「もう風俗しかないのか…」DVの被害女性が保護施設に入りたがらないワケ
プレジデントオンライン / 2021年4月30日 11時15分
※本稿は、山田昌弘『新型格差社会』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■DVは増えているのに、保護は増えていない
ここ数年の結婚数の減少に伴い、日本全体の離婚数は、実際のところ漸減していました。日本では、子どもを育てるためにある程度の経済的な余裕が必要です。シングルファーザー、シングルマザーになると、収入が減ることで子育てが難しくなる。ですから相手への愛情がなくなったとしても、子育てのために婚姻関係を継続するカップルがたくさんいます。特に、専業主婦を続けてきた女性の場合、男性に比べて離婚後に子どもを育てながらフルタイムの仕事に就くことはかなり難しいため、離婚を躊躇する傾向が見られます。
私は内閣府の「男女共同参画会議 女性に対する暴力に関する専門調査会」の専門委員を、約15年間続けてきました。DVに関する最近のデータ傾向を見ると、女性センターなど専門機関への相談件数は右肩上がりで増えています。しかし、「保護」に至るケースはそれに比例していないことがわかります(図表1、図表2)。
![警察における配偶者からの暴力事案等の相談等件数](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/d/550/img_3dd160594a35d4a2efca110ac66e9b39210522.jpg)
![婦人相談所のおける一時保護件数](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/b/550/img_8b5ea9fc469b75dfe3a0d05a8c628362308500.jpg)
■「シェルターに入るより夫と暮らしたほうがマシ」な日本の現状
保護とは(多くの場合)、夫のもとから逃げ出して、シェルターなどに入ることを指します。相談は増えているのに保護件数が増えていないという事実は、DVを実際に受けていても、夫と暮らしたほうがまだましと考えている女性が増えていることを示します。常日頃から口頭で罵倒されたり、たまに暴力をふるわれたりしても、別れた後の経済状況を考えると今の生活を続けざるを得ない。被害を受けている側に我慢し続けることを強いて、DVを行う側にはほとんど何の介入もできない。それが今の日本のDV政策の実情です。
DVの加害者は男性であることがほとんどですが、夫のほうも、妻は逃げても自活できないと思っているからDVをし続けられるという側面があるのです。ちなみに欧米には、DVの被害者はそれに対応するための有給休暇の申請をすることが認められている国が複数あります。加害者に対する自宅からの退去命令がある国も多いです。一方日本では、夫が嫌がらせで妻の職場に押しかけ、それが理由で退職に追い込まれるような事態も稀ではありません。
■「暴力をふるう側への介入」議論は始まったものの…
こうした現状を改善するため、国のほうでも被害者を保護するだけではなく、暴力をふるう側に介入すべきだという議論が始まっています。私たちの部会でも、加害者に適正な形でアプローチしてDVをやめさせたり、加害者を退去させたりする方法を論議しているところですが、具体的な支援が可能になるまではまだしばらくの時間がかかりそうです(男女共同参画会議DV専門部会報告書/2021年参照)。
以前、私がインタビューしたあるDV被害者の女性は、「夫が年老いて寝たきりになったら、とことん思い知らせてやろうと思います」と話していました。いつか必ず復讐してやろうと強い憎しみを抱きながらも、その女性は夫と別れる道は選ぼうとしていませんでした。
■DV被害者が施設に入りたがらない切実な理由
これはあまり知られていない事実ですが、日本のほとんどのドメスティック・バイオレンスの保護施設では、逃げてきた被害者が携帯電話を持つことを認めていません。携帯電話のGPS機能で居場所が加害者に知られてしまうことを防ぐため、というのが理由ですが、そんなのは位置情報の機能を切ればよいだけの話です。
![スマートフォンを持つ女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/e/670/img_4e41ba1879907819b996fa28f8135b19580492.jpg)
今どき携帯がなければ、仕事を探すこともできません。この決まりを改めるように私も働きかけているのですが、「規則ですから」の一点張りでなかなか動いてもらえないのが実情です。恐らく、万が一切り忘れがあったときに、加害者が保護施設を突き止めて乗り込んでくるというような事態の責任問題を恐れているのでしょう。他にも施設の入所者に対して厳しい行動制限があること自体が、「DVの被害者を施設入所から遠ざけている」要因の一つだと考えられます。
■キャバクラや風俗が「駆け込み寺」になっていた
このような事情から、DVの保護施設に入所するのはよほどのことがあった人にとどまっています。DV保護施設の代わりに、以前から被害者の「駆け込み寺」的な場となっていたのが、男性への接客を伴うサービス業です。
キャバクラや風俗業で働けば、普通のアルバイトよりもずっと割のよい報酬が得られ、生活の自由を制限されることもありません。そうした店の中には、独自の寮を備えていたり、保育所と提携しているところもあり、幼い子どもがいる女性でも働きやすいようになっています。職住が確保でき、DV加害者の夫からも守ってくれる、いわば「頼りになる場」だったのです。
![東京新宿の夜の街並み](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/8/670/img_b80f576eff26d9ba98fa3046fbd128fe1320650.jpg)
女性がそのようなサービス業に頼らざるを得ない背景には、どのような男性とパートナーになるかという選択によって、女性の人生がかなりの割合で決まってしまう現実があります。男性の場合はいかなる親のもとに生まれようとも、結婚相手がどんな女性であろうとも、働く能力がありさえすれば、お金を稼いで食べていくことが可能です。
■配偶者によって人生がまったく変わってしまう
しかし、女性は幼い子どもを育てる期間は長時間働けないことが多いため、配偶者の社会的な立場や稼ぐ能力、そして「性格」によって、自分自身の生活レベルもほぼ決まってしまいます。格差社会の中で「上層」にいる男性と結婚するか、「下層」の男性と結婚するかで、人生がまったく変わってしまうのです。
離婚を選んだ場合も同じです。高収入で資産がある男性と結婚している女性は、夫が離婚を望んだ場合、多額の慰謝料の支払いや財産分与を受けることができます。しかし、収入が少なく資産もない夫の場合は、慰謝料どころか養育費も期待できません。離婚後の養育費が支払われないというケースがよく報道されますが、そもそも養育費を支払う経済的余裕がない男性が増えていることが原因なのです。
■セーフティネットとして機能していた側面があった
キャバクラなどの風俗産業は、そうした女性が経済的に誰も頼れなくなったときの、一種のセーフティネットとして機能していた側面があります。母子家庭の母親であっても、とりあえず生活の場を確保しながら、お金を稼いで生きていくことができたわけです。
![山田昌弘『新型格差社会』(朝日新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/e/200/img_be2c4e099b60af92d2b9a6b9f216048f300979.jpg)
実際、日本経済が低迷しているこの20年程で、タテマエ上は身体的な接触がない、キャバクラやガールズバーでアルバイトとして働く学生は珍しくなくなりました。親の収入が低下する中で、少しでも時給の高いバイトを選ばざるを得ない学生が増えているのです。ホストクラブでバイトし学費を支払った、という男子学生も現れてきました。
風俗業で働くことに対する若年層の意識は、昭和と平成では大きな違いがあるのは間違いありません。増え続ける独身男性だけでなく、セックスレスの家庭では夫と妻に愛情面でのコミュニケーションがないため、異性との親密な関係性をそうした店で擬似的に満たす男性も数多く存在します。家族に頼れない女性と、同じく家族がいない、もしくは、家庭に居場所がない男性の需要と供給が、そこでうまくマッチングしていたのです。
■「風俗業で働く女性から多数のSOSが届いている」
ところがその状況を一変させたのが、新型コロナウイルスでした。
2020年9月、私が参加する政府の男女行動参画会議DV専門部会に、大都市部の行政官が出席されていました。質疑応答の際、
「大都市部では、夜の街でクラスターが発生したと報道され、接客業で自粛が始まっているようですが、そこで働いていた人たちは今どうしているのですか?」
と訊いたところ、「公的な相談は受けていない」とされつつ、女性を支援するNPOからは風俗業で働く女性から多数のSOSが届いている、という答えが返ってきました。
全国にキャバクラ店は、約5万5000店あります。ホストクラブやキャバクラでの飲食は、客とサービスを提供する側の距離が近いため、飛沫感染がより起きやすいといわれています。そこで働く女性たちは、生活のために感染の危険に怯えながら勤務を続けているわけです。
ところがコロナのクラスター感染が繁華街で複数発生したことで、政府や多くの自治体は、夜の店に対する休業や営業短縮を要請しました。他に頼ることができない多くの女性たちにとって、それは「駆け込み寺」や「セーフティネット」の喪失に他ならず、彼女たちが相当に辛い状況に陥っていることは疑いようもありません。
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中央大学文学部教授
1957年、東京生まれ。1981年、東京大学文学部卒。1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は家族社会学。学卒後も両親宅に同居し独身生活を続ける若者を「パラサイト・シングル」と呼び、「格差社会」という言葉を世に浸透させたことでも知られる。「婚活」という言葉を世に出し、婚活ブームの火付け役ともなった。主著に『パラサイト・シングルの時代』『希望格差社会』(ともに筑摩書房)、『「家族」難民』『底辺への競争』『結婚不要社会』(朝日新聞出版)、『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社)など。
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(中央大学文学部教授 山田 昌弘)
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