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「中国依存からEUに鞍替え」借りた金を返さないというモンテネグロのしたたかな戦略

プレジデントオンライン / 2021年4月26日 11時15分

モンテネグロの首都ポドゴリツァの北にあるビオチェ村の近くで、中国の大手国有企業が建設を進めている=2019年4月8日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■EUに支援を求めたモンテネグロ

欧州の南東部、バルカン半島に属する人口わずか62万人の国モンテネグロ。アドリア海を臨む風光明媚なリゾート地として知られるこの国をめぐって、中国とEU(欧州連合)が火花を散らしている。事の発端は、モンテネグロがEUの反対を押し切って中国から借款を得て、隣国セルビアとの間に高速道路を建設しようとしたことにある。

モンテネグロにとって、隣国セルビアとの間に高速道路を建設することは悲願であった。セルビアとの交通アクセスが改善すればモンテネグロ経済が活性化すると期待されたためである。しかしその採算性の低さから、EUは高速道路の建設に一貫して反対し続けてきた。そこを巧みに突いてきたのが、習近平国家主席の下で拡張志向を強める中国だった。

結局、モンテネグロはEUの反対を押し切り、中国から資金援助と技術協力を得て2015年より高速道路の建設に踏み切った。中国輸出入銀行から受けた融資は6億8700万ユーロ(約1000億円)だったが、小国であるモンテネグロの対外債務はGDP比で10%以上も膨んだ。債務の返済負担は当然、モンテネグロに重く伸し掛かった。

この資金の借り換えが迫るなかで、返済負担に耐えられなくなったモンテネグロがEUに対して支援を要請した。こうした状況を受けてEUの執行機関である欧州委員会のピーター・スタノ報道官は4月12日の会見で、モンテネグロが中国から借りた開発資金をEUが肩代わりすることはないとしながらも、何らかの援助を行う可能性に言及した。

■中国も「寝耳に水」であった可能性

欧州への拡張志向を強める中国は、その足掛かりとして中東欧諸国、とりわけモンテネグロが含まれる西バルカン諸国(アルバニア、ボスニアヘルツェゴビナ、コソボ、北マケドニア、セルビア)を戦略的に重視してきた。まだEUに加盟していない西バルカン諸国は、EUにとっていわば制度的な空白地帯であり、付け入る余地が大きかったためだ。

地図
写真=iStock.com/seungyeon kim
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/seungyeon kim

中国は中東欧16カ国にギリシャを入れた17カ国との間で、通称「17+1」と呼ばれる経済協力関係の構築を試みた。中国は中東欧諸国のインフラ開発に協力すると約束したが、結局は順調に進まず、EUの影響力が強いバルト三国を中心にこの枠組みから離反する国々も出てきた。「17+1」構想はもはや風前の灯とさえいえるかもしれない。

中国にとってこのモンテネグロへのインフラ開発支援は、いわば「17+1」のシンボル的な存在だったとされる。モンテネグロでの経験を他の中東欧諸国への伸長に活かすことが目指されたが、今回、モンテネグロがEUに対して支援を要請したことは、中国にとってもある意味では「寝耳に水」であった可能性が高いと考えられる。

実際、モンテネグロは2021年の借換に備えて昨年末に7億5000万ユーロの起債を終えていた。また3月初めにモンテネグロは中国からシノファーム社製の新型コロナワクチンの援助を受け、ズドラヴコ・クリヴォカピッチ首相が会談で中国の刘晋(リウ・ジン)大使に対して感謝の意を表するなど、両国関係は決して悪くなかった。

■欧州の小国・モンテネグロのしたたかさ

実際、今回のモンテネグロがEUに支援を要請した背景には、融資の借換の交渉に当たって中国から有利な条件を引き出そうとするモンテネグロ側の思惑があったと考えられる。同時にモンテネグロは、EUにも圧力を与えることで2025年に予定されているEU加盟に向けた交渉を有利に進めようという腹積もりがあったと推察される。

EUは近年、西バルカン諸国のEU加盟を重視する戦略を打ち出しておきながらも、それを裏切るような対応に終始し、西バルカン諸国の信頼を失ってきた。西バルカン諸国のEU加盟に疑義を呈したフランスのマクロン大統領の態度や、新型コロナ支援に二の足を踏み続けたEUの姿勢は、たしかに批判されて然るべきものだといえる。

西バルカン諸国は欧州と中近東やロシアとの結節点であり、地政学的にも重要な意味合いを持つ。EUにとって西バルカン諸国の不安定化は、安全保障上の観点から是が非でも回避しなければならない。域内の世論を見定めつつも、モンテネグロに対して何らかの配慮をしなければ、EUはさらに西バルカン諸国の信頼を失いかねないわけだ。

債務が返済されない場合、モンテネグロの高速道路の所有権は中国側に移転することになるが、中国にとってそれは必ずしも望ましい結果ではない。セルビアとモンテネグロの交通アクセスが改善したところで、欧州全体に与える影響は軽微だ。それにこの計画の採算性はもともと低く、完工後に通行料をとったところで大した収入にもならない。

■顕在化してきたEUの対応ミスのツケ

つまり中国としても、単に「不良債権」を掴むくらいならば借換の条件緩和に応じる余地は大きいはずだ。それを見越したモンテネグロが、中国とEUに対して外交ゲームを仕掛けた可能性は十分に考えられる。借換の期限となる今夏に向けて、当面はモンテネグロ、EU、中国の「三つ巴」の交渉ゲームが継続することになるだろう。

グローバル
写真=iStock.com/hamzaturkkol
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hamzaturkkol

今回のモンテネグロの件がEUにとって意味することは、これまで軽視してきた西バルカン諸国への対応のツケが徐々に顕在化してきたという事実に他ならない。EUがモンテネグロの債務を全て肩代わりすることは不可能でも、今回の対応如何では、モンテネグロ以外の西バルカン諸国がEUに対する信頼感を失いかねず、その巧拙が問われる。

他方で中国は、モンテネグロに対するコミットメントを軽くし、EU加盟が当面先となる他の西バルカン諸国に開発援助を振り向けることになるのかもしれない。習近平体制が続く限り、中国は一帯一路という錦の御旗を簡単に降ろすことはできない。西バルカンからすぐに撤退することもあり得ず、他の国との協力強化を模索する可能性は高い。

同時に、中国が実は「債権の罠」に陥りつつあることも、今回のモンテネグロのケースは示唆しているといえそうだ。中国からの支援を受けて「債務の罠」に陥った途上国は少なくないとされるが、裏を返せば中国は、今回のモンテネグロのケースのように、債権者としての立場から不採算事業を保有し続けなければならないリスクを抱えている。

■中国が「債権の罠」に陥る可能性

東京大学の西沢利郎教授はこの「債権の罠」という概念を使用し、中国によるラオスの鉄道事業開発支援の現状を解説された。この考えは、モンテネグロのケースに当てはめても十分に説明力を持っている。モンテネグロ向け債権は中国にとって小さな規模に過ぎないが、今後こうしたケースが世界的に多発すれば、中国はこの罠に陥ることになる。

中国はスリランカのハンバントタ港の開発を支援したが、スリランカ政府の資金難に伴い、2017年から99年間の港湾運営権を中国の政府系企業に貸し出す契約が結ばれた。このケースがセンセーショナルであったがゆえに、中国による借金漬け外交で破綻する途上国が連鎖するという「十把一絡げ」な印象が一気に広がった経緯がある。

しかしながら、政治色が先行する中国の「一帯一路」戦略で支援された事業の多くが、モンテネグロのケースのように不採算である可能性は極めて高く、将来的に中国に多額の経済的な負担を強いることになりかねない。人口62万の小国で生じた今回のイベントは、EUと中国の双方にとって重たい意味を持っているといえよう。

西バルカンを中心とする中東欧諸国は近年、EUと中国双方の思惑が外れる形で二分化している。EUも中国も、中東欧を思うように抱え込めていないわけだ。それでも中国は援助を出す用意があるため、いくつかの中東欧諸国にとってはまだまだ魅力的だ。それに抗うにはEUもまた援助を出す必要があるはずだが、EUは二の足を踏み続ける。

なお「債務の罠」に直面しそうな国に対して日本ができる協力は、事実上、ソフト面でのサポートに限られている。収益改善のためのノウハウを提供するなどして、不採算事業の改善に資することができれば、それは「債務の罠」に陥った途上国を救うのみならず、間接的に中国に対して一定の影響力を行使することにつながる。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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