会社が"善意"で社員のクビを切る「45歳のお荷物」を退場させる新しいリストラの手法
プレジデントオンライン / 2021年4月23日 9時15分
■善意の「セカンドキャリア研修」で退職に誘導する手口
コロナ禍の中、会社と社員の関係がどんどん変わっている。先日、人事関係者が集まるあるセミナーで大手メーカーの人事部長がこんな意味深な発言をした。
「自己裁量を与えることで社員の自立を促し、労働時間に縛られない働き方改革はコロナ前からの課題でした。それが、コロナでテレワークが普及し、仕事の管理や成果を含めて自律的に高い競争力を発揮できる人材の重要性がより浮き彫りになりました。同時に企業の存続と発展を目指すには、ビジネスの変化に応じて必要な人材をいかに外部から集められるかが重要になってくる。その障害となる年功賃金や終身雇用の排除はもちろん、労働移動は避けられないだろう」
人事部長が言いたいのは、要は、会社が生き残るには成果重視の賃金体系に移行し、貢献度の高い人材を優遇し、優秀な人材を外部から調達するようにするということ。
それは、終身雇用をやめて「労働移動」、つまりリストラによる人材の入れ替えを常態化するということだ。驚いたのは、人事部長の発言に思いのほか、賛同者が多かったことだ。
コロナ禍で始まったテレワークや時差通勤、フレックスタイム制など自由度の高い働き方はおそらくアフターコロナでも続くだろう。これを歓迎する社員も多い。
しかし、自由度の高い働き方の代償として、成果による報酬格差と会社からの“退出”を余儀なくされるケースも出てくる。
■「早期退職優遇制度」を「セカンドキャリア支援制度」と名称変更
社員退出の方策として、セミナーの参加者からは政府に対して、「解雇規制の緩和」や「解雇の金銭解決制度の早期実現」の声があがったが、現実的な方策として誰もが納得したのは大手サービス業の人事部長の以下の発言だった。
「当社は常設の『早期退職優遇制度』を導入している。これは45歳以上の社員が退職して独立起業や他社への就職を支援する制度ですが、これまで手を挙げる人は少なかった。そのため、『セカンドキャリア支援制度』という名称に変更した。45歳の節目にキャリア研修を実施し、今までのキャリアを振り返るとともに、今後どう生きていくかを問い直す機会を与え、今の会社では実力が発揮できそうにない社員にはセカンドキャリア支援制度を利用し“転進”を勧める。支援の仕組みは、退職金割増金に加えて、退職前の1年間は就業しながら独立準備や再就職活動を認めるほか、新たに副業を認めて、週2日程度他社で働くことを通じて次のキャリアに向けた準備ができるようにしている」
■「希望退職者募集」は一時的だが「セカンドキャリア支援制度」は常時
転進とはうまいネーミングだが、キャリア研修と「セカンドキャリア支援制度」をセットにしたリストラ制度であることは間違いない。
似たような制度に「希望退職者募集」があるが、コロナ禍のリストラ策として現在、多くの上場企業が実施している最中だ。希望退職者募集とは、業績悪化などの際に期間と人数を限定して退職を促す臨時的なプログラムであるのに対して、セカンドキャリア支援制度(早期退職優遇制度)は、時期・人数や会社の経営状況に関係なく、社員自らの意思で退職する人を優遇する常設された制度という違いがある。
希望退職者募集は数百人、場合によっては数千人単位で一挙に実施されるが、優秀人材の流出だけではなく、残された社員の負荷の増大やモチベーション低下といったデメリットもある。その点、早期退職優遇制度は毎年一定人数に限定されるのでデメリットは少ない。
しかも「キャリア開発」という研修を通じて退職に誘導するなどやり方も巧みだ。実際に50歳社員を対象にキャリア研修を実施している消費財メーカーの人事担当者はこう語る。
「20~40代にやってきた職務や経験を書いて振り返ってもらったうえで、今後、会社に対してどういう形で貢献していくのかを具体的に発表してもらう。それに対して外部の講師から『あなたのスキルや経験では貢献するのは難しい』とか『本当に会社に貢献したいのであれば、今まで以上に努力して新たなスキルを学び直す必要があるが、あなたにそれができるでしょうか』といった厳しい指摘が飛ぶ。研修を通じて自信を失い、打ちひしがれる人も出ますが、研修後に人事から『まだ若いですし、そろそろ外で活躍することを含めて考えてはどうですか、早期退職優遇制度もありますよ』とやんわりと言うと、しばらく考えて制度を利用したいと言ってくる」
もちろんすべての企業がキャリア開発研修をリストラのツールに使っているわけではない。キャリア研修を手がけるインストラクターはこう語る。
「大手企業の中には、中高年社員をもう一回鍛え直して、長く働いてもらうためにキャリア研修を実施するところもあれば、研修を使って辞めさせたいという企業に分かれる。実際に人事から『どうやったら辞めてもらえますか』という相談を受けることがありますが、そうした企業からの講師依頼は断るようにしています。しかし、経営者や人事のニーズに応じて、引き受ける人材サービス会社や同業のインストラクターも少なくない」
■なぜ、「45歳」社員をリストラの標的にするのか
「セカンドキャリア支援制度」という名の早期退職優遇制度を導入している前述の大手サービス業の人事部長はこの辞めさせる仕組みを50歳から前倒しして45歳の社員に適用したいと言っている。
もちろん退職割増金や1年間の独立・転職支援サービス付きなので、何かやりたいことがある社員にとっては魅力があるかもしれない。
それでもなぜ45歳なのか。消費財メーカーの人事担当者は「気持ちはよくわかる」と語る。
「45歳は入社後約20年、65歳まで雇用するとなるとちょうど折り返し地点だ。正直言って30代後半以降の非管理職世代では仕事に対するモチベーションが高い人は3割程度しかいないという社内調査もある。当然、人事評価も高くない“働かないオジさん”もいる。そんな人をあと20年も面倒をみるのは厳しい。また本人たちのことを考えても50歳を過ぎて新しい会社でチャレンジするのも大変だ。45歳ならメンタリティも変わるだろうし、転職先も見つかるし、再チャレンジするにもふさわしい年齢だろう」
■「45歳定年」を余儀なくされる人生き延びる人の特徴
加えて冒頭に述べたようにコロナ禍のビジネスモデル変化に応じた専門人材を外部から積極的に採用していこうという企業が増えている。そのためにも50歳以降ではなく、40代の早いうちから新陳代謝を促していく方向にある。
実際に早期退職優遇制度を設ける企業が徐々に増えている。米系人事コンサルティング会社のマーサージャパンの調査(2020年8月19日)によると、早期退職優遇制度がある企業は、2018年は27%だったが、20年は35%に増加している(早期退職優遇制度のみと早期退職優遇制度・希望退職制度の両方がある企業の合計)。
企業は着々と布石を打っている。かつて東京大学の柳川範之教授が著書の『日本成長戦略40歳定年制』(さくら舎)で40歳定年制を提唱し、賛否の議論を巻き起こす大きな論争になったことがある。
ポストコロナをにらんだ大企業の一連の動きは、まさに“45歳定年制”が現実のものになりつつあることを示唆している。
ちなみに柳川教授も参加する政府の経済財政諮問会議の有識者議員はこの4月13日の会議で「成長性の高い分野への人材の円滑な移動の促進」を掲げ、「大企業で経験を積んだ人材の円滑な労働移動を支援し、中小企業や農業等の輸出拡大につなげるべき」と提言するなど企業の動きを誘導している。
45歳の節目で退職勧奨の選別を受けることになれば、20代や30代も決して安閑としてはいられないだろう。
同期入社の社員だけではなく、外部の中途社員との競争が激化することは必至である。競争に負けた者や、仕事しない人、お荷物になる人、業績に貢献できない人は組織で生き延びることは難しくなるだろう。
テレワークなどの自由度の高い働き方は企業が与える単なる「福利厚生」ではない。管理職や上司の厳しい目がなくても自主的に動き、今まで以上の成果を発揮することが求められるのだ。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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