プロセスにも応用できます。たとえばA社というビジネスパートナーがいるとしましょう。A社は翌年に生産する携帯電話用部品の半導体を、前もって購入しようとしています。A社の購買担当者は、私と交渉を繰り広げることになるでしょう。そのとき私は、次のような戦略を展開します。
A社の購買担当者に対し、来年使用する半導体販売についてではなく、最初から再来年の部品の生産と開発計画について話し始めるのです。
■再来年についての交渉をすることで有利なポジションに立てる
来年ではなく再来年の部品販売について話し合いましょうと先手を打つことで、その購買担当者は私より不利な位置に立つことになります。これは検事が「あの人を殺したのか?」と尋ねるのではなく、「なぜ殺した?」と尋ねるのと同じ手法です。
![クォン・オヒョン『ナメられない組織の作り方』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/a/200/img_9ac46c3170741b4c2919b48f0c9f55fb258220.jpg)
どうやら他の会社とも、再来年の計画を進めているらしい。そう思ったA社の購買担当者は、来年の購入計画について、我々の立場を尊重せざるを得ないと判断することになるでしょう。今から再来年の計画を立てなければならないということは、他の会社との来年の売買契約もすでに進められていることを意味します。
したがって、私がその交渉のテーブルでこちらに有利な条件をA社に提示しても、相手は私の意図のままに導かれることになります。他社はすでに来年の半導体の購入計画を終えている、ことによると来年用の部品が買えないおそれがあるのでは、と心配になるからです。
相手より有利なポジション、優越したポジションに立ったとき、自分の望むように交渉を進めることができます。この事実を覚えておいてください。
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サムスン電子の「半導体神話」を作り上げた人物。1985年、スタンフォード大学大学院電気工学博士課程修了、アメリカのサムスン半導体研究所の研究員としてサムスンに入社。1992年、世界初の64Mb DRAM開発に成功。半導体事業部総括社長を経て、2012年、サムスン電子・代表取締役副会長兼DS(Device Solution)事業部門長に就任。サムスン電子の「超格差戦略」の基礎を作り、その指揮下でサムスン電子は2017年にインテルを抜き世界の半導体1位の座に上るなど、史上最大の実績を記録した。2017年10月に経営の一線から退いた後、2020年3月までサムスン電子総合技術院会長を務め、現職。
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(サムスン電子常勤顧問 クォン・オヒョン)
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