「なぜクルマの修理代はこんなに高いのか」KINTO社長がたどり着いた答え
プレジデントオンライン / 2021年5月17日 9時15分
※本稿は、デジタルシフトタイムズの記事「自動車業界に大変革を起こすKINTOの全貌に、立教大学ビジネススクール田中道昭教授が迫る」を再編集したものです。
■車は夕食後にウェブで買う時代
【田中】コロナ禍でサブスク「KINTO」の契約件数が一気に伸びました。どのように分析されていますか。
【小寺】サブスク以前に、車の魅力そのものが再認識されたことが大きいですね。コロナ禍で「公共交通機関で移動するのは怖い」「週末に移動するなら自分の車の閉鎖された空間で家族と一緒に出かけたい」と車の良さが見直されて、車を買おうかなと思う人の比率が上がった結果、件数が増えました。
もう一つ、ステイホームで販売店に出かけづらいことも影響しています。KINTOはウェブですべて検索できて、なおかつ契約までできますから。
【田中】KINTOのチャネルは、ウェブが6割ですね。従来、車はディーラーが対面で売るのがあたりまえで、ウェブで売るのはテスラくらいだと思われていたのが、KINTOはすでに半分以上がウェブチャネルです。これは最初から企図されていたのですか?
【小寺】目標設定はしていませんでした。ただ、感覚的にはウェブは2~3割だと思っていました。トヨタの販売店のネットワークは強力です。ウェブはそれに勝てないと思っていたし、僕らもそこにすがるつもりで、7~8割は販売店だろうと読んでいました。
しかし、いざ始めてみたら、販売店と深い関係を持っているお客様もいるいっぽうで、販売店は敷居が高くて苦手というお客様も多くいらっしゃった。特に若い方で、初めて新車を買う方には販売店は敷居が高い。ウェブであれば商品情報がすべて入っていて、自分で心ゆくまで検討できるため、相性がいいようです。
興味深いのは、契約をいただく時間帯です。契約のゴールデンタイムは、販売店がやっていない夜の9~11時。おそらく家で食事を終えて、そこからインターネットで車選びを始めて契約にいたるのでしょう。もう一つの山は平日の昼休みで、これも会社勤めの方々が昼休みのちょっとした時間を使って最後の契約を入れているようです。さらに意外だったのは、正月三が日の朝4時にもよく売れたりするんですよ。ディーラーがやってないときのほうが売れるじゃないかと、みんな驚いています。
■なぜ若者の車離れが起きたのか
【田中】利用者のプロファイルを拝見すると、20~30代の若年層が断然多い。これは企図されていたと思いますが、想定以上ですか?
【小寺】想定以上です。若者の車離れは確かに進んでいます。少し前、免許は持っているが車を持っていない若者がトヨタ自動車に入ってきて「けしからん」と言われていましたが、最近は免許を持たずに入ってくる人もいます。もちろん彼らはその後に免許を取るのですが、これまでには考えられないことです。だから若者にKINTOが届けばと考えていましたが、ここまで売れるようになるとは正直思っていませんでした。
【田中】これまで車を保有したことがない人の利用も多いですね。これはどう分析されていますか。
【小寺】これまで車を買ったことがない方にとっては、販売店での商談に加えて、任意保険も大きなハードルになっていました。任意保険は等級制度で保険料が決まります。車を最初に買ったときには保険料が高くて、無事故を繰り返すと安くなる仕組みです。このためKINTOは等級を外して、何歳でも同じ価格にしました。初めて買うお客様にはそこが魅力だったのかなと。
【田中】自動車保険は負担が小さくないですもんね。
【小寺】ネットで強い保険会社のターゲットは中高年で、その層に「保険料がすごく安い」と訴求しています。ただ、それは20~30代を切り捨てているわけです。われわれは若い層を取り込むため、等級を平準化するような商品設計にしました。
【田中】そこは保険会社さんとかなり交渉されて?
【小寺】交渉というか、一緒に作り込みました。
■修理しやすい車の開発に向けて本体と連携
【田中】若い人や初めて乗る人の保険料が高いのは事故率が高いからですが、そこはどのように考えていらっしゃいますか。
【小寺】初めて車に乗った方は、コツンコツンぶつけて修理が多くなる傾向があることは事実です。そうすると次に考えなくてはいけないのは、壁の手前でピッと止まってくれるような、ぶつからない車を作ってもらうこと。これはわれわれがメーカーと繋がっている強みです。
もう一つ、ぶつかったときの修理代もなんとかしたいですね。たとえばヘッドランプをコツンとぶつけて販売店に行くと、「全部取り換えますね」と言われます。それが「片側25万円です」となる。「保険で支払われるから全部変えたほうがいい」という話になるわけですが、実は巡り巡ってそれが保険代を高くしています。
ならばコツンと当たったときに、丸ごとではなく、部分的に替えるようなランプの構成にすればいい。いままでメーカーはそうしたところに開発の目を向けていませんでした。なぜなら、保険料が高くなってもそれはお客様の負担だったから。しかし、サブスクリプションになると、保険料が今度はわれわれのコストになります。そのため車を作るときに、修理のしやすさも考慮してもらうよう、トヨタにフィードバックしています。
■生活環境の変化に合わせて乗り換えやすいサービス設計に
【田中】つまり「安く修理できるクルマづくり」ということですね。トヨタにもそうした盲点があったのですね。コスト面では、他にどのようなところにありますか?
【小寺】最初は3年たったら車を返却するというサービス設計にして、「クルマの諸経費込みでお買い得ですよ」と打ち出しました。ただ、3年契約だと、そこまでコスト面で魅力的にならない。そこでいまは5年契約、7年契約つくって、ボーナス払いもできるようにしました。
契約期間中でもお得に別の車に乗り換えることができる「のりかえGO」というサービスもつくりました。たとえば7年契約で、その間は1台にコミットしてくださいというのは無理があります。途中で子どもが生まれたり引っ越したりして、生活がいろいろと変わっていくので、それに合わせてお得に乗り換えていただきたいなと。
■KINTOが“愛車”サブスクと銘打った訳
【田中】私はサブスクリプションの本質は売り方や支払い方の違いではなく、顧客と継続的な関係性にあると考えています。顧客と継続的で親密な関係性――企業からの上から目線ではなく、本当にフラットな関係性――が結べていないと解約されるので、いかにそれをつくるのかが重要です。KINTOでは、その点についてどのような努力をされていらっしゃいますか。
【小寺】立ち上がりから約2年間徹底的にやってきたのが、「車をもっと気軽に手に入れてほしい」ということ。頭金がいらない、すべてのコスト込みで突然の出費がない、販売店に行って値引き交渉をしなくていい。そうしたストレスフリーの方法を追求して、それなりの商品はできました。
ただ、カスタマーエクスペリエンスとしてお客様に何が残るのかというと、月々の支払いだけなんですよね。実はKINTOのサービスは「愛車サブスクリプション」といって、わざわざ“愛車”をつけています。これはトヨタ自動車の豊田章男社長のこだわりで、車はいつまでも愛おしい存在でいてほしいという思いがあるからです。車を愛していただくには、買った後の楽しさが重要です。最初はそこに手をつけられなかったので、これから車の楽しさ側を提供して、お客様とのつながりをつくりたいのです。
■顧客に車の楽しみを提供する「モビリティマーケット」
【田中】サイトを拝見すると、小寺社長の経営哲学として、「車の愛し方を拡張する」と書かれていて感銘を受けました。しかも掲げるだけでなく、その実践として、4月から「モビリティマーケット」をスタートされました。
【小寺】われわれが若いころは、車が暮らしの真ん中にいました。車があると、週末が楽しくなる、人生が豊かになる。そういう存在でした。これをまた真ん中に戻すために、車の楽しみ方を売るのがモビリティマーケットです。
最近、車の中で生活するバンライフが注目を集めていますよね。ただ、週末にそういうことをしたくても、たとえば普段乗っているプリウスでは小さくてできない。一方、キャンピングカーを借りたいと思っても、初めてだとどこで車を借りて、自分は何を用意すればいいのかもよくわからない。そんなお客様にある程度パッケージして提供すれば、バンライフに入っていきやすい。
他にも、お客様の自宅近くで車庫入れや通勤路での運転を教える「ペーパードライバー教習」のサービスも提供しています。クルマの運転を楽しんでもらいたいからです。付け加えれば、KINTOでは車はわれわれの資産なので、できるだけぶつけないできれいなまま返してほしい。われわれにも利点があるのです。
【田中】まさにエクスペリエンスデザインから入っていますね。顧客とフラットな関係性ができると他のサービスをアップセル、クロスセルしやすいですが、車を売るだけの従来の関係性より、おそらくサブスクで結ばれている継続的な関係性のほうが結びつきは強い。そう考えると、モビリティマーケットのような商品は、トヨタ自動車本体よりKINTOのほうがローンチしやすかったのではないかと。そのあたりはいかがですか。
【小寺】トヨタ自動車とお客様の関係は、現金売りにしてもローンにしても、車を売ったところで切れて、そのあとお客様がその車をどのように活用するかは関知しない形態です。契約後もいろいろなカスタマーエクスペリエンスを提供できる唯一の形態が、サブスクリプション。そこにどれだけの付加価値をつけて、車がスクラップになるまでお客様と付き合っていけるか。そこにサブスクリプションの将来の可能性があると思っています。(後編に続く)
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KINTO 社長
1984年トヨタ自動車に入社。営業などの経験を積んだ後、経営企画部明日のトヨタ準備室主査、営業企画部中長期計画室室長、次世代環境車事業室室長、営業企画部部長、新興国企画部部長、常務役員、第2トヨタPresident、東アジア・オセアニア本部本部長などを歴任。「トヨタウェイ2001」策定プロジェクト、トヨタIMVプロジェクト、テスラとの共同開発プロジェクトなどを担当。2018年より、トヨタファイナンシャルサービス取締役上級副社長(現在も兼任)。2019年より現職。
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立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。
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(KINTO 社長 小寺 信也、立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭 構成=村上敬)
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